第22話 ブラッドレイン・チェイス ポニーテールは駆け抜ける

文字数 9,642文字



二〇二五年四月十一日 金曜日 夜八時

 エイジャックスの車は、署を出た直後から後をつけられていたらしい。夜になって、再びロウワーマンハッタンに戻ってきたエイジャックスは、今度は二台の巨大なバンに追われた。さっきのMIB車ではない。ゴツくて、まるで装甲車のようにも見える。
「白い影! さすが早い、早すぎる――」
 エイジャックスは、直接白服の姿を見た訳ではなかった。だが、あの巨大な車を、白服が乗っているのを彼は、マディソンスクエア・ガーデンで目撃していた。白い影が自分にロックオンしてきている。二度までも、〝連中〟の誘いを断ったからだ。
「殺(ヤ)られるもんかッ!」
 巨大なバンは後方十メートルまで迫り、黒い窓が開いて、マシンガンがヌッと伸びてくる。銃撃を食らい、ハンドルを切ろうとして、エイジャックスの車は蛇行した上、横転した。すぐにベルトを外し、転がるようにして路上に這い出すと、車は飛んできたミサイルに爆破された。夜のロウワーマンハッタンの摩天楼街に、爆音が響き渡った。敵は巨大バン……やはり、コンバットライフルを持って――いいや、ミサイルが飛んできた! エイジャックスの公用車は無残にも炎に焼かれて廃車だ。白服にエイジャックス暗殺指令が出ているのは確実だった。
 車を捨て、エイジャックスは銃を抜いたまま駆け出した。二台の巨大バンはハンドルを切り、Uターンしようとしていた。
 前方のT字路に、緑のビートルがバッと停車し、後部座席が開いた。
「乗って!」
 助手席の少女が、右手で親指を立てて後部座席を示した。白スーツを着ているが……
 敵かッ!?
「時は来たワ!」
 彼女はバッとポーズをつけて、決め台詞を吐いた。
(決まった……)
 と、小さくつぶやく。……雰囲気としては追手ではないらしい。
 この少女は……。観た事のある金髪のロング・ポニーテールの少女が真剣な表情でこちらを見つめている。ミステリアスな感じでカッコつけて登場したが、エイジャックスは少女とは、署で会ったことがあった。
「君は……ハリエット・ヴァレリアン!?」
 エイジャックスが後部座席に飛び込むと、車は急発進した。
 彼女がなぜここに? 瞬時に、捜査を断ったことが頭をよぎった。――まだ敵か味方かも分からない。いいや……もう一人、運転している女性がいる。ZZCのエスメラルダ記者だ。“連中”の一味にしては、これまた大分毛色が異なっている。言ってみれば行き当たりばったりの素人な感じがする。
「アイツらと組んでもロクなことがない。このままNYPDに残っても、魂を売るには安すぎる給料と恩給と、年金を楽しみに、余生を生きることでしかない。分かったでしょ刑事さん!?」
 エスメラルダの荒っぽい運転で飛ばす車内で、助手席のハリエットは言った。
「キツい台詞だな!」
 後ろからまたミサイルが飛んできたが、エスメラルダはハンドルを切って、ビートルは爆発をギリギリ避けた。
 ハリエットが銃を取り出した。窓を開け、後ろのバンに銃撃する。だが、当たらない。
「銃の所持に反対してるこのアタシに銃を持たせるなんて……」
 銃はエスメラルダが手配したらしい。
「見ちゃいられんな。ここは、プロが働くとするか」
「お願い!」
 エイジャックスは銃を抜くと、窓を開けて後方車両のタイヤに向けて撃ち始めた。
「エスメラルダさんが、あなたがマンハッタンホーンに向かったことを教えてくれたのよ、ね? わっ!!」
 ハティは銃をひっこめた。危なっかしくて見てられない。後部ガラスに銃弾が当たったが、かすり傷も付かなかった。砲弾ガラスだ。エスメラルダは中古のビートルを、防弾車仕様に変えたらしい。
 車はユニオン・スクエアパークに乗り込んだ。昼間は野菜やフルーツ、色とりどりの花を売っている市場のある公園だが、狭い歩道をエスメラルダはビートルのハンドルを繰りまくって、でかい図体の相手を捲くと、少し余裕ができた。
「君らもヤツらと何か因縁がありそうだな」
 ハリエットは長い金髪をなびかせて、
「私は市長の死の真相と、市長の情報を持っていることで白服に狙われている」
 と言った。実はハリエットとエスメラルダも取材中、スクランブラーに狙われ、逃げていたという。その際に、エイジャックス刑事も同じ男たちに狙われている情報を掴んだのだ。MIBに会った後、銃を購入した。
「そう――彼女は人呼んで……勝利の女神!」
 エスメラルダが叫んだ。
 後ろから銃撃を受けながら、エイジャックスは猛反撃している。
「ようやく信じてくれました? 刑事さん」
「……」
 少なくとも敵ではなさそうだ。敵なら、そんな与太――奇蹟話を垂れ流してくる訳がない。エイジャックスは当初、二人の言うことを都市伝説扱いして信じなかったが、捜査を積み重ねるにつれ、真相はともあれ、耳を傾ける必要性を十分に感じていた。
 銃撃された弾のいくつかが跳ね返って、社内に飛び込んできた。車が跳ね上がったせいで、エイジャックスは大きく上体をバウンドし、スレスレで避けた。
「白服は跳弾を使える!! 気をつけろ」
 敵はこっちが防弾車だと気づいて、跳弾を撃ってきたらしい。戦闘の衝撃で、窓の一つが半開きになったままになっていた。
「やっぱりそうなのね」
「あぁ――音響分析捜査をした。ロック市長を殺した、上階からの銃撃の角度問題の結論は、跳弾だ!」
「えっ、じゃあ――」
「署長に揉み消されたがな」
 敵は、サーカスの曲芸のような技を平気でやってのける。
「まったく君の言う通りだった。君の親父さんの……それにクロード記者の人体発火もな」
 白服は銃だけではなく、バイクにレールガンを搭載しているらしい。クロードを殺したスクランブラーのプラズマ弾だ。あれが人体発火を引き起こしたのだ。証拠の音声テープを入手した密告者もろとも、車の事故で、消されたのだろう。
「レールガンは火力が大きすぎ、隠密スナイパーの暗殺には適さない。一方で、記者はみせ締めで殺された可能性が高い」
「なんて残酷なの……」
 エスメラルダは怒りに震えた。
「人間を、火で焼き殺すなんて……せめて最期くらい、静かに死なせてあげられないの……」
 エスメラルダは運転が荒っぽい。左右に激しく揺れ、敵が追いついた。
「うわっ危なっ……」
 ハリエットは、動体視力で銃弾が見えるようになっていた。同時に、瞬間的に銃撃を避ける反射神経が身についたらしい。それにもう一つ。二人にはまだ言えないが、ハリエットは、一瞬先が見えた気がした。
 いくら裏路地とはいえ、敵はこの大都会NYで容赦なく攻撃してくる。
「反乱分子認定されたんだ。お上が雇った白服共は、俺たちを消そうと必死だ……!」
「それで、ロウワーマンハッタンであなたを張ってたのよ、何か、見つけたんでしょ?」
「……マンハッタンホーンに潜入した」
「「えっ!」」
 二人の女性の驚きの声がシンクロした。
「ロートリックス・グループは軍産複合体だ。世界中の軍事情報が集まっている。もちろん宇宙人の情報も」
「やっぱりこのNYのテロと、宇宙人が何か関係がある、そう考えていいのね?」
 エスメラルダはここぞとばかりに念押しする。
「ロック市長暗殺の公的情報は全部フェイクだ、ヴァリスは偽旗作戦で操られていた。ギャラガーはアメリカの真の敵から目をそらそうとしている」
「アメリカの真の敵――」
「マンハッタンホーンだ」
 車は路地を曲がり、エスメラルダは間断なき乱暴な運転で、二人はシートベルトをしていても左右に大きく身体が揺れ、車内にしがみついた。
 後ろからパトカー数台が追ってくるのが見えた。数えた範囲で四台は付いてきている。バイクはトラックに隠れて、車から乗り出し、マシンガンを撃ってきた。車体に激しく当たるが、窓ガラスは割れていない。
 他の車列の陰に隠れて前進。すると、敵のマシンガンが止まった。
 相手の車は駐車しているセダン車に乗り上げ、宙に浮かんで半回転し、ビルの壁面にめり込んだ。
 もう一台の車の上に立った、白服の一人が高速の中、マシンガンを撃つ。まさに曲芸だ。
「な、なんてヤローだ!!」
 車体への衝撃はどんどん激しくなる一方、相変わらず高速運転車の屋根に立ったままだった。人間業でないことを再確認する。
 黒バンは、アクセルを踏み込み、車体を思いっきりぶつけてきた。体当たりや、銃撃戦にも対応できる装甲車のような作りだが、こっちはいくら防弾使用とはいえ、小型のビートル。エスメラルダは急ブレーキをかけると、ビートルは黒バンの後方へとバックした。
「タイヤがパンクしたワ!」
 エスメラルダが叫んだ。さっきの衝撃がタイヤに来たようだ。――と思ったが、どうやら車はまだ走り続けている。衝撃でパンクしたと思ってたら、してなかった。後ろから別の黒バンが迫り、また車体をぶつけてくる。ボンネットが煙を吐いている。
「もう限界だぜ」
「高速へ! スピードぶっ飛ばして一気に駆け抜けるわよッ!」
 かろうじて動く車を、エスメラルダは飛ばした。白いバイクがウイリーしながら、速度を上げて追っていた。
「任せとけ、巨体のどてっ腹に大穴を開けてやる!!」
 エイジャックスは箱乗りして後ろへ向けて銃撃を開始した。バイクがブワッと浮かび、宙を舞った。
「こんなに交通量が多い場所で! なぜ白服共はこんなに必死になんだ」
「真実に気づいたあなた自身こそが、今や彼らにとって厄介な……何としても抹消したい証拠そのものだからよ!」

 高速道路ヘンリー・ハドソンパークウェイで黒バン一台に追い付かれ、白服が乗り出してくると、片腕を伸ばしてエイジャックスを捕まえて、そのまま持ち上げた。エイジャックスはパンチも頭突きもすべて交わされ、掴み返してはカットされた。至近距離での銃撃戦が続いた。エイジャックスは銃を撃つが、相手は至近距離の銃撃を難なく避けた。
 一言も発しない。無表情な殺戮マシーンだ。MIBは奇妙だが、奴らの方がまだ表情やウィットがある。
 エイジャックスが胸ぐらをつかまれ、もう一人の追手も近づいてくる。その瞬間、ハリエットの胸に輝く光十字ペンダントが輝き、乙女は熱くなって慌てて手で引っ張ると取れた。ペンダントヘッドが着脱可能だ!? 強力マグネットでくっ付いていた。普段はまず外れないが、所有者が外そうと考えれば、外すことができるらしい。光十字は少女の手の中でスルッと伸びて短剣と化し、ハティは白服の腕にズブリと突き刺した。
「ペンダントがッ!!」
 エスメラルダが驚いている。
「形が変わった――それは!?」
 掴みかかった敵の腕に再度差すと、白服は腕をひっこめた。
「ウグッ」
 なんとか、車から引き離すことに成功した。
「――その十字のペンダントは?」
 エイジャックスは、先ほどから助手席のハリエットの胸でまばゆく輝き始めた光十字を観て尋ねた。
「父の形見よ。あなたは、光を観たでしょ(Are you see the light)?」
「あぁ、トレードセンター近くの埠頭で自由の女神の光十字を目撃した、そんときだ、この町を支配する連中と戦うことを決心したのは!」
 エイジャックスも目撃して、あの時顕現した光十字の奇蹟は、ハリエットと自由の女神を一体化させ、「勝利の女神」に変化させたと、二人は信じていた。
「よろしく刑事さん」
 三人は共闘して、スクランブラーと戦うことに。
「来たわよ!!」
 後ろ二台の黒い車とチェイスしながらの銃撃戦が続いている。エイジャックスは、撃ち返しては弾を装填し、また撃ち返す。相手は、人間とも思えない超人的なパワーを持ち合わせた怪物だ。高速を降りると、その白服のバイクが消えた。

 何とか後ろの二台の黒バンを苦心して破壊して撒くと、上空から路上スレスレまで、唐突にブラックヘリが降りてきた。静かにホバリングしている。
「一体いつの間に?」
「でも聞こえなかったわッ!」
「ヘリの音がしない!?」
 プロペラ音がないヘリは、いきなりマシンガンを唸らせた。近くの車がぶっ飛んで、街路樹が三本なぎ倒された。
「ステルスヘリだ――、NYでたびたび目撃されてる!」
 エイジャックスは、空に向けて撃ち返しながら叫んだ。
「都市伝説じゃなかったのネ!」
 ――別にうれしくはない。
「ご覧の通り!!」
 ヘリは周囲を巻き込んで猛攻撃してきた。路面に物が散乱し、街路樹や信号機が倒されていく。車が次々と爆発していった。容赦がないのは、黒バン以上だ。
 ヘリに追いかけられながら、エスメラルダの車は信号無視して、突き進む。車間を駆け抜け、狭い路地へ入ってヘリを撒く。だが、路地の向かいの出口でヘリが上空から急降下し、待ち伏せしていた。射撃を受け、エスメラルダはバックした。そのまま時速百キロ超えでバックし続けると元来た道を折り返し、高架下へ車を乗り入れた。
 ヘリは高架下まで追ってきた。背後から、猛烈に撃ってくる。ドライブテクニックで巻こうとするも、周囲の車が破壊されて、こちらもいつ被害が生じるか分からない。エスメラルダは右折左折を繰り返したが、車と違って、どこまでもブラックヘリは執拗に追ってくる。三人は、次第に追い詰められていった。
 身を挺して箱乗りしたエイジャックスが銃撃すると、ついにプロペラの軸にヒットし、ブラックヘリはきりもみ上になってビルの壁面に激突。黒煙を履いて街路樹まで跳ね返り、大爆発を起こした。

 背後に異様な圧を感じ、振り返ると、そこには……黒い巨大トラックが……。その大きさは三十メートルにもなる。トレーラーだ。インフラや建物、左右の車を蹴散らしながら、迫ってきた。あまりにも異様な巨大感。怪物だった。
「猛烈ね! 個性的な面構えだこと! まるで岩石の怪物!!」
「泣き面に蜂だ」
 ブロードウェイを突っ走りながら、後方のバトルトレーラーをミラー越しに見てエスメラルダは叫んだ。次々と三人の前に現れ、無言で襲い掛かってくる敵――。
 そのまま車間をすり抜け、前へ前へと進んでいくと――いつの間にかさっきの黒いトレーラーが前に立ちはだかっていた。Uターンする。
 事件や事故を聞きつけ、パトカーも何十台も追ってきていたが、トラックは車を次々と潰しながら突進してきた。パトカーもお構いなしだ。
 荷台の扉が開いて、巨大な機関砲がヌッと出てきた。荷台の上にも何人かの射撃手が座し、撃ってくる。さらにロケットランチャーがこちらを狙い、ミサイルが飛んできて、前方に停車している車を破壊した。
 バトルトレーラーは火炎放射器を放ち、明るい炎が十数メートル延びてきた。
「無茶苦茶だ!」
 エスメラルダはもはやダメだと覚悟している。
 トレーラーが幅寄せして、エスメラルダ車に巨大な車体をぶつけてきた。
「今度は轢きつぶすつもりだぞ!」
 タイヤのホイールから鋭いナイフが飛び出し、車体をガリガリと削った。
「クソッ……このままじゃ、車をバラバラにされちまう!!」
 急ブレーキをかけて敵の後ろへ回ると、今度はトレーラーから手りゅう弾が次々と投げ落とされていく。
 黒い大型トレーラーは、走りながら再び荷台を開いた。後ろからバイクが四台出てきた。内蔵していたようだ。ビートルはトレーラーとバイクに追われる。
「セントラルパークへ!」
 エスメラルダはとっさに、パーク北部にあるアッパー貯水池へ向かった。
 トレーラーはおしりをあちこちぶつけながら、狭いカーブを曲がって追ってくる。屋根や看板、道路標識が壊れていく。ふつうは車が無傷じゃないはずだが、破壊されたのは町のインフラの方だった。黒い巨体に損傷はないようだ。
「なんて強引な奴らだ!」
 どんどん迫ってくるトレーラーをパーク内へ誘い込むと、トレーラーは道をそれて水の中へ急落下。ついに湖に叩き落した。大爆破を起こす。ホッとする。
 しかし、それもつかの間だった。上空から再び、ブラックヘリがミサイルを撃ってきたのだ。エスメラルダは蛇行してかろうじてよけ、ミサイルは公園に駐車している車両の群れを破壊した。車を捨てるしかない。ヘリのミサイル攻撃で、とうとうエスメラルダの車は大破した。



 三人は地下鉄の入口を目指して懸命に走った。休む間もなく、あちこちのビル上階から三人は狙撃された。町中にスナイパーが潜んでいた。それに加えてさっきのヘリ。ハティは走りながら、生きた心地がしなかった。彼らが父の命を奪ったんだ、そう思うとハリエットは、抑えきれない怒りの感情が沸いてきた。
 地下鉄へ駆け込むと、ちょうど駅のホームに電車が待っていた。三人は発射ベルを聴きながら乗り込んだ。ドアが閉まる瞬間、階段から駆け下りてくる白服の姿が見えた。
 車両後方の窓からホームを見ると、白服がホームを降りて線路を走って電車を追ってくる。さっきは姿を見なかった奴だ。電車が速度を上げる中、いつの間にか数メートル手前まで迫ってきている。
「しつこい奴!!」
 エイジャックスとエスメラルダは銃撃を繰り返し、相手に十発撃ち込んだ。だが、撃たれても撃たれても相手は前進してくる。
「ゾンビか!」
 その瞬間、枕木に足を引っかけ、派手に回転して倒れた。
「やった、ついに奴を撃った」
 と思ったら、再び立ち上がった白服の男は飛び上がって手すりを掴んだ。電車に乗り込もうと身を乗り出す。エイジャックスは銃撃したものの、今度は間近で全弾避けられた。
 その瞬間、ハリエットの光十字が輝いて、短剣になった。エイジャックスが銃を撃つ間に、相手の隙をハティは狙った。スラリと伸びた短剣は胸を貫き、白服の男は電車の後ろから暗い線路へと吹っ飛んでいった。
「……やったか……」
 三人はくたびれながら、前に歩いて車両を変えた。
「あいつはレナードだ、レナード・シカティック」
 間近で相手の顔を見たエイジャックスはそう言った。

「どうかした?」
 車両のポールに掴まるエスメラルダは、思いつめた顔のハリエットの様子を覗った。
「親友と連絡が取れないのよ。何かあったんじゃ」
 ハリエットは、しばらくかをると連絡がつかなかった。このところ、ずっと気にかかっていた。
「どんな少女だ?」
「ピンクに髪を染めた子。年齢はあたしと同じ、十六歳。アシメのショートボブの」
「――アニメの?」
「いいえ、前髪がアンシンメトリーの! 特徴的なのよ」
 エイジャックスはピンときた。行方不明の少女。長い事、アブダクション事件を扱ってきた。もしや――。
「マンハッタンホーンの中で、民間人が集められていた。その中にピンク髪の少女がいた。一度助けようとしたんだが、失敗した」
「ピンク髪……」
 エイジャックスは、スマホに唯一残った写真を二人に見せた。ピンク髪に毛先が青色に染まったアシメヘアの特徴的な外見は、あの子しかいない。
「この少女だ! 彼女はマンハッタンホーンの中にいる」
 エイジャックスに言われて、
「UFOに誘拐事件でさらわれた人たちが、マンハッタンホーンに?」
「アブダクションされたんだ。マンハッタンホーンには宇宙人が居る」
「かをるだ……あの子、昔からUFOに遭遇しているのよ」
 第五種接近遭遇。
「間違いないな。アブダクションされた人間は……何度も同じ目に遭うことが多い」
 エイジャックスは煙草を手にしようとして、周囲に目配せすると、電車内であることに気が付き、手を引っ込めた。そうだ、こんなトコで。疲れている。
「きっと、宇宙人にマークされているのね。DNAの実験体として……」
 エスメラルダは黒髪をかき上げる。
「すべて本当だったよ、君の言っていたことは」
「ありがとう」
「それだけじゃない――」
 マンハッタンホーン帰りのエイジャックスは、二人に告げた。
「あのNYユグドラシルには、何か、とてつもない秘密が隠されている。マンハッタンホーンの中には、コントロールルームがあった。そこで……」
 例のことをいうべきか。エイジャックスはためらった。
 あんな建物はなかった。でもエイジャックスは近頃のストレスでそう思っただけだと思っていた。しかし彼の中に、以前ハンス・ギャラガーを逮捕した記憶は確かにあった。
「マンハッタンホーンがいつから出現したのか――暗殺事件以前、記憶はない」
「あたしも」
「同じく」
 二人の同意を得たが、エイジャックスはマンハッタンホーンで思い出したもう一つの「記憶」について、二人に告げられずにいる。
「私……いつも違和感と戦ってきた……あの日……ロック市長の死の瞬間からね」
 エスメラルダは小さくつぶやく。
「あのマンハッタンホーンは、この町を、まがい物のNYに変えてしまった」
 ハリエットは、そんな巨大権力相手に「戦う」という。
「ギャラガー副市長は任期までの間、市長に就任した。マンハッタンホーンの傀儡だ。バックに『奴ら』がいる」
「いや、全世界の――」
「敵の組織はデカすぎる! 軍産複合体が……この国を乗っ取った真の支配者なんか!」
「ねぇ刑事さん、ロック市長暗殺をNYPD上げて捜査できないかしら?」
 エスメラルダは、エイジャックスに向き直った。
「残念ながら俺はもうバッヂを放り投げてきた、まだ辞表を提出した訳じゃないが、――しばらくは戻れないな。NYPDは白服とMIB(黒服)に操られている。そのボスがギャラガーだ。俺はもうこの町のコップじゃない」
「上が腐敗している以上、期待できないか……」
 ハリエットは、最初にNYPDを訪れたときのことを思い出した。今やエイジャックス刑事までもハリエットと同じ立場だ。レオン刑事は亡くなったし。ハリエットのNYPDに対する疑惑は、エイジャックスのものでもあった。
「メディアもそうよ。ZZCも。レガシーメディアは全部一緒。ブログやSNSも、AIの検閲に消されるし、監視されてて、MIBが来るわ」
 エスメラルダは車内の広告を見やる。
「で、プランは? 我々の抵抗活動は、テロリストと認定されるだろう。さっきの連中に加え、今後はNYPDからも眼をつけられる。何万という警官だ。それに町中の監視カメラだ、当面、隠れて活動しなきゃならん」
 テロ首謀者とされた人物は、ロック市長の娘ハリエットだった。
「諦めたら負けなのよ――いくら敵が巨大でも、必ず弱点はあるわ。その穴を穿つ!」
 そういって、ハリエットは唇を噛む。
「…………」
「まずは仲間集めからね。私たちみたいにこのおかしくなったNYに違和感を持った市民は、他にも必ずいるはず。彼らの力を借りるの」
 ハリエットのまっすぐな瞳は、あくまで澄んでいた。
「もしかしたら……私、ちょっと心当たりがある。ハティ、私に任せてくれない?」
 エスメラルダは切り出した。
「一か八かになるけど……相手はハッカーよ」
 エスメラルダのブログ記事に接触してきたハッカー「モナ・リザ」は、NYに対する違和感を語っていた。
 記事をすぐ消されて、ハリエット以外で連絡が来たのが、その人物だったのだ。連絡先は押さえてある。
「ハッカー? 犯罪者か?」
 エイジャックスは露骨に眉を顰める。
「でも相手はマンハッタンホーンにハッキングしたって。とびきりの情報を持ってるって言ってるわ」
「信用できるんだろうな? “罠”って可能性は……」
「刑事さん、まず会ってみなきゃわからないワ」
 ふたたび、ハリエットのまっすぐな視線がエイジャックスを見上げている。その瞳の中に、光十字が輝いていた。こんな眼に見つめられては、断ることができなくなってしまうだろう。
「あぁ……分かった」

 三人はエスメラルダの自室に隠れた。突然、窓から街の上空に光る物体が現れ、真上を通り過ぎてゆく。上空で光が墜落するのを、彼らはカーテン越しに目撃した。
「何かしら……アレ」
「セントラルパークの方向よ」
 全員、窓越しに身をかがめる。
 ロック市長の暗殺以来、このところNYでは、UFOの目撃が頻繁している。もう、珍しくなくなりつつあった。
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