女の子

文字数 1,315文字

……。
目覚めるとそこは病院の一室で、俺はベッドに寝ていた。
ミチル!
ん?
と、声がした方を振り向く間もなく、いきなり誰かに抱き締められた。
(なんだ、なんだ?)
ごめんなさい! 私のせいなの! 私のせいでこんな……ごめんね! ごめんね、ミチル! 許して……!
女の子の香り。押し付けられる体。暖かい。
状況が呑み込めず呆然とする。
あ……ごめんね、頭を打ったのにこんな……今、ナースコールするから。
解放される。
抱きついていた彼女は泣きはらした顔をしていた。
気の毒に。何があったんだろう。
(なんか声をかけてあげないと)
……ミチルって? 君は誰?
嘘……!
俺の言葉に、女の子は一瞬愕然とした表情を浮かべ、そして次の瞬間大声で泣きながら床に崩れ落ちた。
……それからナースさんが来て、先生にも診察してもらって、ご家族の方がまだ連絡がとれないから、特別に付添として恋人の方といっしょに居てもよいと言われた。
(恋人?)
(目が覚めたとき、抱きついてきたあの子か……)
他に女の子の知り合いなんかいないし、恋人といったら彼女しかいないだろう。
知り合いどうこう以前に、知っているのは彼女しかいない。
俺は記憶喪失になったのだそうだ。
ドラマとかでは見たことある。そんな「記憶」はある。
だが、どんなドラマで見たのかとか、自分の知り合いのことだとか、自分が誰だとか、そういうことは全く憶えていなかった。
問診で色々尋ねられてそのことに自分で気がついた時はさすがに言いようのない不安と恐怖を感じた。
だが、不思議と落ち着いてもいた。
記憶を失う前、自分がどんな奴だったかは知らないが、けっこう前向きな奴だったんじゃないか。
記憶なんて後ろ向きなもの、なくたってなんとでもなるさ。そうも思える自分がいた。
俺は城戸充。大学三年生。
遊びに行った大学の先輩の家で、ソファの上に取りつけてあった巨大なスピーカーに、勢いよく立ち上がった瞬間、頭をぶつけて気を失ったらしい。
そそっかしくて、ちょっと笑える。
俺には彼女がいて、名前は石神佳純。
大学の同級生だ。
付き合い始めたばかりだったらしい。
俺のだという全然見覚えのないケータイを見せて貰ったら、アドレス帳の彼女の名前はこんなふうに登録されていた。
『超超超・愛してる好き好き好きだよ佳純ちゃん』
アホか、俺は。
いや、記憶を失う前の俺のことだが。なんかもう、ごちそうさまだ。そんなに好きだったのか。困ったな。
俺は俺であって、俺じゃない。
……しかし、彼女はずっと彼女のままだ。
きっと、彼女だって、同じかそれ以上に俺のことを愛していたに違いない。そして今も。
ケータイには他の女の子の名前はなかったし。ラブラブだったのだろう。
ベッドの横で付き添いながら、彼女がポツリポツリと俺に何があったのか教えてくれた。
全部……全部私が悪かったの……恋人のミチルのことを疑った私のせい……。
疑う? 一体何を?
ミチルが……他の女の子とつき合ったりしないかって心配で。
俺ってよっぽど信用がなかったんだな、ハハハ……。
そんなことない……そんなことないよ!
ごめんなさい……。
(身に覚えがない身としては、責めることもできなければ、否定してあげることもできないのがツライところだな……)
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登場人物紹介

石神佳純(いしがみ・かすみ)
通称:ジュン

大学三年生。
彼氏ナシ。しかし……?

城戸充(きど・みちる)
通称:ミチル

佳純と同じゼミに在籍するイケメンプレイボーイ。
彼女ナシ。しかし……?

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