ルゥナ外伝 第24話

文字数 2,364文字

 ドローが立ち上がった。
 「‥‥確かに、お渡しいたしました。わたくしは、これで。」
 「美味しいロールケーキがあるんだけど。」
 シオンが引き留めた。
 「食べていきませんか。」
 「‥‥では、もう少し。」
 ドロシィは、座りなおした。シオンが僕に言った。
 「鞘に納めてよ。それ、彼女には危ないものだからね。それから、アキハさんは寒すぎたかな。」
 僕の横でアキハは、ほとんど雪山遭難状態で朦朧としていた。シオンは、アキハを庇うように肩を抱き立ち上がらせた。
 「この極寒、眠れば死にますよ。さぁ、向こうで少し落ち着きましょう。」
 シオンの真夏の冗談が本気に聞こえた。

 ドロシィと二人だけになった。暫くして僕は、何の脈絡もなく突然に彼女を切りたい衝動に駆り立てられた。
 「‥‥切らないで、下さい。」
 ドロシィの訴えで僕は、我に返った。柄に手をかけていた。
 「すみません。おかしいな‥‥。」
 僕は、思わず照れ笑いを向けた。
 ちょうどシオンが戻ってきた。僕らの様子を見て笑いを堪えた。
 「やはり、力があるモノは、取り扱いに苦労するね。」
 シオンは話しながら、ロールケーキを並べた。
 「脇差に引っ張られたのだよ。今の君では、よくよく集中しないと、逆に振り回されるよ。」
 僕は、シオンの指摘に背筋が凍る思いだった。自分でも引き込まれる強い力を感じていた。
 「それは、魔を伏せることが出来るらしいよ。」
 「えっ‥‥。」
 「信じたかな。」
 「いぇ、まさか。」
 脇差の尋常ならざる感触を覚えていたが、僕は困惑していた。シオンが冷たい玉露を配った。
 「本当だよ。御剣もあるんだけど、今回は必要ないかな。」
 シオンは、古のルゥナを守護していた童子が使った長い御剣の謂れを語った。
 「嘘か本当かは知らないけど。遣使が大陸から持ち帰った玉鋼で打った御剣らしいよ。妖気や悪霊を伏すことが出来る。その脇差も同じ力があるけど、護身用だね。」
 シオンは、話し続けた。
 「ルゥナ独りでも大丈夫なんだけどね。彼女、迷いがないから、怖いよ。」
 僕は、話の展開についていけなかった。
 「ルゥナは、君をお供に誘っただろう。」
 「僕でも、何かのお役に立てるかと思います。」
 「そうだね。君のお供えとしての力は、秀逸だから。」
 「‥‥そうですか。」
 僕の理解は、上滑りしていた。
 「ルゥナのように力が強いと、向こうは逃げるばかりだからね。君は、良い匂いがするから適任だよ。」
 「‥‥それが、僕の役目ですか。」
 「本来は、君が矢面で戦う立場なんだけど。」
 シオンは、話しを続けた。
 「あのルゥナは、戦闘力でも特化しているから。まあ、君が一緒にいれば、少しセーブできていいかもね。あの性格だから、暴れすぎて根絶やしにしかねないよ。」 
 僕は、黙り込んでしまった。それでも伝えようとする想いは、分かる気がした。
 ドロシィは、ロールケーキを食べ終わり静かに座り続けていた。
 「もう一つ、お切りしましょうか。」
 シオンの勧めにドロシィが頷いた。彼女の無表情に食べる姿が微笑ましかった。

 アキハは、庭の奥まった離れで横になっていた。夏の気怠い大気に絡まれて。額に汗をかき軽く寝息を立てていた。僕は、優しく呼びかけた。
 「おおぃ、起きろよ。」
 「‥‥はぁ、夢見てた。」
 アキハは、気怠く体を起こした。
 「‥‥変なこと、していないでしょうね。」
 「するか。それより大丈夫か。」
 「寒さで、眠くなったし。」
 アキハは、弱々しく体を伸ばした。
 「何日も寝ていたよう‥‥。」
 そこにシオンが顔を覘かせ、アキハの様子を窺った。
 「車で送るよ。君は、どうする。」
 「少し独りで考えたいので、電車で帰ります。」
 僕の返事にアキハは視線を向けたが、何も言わず素直に申し出を受けた。
 ドローの姿は、奥の間から消えていた。僕は、錦の袋を持って帰路についた。迷わず駅に辿り着けた。途中で下車して、あの喫茶店に立ち寄った。遠くの海をぼんやりと眺めながら物思いに耽った。
 
 僕は、家路をゆっくりと歩いた。公園に差し掛かった時、ルゥナの姿に気付いた。僕が通るのを待っていたかのようなルゥナの様子に驚かなかった。
 「お帰りなさい。」
 ルゥナは、僕が手にしている錦の袋を眺めた。
 「無事に届いたようですね。」
 「確かに。お預かりします。」
 僕の覚悟は、揺らいでいなかった。ルゥナが視線で僕を呼び寄せた。
 「その脇差を帯びているだけでお守りになります。貴男に災いとなる物の怪は、近寄れないでしょう。」
 ルゥナは、説明した。
 「貴男を庇っていられません。我が身は、ご自分でお守りなさい。」
 ルゥナは、僕のすぐ傍に寄った。彼女の顔を間近にして僕は、緊張した。
 「あら‥‥、この流れで、接吻はないでしょう。期待させましたか。」
 ルゥナの眼差しが揶揄っていた。
 僕のシャツの胸元を開けると、勾玉を確かめた。
 「‥‥余計なことを。」
 ルゥナは、呟いた。
 「信用されていないようですね。」
 僕の目を覗き込むようにしてルゥナは、言った。
 「急ですが、黄昏時にこの公園でお待ちします。」

 母親は、帰宅していなかった。アキハが、玄関で待ち構えていた。
 「何時なの。」
 「今日。夕方に待ち合わせ。」
 「そぅ、分かった。小母さまには、伝えておくから。」
 アキハは、僕の行動を疑わず受け入れた。あの時のアキハは、僕よりも覚悟を持って理解しようとしていたのだろう。そう思えた僕は、素直に伝えた。
 「助かる。‥‥お前って、イケてるな。
 「はぁ‥‥。君は、やっと、お気付きですか。
 そこにナミキが、部屋から抜け出して駆け付けた。アキハに呼び寄せたられたナミキの表情は、心なしか強張っていた。それでも、揺れる眼差しに気丈さが宿っていた。
 「お見送りさせてください。」
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