第23話

文字数 972文字

☆23



 目覚めると救急病棟だった。個室ではない。小さな体育館くらいの大きさの部屋に、ベッドがたくさん並んで、動けないけが人や病人がたくさん寝かされていて、起きているけが人や病人は一様に呻いている。
 ガンガンそのひとたちは冷たくなって、顔に白い布を被されて退室していく。
 僕は首の大静脈に穴を開けられ、そこから太い管を通されていて、一命を取り留めていた。胃洗浄では間に合わず、あと数時間で死ぬところだった、と説明を受けた。
 ドアのない大きい二人部屋に移されたときだったか、精神科医と思わしき白衣の老人が僕のところに来た。
「あなたは何故、こんなことを起こしたのですか?」
 僕は、間髪おかずに、
「さぁ?」
 と、言った。
 白衣の老人は去っていき、その後、理由を聞かれることは、一切なかった。
 一切ないというのは、誰からも訊かれない、ということだ。
 警察からも、医者からも、誰からも。

 その「さぁ?」というのは、〈そんなわけない〉のであるが、正常な思考が出来そうもないし、正直この老人、浅黒い顔をして猫背でぼそぼそしていて、この手合いとしゃべるような体力は今はないので、あたまのなかを整理してからちゃんと質問してくれ、ということだったのだが、「最初の言質が重要」だというルールを逆手に取り、〈これは突発的に起こした精神病者の狂言かなにかであり、事件性はない〉という判断に、〈コントロール〉したかったのは明白であった。
 僕は泣き寝入りすることになった。

 ドメスティックバイオレンスを行った女性は、ある地方の力を持った開業医である人物の一人娘だった。
 また、その女性は「権力者と寝たので仕事が回ってくるようになった人物」でもあった。正確には、権力者に抱かれ、妊娠し、人工妊娠中絶した過去を持つ。

 お手上げだった。僕は軽くいなされるようにして、被害者である事実をもみ消されたのだ。
 それに、この女性のドメスティックバイオレンスは、有無を言わせぬかたちの興奮状態で行われ、本人の意志ではあるだろうが誰かからの〈風聞〉などの計略で興奮状態になったとおぼしいところがあった。僕が自殺するのも見据えて計られたとしか思えない節がそこらじゅうにあった。殺人未遂事件だった、本来ならば。
 僕は23歳になる年だった。23歳で、僕の人生は終わった、とも言える。
 短い人生だった。


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