第55話 アンチブレイカー(非ダメージ蓄積) ポニーテールは倒れない

文字数 5,198文字

二〇二五年六月十二日 木曜日 午前八時

白鳩のロッキー

 薄暗い空を旋回する白鳩は、ハティ隊と共に去っていった。
「あの鳩の動き。戦場を飛ぶ。まるでドローンだな」
 アーガイル隊長はじっと空を見上げていた。戦闘中、アーガイルは空の異変に気づいていた。
「撃て! 鳩だッ!!」
 アーガイルはシティのビル中階の窓辺から、部下に命じた。白鳩の姿は、まだシティビルの渓谷に見え隠れている。部下は「?」となって彼を見返した。
「まさか……とは思うが、奴は鳩を生物ドローンにしている可能性がある――第二次大戦まで軍鳩が使われていた。可能性はすべて考慮しろ。鳩を撃て!」
 軍事用伝書鳩。アーガイルは、それがハティのPMFで操られていることを見抜いた。不自然なほど戦場にいることに。
「ハティとの直接対決は後回しだ。まずはヤツの鳩を消す」
 どの鳩がそれかは分からない。部下たちは手当たり次第に鳩を撃つ。スクランブラー部隊は、飛んでいる鳩をライフルやレールガンで射撃し始めた。

     *

 ハティは白鳩ロッキーによる索敵とマドックス救出作戦の過程で、シティの配電盤を発見し、そこに再びPMFを発して自分が突撃すれば、目的の配電盤まで行けることを確認した。しかし、エレクトラでは奇襲が成功したものの、シティはそう簡単ではないことは今もって変わらない。シティを警備するアーガイル隊の守りは強く、PM使いのハティに対しても慎重に出てくるだろう。彼は不利なら決して無理はせず、すぐに引いた。だがまた攻撃を仕掛ければ、執拗に反撃してくるに違いない。
「タイミングは?」
 マックが訊いた。
「正午よ。敵がお昼を取ってるところをすぐ攻めるわ」

 ハティのバイク中隊がエンジンをふかすと、Tスクエアを囲んだ液晶ビジョンに、黒服のMIBの顔が大写しになった。
「今宵もあなたとご一緒に♪ やぁ抵抗軍の諸君、この辺で潔く降伏することをお勧めする。ここから先は、これまでのようにはいかん。これは二度目の降伏勧告だが、三度目はないと考えていただいきたい。負けを認めるのも立派な騎士道だ、ハハ……ハハハハ……ハハハハハ!!」
 サングラス越しに高笑いする様は、まるで一時代前のCGの作り物の顔だった。VTRを自動で放送しているだけだろう。不気味の谷はグランド・キャニオン並みに深い。ハティは少し口元をゆがめただけで反応しない。
 それよりも――。
 シティ付近には、破壊された廃棄車両が何百台と放置されている。それらは決して、無害とはいえなかった。それは新手の罠だった。ハティは放置車両に多くの爆破装置の存在を感じた。罠は見つけ次第破壊しているものの、また別のところに設置される。つまり――、シティの路上は依然罠だらけでこちらが入ってくるのを待ち受けている。ハティはそれらの位置をPMFで認識することができたが、その数は膨大で、前回より増えているらしい。
 突撃開始。
 ハティのPMFのエネルギーが光十字剣の光のパルスを旗のように形作って、ポニーテールと一緒に後ろへなびかせていく。
「目指すはメトロポリスタワーの配電盤のみ!」
 ハティはマドックス救出作戦の戦闘中、配電盤に目星をつけていた。
 そこで再び、アーガイルと鉢合わせする。
「鳩を使うとは、な――ハリエット!! 自分を手品師か何かと勘違いしているようだが! しかしここは戦場だ! お前の鳩は見つけ次第撃ち落としたぞ!」
 アーガイルはハティを見つけると余裕の笑みを浮かべて声をかけたが、変わらぬハティのプラズマ弾攻撃が続いた。アーガイルはハティ隊の寄せては引き、ひいては寄せるさまを、唖然として見守る。
「……他にもいるわ。ロッキーは、数十匹で一つの魂だから――!」
 ハティは言い返した。
 鳩を狙ったスクランブラーを見上げて、通りすがりにハティはアーガイルに向かって叫んだ。<乙女の鳩>は確かに撃ち殺されたが、他の鳩が代打を務めて、挽回したのである。シティ一帯の鳩を全滅させなければ、ハティを孤立させることはできない――、そんな膨大な数の鳩を、戦いながら同時に操れるわけがない、ハッタリだとアーガイルは考える。しかし――こうも早く戦闘が再開されると――そう、これはPMFだ。PMFで鳩を操っているに違いない! まるで、自分たちがドローンを操るように。
 そうなると意識の問題だ。鳩の目を借りるとして、それを意識で何匹も同時に操れるものなのか? ……ありえない!
「鳩を封じるんだ! シティの鳩、一匹残らずだ!」
 アーガイルの命令で、スナイパーたちは空へ向かって一斉に発砲を始めた。地面をつついている鳩も例外なく、容赦なく。鼠色の鳩も、まだら模様の鳩も、城鳩も。ハティを孤立させるために、アーガイル隊は必死で鳩を追った。

「あぁっ……!!」
 ハティは鳩が次々と撃たれていくことで、戦闘中、ハティの頭に鳩のロッキーの苦しみがダイレクトに伝わった。脳波が乱れて、ハティのビューイングは一時的に混乱に陥った。
「まさかここまでやるなんて……アーガイル!!」
 余計なことを口走ったことを激しく後悔したが、後の祭り。
「あの娘を捕えろ!! アイツの言葉、あいつの信念……それにレジスタンス軍は乗せられている、あの小娘、あの魔女さえいなくなれば、レジスタンスは総崩れになるッ!!」
 アーガイル・ハイスミスの狙いは、ただ一人ハティだった。鳩という鳩を焼却した後に、アーガイルのレーザーライフル銃剣メタ・ソードが、光十字レイピアを持つハティに襲い掛かった。
 ハティは間断なくPMFバリアを展開しているが、その間隙を縫って、銃撃がハティの肩にヒットした。ハティはバランスを崩して転びそうになったが、すぐにロードスターを立て直してその場を離れる。だが次の瞬間、路肩に投棄された車両が爆発した。PMFの一時混乱により、ハティは撤退中に路肩に地雷の罠があることを忘れた。
「しまったッ!」
 とっさにハティはPMFバリアを張って爆風を防いだが、そこを銃撃されて、今度は間に合わず――。バイクのハティはハーフコートの裾を黒手袋に引っ張られて、宙を舞って引き倒された。ハティの小柄な身体は路上に叩きつけられ、アーガイルの黒手袋の中に捕まった。
「やったぞ、小娘を獲った!!」
 男が爛々と目を輝かせてこっちを睨んでいる。ハティはぐったりして、自分の腕を掴んでいる男の顔を見上げた。
 後方から光が迫った。まばゆいヘッドライトの光と共に、一台のロードスターが突っこんできた。マクファーレンは銃撃しながら、気絶したハリエットの細身を右腕に抱えてかっさらうと、行きがけの駄賃でアーガイルに銃撃を加えながら死地を離脱した。アーガイルは部下とともに銃撃しつつマシンに乗ると、すぐにマックの後を追った。
 マクファーレンは敵陣を走り抜けた。周りに味方の姿は見当たらず、マックのロードスターはあちこちを被弾していく。マックはヘルメットをつけておらず、転倒したらおしまいだった。追われながら、マックは会議での一幕を思い出していた。
「右腕と呼ばれるように――君を援ける」
 アーガイルの猛追を振り切りながら、次々とNYPD帝国軍の防御を突破して、マックのマシンはエレクトラタワーのエリアへと走り込んだ。

 エレクトラタワー内の医務室へ続く長い廊下を、国連認定の医療班がハティを載せたストレッチャーを運んでいく。エレクトラタワー奪還戦に続き、マドックス将軍を救出した成果はあるものの、マックはこれまでずっと、ハティの独走にヒヤリとしっぱなしだった。どれほどPMFと光十字剣と鳩ビューイングに自信があったとしても、戦は一人だけでやるものじゃない。
 数時間後、額に包帯を巻いたハティは目を覚まし、ガバッと起き上がった。
「いくら何でも無茶過ぎるぞ! 今君に死なれてたら俺たちはあっという間に総崩れになる。将たる者、自分の身の安全を確保するのも大切な勤めだぞ」
 ベッドの脇に座ったマックは言った。
「マック、私にできることは、PMFの光十字を掲げることだけよ! だからお願い……私を戦場に戻してェッ!」
 ハティはそう叫ぶと、ベッドから転がりそうになって、床へ崩れた。マックは身体を支えたが、その直後ハティは意識混沌に陥った。

 二時間後、アウローラの“要”を排除したスクランブラーは、ただちに反撃を開始した。Tスクエアの信号まで押し戻すと、アウローラ軍をNY近代美術館まで追い詰めていった。ハティ不在のアウローラ軍が、次々とタワーエリアまで敗走していった。光十字に守られたエレクトラタワーのエリアに、スクランブラーが入ってくることはないはずだった。が、今後は分からない。
 ハティが敗走した今、アウローラ軍は慎重にシティを攻める他になかった。乙女不在では、PMFの光十字点灯作戦は実現できない。
「作戦変更だ」
 マドックス将軍はシティを避け、通常の戦闘によって、約一万人のNYPD帝国軍が固めるマンハッタンをMHまで南下することを検討。代案の補強として、すでにエレクトラタワーに灯った光十字のPMFの威力を、ロートリックス・シティにまで延長する作戦をアイスターが考案した。だが、その作戦実行には時間がかかると予想された。
「それまで一度全軍、タワーエリアまで撤退しろ!」
「奴ら、平気で入ってくるぞ! タワーの間近までだ」
 戦線は次第に押され、帝国軍が北上してきた。エレクトラタワーエリアは逆に攻め込まれ、危機に瀕していた。時間がなかった。
「で、乙女の様子は?」
 アランが訊いた。

 白鳩が黒い影に追われている。
 烏の大群だ。
「に……逃げて……早く!!」
 烏は、恐るべき猛スピードで
 白鳩を追いまわし、狩っていた。
「そっちへ飛ばないで……あっっ」
 白鳩は必死で飛び回るが、
 ついに烏の大群に捕まった。
「ああっっ…………ダッダメッ、ロッキー!!」

 ハティはベッドから跳ね上がった。幻覚だ。アーガイルに白鳩ロッキーを狩られたから、あんなイヤな夢を観たんだ。寄る辺なき鳩の魂の、苦しみを感じたのかもしれない。外が騒々しい。
 ベッドから立ち上がり、窓からビル下を見下ろすと、続々とアウローラの兵たちがタワーへと撤退してくる。
「ま、戻って、引かないでッ!!」
 頭部に包帯を巻いたハティは叫んだ。
「今は無理だ、一度軍を引いて立て直す時間が欲しい」
 アランによると、マドックスが撤退戦を担っているということだった。
「イケナイ、今軍を引いては――このままじゃ敵の追撃を受けて、もっと悲惨なことに――」
 ハティは立ち上がった。
「このままでは私たちは限定内戦に負け、百年戦争が長引くだけよ!! ダラダラとした小競り合いがこの国でまた続いて……もっと犠牲が多くなる。敵は最後の抵抗者の私たちを完全殲滅しようとして、NYに城を建てて、限定内戦に持ち込んだんだから! でも今なら……まだ間に合う……私たちに勝機はある!!」
「いくらキミでも……今回ばかりは――君は戦の素人だ。戦場では不測の事態がいくらでも起こる! 我々にも分からないことだってたくさんある」
 ハティだけに見えている鳩ビューイングが送ってくる映像……。
「私が指示を出すわ……ロッキーが教えてくれるもの……」
「だが奴は君の鳩を……」
「死んでない」
 白鳩ロッキーはまだ滅びたわけではなかった。なぜって、必死でハティの頭にイメージを送ってきている。
「今戦わないと、戦いは永久に終わらない! もっと多くのアメリカ人が奴らの見えざる圧政に苦しむことになる……戦いを終わらせるのよアランさん、今終わらせるの!! 自由の女神は私に起てと言ったの、だから私の声はNYの市民の心にきっと届くはず!」
 ハティはガッと立ち上がると、テーブル上に置かれていたコーラをひっつかみ、零しながらがぶ飲みして、タンッとテーブルの上に置き、ドアを開けて猛然と走り出した。胸の光十字ペンダントを外してPMFを展開し、光らせる。
「マック、追えッ!」
 アランは、血相を変えて指示を出す。
「待て、無茶だ! クソッ。俺たちも行くぞ!!」
 廊下の反対側に立っていたマックは追いかけた。
「隊長!!」
「ヤレヤレ、俺といい勝負だ! ハティは。仕方ねェ、俺がサポートする――」
 マックはアランに振り向いて言った。
「何だって!?」
 アランは慌ててマックを追った。
「どうするつもりだマックッ!」
 廊下に立ち止まり、アランは叫んだ。
「アラン、あんたもハティの鳩ビューイングの奇跡を信じて、ここまで来たんだろ? 俺は今も彼女に、明確なビジョンが見えているって信じている――」
 そして、奇跡的な回復を目の当たりにしたこともだ。マドックスは復活したハティの言葉を聞いて反対しなかった。マドックスは救われたことで――ハティの味方になったのである。
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