第22話:松本のマイホームを売る話2

文字数 1,575文字

 もし引っ越す事になると、その費用や、その他で、お金がかかるし、知っての通り、彼女の収入だけであり、それを考えると保険金から引っ越し費用や諸費用を差し引いた4千万円以上は、出せないと、言い張った。奥さんの方が、村下に、何とかしてあげてと言い出す始末に困ってしまった。人助けだと思って了解しましょうと答えるしかないと思い了解した。

 彼女は、目に涙を浮かべ、村下の奥さんと抱き合って喜んだ。彼女の口から、やっと人並みの生活化できる、子どもや孫とも一緒に住める。まるで、夢の様だと喜んでくれた。思わず、村下にも抱きつきそうになってきたから握手をして、その場をやりすごした。翌日の夜、PTAで知り合った市内の不動産屋社長、下島さんと面会して家の売買の顛末を話した。

 それを聞いて、下島さんが、売買の件は了解したと答えた。手数料は、いらないから、村下さんのおごりで、仲間を呼んで、スナックで、飲んで歌って盛り上がりましょうと言った。その費用だけは、払うという条件で、無料にすると言ってくれた。それに対し、村下は、もちろん了解した。不動産屋さんが必要書類は、また後で、電話で連絡すると言われた。

 その後、家の売買の話をすると、あなたは、さすが、優秀な営業マンだ。良い条件で売りましたねと言い出した。今、そんな高価格の家なんて、めったに売れませんよ。転勤族で、家を持ったが、売れなくて、仕方なく、借家にして、困っている人が、実は多いんですよと語った。どんな良い家でも、松本での最高家賃は、10~12万円。

 ですから、税金や維持管理費用は、持ち主の負担でありローン返済が、厳しいという話は、いくらでもある様だ。その点、村下さんは、本当に幸運だねと笑いながら話した。彼が、もし、自分が。4千万円で、築6年の家を、お客さんから売って欲しいと言われたら、まず、無理と言いますね。せいぜい3千万円前半が売れる最高金額でしょうねと告げた。

 3日後には、必要書類が、全て、そろった。村下の友人の不動産屋、奥さんの友人と親戚の人が同席し、村下と不動産屋の4人で売買契約の手続きをはじめた。最初に、不動産屋さんが、書類の説明をして、その条件で良いか、売り主「村下」と買い主「女房の友人」に最終確認をとった。すると、両者が了解し、それぞれ、売買契約書に、ハンコを押した。
 
 次に、正式には、数万円の印紙代が、かかりますが、無駄だから、両者了解の上なら貼らなくても大丈夫だと言ったので、了解した。そして、無事、契約が成立した。振込先の銀行口座を教えて、終了したのだった。彼女の親戚の人が、転勤して、住まいが決まったら、あなたの連絡先を必ず、伝えて下さいねと言われ、もちろんですと、了解した。

 もし何かあったら困りますからと親戚の人が笑って話した。そして転勤も決まり家も売れて、心配ごとをかかえずに、すっきりとした気持ちで転勤できると喜んだ。早速、翌日、銀行から多額の入金があった事と連絡があった。これで、家の売却の件は無事完了したのだった。

 松本に赴任の9年目は、当初の売上が、ついに倍増した。今まで。過去にない、記録だった。今年の臨時ボーナスも200万円、特別報奨金が100万円と、通常ボーナスが150万円、給料が600万円、諸手当込みで、合計1200万円となった。41才で、全国の営業所長の最高額の年収となった。

 長野に来て、9年、もちろん頑張って、大学病院を中心に人脈や、仲間作りをして、中信大学メディカルパソコン研究会も立ち上げた、これら全て順調に動いたおかげで、達成できた営業実績記録である。

 所員には、厳しい注文もつけ、時には、衝突もあったが、最終的には所員一丸となって、なしえた記録である。たぶん、この事は、一生の誇りとして、決して忘れることはないだろうと思う村下だった。
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