第76話 信頼の天秤 ~わたし・親友・先生~ Bパート

文字数 4,476文字


 この子の言う親友に会って話をしてみたいと言う気持ちはあるけれど、今のわたしでは愛さんがどう反応するのか分からないから、今は言わない方が、聞かない方が良いと判断して、
「本当に仲が良いんだね」
 少し質問の中身を変える。
「はい。私が一番の親友ですから」
 最近でこそ空木くんを始め、統括会のメンバーの名前が出て来るようになっては来ていたけど、それまではご家族の話と、ごく稀に出て来る親友しかいなかった愛さんの口が迷いなく言い切る。
 今の愛さんなら聞いても大丈夫かなと判断して、
「愛さんにとってわたしは?」
 何と言ってもらえるのか、また愛さんの言う親友・保健の穂高先生の事を完全に意識してしまいながら聞いてみると
「どんな些細な事でも秘密を作らせてもらえない先輩?」
 少しの間思案顔を浮かべた愛さんが、喜んで良いのかどうか難しい印象を口にしてくれるけど、どうして更に疑問形なのかな。
「それだといつも愛さんから無理やり聞き出しているみたいなんだよ」
 確かに毎回あの手この手を使って何とか聞き出しているのはわたしの方なんだけど。
「そんな感じ方はした事ないですよ。いつも私が言い易い様にしてくれているんだと私は、思ってましたよ」
 本当にこの子は……さっきまでのわたしの気持ちが嘘のように、今は凪いでいる。
 こう言う子だって分かってるから、わたしはこの子が好きで好きで仕方がないの。



――――――――――☆  信頼と開示 共通の窓  完 ☆――――――――――



 やっと話がひと段落したところで、さすがに少しは試験勉強をしないといけないって事で、分からない所を朱先輩に聞きながら、少し集中させてもらう。
 蒼ちゃんの事も優希君の事も解決したわけではないけれど、朱先輩に話してスッキリ出来たのか、いつもより高い集中力を維持できた気がする。
 そしてある程度の時間になったからと朱先輩が振舞ってくれると言う夕飯の支度をしている途中で、本来相談したかった進路の事について、相談に乗ってもらうために口を開く。
「あの、朱先輩。今まで課外活動をしてきて、朱先輩からもらった学校案内も見せてもらって私は、やっぱり子供と接するのが好きみたいです」
 私の相談に喜んでくれたのか、それとも朱先輩とよく似た進路を取る事を喜んでくれたのか、私の言葉に本当に嬉しそうに、
「じゃあご飯を食べながら愛さんの話をじっくりと聞くんだよ」
 私の話を聞くと言ってくれる。


「私、朱先輩と同じ学校を第一志望にしようと思ってるんです。朱先輩の学校って公立なので、私だったらほぼ国立と変わりないですよね」
 夕食時思い切って朱先輩に打ち明ける。
 後を追いかけるみたいで嫌がられるのか、それともさっきみたいに喜んでもらえるのか。
 自分の進路の事なのに、朱先輩の反応に対する不安を胸に聞いてみると、
「わぁ! 愛さんも子供が好きって言ってくれて嬉しいんだよ。でも1校しか受けないの?」
 私の不安を丸ごと吹き飛ばしてくれるような笑顔を見せてくれる朱先輩。
 ――愛美のやりたい事が決まったら遠慮せずに俺たちに言って欲しい――
 私の両親もそう言ってくれていたのを思い出すけれど、小さい頃に苦労していた事も覚えているから、受験だけでもバカにならない費用。私が迷っていると、
「わたしは3校受けたんだよ。第一希望と第二希望と滑り止め。もし体調不良なんかで受けられなかったら、一年棒に振る事になるし、その分の時間とお金の方がもったいないんだよ」
 私の背中を押すように朱先輩が言葉を重ねる。
「それにわたしだって順調に行ったとしても、一年と四年だから後一年だけしかないかも知れないけれど、愛さんと

んだよ」

 ――蒼依やっぱり愛ちゃんともっと

――  

 その言葉は運命のいたずらなのか、それとも本当に偶然の一言なのか、蒼ちゃんが私にかけてくれた一言が、今度は立ち位置を変えて一字違いでほぼ完璧に重なる――
「朱先輩……『――っ!!』……私、今日家に帰ったら両親とちゃんと話をしてみます」
 私は朱先輩の気持ちとあの時の蒼ちゃんの気持ち、そして自分自身の気持ちも合わせて噛みしめながら、朱先輩に返事をしたのだけれど、
「――?!」
「愛さん! 万が一ご両親が駄目って言ったら、わたしも説得するんだよ! それでも駄目だったら受験料はわたしが出すんだよ! だから後2校は受ける学校を決めてしまうんだよ!」
 食べている最中にも拘らず、いつ私の隣へ来たのか、びっくりすような朱先輩の決心といつの間にか後2校も受ける事が決まってしまっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーースピン 3ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夕食を頂いた後、今度は私の横に初めから座っていて、どこから持って来たのか、いくつかの学校のレットをテーブルの上に並べる朱先輩。
「愛さんがご両親の事を良く考えているのは分かるから、1つは国立で良いと思うんだよ」
 私がいつから準備をしていたとか、どこから持って来たのかを聞く前に朱先輩が話を進めてしまう。ただテーブルの上に並べられたレットは、前の中には入っていなかったまた違う学校の物だと気づく。
「でも国立ってそんなにたくさんはありませんよね」
 つまり朱先輩は私に渡してくれた後も、更に集めてくれていたのだと気づかされる。
「私立程は多くはないけど、居住地の制限が無いから全国どこでも大丈夫なんだよ」
「全国って言う事は今の家を離れるって事ですよね」
 朱先輩の話を聞いていたら一人暮らしと言うか、学校で勉強するために両親と離れて暮らすことが前提になっている気がする。
「必ずしもそう言う訳じゃ無いけれど、仮に一人暮らしになった場合でも、学費が安い分私立よりも絶対安くなるしバイトも併せてすればご両親に負担をかける事も少ないんだよ」
 朱先輩が私の気持ちを汲んで話をしてくれている事は理解できるのに、私の心が一人暮らしを全力で嫌がっている。
 そんな自分がまるで親離れできない子供みたいで、嫌だなと思いながら
「朱先輩は一人暮らしをしなければならない程、私と離れても平気なんですか?」
 私の気持ちを理解してくれている事を期待して聞いてみても、
「どれだけ離れていてもわたしは

様に一週間に一回は必ず会うって決めてるんだよ」
 私の事を考えてくれているのも分かるのに、私の期待した返事は帰って来なかったから、心が納得しない。
 その上で朱先輩が私にお勧めだと言う国立の学校を提案してくれるけれど、
「ここってものすごく遠いんじゃ?」
 都市間高速鉄道を使っても、3時間はかかると言う学校だった。
 こんなの家から通えないし、しょっちゅう帰れるような距離じゃない。
「遠いんだけど、学校自体のレベルが高いから愛さんが学ぶにはとってもいい学校だと思うし、卒業と同時に収得出来る資格もあるからお勧めなんだよ。それに何より、愛さんの学力なら十分に狙えるんだよ」
 朱先輩が本当に私の事も両親の事も考えてくれているのも分かるし、何より学校に魅力があるのも頷ける。だけれど、どうしても一人暮らしに抵抗を感じる。
 目の前の朱先輩は一人暮らしをちゃんとしているのに、余計に自分が子供っぽくて恥ずかしい。
「……」
 私が黙ってしまったのをどう受け取ったのか、純粋に私を優しい瞳で見た後、
「ここも志望校に入れておいて、通った後で考えれば良いんだよ」
 国立の話を終えて次の話に進めてくれる。
「次に滑り止めなんだけれど、ここなんてどうかな?」
 そう言って今度は比較的近い、家からでも十分に通えそうな学校を提案してくれるけれど、
「それならこの前朱先輩からもらったレットの中にあったココが良いと思うんですけれど、どうでしょうか?」
 そう言って見るともなしに見ていた少し遠いけれど、決して家から通えない距離ではない私立のレットを、持ってきていたカバンの中から取り出す。
「うん。良いと思うんだよ。今の愛さんの学力なら大丈夫だろうし、当日体調さえ崩さなければ全く心配いらないんだよ」
 ただこっちに関しては朱先輩からも一回で笑顔を貰えた。
「じゃあこれで三校は決まりなんだよ。一応おさらいをしておくと、第一志望がわたしが在籍する公立の学校。第二志望が一人暮らしにはなっちゃうけど国立の学校。第三志望が自宅から遠いけど通える滑り止めの私立。いずれにしても社会福祉科。これで良いかな?」
「はい。大丈夫です。これで今日の夜、両親と話し合ってみます。それで許可がもらえたらテスト明けにこれで進路希望調査票を提出しますね」
 そして朱先輩がまとめてくれた内容で私も首を縦に振る。
「じゃあ後は、前期・後期・推薦と三つあるから、担任の先生は……ポイしてしまったままで良いから……保健の穂高先生に訊くと良いんだけど、ちゃんとその内容はわたしにも教えて欲しいんだよ」
 どうも朱先輩は保健の先生……穂高先生だっけ? が嫌いなのか、話題に上がる時は不機嫌になってる気がする。
「分かってますって。朱先輩に秘密は作りませんよ。だいたい秘密を作らせてくれないじゃないですか」
 私が返事をすると、
「あ。今愛さんが笑ったんだよ」
「笑ってません。喜んだだけです」
 私の事をいつも真剣に、第一に考えてくれるのだから。
「……愛さんがやっぱり悪い子になって来てるんだよ」
「朱先輩には何も秘密を作っていないのに、悪い子ですか?」
 いつもの言葉遊びみたいな問答の後、ふと表情を戻して、

「愛さん。わたしと愛さんの間では遠慮は無しなんだよ。本当にいつでも何時でも、どんな事でも連絡をくれて良いから。私の前では取り繕う必要は無いんだよ」
「それとわたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ。だからご両親に愛さんの気持ちをちゃんとぶつけて欲しいんだよ」
 いつもの。そう。いつもの言葉を交わす。
「また何かあったらちゃんと連絡もしますし、大丈夫です。ありがとうございます」
 本当にいつものやりとり。言葉はほとんど一緒のはずなのに、その時々や内容で、言葉の重さ・感じ方も全く違う。
「じゃあ今日は両親と話しますから帰りますね」
「またどうなったかちゃんと教えて欲しいんだよ」
 私は朱先輩の温かな言葉を胸に、お父さんに駅までの迎えをお願いして帰路に就く。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
      「お母さんが怖くてお父さんなんて出来るかってやつだ」
           いつもとは違うお父さんの強気な発言
     「俺たちに相談してくれて、正直に話してくれてありがとう」
              両親からの感謝の言葉
      『~~っ! アンタ! 次会った時覚えてなさいよっ!』
           少しずつ変わる妹さんとの関係性

              「おはよう愛……美?」

         77話  人の面白さ ~分からない心・欠点~
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