第17話

文字数 2,092文字

☆17



 モデルの女の子と出会ったのは二十代の後半だったと思う。
 僕は東京に住んでいた二十代前半の頃、雑誌のトップモデルのカップルと同じ職場で少しだけ働いていた。
 あと、そのカップルとは全く関係なく、二十代前半のその頃、モデル事務所に在籍しているギタリストと知り合いだった。
 この三者全員について別々のエピソードがある。語り口を間違えると大惨事になるので慎重に書きたいが、読んでいる方も話についていくのが難しいかもしれない。
 なので、補助線を引く。
 モデルのカップルは男女二人とも雑誌の表紙を飾ることがたくさんあるトップモデル。
 ギタリストは事務所登録したばかりの新米のモデル。
 付き合った女の子は、どちらかというと読者モデルに近いところに位置するモデルだった。
 全員が、東京都にあるモデル事務所の、本物の所属モデルだったことだけが共通しているが、全員が別々の事務所のモデルであった。
 それを踏まえたところで、話を始めよう。


 男女ともにトップモデルでカップルだ、という紹介を映画俳優の方から受けて知り合ったそのカップルのモデルは、二人とも当時すでに二十代後半だったと思う。だから渋さもあり、どこか愁いを帯びていて、セクシーな二人だった。
 だけど、モデルって歳を取ったらどうするのかな、とは思っていた。仕事はなにをして生きていくのだろう。
 俳優の方に「この雑誌の表紙をしているんだよ」と教えてもらって見ると、ファッション雑誌の表紙を飾っている。表紙常連というか、ほぼ専属で表紙をしていたはずだ。凄いと思った。全国の本屋に売っている雑誌なんだもんな。後先は不安かもしれないが、トップとして絶頂期だった。
 モデルが歳を取るのを見る前に僕は東京を追い出されてしまったから、どうなったのか、僕は知らない。
 だが、トップモデルになるのも地位を維持するのも大変だ、というのを、いろんな違った角度から考察することに、僕は何故かなってしまうのだった。知りたいと思ったわけでもないのに。

 新米モデルくんは、僕の郷里から三十分隔てた、隣の県の市に実家がある、将来有望なギタリストだった。別に楽器が上手いかというとそんなでもなかったが、美形だった。上京してすぐに、その才能を活かそうと、モデル事務所に入ったそうだ。仕事もちょくうちょく来るし、良い稼ぎだったようだ。高い服やアクセサリーを、たくさん買うお金は、モデルのバイトだけで稼げたらしい。
 ある日、モデルくんは、どこかの業界の有名人に指名されて、呼ばれた。相手は有名人というか、呼びつけるのだから権力持ったひとであり、ちなみに男性で、モデルくんは楽器奏者であり、彼もまた男性である。彼は「奏者としての仕事を回してくれるのかな」と思って行ったらしい、高級ホテルの一室に……。
 これを書いている〈今現在〉だからこそ、それは〈そうなる〉奴ですね、とわかるだろうが、世間が周知したのは、僕の記憶が確かならば、このエッセイを書いている年の去年から今年にかけて、である。当時、そんなの、情報は全く知らないひとが大半だったはずで、彼は不用心だったわけではない。仕事をくれるのかな、と本気で思っていたはずだ。だが、彼は大切なものを失ってしまったのであった。

 モデルくんの話は僕が二十代前半の話で、だからそういうことがありましたおわり〜、と普通はなるはずである。僕もそう思ってたよ、二度と会うこともないだろう、と。ところが、だ。前述したように彼は実家が僕の実家の隣の県で、そこで大きな地震が起こったこともあり、おそらくはそれを機に、僕の実家の県を根城にするようになっていたっぽいのだ。
 僕の住む県の県庁所在地のライブハウスからモデルくんが出てくるところに僕は、たまたま出くわしてしまったのである。
 僕は三十歳を過ぎた頃だった。本格的なオタクになるために、サブカルバンドのライブに出かけていて、並んでいたのである。そのライブハウスは、二階が貸しスタジオになっていて、彼はまだ楽器をやっていたのである。
 スタジオ練習なのに、「出待ち」の女の子とかがいて、キャーキャー騒いでいる。で、凄い偶然なのだが、僕の前を通るとき、立ち止まってさ、僕と目が合ってから、口を開けて、しゃべろうとしてからやめて、目を逸らして去っていったのである。
 実は彼と僕は、一度だけ、ニルヴァーナのスメルズライクティーンスピリットを一緒にプレイしたことがあった。僕はそのモデルくんに嫌われていたのだけど、プレイで通じて、「おまえ、やるじゃん」「おまえもよかったぜ」っていう、漫画みたいなやりとりをしたことがあるわけ。
 それが一方はまだ音楽やっていてキャーキャー言われていて、僕は〈オタク堕ち〉である。笑えるだろ。
 うん、確かに笑える。笑えるよ。
 でもちょっと、補足したいので、枕的な営業って実際はイメージと少しだけ違うって話と、イベントなどの〈サクラ〉のバイトの話をしてから、読者モデルの女の子の話に移ろうかと思うんだ。
 どうかこのエッセイが圧力で握りつぶされませんように。では、祈ったところで、先へ進もう。


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