第54話 LADY FIRST LADY フォローミー

文字数 9,968文字



二〇二五年六月十二日 木曜日 午前三時

眺めのいい窓 ファントム・ミラージュ

 シティ付近のアパートの二階の窓辺から、齢八十代に達する白人の老婆が、道を見下ろしていた。ウェーブがかった短い銀髪で、眉間にしわを寄せ、丸眼鏡を中指で上げた。
「おやおや静かになったと思ったら、……今夜は何だろうかネ……ウルサイわねぇ、近頃の若い人たちは。……あぁ腰が痛い痛い、と、朝ごはんの準備をしなくちゃ。冷蔵庫は――と、あらマァ何もないじゃない? しょうがない、久しぶりに買い物に行ってくるかねェ」
 百五十センチ程度の、小柄で背中の曲がった老婦人は、買い物袋を下げ、杖を突きながら階段を降ると、夜のミッドタウン八番街をトコトコと歩いていった。
「オヤ……どこも閉まってる。今何時かしら? 夜は冷えるわねぇ……年寄りにはこたえるわ。腰も痛いし……」
 眠らない町・NYには、二十四時間営業のスーパーやコンビニも通りに何か所か存在した。
そこへ、NYPDの車両が一台通りかかった。アウローラ革命軍の警官隊だった。車を停め、無線で通信する。
「民間人を路上で発見、逃げ遅れた民間人だ。――やむをえん、私がヘンリー・ハドソン・パークウェイの戦車部隊まで送り届ける」
 小柄な老婆は、警官が照らしたマグライトにも意を介さず、トコトコと歩いていく。
「おばあさん! ここは危ない。NYに避難命令が出たのをご存じないのですか、どうぞこちらへ」
 警官が声をかけながら近づくと、老婆は振り向きざまにゆらっと立ち上がった。スックと背筋を伸ばして、高いブーツをはいた身長一七五センチのマリア・ヴェヴェロッティの姿へと変貌した。同じ銀髪でも腰まである直毛で、街灯に照らされ、白くキラキラと輝いている。サラサラの長く靡いた銀髪の前髪の隙間から、白眉の美貌が現れ、切れ長のまなざしがキロッと警官を見つめた。
 警官があっけに取られていると、長い腕にはめられた黒い手袋に握られた銃が、警官を撃ち殺した。
 幻術遣いにして、くノ一スクランブラー、コールサイン「ファントム・ミラージュ」は、コートからスッとプラズマ銃を出すと、パトカーを数発射撃した。車は大爆発を起こし、路上で炎上する。周囲に流し目を送ると、ミラージュは半透明になってその場から消えた。

 狭き門から至れ
 滅びにいたる門は大きく、その道は広い
 そして、そこへ入っていく者は多い
 命に至る門は狭く、その道は細い
 そして、それを見い出す者は少ない
               マタイ伝

「フォーメーションA!!」
 ハティは中隊を率いて、シティへ向かう抜け道へと突撃していった。先ほど見つけたルートだった。フォーメーションAは、ハティを先頭に「A」型に進む突撃陣形だ。戦場の状況は一変していたものの、まだこのルートにNYPD帝国軍は集結していない。ハティの読みは正しかった。
「ハティすぎるな!」
 アイスターは前線基地から見送った。
「レディ・ファーストは騎士道だ」
 アラン知事も、モニターに食らいついている。
「A型陣形を保って進みます! まだ間に合う! 私がPMFで突破するからそれまで持ちこたえてッ!」
 ハリエットは、光十字のレイピアをかざして、戦闘バイクで疾走する。

 間に合って……今行くから……マドックス将軍……
 私がこの町を救うの。
 父に代わって……
 ロートリックス帝国財団の魔手から、
 NYを……取り返す!

 バォォオオオ――……!!!

 流れ流れ流れゆく青と赤の信号の小夜曲(セレナーデ)。
 爆音とサイレンとスピーカーの夜想曲(ノクターン)。
 ネオンと広告ビジョンと、摩天楼の光あふれるオーケストラ。

 ドッドッドッドドドドドロロロロオオオオオ――……ッッッ……

 う回路を通ってシティに入ると、前方三十メートル先の路面から、鉄柵がニョッキリ生える瞬間が見えた。路面を出たり、引っ込んだりしているのだ。マドックスをここへ誘い込んだ後、コレがシティの中へ閉じ込めた。ハティは柵にミサイルを撃ち込みながら突き進んでいく。先々で、地面から棘が突き出す気配を事前に感じると、ミサイルを撃ち込んだ。ハティは素早く、目より先に身体が反応した。鳩の意識の中で、ハティはマドックスの姿を探しながら、マシンを走らせていた。
「近い……」
 マドックスは、シティの中をグルグル移動しているらしい。
 敵はマドックスを一度シティに閉じ込めた上、あえて鉄柵を出したりひっこめたりしながら、迷宮の中を自由に泳がせ、徐々にマドックス軍の戦力を削っている。帝国軍は味方の犠牲を最小限に、決して決戦を急がず、一人ひとり確実にマドックス軍をせん滅しようとしていた。残虐さが洗練されている。
 マドックス隊の姿は見えなかった。打ち捨てられたマドックス軍のバイクや軍車両が数十台転がり、多くは炎上していた。もう、彼らはビルの中へと連れ去られたか?
「――どこだ? どこっ?」
 闇にライトだけが浮かび上がる。スクランブラーがドッとあふれ出してきた。案の定、ハティの姿を捉えると、レールガンで襲い掛かってきた。
「やっぱり無人だったのはフェイクだッ!」
 正面にアーガイル・ハイスミスの姿が見えた。スクランブラー一番隊隊長、奴がシティを警備している! 男が手に持った銃剣が伸びると、銀色の槍の姿へと変化した。アーガイルはマシンから五メートルまで伸びた槍でなで斬りすると、ハティより前方を走っていた味方の車体を真っ二つに裂いた。
 銀の槍はヴンと低い電子音を発して、走行しながらアスファルトに剣先に近づけると火花を散らす。最前線を走るハティにカウンターで斬りかかってきた。
(逃げられない! もはや戦うしかない! 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け、――これはやはり、PMではない。光十字剣とは実感が違う。単に仕込み槍が伸びただけだ!)
 ハティの光十字レイピアは、刃渡り1.2メートル、幅2.5センチに伸びた。ハティにとってはフェンシングはハーバード大学で淑女のたしなみだ!
「来なさいアーガイル、アウローラの指揮官ハリエットはここにいる!!」
 ハリエットは、一騎打ちで斬りかかった。
「父の仇、覚悟ッ!!」
 ハティは、突進しながらマシン全体をPMFで包み込んだ。戦闘時のヘルメットの限界を超える衝撃を賄うためだ。
 ハティの光十字のレイピアの剣身に光が走り、ドシュウ! 一気に相手に斬り込む。さらに踏み込んで突きをくらわす。アーガイルはマシンでバッと引き下がった。ハティはもう一回突きをくらわす。アーガイルは車体ごと飛び跳ね、両者の剣が斬り結ぶ。アーガイルは大上段に構え、振り下ろすと二つの剣が激しく火花を散らしあって、高い金属音を鳴り響かせ、街路樹を道路標識ごと真っ二つにした。そして斬りかかる、また斬る――。
 ハティはそれらをすべて一本の剣で受け止めながら、マシンでグルッと旋回して、後ろから斬られても光十字レイピアで受け止めた。瞬間秒速三十メートルの高速移動、ウイリージャンプからの飛び降りで斬りつける!
 闇夜の中で、光の線と線とが激しく斬り結んだ。
 ドギャン、カキィン!
「蝶のように舞い、蜂のように刺すっっ!!」
 突いては引き、再び構えて撃ち返す! ハティは宙から飛び降り、剣を構え、Sトロン車の車体を貫通。
「ハァ――――ッ!!」
 PMFで持ち上げて、アーガイルを引っぺがす。車体はそのまま宙を浮き、ビルのガラス窓に飛び込んだ。
「ヤァ――ッッッ!!」
 ハティは上段に構え、L字に軌道を曲げて横殴りに斬る。アーガイルはそのままバッと後方へ宙を浮いて避け、ワイヤーを使ってムササビのように飛び跳ねたかと思うと、無人車に乗り換えた。ハティは追撃でレイピアを振り下ろし、かつ振り上げた。一振りする度、空間に光が走り、電気のスパーク音がはじけた。アーガイルは飛んで宙返りして斬り、ハティはそれを蹴とばしてまた斬る。距離を取ったアーガイルはマシンガンを手にした。
 ドパララララララ……!
 剣の合間に、休む間もなくマシンガンの銃撃が襲った。容赦なくマシンガンが浴びせられた。ハティは光十字スピアーで、次々と銃弾を斬り落とす。
「いつまで持つかな!」
 ハティは光十字剣を大車輪にして高速回転でぶん回す。マシンガンの銃撃をすべて宙で叩き斬っていく。ハティは右手でレイピアを振り、さらに左手でPMFバリアーを展開してマシンガンを受け止めた。
 ドギャン、カキィン!
 突いては引き、再び構えて撃ち返す!
 再び剣を回して斬りかかった。剣同士が激しく宙で衝突し、火花が飛び散った。ハティはもう少しで崩れそうになったが、体勢を立て直した。
 その様を見たアーガイルはニヤッと笑うと、銃撃した。ビルの外壁にはじかれた弾がハティをかすめた。放ったのは跳弾だった。ハティはブワッと浮き上がって、第二撃、第三撃を避けた。どんなに跳弾を撃っても、乙女にはすべて弾道が見えていた。宙で回転したまま、斬りかかり、アーガイルの剣を折った。
「ヤってやるワ!!」
 ハティが光十字レイピアにPMFを込めてヴウンと振ると、剣先が一層眩く輝き出し、光弾が飛び出した。
「なるほどこうすりゃ――」
 ビュウ! と、連続で二発目を撃つ!
「私だって、レールガンくらい撃てるッ!!」
 光弾が続々光十字レイピアから飛び出していった。
 ドドッパパパパパァァ――……
 ハティの後ろから味方のバイク隊が追い付いてきた。数十台のマシンが一斉銃撃を浴びせた。アーガイル・ハイスミスはマシンごとコークスクリューで身をひるがえして、走りながら消えた。

 ハティ隊がスクランブラー部隊を追うさ中、敵がまき散らしたマキビシ、地雷原、道路を駆使したありとあらゆる防衛装置が襲い掛かった。
 「ハッ!!」の一声で、ハティは片手に光十字レイピアを掲げ、マキビシを道路の両サイドに吹っ飛ばして避けていった。
 敵は逃走しながら罠へと誘い込んでいるのだ。スクランブラーはプラズマ手りゅう弾を投げつけてきた。ハティは光十字レイピアでPMFを発光し、爆発の衝撃をガードする。ハティには銃撃も爆弾もレールガンも効かない。スクランブラーは、超接近戦でしか彼女を仕留める可能性はないのだ。だが今はこっちが奴らを追っている! 罠だと警告されているのに。
 スクランブラーのSトロンは煙弾を巻いて逃げ回る。ハティは何も見えなくなった。PMFで煙を切り裂くも、一向に煙の量が減らない。突如、鉄柵が目の前に現れた。
「危ないッ!」
 ハティの光十字剣のPMFのエネルギー波は、瞬間、鉄柵を捻じ曲げて破壊した。四方から催涙弾が飛んできた。一瞬で百メートル四方の視界が覆われた。だがハティは、PMFで円形バリアを周囲に展開させると、ガスは胡散していった。上空に数十台のドローンが現れたが、連鎖的に爆発し、散った。この世で最上の物質、それはオリハルコン製の光十字なのだ。

 周囲を渦のようにマシンが囲んで走り周り、五月雨式に銃撃を浴びせてくる。このままではなぶり殺しだ。シティ内で大苦戦中のマドックス隊に、突然、眩い光十字のライトが差し込んだ。ハティ隊のロードスターが突っこんできたのだ。
「ハァ――――ッッ!」
 ハティは闇の中のマキビシを察知して、はじいてよけていく。数万個のマキビシは、バチバチと左右の外壁に当たって転がった。ジャミング攻撃を受け、他の部隊への連絡が途絶えている最中で、
「マドックス、伏せてッッ!」
 ハティのマシンが急接近し、将軍の背を蹴とばした。その直後、マドックスの間近で爆発が起こった。瞬間的にPMFを展開しハティは、孤立したマドックス将軍を爆雷から援けたのだった。
「――なぜここに私が生きていると?」
 マドックス隊は、ついさっきまで迷宮を縫うように走っていた。
「見えたのよ……あなたの姿がね!」
 ハティは笑顔で、少々かすれた声で答えた。そこへ白鳩がパタパタ降りてきた。
 マドックスはハティの肩に停まった鳩をじっと見た。
「そ、そうか。――すまない」
 マドックスは白鳩ロッキーの力を目の当たりにしたのである。そして、ハティの言ったことが偽りではなかったと悟った。
「――撤退するわよ! 将軍」
「だがどうやって?」
「この先、さらに大部隊が出撃せずに待ち受けている、でも心配ない――私が誘導する、だから、後についてきて(フォローミー)!」
 ハティは光十字レイピアをシャン!と高く掲げた。
「了解(ラジャー)」
 ハティを追って駆けつけた本隊は、続々と現れたパンク用の鉄柵をミサイルで破壊しながら進んでいく。ほどなく、正面から先ほど消えたスクランブラー部隊が姿を現した。この撤退戦で、ハティは前方への火力集中を徹底し、正面突破を目指した。後ろからロケット弾が飛んできたが、避けた。PMFレーダーで察知したのだった。
 一瞬混戦状態になり、ハティのマシンは敵のマシンに左右を挟まれ、幅寄せされた。マシン同士がサイド・バイ・サイドでぶつけ合いながら、剣が伸びてくる。ハティは左右を相手に斬り合いながら、バイクを走らせていた。スーの真似をして、左の男を肘鉄でぶっ飛ばす。ただし、PMFを込めて――。敵マシンはスリップして横転、路肩の車へ衝突し、炎上した。ハティは前方の障害物の車をウイリージャンプして除け、着地。そこへ、タイヤを銃撃された。
「あっ」
 体勢を崩してハティは転倒した。敵はパンクを狙ってきたが、ロードスターはムースタイヤであり、パンクしない。
 上体を起こしたところで敵マシンがひき返してきて、轢き殺そうと迫った。ハティは右手をかざし、「ハッ!!」と一声でPMFバリアを展開。ドカッとマシンを跳ね飛ばした。
「敵を分断し、スクランブラー一人に対して、必ず三人で攻撃しろ!」
 マドックスはスクランブラーに一対一で勝てないと見るや、三対一、さらには十対一で一人ずつ攻撃した。
 鋭くカーブを曲がりながら、裏路地に回ってチェイスを展開する。
「右から装甲車ッ!!」
 ヌッと巨大な黒い車両が現れた。スクランブル・トラックだ。ロートリックス・シティの中心で、四台の黒塗りトレーラーがコンボイで走行。積み荷にバイクを搭載し、さらに新手のバイクが路上にあふれ出してくる。
 再びロードスターにまたがったハティは、地雷原、手りゅう弾が落ちてくる場所を先読みしてルートを策定。避けて避けて……、マドックス隊は、先を行くロングポニーテールの少女に追いつくのが大変だった。

     *

 ハンス・ギャラガー市長は、MH内の数十台のモニター室で、シティの様子をじっと見ていた。街カメラは国連安保理のシェードが押さえているものの、ロートリックス・シティには社製監視カメラがおよそ千台設置されている。ハティのマシンは稲光のようなスピードであり、入り組んだ路地や障害の間隙を縫うようにして、ジグザグにはい回っている。カメラはそれをリレーで追っているが、目で追うのが大変だった。ギャラガーは、バイクの少女の持つ光十字剣に注視した。
「ありゃあなんだ一体……」
 今更ながらハティが「特殊な武器」を使っていることに、ギャラガーは気づいたのである。

     *

「マック隊急いでッ! シティへ集合! マドックス救出を手伝って! まだ間に合う!」
 ハリエットは、光十字のレイピアをかざして、戦闘バイクで疾走しながら叫んだ。
「フォーメーションT!!」
 Tはマシンが横並びで、走行しながら横列射撃する。
 先に到着したのはエイジャックス隊だった。ロートリックス・シティに、NYPDレジスタンスのパトカー、SUV、フォードのポリスインターセプターユティリティ、SWATのハンヴィーMPAPブッシュマスター、さらにトラック装甲車キャノンボールが駆けつけ、五台の車が猛烈な射撃を開始。両陣営のド派手な銃撃戦が始まった。車体をぶつけ、プラズマガンも厚い装甲でかろうじてはじき返す。
 その隙にハティはフォーメーションダイヤで、四方八方からの攻撃の中を、駆け抜ける。ハティだけではない、彼女の率いるYESは、スクランブラー相手に互角以上の戦いを演じていた。
 スクランブラー部隊は、かつての消極的なNYPDやアウローラのテロ活動に対しては有効だったが、YESのロードスター部隊と、ハティのPMFによる正面突破に対して、もはや有利とはいえなかった。自らPMFの旗を掲げて最前線に突撃する指揮官ハティは、戦況を刻々と有利に変えていったのだ。
 目指す配電盤は金色(こんじき)のメトロポリスタワーのビル外に、いくつか存在する。どの配電盤がいけるのか? ハティはPMFで調べたが、もっと間近に接近してみないと分からない。おそらく、すべてを試している暇はないだろう。

サイレントキラー <幻術師>

 突如、シティ一帯に濃霧が垂れ込んだ。白い霧はバイクのライトに照らされているが、視界は極めて悪い。そこへ、マック隊が到着した。
 急接近したスクランブラーの銃剣が鎌の形状へと変化し、ギラつく鈍い光を宙に放ってブウンと一振りし、NYPDレジスタンスのパトカーを斬り裂いた。片手で剣を車輪のように回転させると、振るたびにブウンと電子音がした。
 やがて、霧の中から白く輝く髪を持つ女、マリア・ヴェヴェロッティが現れた。
 その手に持っていたであろう巨大な鎌は目視できず、通り過ぎた後に、車体が大した音もなくスッパリと斬れた。カマイタチだ。さらに、背中に剣鞘を背負った様は、まさに忍者だった。
「逃がすなッ!」
 ジャキィイィイィンン――……!!
 ミラージュが剣を抜いたとたん、隊員の鼻面に剣先が突きつけられた。とっさにマクファーレンが撃つと、車体は剣に斬り刻まれ、爆発した。
 さらに、マンホールがバン!と飛んだ。水道管から水柱が吹き上がり、ハティはPMFに思いっきり力を込めて水道管を止めた。水道管の破壊は重大なインフラ破壊だ。もしも戦中に放置したりしたら、敵のみならず、こっちもレギュレーション違反になってしまう。その隙に、ミラージュの蹴りが飛んできて吹っ飛ばされた。ハティは態勢を立て直すと、飛び込んでくる剣を何とか受け止めた。ミラージュは斬っては蹴り、斬っては蹴りを繰り返した。
 銃と剣のコンボで、ミラージュは回転するフィギュアスケート選手のような華麗に回転する舞で剣を振り、銃撃した。近づかなければ……!
 ハティは接近戦に持ち込むも、ミラージュの手袋の上部からカキンと鉄鋼カギが伸びてきて、銃を奪われてしまった。今度はミラージュに後ろを獲られた。振り向きざまにハティは横殴りの剣を振って、相手の車体をプラズマ弾で射撃すると大破したものの、ミラージュ本人は宙返りしながら浮き上がって、回転して半透明になって消えた。
「フフフ……」
 声だけが路上に残っていた。
「量子ステルス迷彩か!?」
 マックが言ったのは、光を曲げるレンズのような効果を持つ迷彩である。
「いや、ありゃあハイスピードで移動しているんだ――」
 エイジャックスが言った。
 撃ち殺したと思いきや幻身であり、後ろを取られたり、隙をつかれて攻撃を受けた。確かに手ごたえを感じた瞬間でも、横たわるバイクや廃棄された車で、本人もバイクもどこかへ消えている。かと思えば、ビル窓から射撃してきた。
 光の渦が生じ、それから身体が分身していった。八人に分身し、グルグルと側転しながら攻撃してきた。
 幻術の仕組みは、ホログラムを使ったARだ。実体は少し離れたところにあって、銃撃していた。その実体も闇に紛れ、光の前に立ち、高度光学迷彩でかく乱している。
 バイク自体もARだったりし、シティ内ならなおさらその幻術の完成度は高まった。結局、どこにミラージュがいるのかさえ分からないまま、一気に間合いを詰められ、急接近に驚いていると、殺される。
 戦闘中、町中に自身のホログラムを投影し、それをハイスピードで処理しながら敵を欺き、バトルできるのはミラージュだけであった。
「私の、ムーンサルト・シースルーを見た者は――死ぬッ!」
 その言葉が聞こえた瞬間、ミラージュの身体がエビぞりする姿が一瞬浮かび上がった。同時に数か所が爆発した。
「ど、どこへ!?」
 気づくとミラージュは、信号機に左足だけひっかけてぶら下がっている。白い髪がゆらゆらと揺れていた。五メートルくらいのジャンプ力に加えて、ワイヤーで、二十メートル以上、宙を移動できるらしい。
 ミラージュは三つ同時に手りゅう弾を投げつけたのだった。それは放物線を描――かずに、水平にカーブを描きながら目標の車両を追いかけ、命中した。手裏剣型の手りゅう弾。ハティは再三襲い掛かってきた手裏剣を、PMFで跳ね返した。ガン! それは跳ね返り、ミラージュがぶら下がっていた信号機にブチ当たってパイプをへし折った。だがすでにミラージュの姿は信号機になく、二百メートル先に像が立っている。くノ一は光を変えて、偽物の実態を出現させていただけだ。
「あいつは……コールサイン、ファントム・ミラージュ。幻術遣いだ!」
 人間戦闘機ミラージュのレーザーが火を噴いた。レールガン・ライフルの腕もかなりのものだったが、ミラージュは幻像を巧みに操って、射撃手の実態がどこにあるかを欺いて攻撃をしかけた。そこから三十メートル近くハイジャンプし、巨大なスナイパーライフルを片手で軽々とぶっ放した。
「まるで妖怪変化(スペクター)だ!」
 エイジャックスが感嘆する。
「いや、どっちかっていうと科学忍者だろ」
 マクファーレンが重ねた。
「どっちもどっちだ、妖怪と忍者、何が違うんだ?」
「全然違う! いや、大して違わねーか」
「ミラ!」
 現れたアーガイルが手を振って声をかける。
「深追い無用だ」
 マックが射撃すると、ミラージュは印を結んでニタリと笑い、後ろの背景と同化して見えつつあった。女を銃撃すると、ワイヤーを放ってあちこち飛んでいきながら、闇の支配する摩天楼街の中へ、完全に姿を消した。
 マシンの爆音をがなり立てて味方が来た――と、マック隊は進みながら合流したが、そこにはいなかった。頭上に圧を感じた瞬間、上からビルが崩れてきた。
「退け退けェッ」
 マクファーレンはマシンを切り替えしながら、ハッとして再び頭上を見上げた。――何も落ちてこない。
「違う、通れるぞ! ホログラムやプロジェクションマッピングを使って、自由自在に偽の物体を路上に映し出しているんだ」
「行け行け行けェ――ッ! フォーメーションV」
 Vは散会の陣である。敵は静かにすばやく移動している。追いつかれてはならない。幻術使い相手に、夜に闘うべきではなかった。こっちの方がはるかに不利だ。だが、やむを得ない時もある。

「ハティとマドックスを救え!!」
 合流地点まで来ると、NYPDレジスタンス本隊の特殊装甲車が迎え撃った。十六歳の娘に単身突っ込ませっきりにいかないと、全軍、シティに突撃していく。
「マドックスだ、生きていた。またハティが州軍を救ったぞ!」
 アランは、モニターを見て快哉を叫んだ。
「アイ・ウィル・ビー・バック!」
 ハティはシティを後にすると、振り返って一言叫ぶ。
「ハティのPMFは恐るべしだな」
 マックは、にやりとして感想を述べた。
「敵にまで同情してしまう」
 エスメラルダも微笑んで、胸の下に腕を組む。
「カノジョは一体……?」
 援けられたマドックスは、唖然としてハティを観ていた。
 こうして全軍、エレクトラタワーまで見事脱出に成功したのである。

「なぜ君はそんなに強い? 父上の復讐のためか? とはいえ――、私には今夜起こったことが信じられない」
 マドックス将軍は声をかけた。
「強くなんかないです。自由の女神を信じているから……自由の女神に守られて、私、一体化してるって感じるんです。女神に祈ると、勇気が湧いてきます。あなたもやってみて」
 ハティは光十字剣をペンダントに戻した。
「分かった」
 マドックスは頷いた。
 有史以来、女性が国軍を率いたことは、ジャンヌ・ダルク以外、ほとんどない。現代の戦場においてもしかり。だが今、十六歳のハティ・ヴァレリアンはこのNYでアウローラ革命軍の全指揮を執り、強力な戦力を誇るスクランブラー部隊を相手に、大立ち回りを演じた。二度までも自身の身をもって体験し、マドックス将軍は認めざるを得なくなっていた。ハティは戦略家としてアウローラの三軍から、ついにその実力を認められたのである。タワーに撤退した後、アウローラ軍はいったん立て直すこととなり、改めてマドックス軍団もハティからの指示を聞くことを誓った。
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