第6話 幕間 お嬢様官僚が恋した相手は御曹司系警察官(前編)

文字数 2,870文字

前書き

タイトルは40文字以内でないといけないようでした。
他の小説投稿サイトで公開しているタイトルは

『幕間 お嬢様官僚が恋した相手は御曹司系警察官―今夜、キミの瞳を逮捕する―(前編)』

です。

岡島直矢視点のエピソードで、ファーレンハイト番外編の第4話で公開していた『カステラの桐箱』の続きです。
現在はファーレンハイト第二部の第1章に挿入済です。


❏❏❏❏❏


 六月十四日 午前二時五十七分

 不夜城――。

 大都会東京の眠らない街。そんな言葉が似合うこの場所は新宿でも六本木でもない。霞が関の厚生労働省前だ。こんな時間なのに電気がいっぱい点いている。
 時間外労働の上限規制は厚生労働省のお役人には関係ないようだ。お疲れ様です。

 俺は二十分ほど前に、松永さんに手配をお願いをしていた車で中央区のタワマンを出た。
 カーナビの案内通りに運転して車を停めたが、場所が違うことに気づいた。カーナビは『目的地周辺です』って言ってたのに。

 午前三時に林野庁側の駐車場出口あたりに行かなくてはならないが、厚生労働省に着いた。林野庁ってどこだろうか。
 林野庁なら農林水産省とセットかな、農林水産省ってどこかな、そう思いながらグーグルマップを見たら農林水産省も林野庁も厚生労働省の裏だった。表かも知れないけど。どちらにせよ、カーナビはだいたい合っていたようだ。

 俺はまた走り出した。
 厚生労働省前から林野庁の駐車場出口を目指して左折、左折、左折。型落ちの黒いヤン車で待ち合わせ場所に向かう。そう、ヤン車で――。

 俺は松永さんに車を手配して欲しいとは言ったが、決してそれはヤン車ではなかったのに。どうしてこうなった。

 松永さんは誇らしげに『ヤン車だけど高級車だよ?』と言っていたが、俺は何も言い返せなかった。
 それに『オンナ迎えに行くならいい車の方が良いだろ?』とも言われたが、ヤン車ではマズい相手なのに、俺は何も言い返せなかった。そう、俺はヘタレだから。

 ヤン車じゃ嫌だけど仕方ないから気持ちを切り替えた。そして俺は、どうやってこんな頭悪そうなヤン車を手配したんだ、所有者は誰だよと思い、車検証を見たら所有者は望月(もちづき)奏人(かなと)と書いてあった。望月さんがヤン車乗りだったとは――。

 望月さんのヤン車はエアロパーツを架装して車高を落とし、タイヤは扁平タイヤだ。そんなに下品ではない。まあまあ上品なヤン車といったところか。
 でもヤン車に上品もなにもないと思うし、高級車なのに乗り心地が最悪なのはいただけない。しかもナンバーは光学式の横浜ナンバーだ。光ってる。港町ヨコハマを猛アピールしてる。

 松永さんは『見た目はヤン車だけど乗ればただの高級車だから』とは言っていたが、『エアサスってどこ操作すれば良いかわかんないから自分で調べて』と言い、俺もわからなくて車高がベッタベタのまま、段差を回避しながらヤン車で霞が関にやって来た。

 ――夜中のドン・キホーテ周辺に路駐してるヤン車に謎のシンパシー。

 そんなことを思いながら俺は真夜中の霞が関二丁目の信号を左折すると、左前方に麻衣子さんを見つけた。


 ◇


 六月十一日、麻衣子さんの手紙に隠されたメッセージに気づいた俺は、葉梨に電話番号を伝えるようにと言って、麻衣子さんからの電話を待った。

 でも俺は何を話せば良いか悩んだ。
 麻衣子さんは俺なんかじゃなく、家柄に見合った男と付き合うのが良いに決まってる。でも俺は麻衣子さんが好きで、どうすれば良いのか悩んだ。

 電話をくれた麻衣子さんに俺は、近々にお会い出来ませんかと言った。
 二年ぶりに言葉を交わした麻衣子さんは声を弾ませていたけど、そんな麻衣子さんには申し訳ないと思うし、俺も悲しかったけど、ご両親と麻衣子さんには直接会って、交際はお断りすべきだと考えた。それしか選択肢はないから。
 だって俺との未来が無いと受け入れる日がいつか来る。それなら、最初から何もなければいいに決まってるから。

 須藤さんに相談したら、友達として関係を続ければ良いと言われた。俺だってそうしたい。官舎に帰ってポストに麻衣子さんの手紙があると嬉しくて、疲れているはずなのに、そんなの一瞬でどこかに吹き飛んでしまう。急いで部屋に帰り、手紙を開封して、夢中になって読む。あの幸せな時間を、俺は失くしたくない。

 今の時代、ネットの普及によりリアルタイムで言葉をやり取り出来るのに、ずっと手紙でやり取りしていた。
 電話だってあるのに、メールアドレスもメッセージアプリのIDもお互いに聞かず、一年四ヶ月も文通をしていた。
 すごくもどかしくて、何度も電話番号を、メッセージアプリのIDを手紙に書こうとした。でも関係を進めてはいけないと思って、我慢していた。

 麻衣子さんと文通を始めて、手紙を書くときに時候の挨拶に何を書けば良いのか最初の頃は悩んだけど、花と草木と空と雲を眺める習慣がついた。風も雨もそうだ。好きなもの、嫌なもの、鬱陶しいもの、それら全てを言葉にして、麻衣子さんに伝えたかったから。

 ある日、夜空の星と浮かぶ月は麻衣子さんも同じものを見ていると気づいた時、俺は麻衣子さんに隣にいて欲しいと願った。抱いた恋心を抑えきれなくなったけど、ずっと、心に秘めていた。


 ◇


 麻衣子さんと会う日と時間を決めた時、まだ国会会期中で忙しく、夜中でも良いかと問われた。俺は漠然と官僚って大変なんだろうなとは思っていたが、まさか真夜中の三時に霞が関に迎えに来いと言われるとは思わなかったが、了承した。

 目の前にいる仕事を終えた麻衣子さんは、ヤン車を見て後退りして、運転手が俺だと気づいて、引いている。ショッピングモールの駐車場でヤン車を見た俺と同じ気持ちなのだろう。

 ――俺は、膝から崩れ落ちそうになったよ。

 俺は車を停めて、降りた。
 麻衣子さんにかけ寄り、声をかけると少し笑顔になった麻衣子さんは俯いた。

「麻衣子さん、お久しぶりです。お仕事お疲れ様でした」
「……お久しぶりです。あの、今日はありがとうございます。嬉しいです」

 ――ずいぶんと印象が変わったな。

 清楚系だった麻衣子さんは変わっていた。二年の月日は女性をこうも変えてしまうのか。
 俺は二年前の麻衣子さんの記憶を頼りに、ブルーのデニムに濃紺の麻のシャツを着て、アクセサリーもして、お洒落な雰囲気の男で来たのに……。

 中央区のタワマンを出る前、俺が適当な格好をしていることを松永さんに咎められた。松永さんに長袖シャツをまくる位置までミリ単位でチェックされ、ヘアセットも松永さんがしてくれた。鏡に映る俺はなんかちょっとイケてる男になっていて驚いた。

 好きな女に会いに行くんだろ? 協力させてよ、これくらいさ――。

 いつもは碌でもないのに、ごく稀に見せる信頼出来る先輩の顔をしていた松永さんには申し訳ないけど、今日で終わらせないといけない。

 これから俺は、麻衣子さんに二人の未来が描かれる事は無いと言わなくてはならない。
 恥ずかしそうに俯く麻衣子さんの姿を見て、胸が痛んだ。



 中編に続く。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み