ルゥナ外伝 第10話

文字数 2,230文字

 ルゥナに隠していても、全てが見通されているように思えた。僕は正直に話した。ルゥナの反応を見てみたい気持ちもあったからだろう。
 「先日、シオンさんにお会いしました。」
 「そうでしたか。」
 「ご親戚だとか。」
 「従兄です。」
 ルゥナは、そう言って僕の目を覗き込むように言葉を続けた。
 「母の姉の一人息子です。でも、わたしは拾われ子だとか云うものもいますから。血の繋がりはどうでしょう。」
 僕は、予想もしない話の展開に言葉を失った。ルゥナが、僕を試すように尋ねた。
 「わたくしを、悪く言っておられたでしょう。」
 一瞬、僕は迷った。気持ちを落ち着けながら逆に質問を返した。
 「‥‥どのように仰られたと、思いますか。」
 「【怖い娘】と、言いましたか。わたくしよりも、非情なのですよ。」
 ルゥナは、珍しく小さく溜息を零した。一瞬見せた人間らしい様子に僕は、軽い驚きと共にそれまでにない親近感を覚えた。
 「困った、従兄です。」
 二人の様子から敵対し嫌悪しているようにも見えなかった。

 ルゥナは、道具を納め身を正した。
 「この造りは、どうですか。」
 「‥‥すみません。茶室に明るくないので。でも、不思議な感覚です。タイムマシンだと、説明されても信じるかもしれません。」
 「面白い御方。」
 ルゥナは、僕の言葉を受け入れてくれた。
 「あら‥‥、でも、誰だったかしら。同じような感想を仰った御方がいましたか。」
 ふと、僕はススキの原の庵と同じ匂いがするのに気付いた。
 ルゥナが、尋ねるように言った。
 「ここに住む一族は、尋常でない力を持つ女子が生まれると、云っていたでしょう。」
 「聞きました。」
 「信じたでしょうか。」
 「ルゥナさんを見れば、そんな気持ちにもなります。」
 「用心深いですね。本当のところは、どうなのでしょう。」
 「分かりません。」
 「ですよね。」
 仄暗い中でルゥナの白い顔だけが浮かぶように際立っていた。
 「お話としてなら面白いでしょう。」
 僕は、返事に困った。つい先日のススキの原でのことや、幼い頃の記憶から考えれば、真実を語っているのだろう。僕の困惑を導くようにルゥナは、尋ねた。
 「わたしが使う。忌み名の謂れをお聴きになりましたか。」
 「昔に誰かが使っていたとか。」
 僕は、外国語が由来なのかと不思議な思いでいた。
 「ルゥナというのは、異国の発音に聞こえますでしょう。でも、違うのですよ。たまたま、似ているだけですから。」
 大和言葉に由来するのを教えられた。
 「古来から、言葉には力が備わっているのです。」
 ルゥナは、語った。
 「名前もそうなのです。良い名前には、加護があります。」
 「ルゥナさんのお名前は、どうなのですか。」
 「どう思われます。」
 「そうですね。‥‥何か、寂しくも感じます。」
 「面白い御方。」
 ルゥナは、軽く頷いた。
 「ルゥナと、かつて呼ばれた御方の話が聞きたくありませんか。」
 「興味があります。」
 ルゥナが、穏やかな視線を向けたまま約束した。
 「いずれ、お話しする日もありましょう。」

 僕は、シオンとの話の中で気に係った疑問を投げかけた。
 「この土地は、隠れ里のように人から忘れられていると聞きました。」
 「そうかもしれません。」
 「ここを訪れられるのは、稀な事なのでしょうか。」
 「そうですよ。」
 ルゥナは、否定しなかった。僕の方が、少し考えさせられた。
 「シオンさんが、仰っていました。僕は、選ばれたと。」
 「そうです。」
 「どうしてなのでしょう。」
 「レイアさんの生まれがそうさせているのです。」
 普通の家庭に生まれ育った僕は、心当たりがなかった。親の何代か前に地方から移ってきた話は聞いたことがあった。特別な逸話でなく記憶に残るものでもなかった。
 「思い当たりません。」
 「生まれ変わりとかは、どうでしょう。」
 「仏教徒ですが、信じていません。」
 「宗教は関係ないのです。」
 ルゥナは、そう言って僕を眺めた。
 「わたしは、貴男と何度も巡り合っています。」
 「‥‥。」
 僕は、言葉に屈していた。ルゥナが微笑んだように感じた。
 「信じましたか。」
 「‥‥困りました。」
 正直に答えた。ルゥナは、静かに言った。
 「今は、それでよいと思います。」
 『‥‥僕は、何を確かめたかったのだろう。』
 僕は、心の中の考えが迷走していくのを感じていた。

 ルゥナは、集落の外まで見送ってくれた。祠に祭られているのは、石に掘られた道祖伸だった。別れ際にルゥナが、僕を試すかのように尋ねた。
 「七日後に、お供して頂けますか。」
 「お役に立てますか。」
 「お迎えにあがります。」

 帰り道、公園に立ち寄った。ルゥナとの考えさせる会話がそうさせたのだろうか。月見台跡からの景色は、僕に新たな思いを呼び起こした。礎石の配置から南向きに建物が建てられていたのが分かった。
 僕は、道を隔てた山裾の苔生した石段を上った。狭く急勾配の先に楠に抱かれるような小さな社が鎮座していた。新しい花と供物が供えられていた。
 木々の間に月見台跡が見えた。その向こうに広がる景色に僕は、納得した。振り返り社に目を向けた。
 「‥‥そうか、この社の先に集落があるのか。」
 レイラインのように配置されていた。 
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