第17話 アブダクション~第五種接近遭遇~

文字数 3,699文字


二〇二五年四月五日 土曜日

 かをる・バーソロミューは、幼馴染のハリエットの格好をまじまじと見つめて、唖然とし、ずっと半開きの口から言葉を漏らした。
「かっこいいネその恰好! 大人みたい」
 ハリエットは、白シャツに襟を立てた白のハーフコート、センタープレスの細身のテーパードズボンの、白スーツ姿。赤いヒールを履いている。少女は、一六歳で初めてヒールを履いた。
「ウン……。エスメラルダさんにお願いして……、相手に、子供だってナメられないようにね」
 ハリエットはにっこり笑った。
 ハリエットは、Tスクエア分署でエイジャックス刑事たちに軽くあしらわれ、子ども扱いされて、バカにされたと思った。それで、覚悟を決めた。大人の女性、つまりエスメラルダ・ガルシアを参考にすることにした。
「見た目は想像以上に重要よ」
 エスメラルダは、五番街のショーウィンドウのマネキンを観て、ハリエットをコーデした。女の子からかっこいい女へ――。それはハリエットの戦闘服だった。それは、ジャンヌが甲冑を身に着け、男装し、武装したのと同じだとハリエットは思った。
 その胸に、黄金のオリハルコン製の光十字ペンダントが下がっている。その、ブリリアントな輝き。これを身につけると、ハティはいつでも自由の女神と一緒に居る感覚に浸れるのだった。
「ヘェ~!」
 かをるはあの時、組木秘密箱から出てきたペンダントをじっと見た。
 ハリエットの光十字ペンダントはキラキラ輝き、前は少しあったくすみも消えている。純金の輝きが、発光しているように見えた。
 かをる・バーソロミューは、小学校からの同級生、友人だ。ハリエットの天才ぶりを知っている。日本が好きな両親が名付けた日米ハーフ女の子。アニメ好きの同級生。二人は、ハリエットが住居代わりにしているホテルの下のレストランで、ブランチをとっていた。某世界的な伝説のロッカーも好きなたい焼き愛好家のかをるは、ハンバーガーやホットドッグが存在しないこの世界で、白あんのたい焼きを二つ買って、二人で食べている。白鳩ロッキーが傍らで、テーブルの上をつついていた。
「見た目だけじゃなく、なんか強くなったみたい」
「希望はあるわ……きっと。だって、今が最悪の状態と言える間は、 まだ最悪の状態ではないって、シェークスピアも言ってるし」
「『リア王』だね! ――ハハハ……」
 二人は笑ってたい焼きを口にした。
「良かった、元気になったみたい」
「かをる、わたし、いつかね、アメリカ大統領になって、この国を変える! まずはNY市長になって、それからNY州知事になって、パパみたいに何もかも改革して、この国のすべての過ちを糾すの」
 父ロックの最終目標は、大統領になることだった。そこで大統領としてすべての真相を暴露しようと思ったのだろう。父はこの国を真剣に変えようとしていた。だけどその前に、NY市長としてUFO問題を口にし、命を絶たれた。ずっと以前から、身の危険を感じていたのかもしれない。
「――うん、絶対なれるよ、ハリエットなら!」
 十六歳のハリエットはギフテッド(神童)とされ、ハーバードの政治法学で、秋からロースクールの予備校に通う準備をしていた。だが、ハリエットは前の世界線で、コロナの記憶でリモート学習が多くて、ほとんど通えなかった。代わりにこの世界線では普通に通学していたのかもしれないが、ハリエットにその記憶はなかった。
「今は風の時代だから。占星術では二〇二一年から始まったんだけど、去年から本格的に風が吹き始めていて、情報やコミュニケーションや知性など、見えない価値観が時代の中心になるの。そこで内面の情熱や夢に従えば、実現する時代になるのよ」
 かをるは言った。
 木星と土星が近づく大会合(グレート・コンジャクション)が起こって、どの四大元素、火・土・風・水が時代をリードするかが変わる。
 これまでの二百年間は、モノや財産が主たる要素の土の時代だった。産業革命が発展し、科学技術とともに豊かさがもたらされた。それと同時に、人の心が物質に偏る弊害ももたらされたといえる。
「警察にも相手にされなかったし。でも……一人だと思ってたけど、一人じゃなかったの。……マスコミにもまともなジャーナリストは居た。かをるもいるし……」
「うん」
「パパはこの国を糾そうとして殺された。パパがやろうとしたことを、誰かが引き継いでいかなくちゃいけない」
「……」
「私はやるって決めたの、かをる。もう逃げない。戦うわ、やつらと。観てて、かをる」
「本当に、気を付けてね。私には何もできないけど――」
「ううん、十分励みになってるよ。かをるの存在が、私、何もかも。……ありがとう」
「こっちのセリフだよ」
 二人はセントラルパークまで来た。ロッキーは、ハリエットの右肩に止まっていた。
 そよ風の夜風が心地よく、二人で過ごす、かけがえのない瞬間をハリエットは感じている。
「懐かしいなぁ……昔はよく夜のセントラルパークに二人で行ったね」
「うん、肝試し感覚でね」
「じゃあね、また……」
「うん、バイバイ」

 ハリエットと別れて、かをるは暗い帰路を歩いていた。
「あれ……?」
 かをるは次の瞬間、アパートメントの部屋の中にいた。自室のキッチンに立っていたのだ。左手でケトルを握っている。目の前には、蓋の開いたカップラーメンから湯気が立ち、お湯が注がれている。かをるはまじまじとカップを凝視しながら、ゆっくりとケトルを置いた。
「ハ!?」
 三分間、待とう。うわの空で北欧家具のテーブルに食器を並べながら、
「さっきまでハティと歩いていたのにナ……」
 と、独り言を口にする。
 ラーメンの蓋を開けようとして、めまいを覚え、のどの渇きを覚えた。窓の外に目をやると、日が沈もうとしていた。手の中のカップの麺は水分を吸って伸び、完全に冷え切っている。その間の時間がどう過ぎたのか、まったく記憶がなかった。
 ゾッとする記憶喪失。
 慌ててスマホをとりにベッドルームに行くと、時計は十二時、真夜中だった。窓の外を見ると完全に真っ暗。
 水道が流しっぱなしで、流しから水があふれていた。水を止めて走り出す。かをるは、暗いアパートを逃げ出そうとした。

 外へ出ると、空が明けていた。見上げたとたん、白く輝く円盤が頭上スレスレを飛んでいって、猛烈な空腹を感じた、同時に、辺りがまだ暗いことに気づいた。しかも、街灯から建物の明かりから、車の光まで何もかも消えている。暗いなんてもんじゃない。停電だ。だからあの光は、夜明けじゃない。UFOの光だ。
「うぐっ……」
 かをるの脳裏に、UFOに載せられた映像がフラッシュバックした。
 UFOの中で、かをるはこれから起こるアメリカの破局の未来を見せられたのだ。その記憶がよみがえった。
 かをるには、ロック・ヴァレリアン市長があの時死なずに生きていて、その後、内戦が続いたという苦しい記憶があった。けれど記憶はあいまいで、抹消されたのかもしれない。誘拐された人々は、そっちの世界線から来ていた人が多い気がする。何度記憶を抹消されても、かをるには苦い苦しみだけが記憶に残っていた……。
 上を見上げると、三機のUFOがハッキリと観えた。かをるはピタッと足を止めた。光は急接近してきて、真上を通り過ぎていった。かと思うと、一瞬で方向転換して平行して飛んでいた。
 じっと見ていると、三機のUFOは間近に迫った。
「ウソ……!?」
 途端に恐怖に囚われた。青白く光り輝き、回転する円盤が頭上まで接近してきて、かをるの足は十字路に差し掛かってピタッと止まった。かをるは左の路地へとバッと曲がって走った。左側の路地の五十メートル先の上空に、ひょいっとUFOが出てきて、かをるを待ち受けている。
「イヤッ!」
 かをるは百八十度向きを変えて、左の路地へ突っ走った。今度は、もう一機のUFOが上から降りてきて、右側の路地のやはり五十メートル先にヒョイッと姿を現し、煌々と青白い光を照らしながら、待ち構えていた。
 「くれぐれも気を付けて」なんて、ハリエットに言っておきながら、かをる自身が身の危険に晒されていた!
 左右の行く手をUFOに塞がれた。追い詰められたかをるは、真ん中の道へ戻ると、まっすぐ走った。上空がパアッと明るく光が差してきて、三機目のUFOがゆっくりと空から前方の路地に降りてきた。かをるは足を止めた。後ろへ戻ったって、さっきの二機が待っている……。三方を塞がれた。
「もう……ダメだ」
 かをるはUFOから逃げることはできないことを悟り、ついに諦めた。少女の細い体は光源に引き寄せられるようにしてフラッと前に歩いていく。やがて、かをるはUFOからまばゆい光を全身に浴びると、意識が薄れていった。UFOのけん引ビームで宙へと吊り上げられて、それからの記憶を失った。

    *

 ハリエットは、白鳩を夜空へ解放すると、微笑んで、かをるに今日のお礼を言おうと電話したが、何回携帯を鳴らしても、連絡がつかなかった。
 かをる・バーソロミュー。
 出会い、別れ、出遭い、別れ……それは繰り返されてゆく。
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