第42話 皆さん心の準備はいいですか? こっちはできてます

文字数 2,308文字

二〇二五年五月十九日 月曜日

 ハリエットの碧眼には夕焼けを反射させて、あの“山”が赤く燃える姿が映っていた。ハリエットたちは、ワールドトレードセンター街から、魔城・マンハッタンホーンを見上げていた。こっちの世界線のハリエット・ヴァレリアンは、いつも、写真に撮っていた。朝日にモルゲンロートで輝くマンハッタンホーンや、夜景のマンハッタンホーンに、感動のあまり、涙がにじんだ二年前の写真の記憶。自由の女神ともよくマッチしていると感じた。何も知らなかったこっちの私は――。
 けど、元の世界線の私の眼には父の暗殺以来、恐ろしい陰謀が詰まった魔城として映っている。母を失い、父を殺された怒りと憎しみの、すべての象徴となっていた。
 地球上のオーバーテクノロジーに端を発する超科学の結晶であり、エイリアン・リバースエンジニアリングの宇宙テクノロジーが、地球上のどこよりも充実した宇宙基地。そして、ロートリックス帝国財団の全ての悪事の総本山。
「勝利まであと一歩だな、次の目標、マンハッタンホーンまで」
 エイジャックス・ブレイクは、館内構造図をもとに自身でまとめた作戦に自信を抱き始めていた。なおかつ、常勝にして必勝、勝利の女神がハリエットに乗り移って、今、アウローラは乗りに乗っている。彼女がいてこその、アウローラとNYPDの作戦だった。
「ギャラガーもロートリックス社長のジェイドも逮捕すれば、全ての犯罪を暴くことができる。一網打尽だ」
 ハリエットはマンハッタンホーンの強制捜査を、エイジャックス捜査本部長に命じた。アラン州知事がNY市長を更迭して、逆クーデターを起こし、MH強制捜査で三千人を動員する。これまでスクランブラーに操られたNYPDがやっていたことを、そっくりそのままやり返すのだ。

「皆さん心の準備はいいですか? こっちはできてます」
 十六歳のハリエット・ヴァレリアンはすでに、一日市長ではなくなっていた。なしくずしに臨時市長代理を担っていたのだ。
「長年、これまで隠されてきた権力が存在し、NYの、そしてアメリカの真の支配者マンハッタンホーンを制さねば我々の戦いに終わりはない! 彼らに支配されてきたこのマンハッタン島の奪還を――ついに私たちのNYを取り戻す。ハンス・ギャラガー犯人隠匿罪および市民誘拐の罪で、マンハッタンホーン、ロートリックス本社の強制捜査に着手いたします!」
 ハリエットは、CCNのTVカメラの前で宣言し、歴史に残る民衆解放だと雄弁に語った。
「NYは占領されています。これまで何人のアメリカ人がUFOにさらわれ、政府がそれを隠してきたことでしょう? そして勇気ある内部告発者がスクランブラーに消されてきたか? アブダクションで、囚われた人々の基地がそこにある……! 軍産複合体は、自分たちだけでエイリアン・リバースエンジニアリングを独占したい。基地も、マンハッタンホーンもNYユグドラシルも…………だから、宇宙人と手を組んでいるのです! ロートリックス社は、普通の電波塔だと主張を続けています。何も後ろめたいことがないなら、我々の捜査に協力して下さい」
 その模様は、Tスクエアの街頭ビジョンに映し出されて、市民たちがハティ珍事市長の言葉に耳を傾けていた。
「五年前、NYをテロ攻撃した首謀者は、軍産複合体の中枢、マンハッタンホーンの中に隠れている。ギャラガー元市長はその傀儡です。これより、NYの帝城、ロートリックス本社の強制捜査を行います! 我々は再編されたNYPDで、敵は国を動かす強大な権力者です。NY市民が自由を勝ち取る道は険しい。しかし私はハンス・ギャラガーを逮捕し、これまでUFOによって、マンハッタンホーンの中へ囚われた人々を救い出し、この改ざんされたNYのすべてを明らかにします!!」
 ロック市長の集めた資料を裏付ける物的証拠の数々が、マンハッタンホーン内には存在する。エイジャックスたちは、NY高等裁判所の令状を持って、それを隠蔽されないように抑えなければならない。
 ギャラガーは正当性がないと猛批判したが、時計の針は戻らない。あちこちに、アウローラの手の者はあちこちにいるのだ。全米各地の軍閥の中にもである。彼らはハリエットの大号令で一斉蜂起するだろう。
「――これで合法的にマンハッタンホーンの捜査に着手できます。彼らは市民誘拐の証拠を、あの城内から動かすことができない。行けば、そこにすべてがある」
「今度は原子炉でもあるのか?」
 捜査会議で、新任の警官の一人が言った。
「それ以上です。マンハッタンホーンにつながるNYユグドラシルの発電能力と、あそこに隠された役割はね――」
 警官たちは、一者の塔の正体に明るくなく、依然懐疑的だった。
「そこであなたたちは、誘拐された人たちと一緒の、宇宙人に出会うでしょうね」
 ハティは、未だキョトンとしている警官たちに言った。
「……」
 警官たちの中には、なぜMH自体が捜査対象なのか、ピンと来ていない者がまだ多くいる。
「もしもあの〝山〟に何の疑問も感じないのなら……どうぞここから立ち去って、ハンターのもとへ行ってください。でももしも本当のNYを知っているのなら、私とともに立ち上がって下さい。あなたたちは警官として、命を懸けるほどの価値がこの仕事にはあるのです」
 ハリエットの鳩ビューイングは、新たな情景を観ていた。塔にある違法電波の運用に関する証拠の数々。伝説を裏付けるものが、すべてマンハッタンホーンにはある。公表すればこっちのもの。
「勝利はわが手に!」
 ハティは嵐の予感を感じていた。それは、NY史上まれにみる暴風雨が吹き荒れる光景だった。
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