第21話 MAKE MY DAY はみ出し刑事は嫌われるが……

文字数 5,593文字



二〇二五年四月十一日 金曜日 早朝

 夜明け前。茂みに、黒いハイエースバンが止まっていた。追ってるつもりが追われている。中から二人のスーツ姿の男が出てきて、こちらへ近づいてきた。エイジャックスの前に出てきて、止められた。
 駐車場に立って待っている男二人。FBIに囲まれる。
「NYPDのエイジャックス・ブレイクだな。マンハッタンホーンで何をしていた?」
 手前の男が、黒メガネ越しにエイジャックスを睨みつけている。
「何って言われても……何も。夜空を見ていた。いい天気だね」
「違法捜査だ」
「我々は何もかも知っている」
 もう一人も口をはさむ。
「監視してたって訳か?」
 こいつらは、マディソンスクエアガーデンで見かけた連中だ。それはFBIにしては明らかに異様で、いくらFBIでも今時夜中にサングラスくらい外すだろう。いや……それについては自分も同じか。とはいえ、エイジャックスは今はサングラスをかけていない。
「もちろんマンハッタンホーンに物見遊山なんて訳じゃないだろ? 君が侵入したのをカメラで確認している。恐れ入るよ、一体どこをどう通って見学してきたのかまでは分からんが……今日見たことは忘れることだ」
「……そいつは悪かったな」
 エイジャックスの額に一筋の汗が流れた。やはり入口のカメラに自分の姿が映っていたらしい。
「我々は平和主義者だ。でないと、怖い連中がやってくる。穏便に済ませたい」
 手前の男が言った。これ以上、首を突っ込むなということだ。
「もう一つ選択肢がある。我々の仲間になれ。これは最後のチャンスだ。もう、白服の連中は皮手袋をはめているぞ。さぁどちらを選ぶ?」
 一メートル斜め後ろに立った男が言った。きれいに、順番に話すところがなんとも機械的だ。
「――ああそう」
「そうとも」
 手前の男がニヤリとする。
「そのスーツ、葬式の最中か何か? 大事な人を失って、喪に服してるんなら、お悔やみ申し上げる」
「……」
「お前ら本当にFBIか?」
 エイジャックスは率直に訊いた。
「――あぁそうだが?」
 こうして改めて朝日の中で見ると、彼らはFBIにしてはややスーツが古風なデザインだった。せいぜい六十年代に流行ったものではないか。
「FBI? いいや、CIAでもNSAでもない。“成りすまし”だ。昔からUFO問題で、国家の筋モノを騙る連中がうろついてるって、俺たちの間で噂になっている」
 ファッション、しゃべり方、歩き方……彼らの存在のすべてが「嘘」で作られていることくらい、ベテラン刑事の勘が見過ごすわけがない。
「人間じゃないナ? 職業柄、俺も知ってる知識を披露させてもらう。MIBって奴か」
 手前の男が見せた身分証を一瞥して、不自然な点が多いことがすぐに分かる。昔からUFO関係で目撃されている連中だ。FBIのフリをしているが、マディソンスクエアガーデンの時から、エイジャックスはとっくに気づいていたのだ。
「選択の余地はないだろう? マズいことにならない内に、早く結論を出すんだ。答えを訊こう」
「だが断る」
「残念だな」
「俺からも忠告しとくぜ。アンタら、この街の毒気に当てられないようにせいぜい気を付けるんだな。敵はスモッグや都市型環境破壊だけじゃない。ヤバい店やエリアには近寄らん事。寝る前には歯を磨いて、毛布もしっかり掛けた方がいい。明け方には、腹を冷やさんように! ママの聞き分けのいい子になんな!」
 ……ママがいるのかどうか知らないが。
 結局、当然というかエイジャックスは踵を返して、二人の前から立ち去った。男たちはそれ以上追及することもなく、薄暗い外套の下に突っ立って、エイジャックスを見送った。いつまでも、いつまでも。どうやら、無事解放されたらしい。一人になって……黒服の男たちの気味悪さが頭に侵食してきた。
(何者なんだ、あいつらは。あれが、ロック市長暗殺の裏にいる組織か?)
 ヤツらは堂々と、NYで暗躍している。
「白服の男たちに黒服に宇宙人か――このNYも、いよいよ魑魅魍魎の跋扈する百鬼夜行になってきたな」

誘いは続く

 夕刻、Tスクエア分署に戻ったエイジャックスは、署長室へ直行した。ハンター署長と直接対決するためだ。
「NYPDのテロ対策の捜査本部の方針はおかしくないですか? 近頃このNYでブイブイ言わせてる(死後)あの連中は? なぜ俺たちはあいつらの言いなりになってるんです?」
 エイジャックスは問い詰めた。
「――なぜ黙っているんだ?」
 すると署長は質問を返した。
「こっちからも訊きたいことがある。FBIからお達しがあった。なぜ勝手に管轄外のマンハッタンホーンを捜査した? 勝手な真似をするな!」
「…………」
「で、何か見たのか?」
「――ええ! UFOの基地です」
 写真アプリを起動したが、エイジャックスのスマホの中の写真は……ことごとく消えていた。それに、ギャラガーの会話も! まさか、MIBが“超自然的手法”で消したのだろうか?
 その中で一枚の写真だけが残されていた。誘拐された人々の一部が映った写真だ。奇跡というべきだろうか……。エイジャックスはそれを見せた。
 署長はスマホを一瞥しただけで、エイジャックスの顔をじっと見ていた。
「このマンハッタンに――? エリア51じゃあるまい。都市伝説にしてももう少し体裁ってモノがあるだろう。ここは軍都じゃない。軍基地はないんだぞ。なぜわざわざ大都会のど真ん中に?」
「さぁ分かりませんが、ここに映っているのは誘拐された人たちです!」
「FBIから警告を受けたはずだな?」
 やはり、署長はMIBとつながっている。承知の上だったが、今日はこの問題に白黒つけたかった。
「答えは出たのか? 彼らからの問いの答えは――」
 ハンター署長は、まるで目が灰色のガラス玉のように嘘っぽく光っていた。エイジャックスは、まるで覇気のない彼の顔をまじまじと見つめて思った。――こんな面だったか?
「お前を追い出すのは簡単な話だが……もったいないからな。わしは気が進まんのだ。なぜもっと自分を大事にせん? 余計なことばかりして、ただの浪費だ。その刑事としての才能を、お前はもっともっと活かせることがあるはずだ!」
「――活かせること?」
「これはチャンスだぞ。我々の仲間になれ」
「あんた等の仲間って……? 気味の悪い黒服や白服の手下になることか? 分かってるはずだ。あの黒服、FBIじゃない。あいつらは人間じゃない。脅しと超能力がセットの。それに――」
「何か?」
「もっとヤバいのは白服だ、あんたも知ってるはずだろ? 何なんだアレは……」
 特殊部隊とも違う。超人性、人間離れした跳躍力、破壊力――。
 しかし署長はそれには答えなかった。エイジャックスはさっきマンハッタンホーンで思い出した「記憶」の断片がチラついていた。白服たちのことも、ずっと前から知っていたような気がした。
「大規模誘拐はどうなんです、どうして捜査を止める? 市民が危機に瀕しているってときに――我々は」
「そんな根も葉もない噂なんて放っておきゃいい。主張してんのは、ドーセ何も分からん愚かな連中だ!」
「連中って、いったい誰の事だ?」
「……だから大多数の人間さ」
「あんた知ってたんだな。誘拐された人々、行方不明者たちがどこへ消えたかを。だったら捜査情報を握りつぶしたりせず、すべて公表しろ」
「……昔のラジオドラマで、火星人襲来の話があったのを、お前も知ってるだろ?」
 俳優のオーソン・ウェルズが、ニュースに模したドキュメンタリータッチのラジオドラマを放送した。迫真の演技で火星人襲来の模様を克明に描写したところ、ラジオの視聴者がパニックを起こしたという事件だ。
「パニックだ。おいそれと公表なんぞできんよ。国民、いやそれどころか世界中がパニックになる」
「民主国家だろ? 一応この国は。だったら真実を……」
「そんなもの見かけ上の建前にすぎん。国民というものは、どんなに管理しても十分すぎることはない」
「まるで、自分たちが世界を支配しているとでも言いたげじゃないか」
「まだ分からんか? 国民というのはコントロールされなきゃ何もできない」
「いよいよどうかしてるな」
「そんなに不思議な事か? 有史以来、すべてスーパー・エリートが世を導き、社会をコントロールしてきた。そうでなきゃ、世の中回らん。それが歴史の真相だ」
「それがこのNYじゃ、ロートリックスのことだって言うのか? それとも影の世界政府の三極委員会こと言ってんのか?」
「イヤ……自由主義圏、資本主義圏の実態は、国際社会主義だ。多くのメンバーはその程度しか知らん。だが、我々のメンバーに加われば、世の中の流れがすべてはっきりと分る。お前にはそのチャンスがある。もっと自由を得られ、明るい未来が開ける。その代わり捜査は止めるように。我々の持つIDカードだ」
 コト……とテーブルの上に、見慣れないカードが置かれた。5Gゴールドカード。金色で、マッターホルンにNYユグドラシルの線画が彫られている。〝何か〟の権威に裏打ちされた、絶大な自由と引き換えに、エイジャックスはこのメンバーズカードに紐づけされ、コントロールを受けるに決まっていた。ひょっとすると三極のメンバーか……。
「これ一枚で、ほとんどの階に出入りできる」
 ハンターが渡したものはMHのIDカードだ。セキュリティ権限が高い。
「そいつは――最高の提案だな」
 エイジャックスは、カードを一瞥してハンターに答えた。
「世の中には二種類の人間がいる……」
「三種類くらいは居るんじゃないか? 少なくとも」
「自分が何かを知り、行動できる人間と、ただ流されるだけの人間と」
「ハイハイよくあるセリフだな」
「……」
「アンタ、いつからそんな風に? いや、最初からか」
 カードを見つめて、
「自由ってのはいったい何の話なんだ、おそらくは、アンタも“上”を恐れて逆らえないはずだ。……上の奴らに支配されて、裏切れば吹き飛ばされるギャングのような世界に。もっと規模はデカいだろうがな。抹殺されたくないから言わされている、歯車の一つにすぎない」
「エイジャ、あんな連中のことは気にするな、大切なのはお前自身のことだ。もっと自分を大切にしなきゃいかん」
「あんな連中?」
「他の連中なら、こんなことは言わん。――他ならぬお前だからだ!!」
「脅されてんだろ。……悩みでも抱えてるのか? いや、プライベートに問題が? 奥さんと喧嘩? 腹でも壊したとか?」
「そういう話じゃない」
 署長は怒るどころか、がっかりという表情を浮かべた。
「他人を自分の“道具”にするなんて俺の趣味じゃないんでね。日曜学校にも行かずして久しいが、『あなた方の間で人の先に立ちたいという者は、みなのしもべになりなさい』という言葉くらいは知っている」
 マルコ伝だ。
「まったく残念な話だ! ……お前はNYPDでも最もすぐれた刑事と言ってもいい。俺が保証する。俺たちはこれまで、本当にうまくやってきた。それが……なんとなくその、安っぽい正義感だけは鼻につくが……」
「アンタだってさっきから云ってることが、ハリウッド映画の三文悪役みたいでがっかりだぜ。この後登場するヒーローにお仕置きされ、悪だくみもろともアジトはドカーンだ! ……あばよ」
 エイジャックスは左手を上に開いて、爆発のジャスチャーをする。
「おいエイジャックス! マンハッタンホーンに行って気づかなかったか? お前はかつてあそこにいた、自分が、何もかも普通の人間じゃないってコトに!」
 署長は肩をヒクつかせて、音もなく笑っているのが癇に障る。が、あまりに理解を絶する。それは事実、エイジャックスがマンハッタンホーン内で体験したことだった。
「どうする? まだ間に合うぞ」
 再びカードを掲げて示す。署長の発した言葉の数々を、まだエイジャックスは理解できなかった。まるで戻ってこいというニュアンスだ。
 捜査を止めるよう脅されたかと思えば、またリクルートだ。敵は目の前にいる男だけではない。 他の署員も、どこまでが彼らの側なのか分からない。こいつら、操作完了だ。――まるで、全員別人に入れ替わったみたいだ。イヤ……前からそういう連中だったんだろう。一人俺だけが気がつかなかっただけで。
「まったく同じだ、映画『マトリックス』で観た光景と。深々と椅子に座ったモーフィアスが、ネオにスカウトするシーン。アンタら、映画にかぶれ過ぎだぞ」
 そう言って、エイジャックスはサングラスをかけた。
 ハンター署長の深いまなざしを睨み返し、エイジャックスは、
「答えを言おう。ヤツらはFBIじゃない! 人間でもない! それが分からんあんたらは警官じゃない!!」
 懐から出したバッジをデスクの上に放ると、一度バウンドしてカードの上に重なった。エイジャックスは署長室のドアに手をかけた。
「どうするつもりだ?」
「さあね。プライベートで捜査を続けるかな。いや、“調査”か。この際自警団か、記者か、探偵になるのもいい」
 エイジャックスは眼鏡越しにハンターを見つめた。
「そしてすべてを公表する!」
「口は災いの元だエイジャックス、クロードがどうなったか知らん訳でもあるまい」
 いろいろな疑問を呈したエイジャックスは署長に辞表を叩きつけた訳ではなかったが、一人で探る決意を固めた。
「バッジは預かっておく。余計なことをすればしょっ引く。免職だ」
「どうぞご自由に!」
 署長はじっと睨んだままデスクに座っている。さっきのMIBのように、彼は動こうとはしなかった。エイジャは背を向けた。
 このNYのすべてが、白が黒に、黒が白に。その、ねじ曲がった構造の中で、白服と黒服が暗躍していた。
 神出鬼没の偽FBIが、自分をつけて来ている気配を、NYのあちこちで感じた。いや……MIBたちが!
 バタン!
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