第28話 ハートビート・ストリート マックvsエイジャックス

文字数 6,412文字

二〇二五年四月三十日 水曜日 夜

 マンハッタンに夜の戸張が降り、エイジャックスは、イーストリバー沿いのストリートを走らせていた。
「さっきから、後ろのバイク……」
 赤信号で停車すると、後ろにバイクが付けている。相手は、二人乗りの軍用バイクだった。ヘルメットをしているので、当然顔は見えない。
「相手は二人組か。男と……女だぜ」
 エイジャックスはやたら後ろのバイクを気にした。
「敵か」
 逃げると待ち伏せされている。
「なぜだ!? なぜ追ってこれた、今!?」
「――人間じゃない。どうして私たちのことを」
 ハリエットは得意のバイクで出し抜けられない相手はないと思っていた。だからエイジャックスに指示して、不審な車を片っ端から避けて走ってもらっていた。
「まさかこの俺を追ってこれるとは!」
 エイジャックスは急発進し、交差点のたびにジグザグに曲がり続けた。相当乱暴な運転だったが、バイクはまったく引き離されることなく、追いかけてくる。
「ここは見逃してくれないかな? ダメ? やっぱり?」
 エスメラルダは、エイジャックスの代わりに後ろへ向かって銃撃する。だが、しょせんは素人の腕。銃口の向きで察知されたのか、後ろのバイクは蛇行して避け、追ってきた。いや、エスメラルダの下手な射撃でも数撃てば当たるものかもしれない。けど、結局一発も当たらなかった。
「やっぱ人間業じゃない。エイジャックスさん、あなたの運転技術にかかっている!!」
 ハリエットは後ろを見るのをやめた。
「任せとけ。ドライビングテクニックだけはヤツらにも負けん、はず――」
 後部座席がスモークガラスの黒いランドローバー・ディフェンダーは、加速した。これも防弾仕様車である。場合によってはエスメラルダが運転を代わり、エイジャックスが銃撃するという必要もあるだろう。
「なぜあたしたちがハーレムにいることを知ってるのかしら」
 エスメラルダは気が遠くなるような意識と格闘していた。
「追手だからさ!」
 スーはそっけなく答えた。情報戦に勝利するものが、戦いに勝利する。
「今度こそコソコソ移動してたのに!!」
 エスメラルダは悲鳴を上げた。
「どうやら白服ではないらしいが……」
 エイジャックスはバックミラーで観察を続けている。
「NYPDの特殊部隊でもない」
 スーが付け加える。
「あの上着、陸軍だな」
 エイジャックスは一応の結論をつけた。
「セントラルパークの部隊の一味?」
 ハティが訊いた。
 セントラルパークにはまだ軍が駐留し、一部封鎖していたが、UFOの回収時に爆発があったらしい。
「ヤレヤレ、NYPDにMIBに白服と来て、お次は軍と来た!!」
 エイジャックスは愚痴った。大部隊に追われる可能性があった。大々的に街を区画ごと封鎖し、こちらを捕らえることもできる。……後ろに着けたバイクは、その斥候かもしれなかった。
「単に軍人のふりをしてるのかもネ、新手の戦闘系MIBの可能性もあるわ!」
 エスメラルダが叫んだ。
「これ以上余計なモン増やさんでくれ」
「――敵サンに言ってくれる!?」
 依然として敵なのか、無関係のあおり運転なのか、いやその可能性は極めて低いだろうが、エイジャックスは法定違反のスピードで赤信号を振り切って追手を巻いた。それから、あえて北方を大回りすると、時間をかけてコロンビア大へと向かう。バイクの影は消えた。

「さっきの軍用バイクだ――」
 コロンビア大学に近づくと、奇妙なことにさっきのバイクだけが路上にあった。ライダーの姿は見当たらないが、エンジンがかかっていた。この近くにいるのかもしれない。そこで様子を覗おうと、車を近づけたのがいけなかった。
 ガガガンッ!!
 車は銃撃を受け、車体に銃弾が爆ぜる。
「しまった罠かッ! 伏せろ!」
 敵が街路樹の茂みかどこかで罠を張って、待ち受けていたのだ。そこへ、エイジャックス車がやってきて攻撃した……。
 本来ならアクセルを踏んでその場を離れるべきところだが、エイジャックスはなぜか車を停めると、反撃を開始した。
「ここで仕留めよう……」
「えっ」
 これ以上逃げてもらちが明かないと、決戦に持ち込む。敵は一組とは限らず、あちこちに居るかもしれないのに。エイジャックスは腰だめしてドア越しに銃撃した。この闇の中でもどこから銃撃して来たか、刑事にははっきりと分かっていた。正体が何者にせよ。
「軍の銃声だ、スナイパーだ! 表に出るな! やはりセントラルパークの部隊に違いない!!」
「相手は単独行動ね」
「今のところは他には確認できない。だがすぐに軍を呼び寄せるぞ」
「え!? セントラルパークみたいにここに軍が溢れるの?」
「あぁ……」
 大学が占拠でもされたら最悪だ。その前に、仕留められるか。
「キャアアア!」
 エスメラルダは助手席で身をかがめた。エイジャックスが選んだレンタカーは防弾ガラス装備だが、相手は軍のスナイパーらしく、時間をかけ、無駄撃ちしてこない。
「刑事さん、あきらめていったん大学を離れようよ!」
 エスメラルダが叫んだ。
「ダメよ! 敵はそれを狙ってるんだ」
 スーが血相を変えて否定する。今、アイスターを奪われたら……。
「一度とっ捕まえて吐かせるのが早い!」
 エイジャックスはとっさにダッと駆け出した。
「接近戦ならあたしに任せて!!」
 と、後部座席で様子をうかがっていたスーがとっさに立ち上がろうとした。
「バ、バカ言うな! オマエはハッカーだろ。捕まえるのは刑事の仕事だッ!」
 茂みに隠れた相手にダッシュし、エイジャックスは飛びかかった。
「――白服か? それにしちゃヒゲ面だ、変装かッ!」
 フルフェイスヘルメットの軍人が叫ぶ。
「誰が白服だって?」
 エイジャックスは、バッと相手のヘルメットを取った。――だが、男はサングラスしている。
「ようやく会えたぜ、今度こそ正体引っぺがしてやる!!」
「こっちこそ正体剥がしてやる!!」
 大柄なサングラス男は腕を掴んで、エイジャックスの胴体にタックルを仕掛けた。二人は二度三度転んで木にぶつかった。
「このニセ軍人が!! お前MIBだろ?」
「誰がMIBだって……? 寝言はよせ!」
「とぼけるな、神出鬼没の理由はそれしかない。UFO事件が起こるたびに現れる偽将校や偽軍人、偽FBIだ、二十世紀に活動してたMIBが最近NYでうろついてるってこのところ有名だ! 都市伝説界隈でな!」
「お前こそ変種の白服だろ!」
 そうマクファーレン・ラグーンが叫んだ瞬間――、近くのビル影で隠れて観ていたかをる・バーソロミューが立ちあがり、上体を大きく出して右手を思いっきり振った。
「おいっ何やってんだっ」
 エイジャックスの胸ぐらを掴みながら、マックが叫んだ。
「刑事さん!」
 かおるはエイジャックスに声をかけ、ヘルメットを外した。ファサッとピンクと青の、アシメヘアがこぼれ出る。
「あれっ、かをる!?」
 ハティは車窓から必死で手を振り、かをるに合図を送った。
「ハティッ!!」
「ちょっちょっちょ、ちょっと待った!!」
 ハリエットは下車すると叫びながら駆け出した。車内に残ったエスメラルダとスーは、終始何が起こってるのか分からず、あっけにとられる。
「ストップストーップ!! 二人ともやめて」
 ハリエットは両者の間に、両手をパッと広げて割って入る。
 エイジャックスとマクファーレンがポカンとしていると、ハリエットとかをるが抱き合っている。
「一体どーいう?」
 マックはエイジャックスの腕を掴んだまま、振り上げた右手を降ろす。
「攫われた少女だ」
 エイジャックスはパッとマクファーレンの手を払った。
「刑事さん、やっぱりあの時助けにきてくれた刑事さんだったんですね。逃げちゃって、ごめんなさい」
「……かをる、この人は?」
 ハリエットはマックの方を見た。
「助けてくれたのよ」
「つまり君は――」
 エイジャックスはかをるをじっと見つめる。マンハッタンホーンでエイジャックスが目撃した誘拐された少女だ。
「攫われた友達だよ、私の!!」
「そうか君が……。では、セントラルパークに落下したUFOの中に?」
 エイジャックスは問いただす。刑事のクセである。
「うん……それから逃げてここまで」
「……あなたが? 失礼したわ。非礼をお詫びします。友達のかをるを、助けてくれてありがとう」
 ハリエットが両手を差し出して、マックと握手すると、突然、フワッと暖かいものが流れ込んできた。乙女はこんな男には、これまで会ったことも、観た事もなかった。……だのに不思議と懐かしい。彼の顔をじっと見てしまって、ハティは目をそらした。
「――お前は?」
 エイジャックスは改めてマックを観た。
「セントラルパークを爆破して助けてくれたのよ!!」
 かをるが説明した。しかしその説明は、「パークの爆破犯」としか形容できない代物で、エイジャックスは眉をひそめた。
「NY州軍のマクファーレン・ラグーンだ」
「元刑事のエイジャックス・ブレイクだ」
「元?」
「あぁ」
「俺もそうか……」
 自己紹介するマック。
「そうならそうと早く言え!」
 エイジャックスはぶっきらぼうに言った。
「そっちが先に撃ってきたんだろう」
 マックが抗議する。
「まぁまぁ! 彼女はロック市長の娘さんよ」
 エスメラルダはなだめる。
「初めまして、私はハリエット・ヴァレリアン」
「――何だって?」
 マックはハッとした表情で、当惑気味にハリエットをじっと見ている。
 エイジャックスが黒塗りで、まるで白服が乗っていてもおかしくないゴツい大型車を選んだせいで、マックは敵だと認識した。お互いに、なぜか追手だと勘違いし、先にエイジャックスが攻撃して、マックも反撃した。彼らもヘルメットをしていたので顔が分からなかった。
「あなたは観たの? NYのファティマの光(Are you see the light?)」
 エスメラルダが訊いた。
「あぁ……奇蹟ってヤツだ」

「セントラルパークの事件、お前の知ってることを話してもらおうか」
 コロンビア大の近くに車を停め、エイジャックスは六人が乗った車内でマクファーレンに訊いた。
「セントラルパークに落ちたのは地球製のUFOだ。ロートリックス社で作られたUFOは、マンハッタンホーンを飛び立った直後に、おそらく稲妻などの外的原因で制御不能に陥り、墜落した」
「つまり、宇宙人のとは違うんだな?」
「あぁ本物じゃない。本物の宇宙人の乗り物は、次元を行き来できる。この物理世界に姿を現すこともあるが、そいつは“カゲ”だ。実体が消えるカゲロウみたいなものさ。超科学の塊だ。そもそもが、別世界のテクノロジーなのさ」
 かをるを乗せ、墜落したのはカーゴカルトUFOだという。カーゴカルトとは、南の島の先住民が飛行機を見て、木材で似せて作った迷信だが、地球製UFOも似たようなものらしい。
「ロズウェルも地球製だったのか?」
「いいや、高度な宇宙文明の中で、例外はグレイ文明のUFOだ」
「地球のUFOが落ちるのは分かる――だが、次元を超えてくるようなグレイのUFOがなぜ落ちる?」
「奴らのは宇宙の中で、ローテクで落ちる確率が高いらしい。地球人のロートリックス製よりははるかに進んでいるがな。だから、落ちるUFOはグレイと地球製ということだ」
「――宇宙人にも格差があるの?」
 スーが首を傾げ、もっともな質問をした。
「不思議でもなんでもない。宇宙社会でも技術的な先進国と途上国とがあるってことだ」
「あたしもそう思うよ。彼らの医療技術ってなんていうか原始的で、麻酔も全然使わないし、鼻に発信機突っ込で、イタいのよ。地球の先端医療より劣ってたよ」
 かをるは、“患者”のメンタルコントロールもできてなく、ぶしつけで無礼だとも感じたという。
「大丈夫、もう二度とあんなトコ行かせないから」
「うん……」
 かをるは、視線を外して頷いた。かをるは、アブダクションで出会ったシャノンと恋に落ちた。困難を通してであったアブダクション仲間だった。それだけはマンハッタンホーンで良い思い出である。
「彼女の話によると、ロートリックス社は今、かをる・バーソロミューを重要人物と捉えているらしい」
 マックは確信に迫った。
「なら、また狙ってくるだろうな。それでお前たちはハーレムで何をしに?」
 エイジャックスは訊いた。
「そこの大学に、フリーエネルギーの研究者を……」
「ならあたしたちと同じね! でも、――博士はもう亡くなっている。その研究を引き継いだのが、あたしたちがこれから接触するアイスター・ニューブランドよ」
 ハリエットが言った通り、ハッカーのヴィッキーと軍人のマックは、それぞれ別の方向から、マンハッタンホーンを追跡し、アイスターの存在に気づいたのだ。

「この、おかしなNYの謎は?」
 マックにも、マンハッタンホーンの記憶は全くないという。
「この町はロック市長の死以来、何者かに乗っ取られた!」
「だが、どうしてあの巨大なビルが? このNYに、エリア53と呼ばれるような場所が」
「分からん。別の世界線に飛び込んだのかもしれない」
「マックはパンデミックの時、お姉さんがUFOに連れ去られてそれっきりだったんだって」
 かをるは言った。
「パンデミックの記憶を?」
「あぁ……」
「お前もか」
「ていうとあんたも?」
 ギャラガーという男――エイジャックスはその正体を語った。
「今まで言わなかったんだが……前のNYではリトル・イタリーにたむろするギャングの下っ端を束ねる中堅幹部……、チンピラのボスだった。そいつが、世界線が変わってから、ロック市長に取り入ってきた。恐ろしいことにな……」
 ロック市長が撃ち殺された瞬間、徴収の中からリチャード・ヴァリスが出現した。その瞬間、ギャラガーは壇上に現れた。入れ替わったのである。確かに、ハリエットにもそう見えた。
「どうも妙なんだ。俺の記憶が混乱してるのかなんなのか……これも、ラリー・E・ヴァレリアン効果って奴なのかどうかは分からん。俺はアイツを逮捕したことがあるんだ……確かにその記憶がある。だがソイツがなぜか市長の片腕と呼ばれる立場になった。絶対ありえん」
 記憶を失っていたエイジャックスは、因縁に引き寄せられるように、マンハッタンホーンに戻った。そこで記憶が戻った。
 そのせいで、ハリエットほどハッキリとしたマンハッタンホーンへの違和感はない。うっすらとした疑問――それが行動に変わった。勝手なことをし始めたエイジャックスを、敵は完全に抹殺することにした。
「あたしも知ってたわよ。今まで言わなかったけれど。アイアンサイドの札付きのやくざだったの。小物だったけどね」
 エスメラルダは打ち明けた。
「人の懐に入り込むのだけは、恐ろしく天才的であることには変わりないわね」
 エスメラルダにも記憶があったらしい。
「……なりたい自分になったんだな」
 エイジャックスには、その時、ギャラガーを逮捕した記憶があった。だからこそ、報復で自分の命を狙ってきてるのかもしれない。
「確かにアイツは恐ろしく取り入るのがうまかった」
 だが、ロック市長亡きあとに豹変した。
「暗殺の後、マンハッタンホーンがいきなり出現した……」
「なんでNYはこうなった?」
「時空を操作してるんだ」
 マックはボソッと言った。
「そんなことが、実際可能とも思えんが」
「あの山になら現実的なテクノロジーだ。その中にいる連中なら、な」
「で、何を?」
「宇宙人からの技術提供、エイリアン・リバースエンジニアリングだ」
「そうか……政府のクソ共が。民主主義を掲げながら真実の宇宙情報を公開せんとは!」
 マンハッタンホーンの中には異次元の扉がある――。それを、エイジャックス刑事は目撃した。でも、まだそれを口に出す事ははばかられた。
「そのカギを握ってるのが、アイスター・ニューブライトよ」
 スーはコロンビア大の方角を見やる。
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