ルゥナ外伝 第8話

文字数 2,353文字

 シオンの母親が、あの土地の生まれだった。
 「母がここに嫁いできたのは、二十歳だったと聞いている。」
 幼い頃の里帰りをシオンは、語った。
 「あそこに行くのが怖くてね。空気が違うんだよ。悪い意味じゃなくて、あまりにも静謐すぎるというのか。時が停まってしまう感覚になる。」
 僕は、話を聴きながらシオンの子供の頃の姿を想像していた。
 「一年に四度しか行かなかったけどね。お正月と春と秋のお彼岸は日帰り、夏のお盆だけは、数日滞在した。」
 何時しか話の中に引き込まれていた。
 「お盆は、多くの親類が帰郷するから賑わう。子供達だけで遊ぶんだけど、あの頃から彼女らは違っていた。あれは、たぶん‥‥。」
 話が一段落すると僕は、疑問を向けた。
 「失礼ですが。シオンさんのお母様も力があったのでは。」
 「少しあったようだけど。御愛嬌程度だった。」
 シオンは、そこで話を戻した。
 「でも、あの娘は、選ばれた特別な一人だ。千年に一人の力を秘めている。私は、そう見ているよ。俗っぽく言わせてもらえるなら、悪い神にも善い神にもなれる。」
 「想像がつきません。」
 僕は、常識から離れた話に警戒した。シオンが、軽く受け流した。
 「そうだね。絵空事にも聞こえる。いずれ、分かると思うよ。」
 「‥‥ですが。先日の夢での出来事から考えれば。」
 僕は、夢の中での様子を想い返していた。
 「分かるような気がします。ルゥナさんは、人と思えなかった。」
 「生身なんだけどね。」
 シオンは、笑みを浮かべた。
 「体を器と考えている女子は、困るよ。」
 「‥‥ルゥナさんは、」
 僕は、尋ねた。
 「高校三年生ですか。」
 「たぶん。」
 「進学校の制服でした。」
 「そうだね。もう、七年ばかり会っていない。」
 
 話が終わりに近づくと、冷たい玉露に僕のお土産のロールケーキが用意された。
 「これは、美味しいね。お店教えてくれる。」
 シオンは、ご機嫌だった。
 「ナミキちゃんは、友人の娘さんなんだよ。小さい頃から良く知っている。」
 僕は、少し納得できた。改めてシオンの容姿を探った。母親の世代のようにも思えたが、大学生のようにも見えた。
 「良い子だよ。」
 玄関先まで見送りに出たシオンは、試すような言葉で僕を見送った。
 「幸せな家庭を築きたいか。面白い将来を体験したいか。君の選択を楽しみにさせてもらうよ。」
 「シオンさんには、僕の未来が見えていそうですね。」
 「まさか。人間、それほど便利じゃないよ。」
 シオンは、言った。
 「注意深く観察して推理すれば、大概のことは読めるものだからね。」
 「次もお邪魔しても宜しいでしょうか。」
 「遠慮せずに。歓迎するよ。」

 僕を一人で先に帰らせたのは、試したのだろう。僕が迷わずに駅まで辿り着いたのを知ったシオンは満足していたと、少し後になってからナミキから聞いた。
 僕は、ホームのベンチで暫く考え込んでいた。用意していた質問を半分も確かめられなかった。初めて会ったシオンに、逆に僕の気持ちを探られた思いがした。
 『僕の何を試していたのだろうか。僕の口からルゥナの名前を引き出すような誘導だった。』
 ルゥナをどの様にみているのか探っているような感じもした。
 何本か路面電車を見送った。帰りは海辺の駅で途中下車した。山手の住宅地の中にある喫茶店に立ち寄った。小学生の頃、母親に連れられたのが最初だった。
 高校生になってからは、時々一人で訪れるようになっていた。考え事や気分転換をしたくなると、使う店だった。高台の小さなテラスから海が見えた。その景色も気に入っていたが、初老のマスターの寡黙な雰囲気が好きだった。何時行っても客は少なく、僕の隠れ家的な場所になっていた。
 美味しい拘りの珈琲を飲んで考えを整理していると、アキハから連絡が入った。
 【素敵な場所で涼んでいないでしょうね。二人して。】
 僕が、ナミキと出掛けたのを知っていた。
 【それも、良いと思うけど。】
 【男は、いつも孤独だよ。】
 【はぁ、よくいうよ。わたし今、どこだと思う。】
 どうでもよかったから、適当に答えた。
 【‥‥凄い、当たり。】
 アキハから誘われた訳でもなかったが、学校に向かった。

 正門でクラスの女子三人が屯していた。僕の姿を見てお喋りのリヨが言った。
 「珍しいね。補習。」
 「お前たちこそ、何だよ。」
 「部活帰り。」
 僕は、その三人が何部なのか知らなかった。
 「えっと‥‥、天文部。」
 「惜しい。超常科学同好会。」
 「初めて聞いた。そんなのアリか。」
 三人が勝手に作った同好会だった。背の高いランが尋ねた。
 「どうしたの。」
 「文芸に顔出すところ。」
 「‥‥何か連れてきているよ。」
 僕は、真剣に身構えてしまった。その反応が面白かったのだろう。三人が明るい声を上げて笑った。
 「笑えるー。」
 「最近、僕に冗談は通じないぞ。ナミキ見かけたか。」
 「彼女。裏門に向かったよ。」
 何を考えているのか分かりづらいマミが言った。
 その裏門は、入学してから鍵が掛けられたままだった。俄かに信じられなかった。
 「着信拒否されているの。」
 「あの性格だろう。」
 三人は、鈴を転がすように陽気に笑った。僕の後ろを三人がついてきた。
 「お前ら、暇か。」
 「アンテナに引っ掛かるの。今日のレイア君は、持ってる。」
 そう話すマミに、僕は言い返した。
 「何が。金なんかないぞ。勿論、奢らない。」
 「不思議なものと遭遇できそう。」

 ナミキを探せなかった。
 帰りに三人とファーストフードに立ち寄った。
 
 
 
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