第46話 ソード&プロビデンス NYデスタワー

文字数 6,091文字



二〇二五年六月三日 火曜日 夜九時

 眼下に広がる摩天楼の光の洪水を眺めながら、ジェイド帝はテーブルに置かれたバカラのクリスタルガラスから、リンゴを取り出してかじった。
「私は自分の欲望を満たすのではなく、制限することによって幸せを探す方法を学んだ。……決して私利私欲のためじゃない」
 ジェイドは儀式の間へと赴き、最後の審判実験を開始する。この限定内戦法でコロシアムと化したNYは、市民を避難させ、四方から逃げられないアウローラを合法的に殲滅させるために都合が良かった。逮捕などではない。事後、中で何か行われたのかは、軍事作戦として隠ぺいするのだ。
 ジェイドは塔を見つめ、ゆっくりとPM剣ガラドボルグを抜いた。
 ジェイド帝はイニシエーションで自らのPM剣を精錬し、マンハッタンホーンから一者の塔との合一の儀を行う。人間の脊髄にはクンダリニーエネルギーが存在し、それは、PMFで星型正四面体のマカバを形成する。
 ケルトの秘伝に伝わる、最終奥義によるPM精錬をし、完全再現に成功した神剣ガラドボルグを振って、シュメール文明の魔術だけではない、ケルトの伝承も引き継いで、ジェイドはアーサー王伝説の復活を目標としていた。
 マンハッタンホーンはNYに現れた現代のピラミッドであり、そこにジェイドはファラオとしてよみがえった。つまりピラミッドのUFOコンタクティとしてのファラオである。
 三極持続可能委員会の誰も、核戦争など望んでいない。勝者なき戦争の道具は、永久に使えない兵器なのだ。だから、この時代の最終兵器と言えば、核ではない。PMF(サイコ・マグネティック・フォース)である。
 ジェイドは、限定内戦もさることながら、最後の審判を潤滑に進めることだけを念頭に置いていた。――塔の計画(グランドオーダー)は、夏至に向けてエネルギーが最高潮になるよう設計されている。世界を救うためのタイムリミットが近づいていた。
 ジェイド・ロートリックス。名実共に世界皇帝となって世界を救うため、ゼレン委員会の壊滅をもくろむ男。あの手この手で火星脱出(ノア計画)を潰し、NYの塔計画で最後の審判を実行するとともに、ゼレンの老人たちを倒す。
 欧州に最強の強化兵ギル・マックスを送り込み、確実な暗殺を実行。それは、自身が総帥になるために財団内でやってきたことでもある。人はそれを、ジェイドの野心と呼ぶ。
「この俺の力が一者の塔と同期すれば、ゼレンヴァルトなど滅ぼせる。いつまでもこの人類の行く末を老人共の思い通りにはさせん……そして、東京にも邪魔はさせん」
 ジェイドは今、古代アーサー王の伝説の元となった剣をエレクトラムで再現した、PM剣を炎にまとい――、一者の塔(NYバベル)こと、NYユグドラシルと同期を開始した。
 ジェイドは本来エクスカリバーを捜索してきたが、手に入らなかった。それは、失われたPMだと結論。苦心の末に、ガラドボルグを再現した。
 ロートリックスが仕掛けた中東の戦争は、オリジナル・バベルの純オリハルコンの土台を入手するためで、油田目的ではない。それはアーサー王伝説をさかのぼる、バビロニア世界皇帝の血の復活の儀式。

最後の審判(グランドオーダー)始動

「ヤツらがアジトとしているコロンビア大、ハーレム地区をターゲットに、作戦を開始しろ!! それが最期の審判の始まりとなる……」
 ジェイドがシリウスの光の儀式を執り行う中、NYの大気中にプラズマが発生する音が鳴り響き――塔の計画(グランドオーダー)が始まった。
 マンハッタンホーンは、青いオーラに包まれた。山腹に、光の渦が回転する現象が現れた。それはまるで巨大な目に見えるのだった。プロビデンスである。ピラミッドに出現した、全てを見通す眼だ。
 同時に、ガバナーズ島に建つNYユグドラシルの頂点が輝き始め、NY上空にネイビーブルーのオーロラが出現した。塔は、オーロラ観測用の触れ込みだった。実は、オーロラを生み出すのである。その結果、気候を動かす。つまり因果関係が逆だった。塔は、オーロラ気象兵器だった。これが、ソード&プロビデンス。
 オーロラが出現した後、電磁波攻撃でハーレム地区に対し、NYの裏切り共への一斉攻撃が始まった……。
 エイリアン・リバースエンジニアリングで作られた集大成のNYユグドラシルは、一つでNY州を賄えるほどのフリーエネルギー装置である。一方で、高等戦術の気象兵器として使用され、彼らは、これで数え切れないほどの完全犯罪を行ってきた。フリーエネルギー発明家は、その普及版を発明し、革命を願った。
 これまでもアジア太平洋地域では、スミドラシルが台風をコントロールし、北米の一者の塔はハリケーンを生み出してきたのだ。そしてその猛威は、この小さなマンハッタンの中でも始まった。NYの禊は、ハルマゲドンの始まりだった。

     *


「飲むぞ――――ッ!!」
 小一時間前、満面の笑顔のスーの姿がそこにあった。宴もひと段落し、まだ一部の間で酒宴が続く中、ヴィッキー・スーが、寝る前に湯舟に入っていた時のことだった。
「スー、ちょ、ちょっと来てくれる!? 大変なのよ、スー!」
 コロンビア大学のシャワールームの脱衣室にエスメラルダがドタドタと入ってきた。コロンビア大に拠点を構えた、アウローラたちのやけくそパーティの最中。「嵐の前の静けさ」というが、彼らの場合は一晩中どんちゃん騒ぎしていた。
「えっ、また……!?」
 ザバアッと風呂桶から立ち上がったスーは、慌てていた。
「えチョット待って、今着るものが…………ない、いや、あるにはあるけど。いつもタイミングってやつが」
「長風呂過ぎるのよ、いつもスーは」
 パーティの最中、なぜかチャイナドレスに身を包んだスーが、その恰好のまま端末に向かった。ヴィッキーが脱衣室で着たチャイナドレスは、まるでハッキング中の勝負服にも見えたが、当然それは偶然だった。
「スー、見えてるけど」
 気づけば、真っ白な太ももあらわに。セレモニーの最中も最中、ハッキングの必要に迫られていた。
「見るな!! 肘鉄食らいたいの?」
「そいつは勘弁」
 アイスターは両手を小さく上げた。
 上陸した戦車は内陸まで入って来ず、ホッとしたのもつかの間……いきなりハーレム地区で爆弾低気圧が発生したのである。稲妻が走り、空が一瞬白く光った。激しい雷鳴とともに、突風を含んだゲリラ豪雨が降り注ぐ。通常ハリケーンはNYのはるか南海で発生する。そのままNYは進路となるのだが、北上するうちに蒸発してしまうことが多い。
 夏にはスコールに見舞われることもあるが、日本のような梅雨はない。ところが今年の春は、雨ばかりだった。
「ハーレム地区を天変地異で破壊するつもり?」
「――五年前の再来だ! 今度はマンハッタンの北側を沈ませる気なんだ」
「しまった戒厳令はこのためかッ!」
 空を眺めたメンバーらはそれぞれ、髪が怒髪になっている。雷雲で静電気が発生したのである。
「なんだその頭! ハハハハハ!」
 アイスターのアパートで見たアクセラトロンと同様、ハーレム地区で尋常でない静電気が発生していた。
「雷はフリーエネルギーだからね」
 と、アイスターは呟いて、
「俺は間違っていたな……」
 アイスターは前に、フリーエネルギーほどクリーンな再生可能エネルギーはないと言った。だが、もろ刃の剣だった。
「落ち込まないでよ、科学は使う人間の心次第でしょ。ただの道具よ。道具なんてそんなもの」
 ハッカーのスーは言った。
「何よ……その眼付は。みんなしてジロジロ見ないで!」
 男たちに向かって一喝する。
「イヤ、スー、まだそんな恰好してるのか?」
「ほ、ほかに服がないのよ! それどころじゃないの、今――」
 ヴィッキーの両手の指先が、見えない速度でキーボードを叩いていた。
「チョット……目の毒よ」
 エスメラルダもあきれて、あちこちスーの服がないか探すが、見当たらず。
「ウルサイ! 今忙しいんだから」
 エスメラルダは、肩をすぼめて立ち去る。
 ハリエットは市民に支持されていたから、市民たちは島外に追い出された。外から見るとNYは、「軍が取り囲んで、同国民同士で血を流さないように、犯人テログループと交渉している」とみられている。その実、実際軍は取り囲むだけで動かず、結局は洪水攻めの算段だった。
「それで北側だけ開けておいたって訳か!」
「だが、どうやってアレが作った嵐を阻止できるんだ?」
 急遽、アイスターの研究所内で協議が始まった。スーのハッキングによって得たデータをアイスターが解析し、塔に異常な数値が検出された。
「巨大な電子レンジみたいなシステムさ。塔が出す電波が熱源で、テレビやラジオ、治療なんかにも電波は使われる。つまり、嵐のエネルギー源は電波だな」
「もとは同じ電波でも、映像や音声、熱に代わるのね」
「そして嵐もだ。アンテナから電波が振動して、空気中の水分に吸収されると、熱を生み出す。一者の塔が大気中を温めるとハリケーンを引き起こし、地中を温めると地震を起こす。そして海中を温めると洪水を発生させる……」
 一者の塔が閃いている! 上空に竜巻(トルネード)が発生し、ハーレムに洪水が押し寄せてきた。マンハッタンホーンの連中はハリケーンを使って、どさくさに紛れてアウローラを粛清するつもりだった。
「塔の気象兵器は今、欧州に破滅をもたらしているぜ」
 つまりハーレムのようなピンポイントで終わるはずがない。ターゲットは全世界だ。戦況は刻一刻と変わっていく。
「一者の塔を止めろ!!」
 アランは水位が高くなってくる外の様子を見て叫んだ。自分たちだけが地下シェルターに、身を隠せばよいという話ではない。
 風で窓ガラスがガタガタ音を立てていた。竜巻が発生する中、スーは大学からハッキングで、最後の審判の阻止を試みている。
「サイノックスめェ……!」
 NYユグドラシルはハッキング攻撃が可能だった。スーはアイスターの情報と併せてハッキングし、一瞬だけ敵陣のファイヤーウォールを突破した。嵐が止んだ。塔の計画を一時的に止めたのだった。塔よりもハッカーの方が強いという図式だ。
 だが、「今回はたまただで、いつ破られるかわからない」と、スーは謙虚に言った。敵にリック・バイウォーターが登場してきたという。ハッカーよりも、AI「サイノックス」の方が強い図式ができている。

     *

 リック・バイウォーターは塔の計画(グランドオーダー)を進めようにも、ホーンの塔司令部にシステムエラーが起こっていた。再度のハッキングを受けて、今度はサイノックスがシステムダウンした。
「まさかッ、東京か!?」
 ジェイドは剣を鞘に納めてモニターにかじりつく。
「違います。コロンビア大から、アウローラがハッキングをしている!」
 そういったリック・バイウォーターはいつもと変わらない様子だった。
「モナ・リザことヴィッキー・スーだな? あの女狐め……」
「えぇそうです」
「一度再起動して、ワクチンプログラムを使え!! わが社は世界中から一流のIT技術者を集めているんだ。あんな在野の女一人のハッキングなど、どうということもないハズだろ! だのに、一体何をしているのだ教授!?」
 ジェイドが檄を飛ばし、リックの指揮の下、マンハッタンホーン塔司令部は、急遽復旧作業に入った。
「AIを使って解析中ですよ。NYユグドラシルがいかに強力でも、ハッカーの方が勝つことがあります。しかしそのハッカーよりサイノックスの方が優れていることは紛れもない事実です。NYユグドラシルの塔システムは試験運転中ですから、計画を前倒しにした以上、予期せぬトラブルに見舞われることもあります。致命的な問題は起こっていませんからご安心を」
「ご安心をだと!?」
 走り回る技術者たちの中で、リックはゆったりと座ってブラックコーヒーを飲んでいた。
「もっといえばPMFはAIにも勝てますがね……敵にはハリエットがいる。彼女の存在だけは、ちょっと困りものですが……」

PM>AI>ハッカー>塔

「そっちは私が何とかするから、教授は塔の再起動を急げ!」
「了解です」
 同時刻、マンハッタンホーンの宇宙人の基地エリアで、かをる・バーソロミューは、グレイたちに囲まれて、デバイスの椅子に状態でパイプに接続された。

     *

「ク……再起動まであとどれくらい?」
「一時的なものよ! マンハッタンホーンは塔の再起動を試みてるでしょう。いずれは再起動する。NYユグドラシルは再びハリケーンを生み出す。タイムリミットは二週間か――早くて八日間」
「一週間強か……」
 敵はハーレムを沈めるつもりだったのだろうが、もし再起動すれば、今度はNY全土を沈めてしまうという挙に出る可能性もあった。
 ヴィッキーのハッキングが塔を止めている間に、マンハッタンホーンを占領し、コントロールセンターを制圧しなければならない。塔本体には、レーザーシステムがあって近づけない。塔は阻止できたが、マンハッタンホーンを阻止した訳ではなく、塔自身が持つ防衛装置のレーザー兵器の防御半径は五百メートルだ。ちょうど、塔が建つガバナーズ島からマンハッタンまでの距離だ。それを、ヴィッキー・スーは解除できなかった。敵の海上警備は、ロウワーマンハッタン側の戦車隊よりも分厚く、海上戦力を持たないアウローラ・レジスタンスは、内陸からマンハッタンホーンへ南下していくしかなかった。
「相手の力が強大すぎる。サイノックスと、向こうの巨大テスラコイルが」
 地下でアイスターがヴィッキーと、システムをいじっていた。
「ところで最初の自由の女神の光十字の奇蹟って、なんで起こった?」
 アイスターは訊いた。
「NYファティマのこと?」
「そうだ。リバティ島……あそこには発電機や5Gに関するものはない。ユグドラシルの作用か何かか?」
 内通者より、ハッカー・スーの方が詳しかった。
「違うよ、この時一者の塔は活動してなかったし、他の塔も……」
 ヴィッキーは、アイスターから投げられたアイスチョコバーを受け取った。
「ではUFOの仕業ってか? 何らかの原理があるはずなんだがな」
「いや、UFOでもないシ……」
 ヴィッキーは首を横に振って、アイスバーをかじった。
「正真正銘の奇蹟よ。NYファティマは」
「奇蹟か! 好奇心は心の渇望だ。こいつは何かある。調べなくっちゃな」
 アイスターはアイスチョコバーを片手に、ホットコーヒーを飲んでいた。冷たいものを温かいもので中和するという彼なりの理屈があるのだが、よくお腹を壊さないなと、スーは感心している。
 最初はなんだかわからず、敵味方とも大混乱したあの奇跡の正体も、よく考えればPMFなのかもしれなかった。しかし天地人を動かすような巨大PMFは、ハリエットと天地が一つになって連動しなければ考えられない。気象兵器のユグドラシルといえども、そこまでは不可能だ。
「ひょっとすると……女神の持つ黄金色のトーチの炎の素材って、PMなのかもしれないね」
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