ルゥナ外伝 第14話
文字数 2,441文字
門の鍵は開いていた。ルゥナが躊躇うことなく校内に踏み入った。昼間と違う世界に僕は違和感を覚えた。ルゥナは、勝手知ったように迷わず正面玄関まで辿り着くと立ち止まり呟いた。
「‥‥さて、どうしましょうか。」
「どうするって、どうするのです。」
僕は、困惑していた。
「この時間だと、不法侵入になります。校則違反です。」
「大丈夫ですよ。レイヤさんは、真面目ですね。」
ルゥナは、僕の慌てように気にも留めなかった。ルゥナは、校舎全体を見渡すように視線を向けていた。あの時のルゥナは何が見えていたのだろうかと、後々になっても僕を考えさせた。
「先ずは、ご挨拶からにしましょうか。」
夜間の学校に警備員が配置されていなく、無人なのは知っていた。正面玄関も、施錠されていなかった。
「前をお歩きになって。」
ルゥナに言われるまま窓から差し込む月明かりの廊下を進んだ。深夜の校舎の不気味な感覚に怯え警戒しながら僕は尋ねた。
「‥‥どこに向かえばいいのですか。」
「御心配なく。直ぐに分かりますよ。」
校舎の階を上がり廊下を巡った。
突然、闇の中から人影があらわれた。声も出せずに驚き立ち止まった僕は、思わず身構えた。
「こんな時間に、誰です。」
誰何する女性教諭の顔に見覚えがなかった。僕は、咄嗟に理由を見つけられずに謝った。
「‥‥すみません。」
「この学校の生徒。何年生。クラスは。名前は。」
眼鏡の奥の視線が険しく詰問した。僕は、姓名と学年クラスを名乗った。
「こんな時間に何ですか。一人なの。」
「‥‥えっと。」
僕は振り返った。今まで後ろを歩いていたルゥナの姿は、忽然と消えていた。闇の中に溶け込んだかのように。
「他に誰かいるの。下校時間が過ぎた後は、入ってはいけない校則は知っていますね。」
「‥‥はい。」
「取り敢えずは、職員室まで来なさい。」
電気もつけないのに、女性教諭は進んだ。その朧げな後姿に僕は従った。
暫くして僕は、職員室ではない方向に進んでいるのに気付いた。校舎を巡り裏門の方角に向かっていた。不意に僕の真後ろでルゥナが気配を現れた。
「‥‥どちらに、行かれますか。」
ルゥナの声に女性教諭が振り返った。闇の中で瞳が赤く光っていた。
「何か言った。」
僕は、問質され返事に屈した。ルゥナが言葉を続けた。
「職員室と、方向が違うようです。」
「君は、何を言っているの。」
女性教諭が苛立たしく叱った。僕は気付いた。女性教諭にルゥナの姿が見えていないことに。ルゥナは、僕の後ろから耳元に顔を寄せると囁いた。
「さぁ、斃してみて下さいな。」
「‥‥えっ。」
「レイアさんの力が見てみたいです。」
「‥‥なにがです。どうしろって。」
「投げて固めてみなさいよ。レイアさんは、自分が思う以上に気が満ちているのですよ。」
「‥‥できません。」
「合気道は、気を整えるだけのものなのでしょうか。」
「‥‥相手は、先生ですよ。」
「物の怪です。このような先生は、いらしたかしら。」
そう尋ねられて僕は、返事が出来なかった。何時までも決断できないのに呆れたのだろう。窘める感覚が耳元に伝わってきた。
「仕方ありませんね。今回は、お手伝いします。」
ルゥナは、近付く女性教諭の前に片手を出した。
「‥‥お前、何者だ。」
ルゥナに気付いた女性教諭の顔が、月明りの中で醜く歪み呻いた。臓腑の腐る匂いが辺りに立ち込めた。ルゥナは、静かな声で咎めた。
「わたしの供物に手出しなさらぬように。」
「‥‥貴様っ。」
引き攣ったような呻き声を上げて女性教諭は、後ろに飛び闇の中に消えた。
「追いますよ。」
ルゥナは、着物姿なのに流れるような速さで走った。その後を僕も追った。運動場を横切り裏門に迫った。
「‥‥見つけました。」
ルゥナは、そう言うと壁の前の陰に杖を突き立てた。
「案内、ご苦労様。」
陰の中で何かの気配が悶絶した。嫌な気配は消えた。
「このようなところに、入口が開いていましたか。」
ルゥナは、その壁の前で佇んだ。
「面白い賽を張った人がいるのね。陰陽かしら。」
壁に向かって片手を翳した。
「‥‥出直しましょう。場所が確かめられただけでも十分です。」
僕は、ルゥナを呆然と見ていた。
「少し、準備した方がいいですね。ここは、とても深いですから。」
帰りの牛車の中でルゥナは、提案した。
「レイアさんに業物を用意しましょうか。」
「武器なんか。使えませんよ。それより、この世界は何なんですか。これが夢でないなら、ありえませんよ。」
僕の疑問にルゥナは、子供をあやすように諭した。
「現実であって現実ではないのです。新月の闇の裏側ですから。」
「‥‥云っている意味が分かりません。」
「見えている世界は、レイアさんが知っている景色と寸分も違わないでしょう。」
「‥‥はい。」
「それなのに、街には誰も居ない。」
「‥‥。」
「どうしてなのか。パラレルワールド、平行世界とでも考えてみればよろしいかと。」
僕は理解できなかった。それでも死の町のように人っ子一人いない世界をみれば現実が崩れていのように思えた。
「ここは、物の怪らが跋扈するもう一つの場です。時折、人が迷い込むこともあります。」
「‥‥俄かには、信じられません。」
「相変わらず、用心深いですね。これだけ見せられても。」
「‥‥少し、考える時間を下さい。」
「いいでしょう。」
三叉路に戻ると牛車の歩みが停まった。僕は、別れ際に尋ねた。
「裏門の壁を見て何か言っていましたか。」
「異界への入口を塞いだ方がいらっしゃったようです。」
ルゥナの言葉に、アキハの話を想いだした。
「ここからは、お独りで帰れますよね。では、また。御機嫌よう。」
「‥‥さて、どうしましょうか。」
「どうするって、どうするのです。」
僕は、困惑していた。
「この時間だと、不法侵入になります。校則違反です。」
「大丈夫ですよ。レイヤさんは、真面目ですね。」
ルゥナは、僕の慌てように気にも留めなかった。ルゥナは、校舎全体を見渡すように視線を向けていた。あの時のルゥナは何が見えていたのだろうかと、後々になっても僕を考えさせた。
「先ずは、ご挨拶からにしましょうか。」
夜間の学校に警備員が配置されていなく、無人なのは知っていた。正面玄関も、施錠されていなかった。
「前をお歩きになって。」
ルゥナに言われるまま窓から差し込む月明かりの廊下を進んだ。深夜の校舎の不気味な感覚に怯え警戒しながら僕は尋ねた。
「‥‥どこに向かえばいいのですか。」
「御心配なく。直ぐに分かりますよ。」
校舎の階を上がり廊下を巡った。
突然、闇の中から人影があらわれた。声も出せずに驚き立ち止まった僕は、思わず身構えた。
「こんな時間に、誰です。」
誰何する女性教諭の顔に見覚えがなかった。僕は、咄嗟に理由を見つけられずに謝った。
「‥‥すみません。」
「この学校の生徒。何年生。クラスは。名前は。」
眼鏡の奥の視線が険しく詰問した。僕は、姓名と学年クラスを名乗った。
「こんな時間に何ですか。一人なの。」
「‥‥えっと。」
僕は振り返った。今まで後ろを歩いていたルゥナの姿は、忽然と消えていた。闇の中に溶け込んだかのように。
「他に誰かいるの。下校時間が過ぎた後は、入ってはいけない校則は知っていますね。」
「‥‥はい。」
「取り敢えずは、職員室まで来なさい。」
電気もつけないのに、女性教諭は進んだ。その朧げな後姿に僕は従った。
暫くして僕は、職員室ではない方向に進んでいるのに気付いた。校舎を巡り裏門の方角に向かっていた。不意に僕の真後ろでルゥナが気配を現れた。
「‥‥どちらに、行かれますか。」
ルゥナの声に女性教諭が振り返った。闇の中で瞳が赤く光っていた。
「何か言った。」
僕は、問質され返事に屈した。ルゥナが言葉を続けた。
「職員室と、方向が違うようです。」
「君は、何を言っているの。」
女性教諭が苛立たしく叱った。僕は気付いた。女性教諭にルゥナの姿が見えていないことに。ルゥナは、僕の後ろから耳元に顔を寄せると囁いた。
「さぁ、斃してみて下さいな。」
「‥‥えっ。」
「レイアさんの力が見てみたいです。」
「‥‥なにがです。どうしろって。」
「投げて固めてみなさいよ。レイアさんは、自分が思う以上に気が満ちているのですよ。」
「‥‥できません。」
「合気道は、気を整えるだけのものなのでしょうか。」
「‥‥相手は、先生ですよ。」
「物の怪です。このような先生は、いらしたかしら。」
そう尋ねられて僕は、返事が出来なかった。何時までも決断できないのに呆れたのだろう。窘める感覚が耳元に伝わってきた。
「仕方ありませんね。今回は、お手伝いします。」
ルゥナは、近付く女性教諭の前に片手を出した。
「‥‥お前、何者だ。」
ルゥナに気付いた女性教諭の顔が、月明りの中で醜く歪み呻いた。臓腑の腐る匂いが辺りに立ち込めた。ルゥナは、静かな声で咎めた。
「わたしの供物に手出しなさらぬように。」
「‥‥貴様っ。」
引き攣ったような呻き声を上げて女性教諭は、後ろに飛び闇の中に消えた。
「追いますよ。」
ルゥナは、着物姿なのに流れるような速さで走った。その後を僕も追った。運動場を横切り裏門に迫った。
「‥‥見つけました。」
ルゥナは、そう言うと壁の前の陰に杖を突き立てた。
「案内、ご苦労様。」
陰の中で何かの気配が悶絶した。嫌な気配は消えた。
「このようなところに、入口が開いていましたか。」
ルゥナは、その壁の前で佇んだ。
「面白い賽を張った人がいるのね。陰陽かしら。」
壁に向かって片手を翳した。
「‥‥出直しましょう。場所が確かめられただけでも十分です。」
僕は、ルゥナを呆然と見ていた。
「少し、準備した方がいいですね。ここは、とても深いですから。」
帰りの牛車の中でルゥナは、提案した。
「レイアさんに業物を用意しましょうか。」
「武器なんか。使えませんよ。それより、この世界は何なんですか。これが夢でないなら、ありえませんよ。」
僕の疑問にルゥナは、子供をあやすように諭した。
「現実であって現実ではないのです。新月の闇の裏側ですから。」
「‥‥云っている意味が分かりません。」
「見えている世界は、レイアさんが知っている景色と寸分も違わないでしょう。」
「‥‥はい。」
「それなのに、街には誰も居ない。」
「‥‥。」
「どうしてなのか。パラレルワールド、平行世界とでも考えてみればよろしいかと。」
僕は理解できなかった。それでも死の町のように人っ子一人いない世界をみれば現実が崩れていのように思えた。
「ここは、物の怪らが跋扈するもう一つの場です。時折、人が迷い込むこともあります。」
「‥‥俄かには、信じられません。」
「相変わらず、用心深いですね。これだけ見せられても。」
「‥‥少し、考える時間を下さい。」
「いいでしょう。」
三叉路に戻ると牛車の歩みが停まった。僕は、別れ際に尋ねた。
「裏門の壁を見て何か言っていましたか。」
「異界への入口を塞いだ方がいらっしゃったようです。」
ルゥナの言葉に、アキハの話を想いだした。
「ここからは、お独りで帰れますよね。では、また。御機嫌よう。」