ルゥナ外伝 第17話

文字数 2,159文字

 広いルーフバルコニーが、その最上階だけ特別に作られていた。僕は、手摺にもたれて花火を眺めた。数キロ離れていても、直ぐ間近に花火の拡がりが見えた。色とりどりに咲き拡がる光が、激しい爆裂音と共に気持ちを揺らせた。僕が花火に魅入られていたからだろうか。何時の間にか傍に来ていたアキハから足を蹴られた。僕は、意味が解らなかった。男の反応に失望したのだろうか。アキハは、それ以上絡んでこなかった。
 ゆっくりと花火を見たのは、中学二年の花火大会以来だった。アキハとタカシの三人で人混みの中を浴衣で寛いだ記憶が甦った。アキハが、無邪気な姿で両手を伸ばして花火の華を掴もうとした。あの時、僕は幼い頃に交わしたアキハとの約束を突然のように思いだしたのだった。

 花火が終わると、女子三人は部屋で語らい始めた。アキハは、少しばかり警戒を解いたようにも見えた。僕は、シオンに誘われるままルーフバネコニーのテーブル席に着いた。生暖かい風に乗った潮騒の匂いが気持ちを和ませた。
 シオンは、赤いワインを選び、僕に果実の発砲ジュースを勧めた。
 「何の果実か分かるかな。」
 シオンに尋ねられて困った。不思議な味と香りだった。記憶の深い場所にあるのに引き出せないもどかしさに戸惑った。僕があまりにも考えていたからだろうか。シオンが柔らかい笑みを浮かべて言った。
 「イチジクとザクロ。もう一つは、思いだすといいよ。君が幼い頃に出逢っている花だからね。」
 その花の懐かしい匂いを想いだしたのは、暫く過ぎてからだった。気付いた僕は、納得して自分の立場を改めて考えた。
 「自分で気付くことが、大切なんだよ。急ぐことはないからね。」
 そう言ってシオンは、話題を移した。
 「もしかして、話があるの。私は相談に乗れるかな。」
 僕は、花火を見たからだろうか。気持ちの整理がついていた。
 「お伺いしようかと、考えていました。」
 僕の言葉にシオンが視線だけで先を促した。
 「昨夜、ルゥナさんと共に学校に忍び込みました。」
 物語のような話を最後まで聞き終えると、シオンはワイングラスをテーブルに置いた。
 「君は、夢か現実かどちらだと思うのかな。」
 「不思議な出来事でしたが、現実と受け止めます。」
 「いいね。その言葉。」
 シオンは、僕の言葉が持つ意味に感嘆したような視線を向けた。
 「それが、君の選択なら。もう何も言わない。」

 団欒に女子三人の場は温まっていた。アキハが何時ものように会話を楽しんでいた。
 「女子二人は、そろそろ送ろう。レイア君と、もう少し話をするよ。」
 アキハとナミキは、素直に従った。
 「アキハさん。遠慮なく遊びにいらしてね。」
 ルリアは、そう言って送り出した。
 二人が帰ると、ルリアもバルコニーに出てきた。手摺に背中を預けて煙草を取り出した。
 「男二人で、密談なの。」
 「悪巧みです。」
 シオンは、優しい笑顔を向けた。同性の僕でも溜息をつかせるほどに綺麗な所作だった。ルリアは、笑みを浮かべて顔を夜空に向け煙草の煙を吐き出した。
 「レイア君は、彼女に選ばれました。」
 「‥‥そうなの。」
 ルリアは、僕に視線を向けた。深い瞳の輝きに僕の心が緊張しながらもときめいた。シオンが、言葉を付け足した。
 「ルゥナと、彼に名乗ったそうです。」
 「そぅ、‥‥彼女、覚悟を決めたようね。」
 ルリアが、遠くを見る目で言った。
 「あの子、あのまま何もしないでいるのかと思っていたわ。」
 「まさか、あれだけの力を授けられた人です。」
 シオンは、穏やかに視線を向けていた。
 「時期が、今だったのでしょう。」
 「そぅね。待った甲斐があったということかしら。」
 ルリアが、僕に尋ねた。
 「君は、幼い頃に、ルゥナと出逢っているのは憶えているでしょう。」
 僕は、頷いた。
 「君にとっても、宿命なのよ。ルゥナを名乗る覚悟は、大変な事なのです。」
 この一族の中では、特別な忌み名であるのが二人の話から改めてわかった。ルリアがシオンに視線を向けた。
 「‥‥それで、今夜なのね。」
 ルリアの言葉にシオンが軽く頭を下げた。
 ルリアは、首に掛けていた銀の鍵を外し手渡した。
 「お借りします。」
 「いつ以来かしら。貴男が、学生の頃だったかな。」
 「そうです。」
 シオンは、自分の胸元から金の鍵を取り出すとルリアに預けた。

 港町は、花火の見学帰りで人で溢れていた。ルリアは、ヘリを呼んだ。

 外資系か運営している夜間の貸金庫から金属ケースを取り出すと、ルリアは、金の鍵を挿して暗証番号を打ち込んだ。その金属ケースの中には、もう一つ金属ケースが収められていた。シオンは、銀の鍵を挿し暗証番号を打ち込んだ。
 錦織の袋の一つを取り出した。その中に勾玉が納められいた。ルリアは、口の中で小さく呪文を唱えながら僕の首に掛けた。
 「保険を掛けさせてもらうわね。」
 その意味が理解できる日は、幸運なことに訪れなかった。二人は僕の身を案じてのことだったのだろう。僕は、今でもそう信じていた。ルゥナの真の力を見せられた後でも、考えは変わらなかった。

 帰りは、車で三叉路まで送ってくれた。
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み