第34話 エレクトラ事変2 サタデーナイト・クライシス

文字数 7,160文字



二〇二五年五月三日 土曜日 午後十一時

チェルシー、あげない。あなたには

「和平をする」
 ドアが開き、ハリエットたちは再び会議室に招かれた。アランは書類にサインしていた。彼は、MIBから猫なで声で持ちかけられている。
 アラン・ダンティカは、NY州知事という立場を有効に利用したUFOディスクロージャーを目指していた。ずっとタイミングを見計らっていた。しかしアウローラの急進派はことごとく逮捕されて、残るは慎重派ばかりだった。今マンハッタンホーンへの攻撃をしても、全滅するだけだ。戦いの撤退を検討した矢先に、ハリエットたちがスクランブラーを連れてきた。
 ハウエルはアランも知事という立場で、彼の言うことももっともだと考え、MIBとの司法取引に賛同した。
「すまぬ! ハティ。ディスクロージャーは必要だが今ではない。私はNY州知事という立場で公表するつもりだった。……だがこのタイミングでネットで公表しても、真偽不明のフェイクニュースとみなされ、私は政治生命を失うだけだ……それでは何の発言力もなくなってしまう。退役軍や首になった警官や、政治家がいくら真実を述べたところで黙殺されてきたし、世間は相手にしない。ましてハッカーや元ジャーナリストなんか。そして、エレクトラ社や、この仲間の立場も守らなくてはならない。全滅する運命では、申し訳が立たん」
 アランは、脂汗を流して釈明した。
「君たちの期待に沿えなくて申し訳ない」
 知事は、目をギュッとつぶった。
「確かに知事のおっしゃる通りだな――今スクランブラーと戦っても、我々は犠牲者が出るばかりだ。奴らは死んでも死なないが、こっちはもう、一人も欠ける訳にはいかない」
 ハウエル社長のグッと握った拳が、震えていた。
 ハリエットは、ロックの娘だから今日の会議に参加できたのだ。しかし、メンバーとして認められた訳ではない。
「君はまだ若い……これまでの“騒乱罪”も、相手は放免するとまで譲歩している――。今我々が潜伏したとしても、これを機会に、この先に再起のチャンスをつないでくれ。君の世代に託そう、捲土重来を」
 全滅を免れるため、慎重策が大勢を占めていた。それがアウローラの結論だった。
「これだけの人材がありながら、あなた方は――、チャンスは今なんです! 無から得られるものはなし。知事、司法取引に応じれば、これらの証拠も結局はすべて握りつぶされることになるんですよ!!」
 結局、アラン・ダンティカ州知事は自分を半人前の子供と捉えているのだと、ハティは感じた。
「我々は負けたのだ、相手と一度停戦を……今は和平し、また別の方法を探るとしよう」
「和平……?」
 ハリエットはワナワナ震えた。
「そんなもの結んだら、ますます敵をのさばらせるだけじゃないですか! そうしてこの国の、NYの真の歴史も伝統もすべて無に帰してしまうわ――それじゃ、父は何のために? そうですよ、そうやってこの国では、ずっと昔から悪がのさばってきたんだわ! 今だって国民がUFOに誘拐されている。この瞬間に。かをるだって……」
「ロックの収集した資料は、本来、彼が市長の権限で公表するつもりで動いていた。だが、彼が持っていた資料は、ギャラガーが持ち去った」
「この俺が証人になるさ!」
 アイスターはさっきとは打って変わって、主張する。
「あたしもよ」
 かをるが賛同する。
「消されるぞ、スクランブラーに!」
「君たちは――、ヴィッキー・スーのマンハッタンホーンハッキングや、マクファーレン大尉のセントラルパーク爆破、さらに、コロンビア大とハーレムでの大騒動で、テロ犯認定を決定的なものにしただけだ。アイスター君の証言や発明品も、握りつぶされるだろう……」
 アランの物言いに、ハリエットはグッと堪えた。だが――、
「証拠ならマンハッタンホーンにすべて揃っている!」
 エイジャックスが言った。
「なら、行けばいいではないですか! マンハッタンホーンに! ここにはジャーナリストもハッカーだっている……魔術師だって軍人だって警官だって! それなのにあなた方……ただの小娘でしかない私よりはるかに立派な実績と社会的地位を築いた錚々たる大人たちが、こんなところで一体何を議論しているの? 十分すぎるほどの力をあなた方はお持ちではないですか!」
 ハリエットにとって、どんなに社会的地位の高い相手でも、今の彼らは腑抜けでしかなかった。
 彼らは彼らなりに戦ってきたが、負けっぱなしで及び腰になっていた。それがハリエットには悔しかった。
「残された父の資料を公表し、市長暗殺テロがロートリックス社の仕業だと暴露します! わずかでも、たった一人でも立ち上がるのよ!」
「すまない」
 アラン知事は目をつぶった。もう、彼の限界は近づいていた。
「このままおとなしくNYが奴らに蹂躙されるのを黙って見てろというの? 父が……父が浮かばれないわ」
「…………」
「そうやって明日明日って先伸ばしてどうするのよ? 今よ! 今日できることは明日まで延ばすな!(Never put off till tomorrow what can be done today. )何もなくなったって、あなたたちの魂こそが父の遺産じゃない? そして私の魂も」
 握り拳をぐっと胸に当てて……ハリエットは力説する。フランスで演説しアメリカを独立に導いた、ベンジャミン・フランクリンの格言だ。その功績から、後にNYに自由の女神像が贈られた。会議室はシンとなる。ハリエットは「自分は絶望から、自由の女神に誓って立ち直ったのだ」と言った。
「このままだったら魂が死んだも同然よ。このアウローラに、錦の御旗が必要なら、父の代わりに私を立てなさい。私以外にこのNYを救える者はありません。真の勇者の仲間たちが、再び私の下に集まってくる!!」
 シェード・フォークナーに最初に会った時、彼女がハティらをアウローラに会せることを躊躇した訳だ。こんなに苦労することになるとは、シェードに実際に案内されるまで信じられなかった。
「今ここに、私たちと貴方たちの“心”がある。父から受け継いだ心がある限りにおいて、今から私の言う通りに、警備局に武器を取るようにみんなに言って!!」
「――で、その後は? 何も考えちゃいない!!」
「戦い続けるのよ。続けてれば勝つことは不可能じゃないわ! あきらめない限り。ここいるのは、元刑事や元軍人なんかじゃない、その道のエキスパートよ! ここには凄腕のハッカーもフリーエネルギーの研究者だっている。少数だけど、少数だから精鋭になる。みんなが力を合わせたら、強大な敵だって打ち負かすことができるんだから!」
 とはいえ、それぞれ一人ずつしかいないが……。それでもハリエットは、
「ギャラガーを市庁舎から追い出すのよ!! 戦うのです、前に進む以外に、私たちが本当のNYの姿を取り戻す方法はありません。このNYの暗黒社会を生み出したのは、もともと私たちだったのかもしれない。あのマンハッタンホーンの中に秘密がある。エイリアン・リバースエンジニアリングのテクノロジーが。時空を作り変えた研究を倒さない限り、NYは彼らと宇宙人の……人間牧場のままです。やがて全世界が彼らの意のままに改変させられる……。知っている者は少なく、違和感を抱いていても行動までは至らない。多くの人はそう。でも知っていて行動できる力が、皆さんにはある! そうではないですか!」
 ハティは、熱弁をふるい続けた。
「私たちライト・クルセイダーズは、わずか七人だけだけど、あなた達気を失った大人たちよりもはるかに戦える。潜伏して相手の犯罪を全世界に公表するのです……! そうすれば正当防衛を主張して、私たちの正当性は証明される」
 まるで、何かにとりつかれたように。
「奴の犯罪を市民に公表して、ギャラガーと正面から対決する。ギャラガーの犯罪を公表するわ。リコールするの! 市民を味方につければ、彼らは私たちに露骨に手出しできなくなる。これが彼らの弱点だわ。ここを突けば、NYPDは一気に力を失う」
「……」
「NYPDはギャラガーの天下で支配されている。ギャラガーの不正を糾して、リコールでNYから叩き出せば、市庁舎から敵サイドを追放して、NYPD内に我々の同志を作れる。彼らを味方につけることができるわ」
「どうして外のNYPDに囲まれた中を突破できると言うんだ? もうこっちの正体もバレて、このNYで逃げられる場所も、生きるところさえない!」
 スクランブラーの激しい攻撃が始まれば、この会議室も突破されるだろう。
「アランさん、立ち上がって!! ギャラガーを追放してNYを解放しましょう!」
 ハリエットはアランの和解策を一蹴した。十六歳の娘が州知事を叱咤激励していた。

「時間だ」
 MIBはまた暗闇から現れた。戸はしっかり施錠したはずだ。さっきも確認したのに。
「お断りします」
 アランたちが何か答える前に、先にハリエットが即答した。
「チェルシー、あげない。あなたには!」
 エスメラルダが追加する。
「そうか、じゃあ――仕方がない」
 黒服の男はスタスタと去っていった。
 断ったはいいが……本当にこれからどうすればいいのか、アランたちには分からなかった。

     *

「どうやら降伏勧告は拒否されたらしい。話し合いには、応じないそうだ」
 MIBは、ハンター署長に淡々と伝えた。
 白バイクに乗った白服の男たちが現れ、その隊長、アーガイル・ハイスミスが、銃をぶら下げてタワーの中へと入っていった。
「オイ!! アンタら、何をするつもりだ?」
 招集された警官がギョッとして見守った。彼らはスクランブラーを知らなかった。アーガイル隊長はプラズマ砲でシャッターを爆破すると、周囲に大きな音が鳴り響いた。
「黙って見てろ、“プロ”の仕事だ」
 ハンター署長はそう言うと、エレクトラタワーに向かって「対テロの総指揮を、FBIにゆだねた」等の趣旨を、拡声器で伝えた。MIBは一応FBI扱いなので「公」の存在として認められる一方、中で暗躍するスクランブラーは、どこまでいっても非公認の存在だった。だが、戦闘を行うのは彼ら白服だった。先のマックとの激しい戦闘で、もはや警察力では抑えられず、白服の男たち(スクランブラー)が入ってきたということだ。
 会議室にアラン州知事がいることを、NYPDに悟られるわけにはいかないので、入り口で警備局が必死で令状を持たない彼らを止めていた。ここの警備局は、ビル警備としては重装備だった。マックは当初タワーに入って、すぐそれを悟った。それで会議室を抜け出し、武器庫からこっそり武器を盗ったのである。
 アーガイルと警備局は、激しい銃撃戦となった。一人でバタバタと倒していき、ドアをけ破って破壊して侵入。情け容赦なく撃つ。
「に……人間じゃない」
 ズダァン!! アーガイルが無言で警備局に残ったマイルズ隊長を撃つと、若い隊員が部屋を立ち去るところだった。
 後をすぐ追うでもなく、アーガイルは排気口をくぐり、這い上がっていくと、ビルジャックを開始。一人ずつ近づいて対決して殺していった。
 アーガイル隊長は警備隊をテロ協力者として問答無用で撃ち殺した上、次々と電話線を切断し、マシンガンを構えてエレベーターを上がっていった。アウローラが集まる、四十階の会議室Bを襲撃するために――。
 各署から集められた警官隊はあっけにとられつつ、夜空に響き渡る銃撃音を聞きながら、エレクトラタワーを見上げた。
「彼はタワーを再占拠し、たった一人でどんどんレジスタンスを倒していくだろう」
 と、〝FBI〟は言った。

     *

「我々が周りを固めますので、脱出を!!」
 三十代の警備員が駆け上がってきて、ドアを変えて叫んだ。その後、すぐに倒れた。
「…………!」
 その背中に、A4の紙が一枚貼られている。
『マイルズは死んだ。お前たちは今日ここで全滅する』
 NYPDじゃない。警官がこんな手の込んだことをするはずがない。白服が現れたのだ。しかも全滅予告まで残して。単独で行動し、わずかとなったアウローラ軍を追い詰めているその男――。アーガイル・ハイスミスは、アウローラを恐怖に落とし入れようとしていた。
「マイルズ警備隊長まで殺られた」
「伏せてっ」
 直後、現れたアーガイルが銃撃してきた。マシンガンを浴びて、窓ガラスが大きな音を立ててバリバリと割れていった。マックはロケットランチャーをぶっ放し、激しい爆発が起こって、スプリンクラーが作動した。床が水浸しになる中、アーガイルはエレベーターシャフトの中へと逃げ込んだ。
「ダクトの中を移動しているぞ!」
 そんな中、NYPDは〝FBI〟の制止を振り切り、強行突破を開始した。

 この善悪が逆転した構図の中で、タワーに留まって戦おうと逃げようと、アウローラの命運はすでに決まったようなものだった。ハリエットたちは、どうにかしてアラン州知事を逃さなければならないと焦りを感じていた。
 アーガイルの銃撃に続いて、NYPDがなだれ込んできた。NYPD特殊部隊、および数千人もの警官隊がタワーに入ってきたのだ。
「もうダメだ! どこもかしこも囲まれてる!」
 ハウエル社長は何度もカメラを確認しながら叫んだ。エレクトラ本社に集まったアウローラ幹部は、射殺か逮捕か、たとえ脱出できたとしても四散し、解散の憂き目にあう運命だった。
「これでもう逃げられなくなった、NY州知事がこんなことをしていては……」
 アランは脂汗をびっしょりかいた額をぬぐった。再度戦闘が始まってしまった以上、言い逃れは不可能だ。
 およそ三千の警官と、堂々と姿を現した秘密暗殺部隊スクランブラーによる〝強制捜査〟が開始され、絶望に包まれるアウローラだったが、ハリエットは鳩の目を借りて、ビルの外から脱出路を探っていた。
「どうするつもりだ? 館内は白服がうろついているし、外も中もNYPDでいっぱいだ!」
 ハウエル社長はハティに訴えた。
「君たちがスクランブラーと戦争を始めたことで……、和平はもう、できなくなった。我々は滅亡だ!」
 アランは弱々しくつぶやいた。
「和平なんかする必要ありません。するべきではありません――ッ」
 ハティはきっぱりと叫ぶ。でも今は逃げる。それしかない。
「突破されますッ!!」
「キサマら、MIBとはどういう関係だ! ――下請けなのか?」
 マックが銃撃しながら敵に訊く。
 一瞬銃撃が止んで、部屋の外から声が聞こえてくる。
「MIB? フッ、あの朴念仁共か?」
 アーガイルが嘲笑すると、ほかのNYPD隊員から乾いた笑い声が漏れた。
「俺たちは奴らほど親切じゃない……キング・コング狩りはこっちが専任だ」
「俺たちはキング・コングじゃない!」
 敵の勢力間で、両者の意地の張り合いが感じられる。――そう判明したところで、双方の攻撃が再開した。
「で、どうする? エレベーターは全部制圧されたのか?」
「えぇ。けど一つだけ動かせそう……こっからだと、一度屋上に出る必要がある」
 レディことシェード秘書官は、エレクトラタワーの構造に詳しかった。尖塔のタワーを囲むように、屋上スペースがある。その中心に、屋上作業用エレベーターがあるのだが、エレベーターか階段で、一度屋上まで上がらないといけない。このエレベーターは、社長の緊急脱出用という意味合いがあった。
「非常階段を上がりましょう、私の言う通りに!! 業務用エレベーターで知事に脱出してもらいます。今すぐです!」
 ハリエットは手を振ってアウローラたちを促した。
「し、しかし……無茶だ」
 アランは屋上と聞いて、ゾッとした。
「知事、早くッ!!」
「も、もう、間に合わない――」
 アラン知事は、恐怖でみるみる目が真っ赤に血走っている。
 白服がプラズマ弾を猛烈に撃ち続けていた。
「マック、時間稼ぎをお願いッ! できるだけ食い止めて!」
「任せろ。俺がここを絶対通さない、早くいけ」
 マックは一人留まって、ライフルを撃った。ロケットランチャーを構える――攻撃が止んだ。様子を見に、廊下に出る。マックはある問題を抱えていた。弾切れだ。武器が足りない。もう一度警備室まで武器を取りに行く暇はない。だが自分をおとりにすれば――。
 マックはエレベーターに乗った。静かに下階まで降りていく。薄暗い階の廊下に出て進み、警備室で武器を手に入れると、再び、元来たエレベーターの箱に乗った。
 ポォーン。
 エレベーターが途中階で止まり、扉が開いた。目の前にアーガイルが立っていて、突っ込んできた。マックは相手の第一撃をライフルの銃身で食い止めると、ドアが閉まり、エレベーターは再び上に向かって動き始めた。箱の中で、二人は激しくもみ合った。相手に銃を撃たせまいと格闘する。アーガイルの手にはナイフが握られていた。接近戦にはそれなりのやり方がある――マックは相手の右腕を握って、頭上から振り下ろされる刃から身を守った。馬鹿力だ。相手は強化兵(スーパーソルジャー)、このままじゃ殺られる。マックは近くの階のボタンを押して、ドアが開いたところで思いきりアーガイルの胴体を蹴った。薄暗い廊下に、巨体が転がり出た。敵はすぐ起き上がったがドアがバタンと閉まり、マックはそのまま最上階までたどり着いた。ドアが開くと同時に、武器を手に走った。

「屋上へ!!」
 ハリエットは非常階段を駆け上がっていく。
「あっちょっちょっと――!」
 アランたちは仕方なく、ハリエットの後を追う。
「上へ上がったって、追い詰められるだけだ――意味なんかない!」
 アラン・ダンティカは、もたもたと階段を駆け上がって付いていった。
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