ルゥナ外伝 第11話
文字数 2,220文字
昼の二時を過ぎていた。玄関に入ろうとすると、アキハが顔を覗かせた。
「お昼、食べていないでしょう。」
何時もと様子が違うのに気付いたのだろう。僕の感情の変化を見透かすのは、今に始まった事でもなかった。
「コンビニ行こうよ。」
「食べたくない気分だ。」
「奢るから。」
アキハは、自転車を出した。
「話しておきたいこともあるの。後ろに乗せて。」
「自転車の二人乗りは、違反だろう。」
「見つからなければ、全てオーケーってわけ。」
「知らないぞ。」
僕は、アキハを後ろに乗せて慎重に坂を下った。中学生まで二人乗りで出掛けたこともあったが、高校になってからはなかった。
「少し重くなったか。」
「死ね。乙女に何を言うの。」
アキハは、ナミキとの経緯を詳しく知っていた。
「小母様は、ナミキちゃんのような女子は、大丈夫よ。」
「何だよ。預言者か。」
「ふっふふふ‥‥、何が聞きたい。二人の未来かな。」
「煩い。勘弁してくれよ。」
僕は、そう言ってから付け加えた。
「でも、友達なら大丈夫かな。」
「友達ね‥‥。」
アキハは、僕の背中を小突いた。
「言うね。君は、大人だね。」
少し離れたコンビニに入った。昼下がりでイートインは空いていた。
「なんか、お香のような匂いがしたよ。」
突然のアキハの言葉に、僕は身構えた。
「あら、心当たりがありそうね。誰かサマと、お会いしていましたでしょうか。」
「煩いな。違うって。」
「なにムキになっているのよ。」
アキハは、僕の慌てようが面白かったのか追究の手を休めなかった。
「今時、お香をお使いになるご淑女様は、いらっしゃるんだ。」
「勘違いだよ。」
「そうかな。」
アキハが僕のシャツを掴み鼻を寄せた。
「‥‥止めろって。」
「なに‥‥、花の匂い。何の花だろう。」
僕は、身を離した。
「君はね、昔から都合が悪くなると逃げるよね。」
「話があるって言っていただろう。」
僕は、アキハの強引さに屈しそうになるのを堪えて話を変えようとした。アキハの悪戯っ子のような視線が僕を逃がさなかった。
「ナミキちゃんから聞き出したよ。どっかのお嬢様が気になるんだ。」
ルゥナのことがナミキにまで伝わっていた。アキハがどのような手を使って聞き出したのか気に掛かった。
「ナミキがお喋りなのか、お前が強引なのか。」
「そんなの、関係ないでしょう。」
アキハが、言った。
「乙女の直感が警告しているの。君、憑りつかれるよ。」
「貴重な意見は、参考にする。それを云いたかったのか。」
「それもあったけど。」
アキハは、少し声音を落とした。
「夏休みに入ってからなんだけど。事故の話、知っている。」
僕の耳に届いていなかった。三年生の男子が、校舎の外階段で足を踏み外した話だった。
「立て続けに事故やケガが続いているの。ありえない確率だと噂になっている。」
話の展開について行けずに僕は困惑していた。
「ナミキちゃんの家って、お医者さんだったの知っていた。」
僕は、初耳だった。よく聞くと、学校近くで開業している医院だった。校医に指定されていて、最初そこに運び込まれ診察を受けていた。
「全員が、足にけがをしているの。」
「たまたまだろう。」
「足首に、何かに捕まれた様な痣かあったって。」
オカルトじみた方向に話が向かい僕は、少し警戒した。
「裏門近くで、事件が起こっているのよ。全てね。」
学校の裏門近くは、焼き場跡の噂があった。真実かどうか分からなかったが、悪く思い巡らせると、つまらない考えに囚われた。
「‥‥それが、どうした。」
僕は、いよいよ返事に困った。アキハらしくない話だったからだろう。アキハは、幼い頃から怖い話や不思議な話に興味を示さなかった。
「噂が広まっているの。」
「信じているのか。お前らしくないぞ。」
「今回は、ちょっと気になるよ。だって、その噂って、例の男子が絡んでるの。」
懐かしい名前だった。新入生を代表して答辞に立った。僕は、何かの切っ掛けで最初に話した同級生だった。物静かで休み時間に独り本を読んでいた。入学から暫く経って病気で休んだ。その後、夏休みを過ぎて転校した。理由が何だったのか忘れたが、一度だけその同級生の家を訪れたことがあった。同行したもう一人の女子学生は、その男子と同じ中学の出身だった。
路面電車から私鉄に乗り換えてバスを使い県を越境する遠い距離だった。僕は、その通学時間の長さに関心を通り過ぎて少し同情した。
「毎日、大変だろう。」
僕は、バスを降りてから一緒に行った女子学生に話しかけた。取っつきにくい無口な女子は、視線も向けずに冷たく言った。
「‥‥べつに。」
大きな家屋が立ち並ぶ区画だった。門の呼び鈴を鳴らすと、若いメイドが姿を見せた。僕は、初めてメイドを目にして驚いた。同級生の暮らしぶりを想像して余計な考えを抱いた。
門から玄関までの庭の広さに呆れ、小さな家が入りそうな玄関に戸惑った。通された広い応接間は、異世界の設えだった。
男子は、病気の様子もなく物静かなままだった。あの時の短い会話は、よく憶えていなかった。ただ、男子の忠告のような言葉だけが記憶に残った。
「‥‥あの学校は、ヤバいよ。」
「お昼、食べていないでしょう。」
何時もと様子が違うのに気付いたのだろう。僕の感情の変化を見透かすのは、今に始まった事でもなかった。
「コンビニ行こうよ。」
「食べたくない気分だ。」
「奢るから。」
アキハは、自転車を出した。
「話しておきたいこともあるの。後ろに乗せて。」
「自転車の二人乗りは、違反だろう。」
「見つからなければ、全てオーケーってわけ。」
「知らないぞ。」
僕は、アキハを後ろに乗せて慎重に坂を下った。中学生まで二人乗りで出掛けたこともあったが、高校になってからはなかった。
「少し重くなったか。」
「死ね。乙女に何を言うの。」
アキハは、ナミキとの経緯を詳しく知っていた。
「小母様は、ナミキちゃんのような女子は、大丈夫よ。」
「何だよ。預言者か。」
「ふっふふふ‥‥、何が聞きたい。二人の未来かな。」
「煩い。勘弁してくれよ。」
僕は、そう言ってから付け加えた。
「でも、友達なら大丈夫かな。」
「友達ね‥‥。」
アキハは、僕の背中を小突いた。
「言うね。君は、大人だね。」
少し離れたコンビニに入った。昼下がりでイートインは空いていた。
「なんか、お香のような匂いがしたよ。」
突然のアキハの言葉に、僕は身構えた。
「あら、心当たりがありそうね。誰かサマと、お会いしていましたでしょうか。」
「煩いな。違うって。」
「なにムキになっているのよ。」
アキハは、僕の慌てようが面白かったのか追究の手を休めなかった。
「今時、お香をお使いになるご淑女様は、いらっしゃるんだ。」
「勘違いだよ。」
「そうかな。」
アキハが僕のシャツを掴み鼻を寄せた。
「‥‥止めろって。」
「なに‥‥、花の匂い。何の花だろう。」
僕は、身を離した。
「君はね、昔から都合が悪くなると逃げるよね。」
「話があるって言っていただろう。」
僕は、アキハの強引さに屈しそうになるのを堪えて話を変えようとした。アキハの悪戯っ子のような視線が僕を逃がさなかった。
「ナミキちゃんから聞き出したよ。どっかのお嬢様が気になるんだ。」
ルゥナのことがナミキにまで伝わっていた。アキハがどのような手を使って聞き出したのか気に掛かった。
「ナミキがお喋りなのか、お前が強引なのか。」
「そんなの、関係ないでしょう。」
アキハが、言った。
「乙女の直感が警告しているの。君、憑りつかれるよ。」
「貴重な意見は、参考にする。それを云いたかったのか。」
「それもあったけど。」
アキハは、少し声音を落とした。
「夏休みに入ってからなんだけど。事故の話、知っている。」
僕の耳に届いていなかった。三年生の男子が、校舎の外階段で足を踏み外した話だった。
「立て続けに事故やケガが続いているの。ありえない確率だと噂になっている。」
話の展開について行けずに僕は困惑していた。
「ナミキちゃんの家って、お医者さんだったの知っていた。」
僕は、初耳だった。よく聞くと、学校近くで開業している医院だった。校医に指定されていて、最初そこに運び込まれ診察を受けていた。
「全員が、足にけがをしているの。」
「たまたまだろう。」
「足首に、何かに捕まれた様な痣かあったって。」
オカルトじみた方向に話が向かい僕は、少し警戒した。
「裏門近くで、事件が起こっているのよ。全てね。」
学校の裏門近くは、焼き場跡の噂があった。真実かどうか分からなかったが、悪く思い巡らせると、つまらない考えに囚われた。
「‥‥それが、どうした。」
僕は、いよいよ返事に困った。アキハらしくない話だったからだろう。アキハは、幼い頃から怖い話や不思議な話に興味を示さなかった。
「噂が広まっているの。」
「信じているのか。お前らしくないぞ。」
「今回は、ちょっと気になるよ。だって、その噂って、例の男子が絡んでるの。」
懐かしい名前だった。新入生を代表して答辞に立った。僕は、何かの切っ掛けで最初に話した同級生だった。物静かで休み時間に独り本を読んでいた。入学から暫く経って病気で休んだ。その後、夏休みを過ぎて転校した。理由が何だったのか忘れたが、一度だけその同級生の家を訪れたことがあった。同行したもう一人の女子学生は、その男子と同じ中学の出身だった。
路面電車から私鉄に乗り換えてバスを使い県を越境する遠い距離だった。僕は、その通学時間の長さに関心を通り過ぎて少し同情した。
「毎日、大変だろう。」
僕は、バスを降りてから一緒に行った女子学生に話しかけた。取っつきにくい無口な女子は、視線も向けずに冷たく言った。
「‥‥べつに。」
大きな家屋が立ち並ぶ区画だった。門の呼び鈴を鳴らすと、若いメイドが姿を見せた。僕は、初めてメイドを目にして驚いた。同級生の暮らしぶりを想像して余計な考えを抱いた。
門から玄関までの庭の広さに呆れ、小さな家が入りそうな玄関に戸惑った。通された広い応接間は、異世界の設えだった。
男子は、病気の様子もなく物静かなままだった。あの時の短い会話は、よく憶えていなかった。ただ、男子の忠告のような言葉だけが記憶に残った。
「‥‥あの学校は、ヤバいよ。」