ルゥナ外伝 第13話

文字数 2,219文字

 昼食の後、団欒が有意義に過ぎていった。おやつは、母のパート先のケーキが用意された。
 「‥‥これって、先日お土産にされたお店と同じですか。」
 ナミキは、シオンの訪問に使ったロールケーキの味を覚えていた。

 「良い子じゃない。」
 バス停まで送り届けて戻ると、母は意味ありげな笑みを浮かべて言った。アキハが来ていた。
 「なんで、いるんだよ。」
 「心配じゃん。」
 「お前は、小姑か。」
 母とアキハが笑った。ナミキとの約束を知っているような二人の視線だった。
 「出掛けるから。」
 二人は、行き先を追及しなかった。

 夕食後に転寝してしまった。浅い眠りの中で夢を見た。昼間のナミキの話が頭に残っていたのだろうか。墓地で佇む少女の頃のルゥナがあらわれた。しかし、その姿はルゥナに雰囲気は似ていたが別人にも感じた。年の頃は、十三歳ぐらいだろうか。肩までとどかないお河童の髪型をしていた。
 窓から差し込む蒼白い月明かりの下で目覚めた。時が凍り付いたように静かだった。ベッドからぼんやりと満月を眺めた。
 「‥‥今夜って、満月だったかな。」
 そう呟く僕は、記憶が錯綜しているのを不安な思いでいた。
 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。一階にいるはずの母の気配がなかった。時計の針は、零時を指していた。こんな時間に誰だろうかと、思いながら僕は体を起こした。隣家のアキハの部屋の灯りが消えていた。アキハなら起きている時間だった。不思議な感覚にとらわれ考えを巡らせた。
 「‥‥充電していなかったかな。」
 僕は、スマホにバッテリーを繋いだ。OSが立ち上がらなかった。
 「‥‥えっ、なんで。」
 そこに、二度目の呼び鈴が響いた。夜更かしの母親の気配も無く不審な思いで一階に下りた。灯りを落とした部屋に母の姿がなかった。玄関の灯りを点けようとして僕は固まった。玄関の扉が開いていた。その先の車道に月明りを浴びて佇むルゥナの後姿が見えた。
 「‥‥こんな時間に、どうしました。」
 警戒しながら玄関まで出ると、僕は声を掛けた。朱色の着物姿のルゥナは、半身になって振り返った。
 「御機嫌よう。お迎えに上がると言いましたよ。」
 「‥‥その髪。」
 僕は、月明かりに煌く白銀の髪に驚き思わず声を出していた。見間違いでなく長く下ろした髪は、白銀だった。
 「元々、この様な色の髪でしょう。」
 「‥‥いゃ。」
 僕は戸惑い、言葉を失っていた。
 「そろそろ参りましょうか。月の歩みは、早いですから。」
 ルゥナに誘われるように僕は外へ出た。あまりの静謐さに困惑した。何時もの夜と感じが違っていた。空気が持つ感覚さえも特別に見えた。
 「‥‥今夜は、新月だったはずです。」
 僕は、記憶に残る月齢を思いだして尋ねた。ルゥナが、静かに謎かけのように言った。
 「新月は、真っ暗ですものね。でも、裏側は明るいのですよ。」
 「‥‥えっ。」
 僕は、正面からルゥナの顔を見て二度驚いた。片目が蒼い色をしていた。僕は気持ちの動転を隠し切れずに尋ねた。
 「‥‥その片目は。」
 「お忙しい御方ですね。普段は、黒いカラーコンタクトを入れていますので。」
 僕は、初めて片方の色が違う瞳を持つ人にあった。文献か何かで稀に体質的にいるのは知っていた。しかしルゥナの瞳は、体質だけだったのだろうか。得体のしれない人知を超えた力を秘めているようにも思えた。
 「そろそろ、参りましょうか。」
 ルゥナが促した。僕は、動けなかった。不可解な思いのなか夢の中で巡った世界を想いだした。僕は、思わず呟いていた。
 「‥‥これは、夢の続きですか。」
 「どうでしょうか。わたくしは、現実だと見ていますが。」
 その夜のルゥナは、白銀の杖を手にしていた。僕の視線に気付き微笑んだ。
 「お尻でも、御叩きしましょうか。」
 「‥‥貴女でも、冗談を言われるのですね。」
 「本気でした。調子がお戻りになられたようですね。では、ご一緒に。」
 僕は、導かれるように並んで歩き出した。
 「この杖は、昔にルゥナと仰った御方が、お使いになっていたのです。」
 「‥‥もしかして、その方はお目を患っていましたか。」
 「まぁ、感覚が研ぎ澄まされていますね。レイヤさんが感じたように、御目を閉ざしておられました。」
 ルゥナは、続けた。
 「その御方は、御幾つだったと、思いますか。」
 「‥‥我々よりも少し若かったかと。」
 「まぁ、素敵。凄いですわ。十三歳でした。」
 ルゥナは、観てきたかのような話しぶりだった。今し方に見た夢の中の少女の姿が重なった。

 住宅街は、静まりかえっていた。
 「‥‥夜の町は、こんなに静かでしたか。まるで誰も居ないようです。」
 僕の疑問に、ルゥナは、視線だけを向けた。
 「今生きているのは、わたくしたちだけと、打ち明ければ信じてもらえますか。」
 「‥‥いえ、たぶん。」
 「面白い御方。」

 三叉路に牛車が停まっていた。愕然とする僕にルゥナは勧めた。
 「これで、参ります。」
 「‥‥これって。」
 「普通は、驚きますよね。」
 「‥‥初めて見ました。今時、使われているのですか。」
 僕は、生まれて初めて牛車に乗った。簾から見える景色が来世のように思えた。

 牛車が着いた先は、僕の高校だった。真夜中の学校の異様な雰囲気が僕を困惑させた。
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