ルゥナ外伝 第22話
文字数 2,301文字
翌日の、登校日にナミキの姿はなかった。アキハが何処から仕入れたか不確かな情報を持っていた。
「昨夜、熱を出したらしいよ。」
「露天風呂で長湯をしたし、変なのもいたからな。」
理由を探ろうと思い付くままに口にした僕は、アキハの呆れたような視線を押し返した。
「だろう。ナミキは、お嬢様だからな。僕らと違う。」
「君のおバカ加減に惚れそう。取り敢えずは、情報収集だし。」
アキハが、憐れむように僕の行動を促した。
ナミキのクラスを覘いた。何かと噂になっていたのだろう。僕の姿を好奇の目で見る視線が重かった。アキハが、文芸部の後輩を見つけて呼び寄せた。僕は、事情を探っているアキハから少し距離を取った。
その時、教室がざわつきだした。窓辺に生徒が群がり悲鳴に近い声が上がった。運動場の外れ付近から煙が上がっていた。誰かの声に僕は、視線を移した。
「‥‥火事じゃないの。」
校内放送が、緊急の避難を知らせた。
「非難訓練か‥‥。」
まだ余裕で冗談を口にする生徒もいた。アキハの危機管理能力は高かった。僕の腕を掴むと急かせた。
「行くよ。この場合は、即、運動場。」
一瞬、僕は教室に戻り自分の持ち物を取りに行こうかと考え呟いた。
「先ずは、カバンだな‥‥。」
「バカですか。」
アキハが、本気で叱った。
「君を死なせない。」
「えっ‥‥、」
困惑する僕は、アキハに引っ張られ避難した。生徒各自が運動場に集まりつつあった。運動場の反対側の裏門付近から黒煙が上がっていた。
「部室が燃えているように見えたけど、違うようね。」
アキハの指摘は正しかった。
遠くから消防車のサイレンの響きが近付いていた。僕は、夢の続きのような感覚に陥りそうになった。遠目にも先生達が消火を試みているのが窺えた。
「まさか、裏門か。」
僕は呟いた。部室の向こうの裏門近辺から黒煙が上がっているように見えた。
タカシが僕らを探して駆け付けた。新たな情報を持っていた。
「‥‥人が燃えてるなんて、ありえないし。誰か見たの。」
そう尋ね返すアキハは、信じなかった。僕も同じだった。
消防車が運動場に入ってきた。パトカーも続き、救急車もけたましい響きを立てて到着した。
「‥‥ケガ人がいるのか。」
生徒の声に周りが騒然となった。何かが担架で搬送された。
その日は、運動場でクラスごとで集まり早々の下校になった。
「ちょっと早いし。お見舞いに寄ろうか。」
アキハは、小火騒ぎを乗り越えていた。
「お前、肝が座っているな。」
「乙女に、言うか。」
アキハが、わざと泣きまねをした。
「怖かったし‥‥。」
「お前でも、怖いものあるのか。」
「あるし。」
「そう見えない。」
「君のウソが怖いよぅ。」
そう悪戯っぽく言って、アキハは笑った。
少し遠回りをして花屋に立ち寄った。アキハは、店内を見て回り僕に尋ねた。
「何がいいと思う。」
僕は、見当がつかなかった。手近の深紅の薔薇を示した。
「‥‥これでいいだろう。」
「残念。乙女心が分かってていないし。他は。」
「じゃ、この黄色いの。」
その横の菊を選んだ。アキハが笑いを堪えた。
「君は、バカですか。」
「知るか。煩い。」
僕は、少し頭にきて突き放すように言った。アキハは、白い百合を選んだ。僕は、昔に何かの本で得た花弁が落ちる様子が見舞いに相応しくない知識を想い出した。
「お見舞いに使えるのか。」
「いいのよ。本人の好きな花が一番でしょう。」
ナミキの持ち物に百合をモチーフにした小物が多いのをアキハから教えられた。
「君は、女子のどこを見ているの。」
店を出るときに、アキハが耳元で囁いた。
「わたしは、ストックの匂いが好きだからね。ヨ・ロ・シ・クです。」
ナミキの家からシオンが帰るところだった。その日の着物姿に驚きながらも、なぜなのか当然のようにも思えた。
「心配いらないよ。疲れからだから。」
シオンの医者のような見立てに僕は安心しながらも疑念を拭い切れなかった。シオンがいること自体に理由があるように思えたからだろう。
「時間をつくってくれるかい。後で私の家で落ち合おう。」
僕の気持ちを先読みしたような誘いだった。シオンは、学校の方に向かった。その姿を見送り遠く離れるとナミキが独り頷き呟いた。
「‥‥そういうことですか。」
僕は、少しも気付けなかった。
玄関口でナミキの母親が歓待してくれた。
「お上がりになって。ナミキさんは、小さい頃から時々熱を出すの。」
ナミキは、元気だった。僕は、女子らしい雰囲気の可愛い部屋に感心した。アキハと違うセンスを比べてしまった。アキハが選んで僕に買わせた花束を喜んだ。
「ユリですね。私の好きな花です。嬉しい。」
「レイヤが、ナミキのためにって」
アキハの余計な言葉に僕は、苦笑を隠した。
「学校で火事騒ぎがあったのですか。」
ナミキは、自分から言い出した。病人を気遣うつもりでいたが、尋ねられて僕らは知っている限りを伝え話した。
「‥‥裏門の近くですか。」
そう呟いてナミキは、黙り込んだ。暫くしてナミキが語り始めた昔の出来事は、僕らを後戻りさせる始まりだった。
その日は、さすがに長居をしなかった。
僕は、家に寄らずにシオンの家に向かうつもりだった。アキハが離れずに尋ねた。
「わたしも行っていい。」
「シオンさんに警戒しているんだろう。」
「うん。でも、今日は行きたい。それから、お互い家に連絡しておこうよ。」
アキハから云われるまま僕は、母親に伝言を残した。
僕らは、その足でバスに乗った。路面電車の駅は、帰宅途中の生徒で溢れていた。
「昨夜、熱を出したらしいよ。」
「露天風呂で長湯をしたし、変なのもいたからな。」
理由を探ろうと思い付くままに口にした僕は、アキハの呆れたような視線を押し返した。
「だろう。ナミキは、お嬢様だからな。僕らと違う。」
「君のおバカ加減に惚れそう。取り敢えずは、情報収集だし。」
アキハが、憐れむように僕の行動を促した。
ナミキのクラスを覘いた。何かと噂になっていたのだろう。僕の姿を好奇の目で見る視線が重かった。アキハが、文芸部の後輩を見つけて呼び寄せた。僕は、事情を探っているアキハから少し距離を取った。
その時、教室がざわつきだした。窓辺に生徒が群がり悲鳴に近い声が上がった。運動場の外れ付近から煙が上がっていた。誰かの声に僕は、視線を移した。
「‥‥火事じゃないの。」
校内放送が、緊急の避難を知らせた。
「非難訓練か‥‥。」
まだ余裕で冗談を口にする生徒もいた。アキハの危機管理能力は高かった。僕の腕を掴むと急かせた。
「行くよ。この場合は、即、運動場。」
一瞬、僕は教室に戻り自分の持ち物を取りに行こうかと考え呟いた。
「先ずは、カバンだな‥‥。」
「バカですか。」
アキハが、本気で叱った。
「君を死なせない。」
「えっ‥‥、」
困惑する僕は、アキハに引っ張られ避難した。生徒各自が運動場に集まりつつあった。運動場の反対側の裏門付近から黒煙が上がっていた。
「部室が燃えているように見えたけど、違うようね。」
アキハの指摘は正しかった。
遠くから消防車のサイレンの響きが近付いていた。僕は、夢の続きのような感覚に陥りそうになった。遠目にも先生達が消火を試みているのが窺えた。
「まさか、裏門か。」
僕は呟いた。部室の向こうの裏門近辺から黒煙が上がっているように見えた。
タカシが僕らを探して駆け付けた。新たな情報を持っていた。
「‥‥人が燃えてるなんて、ありえないし。誰か見たの。」
そう尋ね返すアキハは、信じなかった。僕も同じだった。
消防車が運動場に入ってきた。パトカーも続き、救急車もけたましい響きを立てて到着した。
「‥‥ケガ人がいるのか。」
生徒の声に周りが騒然となった。何かが担架で搬送された。
その日は、運動場でクラスごとで集まり早々の下校になった。
「ちょっと早いし。お見舞いに寄ろうか。」
アキハは、小火騒ぎを乗り越えていた。
「お前、肝が座っているな。」
「乙女に、言うか。」
アキハが、わざと泣きまねをした。
「怖かったし‥‥。」
「お前でも、怖いものあるのか。」
「あるし。」
「そう見えない。」
「君のウソが怖いよぅ。」
そう悪戯っぽく言って、アキハは笑った。
少し遠回りをして花屋に立ち寄った。アキハは、店内を見て回り僕に尋ねた。
「何がいいと思う。」
僕は、見当がつかなかった。手近の深紅の薔薇を示した。
「‥‥これでいいだろう。」
「残念。乙女心が分かってていないし。他は。」
「じゃ、この黄色いの。」
その横の菊を選んだ。アキハが笑いを堪えた。
「君は、バカですか。」
「知るか。煩い。」
僕は、少し頭にきて突き放すように言った。アキハは、白い百合を選んだ。僕は、昔に何かの本で得た花弁が落ちる様子が見舞いに相応しくない知識を想い出した。
「お見舞いに使えるのか。」
「いいのよ。本人の好きな花が一番でしょう。」
ナミキの持ち物に百合をモチーフにした小物が多いのをアキハから教えられた。
「君は、女子のどこを見ているの。」
店を出るときに、アキハが耳元で囁いた。
「わたしは、ストックの匂いが好きだからね。ヨ・ロ・シ・クです。」
ナミキの家からシオンが帰るところだった。その日の着物姿に驚きながらも、なぜなのか当然のようにも思えた。
「心配いらないよ。疲れからだから。」
シオンの医者のような見立てに僕は安心しながらも疑念を拭い切れなかった。シオンがいること自体に理由があるように思えたからだろう。
「時間をつくってくれるかい。後で私の家で落ち合おう。」
僕の気持ちを先読みしたような誘いだった。シオンは、学校の方に向かった。その姿を見送り遠く離れるとナミキが独り頷き呟いた。
「‥‥そういうことですか。」
僕は、少しも気付けなかった。
玄関口でナミキの母親が歓待してくれた。
「お上がりになって。ナミキさんは、小さい頃から時々熱を出すの。」
ナミキは、元気だった。僕は、女子らしい雰囲気の可愛い部屋に感心した。アキハと違うセンスを比べてしまった。アキハが選んで僕に買わせた花束を喜んだ。
「ユリですね。私の好きな花です。嬉しい。」
「レイヤが、ナミキのためにって」
アキハの余計な言葉に僕は、苦笑を隠した。
「学校で火事騒ぎがあったのですか。」
ナミキは、自分から言い出した。病人を気遣うつもりでいたが、尋ねられて僕らは知っている限りを伝え話した。
「‥‥裏門の近くですか。」
そう呟いてナミキは、黙り込んだ。暫くしてナミキが語り始めた昔の出来事は、僕らを後戻りさせる始まりだった。
その日は、さすがに長居をしなかった。
僕は、家に寄らずにシオンの家に向かうつもりだった。アキハが離れずに尋ねた。
「わたしも行っていい。」
「シオンさんに警戒しているんだろう。」
「うん。でも、今日は行きたい。それから、お互い家に連絡しておこうよ。」
アキハから云われるまま僕は、母親に伝言を残した。
僕らは、その足でバスに乗った。路面電車の駅は、帰宅途中の生徒で溢れていた。