ルゥナ外伝 第23話
文字数 2,337文字
「つけられてる。」
アキハは、車窓から外を眺めながら囁いた。
「周りを見ないの。壊れ三人よ。」
「お前、あの三人と何かあったのか。」
「聞きたい。」
「聞いていいなら。」
「怖いよ。」
僕は、アキハの真剣な小声に驚いた。
「これを知ったら、後には戻れない。」
「‥‥ホラーか。」
「まぁ、それに近いし。」
アキハは、そこまで言って気を持たせておきながら説明しなかった。後日知ることになるが、その話の顛末に呆れながらも幼馴染の意外な一面を見るのだった。
僕らは、適当な駅で途中下車して三人の追跡を撒いた。アキハが小さく溜息を零した。
「まったく、あの壊れ三人が。油断も隙もないし。」
次の駅まで歩く短い間に僕らは、ナミキから聞かされた不可解な話をお互いの言葉の中で確かめようとした。
「ナミキも、霊感体質よ。」
「その霊感体質は、兎も角だ。旧制中学時代って戦前だろう。」
「うん‥‥、そうかな。その前だから、いつの時代。」
「たぶん、明治、大正か。‥‥わからん。」
僕らが通う高校の前身は、旧制中学の流れをくむ公立校だった。その旧制中学が、軍関係の研究所の敷地に建てられたのを知らなかった。
「そんな学校の歴史知っていたか。」
「教科書に出てる歴史以外は必要ないし。」
スマホで検索しても、学校の歴史に載っていなかった。
「一度、じっくりと調てみるか。」
「右に同じでいいでしょう。」
シオンの家がある最寄り駅は、意外にもアキハが詳しかった。アキハの母方の菩提寺が近くだった。幼い頃からお墓参りに訪れていた。
「お前、信心深かったのか。」
「まぁね。こう見えて、ご先祖サマは大切だし。」
それでも、海側のエリアに行ったことがないと、アキハは少し嫌みっぽく話した。
「あの辺りって、昔からの家が多いらしいね。ご立派なお屋敷とか。」
昼間際の陽射しは、強かった。シオンの家に向かいながら僕は、少し不安になった。自信があるのに、道順が曖昧になっていた。迷ったつもりはなかったが、それでも長く歩いたのだろう。途中からアキハが不満を並べて非難した。
「‥‥先に行っておくけど。迷ったなら、正直に白状しなさいよ。」
「いや、駅から遠かった。」
「線路、そこに見えてます。」
確かに民家の狭間に路線が見えた。
「ナビ使いなさいよ。」
「住所知らない。」
「はぁ‥‥、マジ、バカですか。」
「今日のところは、謝る‥‥。」
アキハと揉めていると、シオンから連絡が入った。
【まさか、迷っていないよね。】
【大丈夫のようです。‥‥たぶん。】
【そぅ。じゃ、鍵閉めていないから、遠慮しないで上がっていてよ。あと少しで戻れるから。】
それから、着くのに少しばかりの時間を費やした。古風ながら造りの確かな家にアキハは納得して言った。
「予想どおり、シオンさんらしい住処ね。」
家の中は、相変わらず強く冷えていた。冷え性のアキハが顰める顔に僕は同情した。先日、招かれた奥の間に、見知らぬ長身の北欧系の女性がいた。丸テーブルの椅子に一人静かな佇まいで座る姿を目の前にして僕らは暫く立ち尽くした。最初は、人形を座らせているのかと思った。微動だもせずに瞬き一つしない様子は、部屋のよく効いた冷房と相乗して僕らを凍り付かせた。アキハは、警戒を通り越して呆然と自失状態だった。人形のような質感を持つ女性の存在は、僕らを困惑させた。
無言で丸テーブルを囲む僕らは、居心地の良いものでなかった。間もなく帰宅したシオンに助けられた思いだった。シオンは、ロールケーキを買ってきていた。
「お待たせしたね。二人共。ドロシィさんも、お着きでしたか。」
その若い女性の名前を耳にして僕は、なぜか温泉でのワンの言葉を想い出した。僕の疑念に応えるかのようにシオンがお互いを紹介した。
「‥‥ドローと、お呼びください。」
彼女の機械のような発音は、僕に違和感を覚えさせた。立ち上がった姿は、陰のような儚い印象を抱かせた。握手する冷たい手に驚かされた。僕よりも頭一つ背丈が高かった。その動きは、機械仕掛けの操り人形のようなぎこちなさがあった。
『まさか‥‥。ワンが、あの夜に云っていたドローじゃないよな。』
僕が思案に暮れるのをシオンは、助けるように尋ねた。
「もしかして、この方のこと、もう聞いているの。」
「ナミキさんに聞かれましたか。」
「だいたいね。」
「そのドローさんかと。」
「そう。」
よくよく観察しても、赤毛の短髪に明るい碧の瞳のドローは作り物の人にしか見えなかった。
「‥‥ご依頼の品です。お納めください。」
ドローが、錦の袋に収められた脇差を取り出した。僕は前に置かれた品に戸惑っていると、シオンが補足した。
「君に届けるように頼まれたらしいよ。」
僕は、心当たりがないわけでもなかった。学校に忍び込んだ夜のルゥナの言葉を想い返した。
「もしかして、ルゥナさんからでしょうか。」
「そう。この方は、あの里に入れないからね。それで、君に直接かな。」
「‥‥これで、どうしろと。僕は、剣術の心得がありません。」
「振り回せばいいよ。適当に当たるから。」
シオンの冗談が僕をより混乱させた。手にした脇差は、僕に不可思議な感覚を呼び覚まささせたのだろうか。気力を吸われてるように体が重苦しかった。
僕は、何かに突き動かされるかのように柄を持って鞘を払っていた。
「ほぅ‥‥、それを抜けるのか。やはり、君は面白い。」
シオンは、感心した。
「誰もが抜けないよ。それに、普通の人では手にすることも憚られる代物だ。」
「‥‥そうなんですか。」
「そう。君の前にそれを使えたのは、古にルゥナと仰った御方をお守りした童子らしいよ。」
アキハは、車窓から外を眺めながら囁いた。
「周りを見ないの。壊れ三人よ。」
「お前、あの三人と何かあったのか。」
「聞きたい。」
「聞いていいなら。」
「怖いよ。」
僕は、アキハの真剣な小声に驚いた。
「これを知ったら、後には戻れない。」
「‥‥ホラーか。」
「まぁ、それに近いし。」
アキハは、そこまで言って気を持たせておきながら説明しなかった。後日知ることになるが、その話の顛末に呆れながらも幼馴染の意外な一面を見るのだった。
僕らは、適当な駅で途中下車して三人の追跡を撒いた。アキハが小さく溜息を零した。
「まったく、あの壊れ三人が。油断も隙もないし。」
次の駅まで歩く短い間に僕らは、ナミキから聞かされた不可解な話をお互いの言葉の中で確かめようとした。
「ナミキも、霊感体質よ。」
「その霊感体質は、兎も角だ。旧制中学時代って戦前だろう。」
「うん‥‥、そうかな。その前だから、いつの時代。」
「たぶん、明治、大正か。‥‥わからん。」
僕らが通う高校の前身は、旧制中学の流れをくむ公立校だった。その旧制中学が、軍関係の研究所の敷地に建てられたのを知らなかった。
「そんな学校の歴史知っていたか。」
「教科書に出てる歴史以外は必要ないし。」
スマホで検索しても、学校の歴史に載っていなかった。
「一度、じっくりと調てみるか。」
「右に同じでいいでしょう。」
シオンの家がある最寄り駅は、意外にもアキハが詳しかった。アキハの母方の菩提寺が近くだった。幼い頃からお墓参りに訪れていた。
「お前、信心深かったのか。」
「まぁね。こう見えて、ご先祖サマは大切だし。」
それでも、海側のエリアに行ったことがないと、アキハは少し嫌みっぽく話した。
「あの辺りって、昔からの家が多いらしいね。ご立派なお屋敷とか。」
昼間際の陽射しは、強かった。シオンの家に向かいながら僕は、少し不安になった。自信があるのに、道順が曖昧になっていた。迷ったつもりはなかったが、それでも長く歩いたのだろう。途中からアキハが不満を並べて非難した。
「‥‥先に行っておくけど。迷ったなら、正直に白状しなさいよ。」
「いや、駅から遠かった。」
「線路、そこに見えてます。」
確かに民家の狭間に路線が見えた。
「ナビ使いなさいよ。」
「住所知らない。」
「はぁ‥‥、マジ、バカですか。」
「今日のところは、謝る‥‥。」
アキハと揉めていると、シオンから連絡が入った。
【まさか、迷っていないよね。】
【大丈夫のようです。‥‥たぶん。】
【そぅ。じゃ、鍵閉めていないから、遠慮しないで上がっていてよ。あと少しで戻れるから。】
それから、着くのに少しばかりの時間を費やした。古風ながら造りの確かな家にアキハは納得して言った。
「予想どおり、シオンさんらしい住処ね。」
家の中は、相変わらず強く冷えていた。冷え性のアキハが顰める顔に僕は同情した。先日、招かれた奥の間に、見知らぬ長身の北欧系の女性がいた。丸テーブルの椅子に一人静かな佇まいで座る姿を目の前にして僕らは暫く立ち尽くした。最初は、人形を座らせているのかと思った。微動だもせずに瞬き一つしない様子は、部屋のよく効いた冷房と相乗して僕らを凍り付かせた。アキハは、警戒を通り越して呆然と自失状態だった。人形のような質感を持つ女性の存在は、僕らを困惑させた。
無言で丸テーブルを囲む僕らは、居心地の良いものでなかった。間もなく帰宅したシオンに助けられた思いだった。シオンは、ロールケーキを買ってきていた。
「お待たせしたね。二人共。ドロシィさんも、お着きでしたか。」
その若い女性の名前を耳にして僕は、なぜか温泉でのワンの言葉を想い出した。僕の疑念に応えるかのようにシオンがお互いを紹介した。
「‥‥ドローと、お呼びください。」
彼女の機械のような発音は、僕に違和感を覚えさせた。立ち上がった姿は、陰のような儚い印象を抱かせた。握手する冷たい手に驚かされた。僕よりも頭一つ背丈が高かった。その動きは、機械仕掛けの操り人形のようなぎこちなさがあった。
『まさか‥‥。ワンが、あの夜に云っていたドローじゃないよな。』
僕が思案に暮れるのをシオンは、助けるように尋ねた。
「もしかして、この方のこと、もう聞いているの。」
「ナミキさんに聞かれましたか。」
「だいたいね。」
「そのドローさんかと。」
「そう。」
よくよく観察しても、赤毛の短髪に明るい碧の瞳のドローは作り物の人にしか見えなかった。
「‥‥ご依頼の品です。お納めください。」
ドローが、錦の袋に収められた脇差を取り出した。僕は前に置かれた品に戸惑っていると、シオンが補足した。
「君に届けるように頼まれたらしいよ。」
僕は、心当たりがないわけでもなかった。学校に忍び込んだ夜のルゥナの言葉を想い返した。
「もしかして、ルゥナさんからでしょうか。」
「そう。この方は、あの里に入れないからね。それで、君に直接かな。」
「‥‥これで、どうしろと。僕は、剣術の心得がありません。」
「振り回せばいいよ。適当に当たるから。」
シオンの冗談が僕をより混乱させた。手にした脇差は、僕に不可思議な感覚を呼び覚まささせたのだろうか。気力を吸われてるように体が重苦しかった。
僕は、何かに突き動かされるかのように柄を持って鞘を払っていた。
「ほぅ‥‥、それを抜けるのか。やはり、君は面白い。」
シオンは、感心した。
「誰もが抜けないよ。それに、普通の人では手にすることも憚られる代物だ。」
「‥‥そうなんですか。」
「そう。君の前にそれを使えたのは、古にルゥナと仰った御方をお守りした童子らしいよ。」