ルゥナ外伝 第6話

文字数 2,062文字

 三日後、病院の診察帰りのバス停でアキハとナミキに会った。
 「偶然ね。」
 アキハは、偶然を装ったが、二人の様子から待ち伏せをしていたのが見て取れた。控えめながら訴えるような視線を向けるナミキに、僕は身構えてしまった。手にした小さな花束と、手提げ袋が彼女の気持ちを表していた。アキハは、言った。
 「これから、家に行くつもりだったの。」
 「母さんパートだぞ。」
 「君のお見舞いだから。問題ないでしょう。」

 バスで僕の隣にナミキを座らせるアキハのお節介が疎ましかった。ナミキから微かに甘い香水がしていた。アキハは、僕の容態を尋ねた。
 「そぅ、もう行かなくていいんだ。よかったじゃない。」
 「もともと、どこも悪くないからな。」
 「昏睡状態なだけでも、充分に病気だよ。」
 バスの中でナミキは、一言も喋らなかった。

 キッチンで対応するするつもりだった。アキハは、勝手に僕の部屋に向かった。
 「‥‥部屋、掃除していないから。」
 理由にならない言い訳を背に受けてもアキハは、躊躇わなかった。
 「いいじゃない。」
 その日のアキハは、さすがにベッドに腰掛けなかった。ナミキと並んで床に座った。
 「それじゃ、改めて。君の全快おめでとうさん。」
 「‥‥おめでとうございます。」
 ナミキがそう言って、恥ずかしそうに花と手提げの紙袋を差し出した。
 「ありがとう‥‥。」
 僕の言葉は、困惑していた。アキハが、母親のように言った。
 「中、見なさいよ。」
 綺麗に包装された小説が入っていた。その題名を見てアキハのアドバイスなのが分かった。何日か前に僕が話題にしていたのを聴いていたのだろう。
 「買おうと思っていたから、助かるよ。」
 僕は、そう言葉を返す以外になかった。アキハが口を挟んだ。
 「レイアが読み終わったら、ナミキ貸してもらいなよ。」
 ナミキは、コクリと頷いた。
 「花瓶、借りるね。」
 アキハは、勝手知ったもので一階に花瓶を取りに下りた。気まずい空気の重さでも、女子を困らせる態度を取らない優しさは備えていた。その日のアキハは、お茶を入れたりと何度も中座した。その挙句にアキハは、途中で思いだしたように先に帰った。僕の気持ちも考えない行動に呆れた。全てが仕組まれているような動きだった。

 アキハがいなくなると、その日初めてナミキは、自分から話した。
 「ナミキ先輩に無理を言ってお願いしました。ごめんなさい。」
 ナミキは、今にも泣き出しそうに目を潤ませていた。
 「先輩のことが心配で、もっと早くにお見舞いに伺いたかったのですが。ご迷惑かと。」
 僕は、手に負えなかった。
 そんな重苦しい空気の会話の中にでも、収穫があった。アキハが話したのだろう。ナミキは、近くの古い集落の話を持ち出した。
 「郷土史に詳しい人を知っています。ご紹介できますが。」
 それには感謝して約束した。
 話は続かなかったが、ナミキは長居をした。アキハに念押しされていたし、どこから見ているかも知れなかったので、バス停まで送った。

 後日知ったが、その日に限って母の帰りが遅かったのは、アキハがパート先まで出向いて注進したからだった。
 「花言葉って知っているの。」
 そう尋ねる母の複雑な笑みが、アキハの表情と重なった。

 その夜、僕は窓越しにアキハに嫌味を投げた。
 「どうして、あの子なんだ。」
 「良い子だよ。特に性格が良い。それに可愛いでしょう。アイドルなみ。」
 「僕の好みを無視かよ。」
 「お似合いだよ。それにね、あの一年、大人しそうに見えて情熱的だよ。男に尽くすタイプね。たぶん。」
 「だから、どうした。」
 「乙女を悲しませたら、わたしも許さない。」
 こう言いだすとアキハは、幼い頃から曲げない頑固さがあった。突然、アキハが尋ねた。
 「好きな女子がいるの。」
 「えっ‥‥。」
 僕の反応にアキハの女の直感が引っ掛かったようだった。
 「意外ね。誰かな。」
 アキハの視線が、意地悪だった。僕は、受けを狙って誤魔化すつもりが失笑をかった。
 「アキハかも‥‥。」
 「はぁ‥‥。あんた、バカ。ここまで首を伸ばしなさいよ。吊るし上げてあげるから。どの口が言っているのよ。」
 アキハが、疑い深そうな視線を向けていた。
 「最近、変だと思った。誰よ、神妙に白状しなさい。わたしが見てあげるから。」
 「だから、違うって。それに、どうしてお前に見てもらわなければならないんだよ。」
 「当然でしょう。わたしが認めないと幸せになれない。」
 「勘弁してくれよ。」
 「だったら。ナミキちゃんを困らせないで。」
 「なんでそうなるんだ。もう閉めるぞ。」
 「白状するまで、許さない。」
 アキハは、窓を閉めさせなかった。最後には、ナミキに連絡しそうになった。僕の抵抗が付きかけた時、アキハの母が呼ぶ声に助けられた。
 「‥‥もぅ、あと少しで陥落だったのに。今夜は、見逃してあげる。」
 
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