第23話 佐吉、ウォークススルー、尼ヶ崎#5
文字数 4,808文字
真っ黒のレザースキニーパンツは身長180cmの
「………… …… …… …………」
だが其れも些末なコトである。此の磔三の上半身を
磔三はスーツを脱ぎ、今は世間で云う所のパンクファッションに身を包んでいるのであった。服は
「…… …… ……………」
磔三は改めて、自身の着ているダメージTシャツをまじまじと見る。破けた部分からは自身の素肌があられもなく丸見えである。
此のダメージTシャツだって、製造当初は此のような姿だったワケではあるまい。何処にも穴等無い、美しい外見だったハズである。其れを
「… ………康… ……」
磔三がぽつりと呟くように云うと、煙草を吸いながら大分前を歩いて居た比呉が此方を振り向き、ニット帽を少し上げて磔三を見た。此方は手慣れたパンクファッションで、銀色に光る
「なんや?」
磔三は自身の身体中を見回した後、周辺にも目をやった。
「…… …… …… …私の此の恰好……… …何か、絶望的に似合って居ないような気がするのですが……… …」
「…… …あー。…… … …………マァ、ちょっと、サイズが小さいかも分からんね。」
「…… …や、サイズどうこうよりも、もっとこう、根本的な話のような気が…… … …」
「なんでェ。サイズは小さいケド、そうやってぴっちり着るンもエエ感じやで。」
「…… …… ……アノ、やっぱり私、家に戻って、自身の服に着替え直しても良いでしょうか?」
「アカンッ!そんなモン、アカンに決まっとるやろうが。アホか!」
「…… … …うっ… ………」
比呉が煙草を摘まんだ指で磔三を指差しながら、声を上げる。
「…… … ……ほんッまに。佐吉っちゃんも、お前も。なんでそんなに危機意識が無いんや!?ようそんなんで、此れ迄生きてこれたなァ。…… ……ええか?お前等は今、云わば裏社会で指名手配みたいなモンやねんぞ?テツさんとの取引で、佐吉っちゃんとお前の命は助かったとは云え、巽商会の連中や其の取引先には絶対見つかったらアカンのや。そうなれば、テツさんにも迷惑が掛かる。暫くの間は、俺等は外出には超気を付けなアカンの。其の為には、変装が必須なのです。アンダスタン?」
「…… …… …… …… …はぁ。…… …… …」
「… ……。… ……マァ、とりあえず今は我慢せェや。俺の服しか無かったンやから。此れから、どっか服屋行って、お前の好きな服
「……… … …… … …でも、だからって、こんな
「… ……… ……………」
「… …あ、嘘です!」
「…… ………… ……」
磔三がダメージTシャツを茶化して軽口を云ったが、比呉からの反応が無かったので拍子抜けした。磔三はTシャツに落としていた眼を比呉に向けると、当の比呉は立ち止まって、前方の何かに眼を奪われているようだった。
「…… …… …康?……」
「……… … … …なんか、野次馬が集まっとる。」
比呉が磔三の方を振り向き、煙草を吸いながら遠くの方を指差した。磔三はゆっくりと比呉に追いつくと、比呉の差し示す方向に眼をやる。
其処には確かに、野次馬が
「…… …… …確かに。何か事故でもあったんですかね。… …でも、其れが何か?」
「……… …俺も、普段はあんなん気にも留めへんケドな。
「…… … … …」
「せやけど、佐吉っちゃんが暴れとったら、捨ておけへんよな。」
「あ。…… ……確かに。そうですね。」
「… …… …ちょい見に行こか」
「はい。」
比呉がそう云いつつ、再び歩き始める。歩みが先ほどよりも早いのは、比呉の泡立つ心情を顕著に表して居るのだった。磔三も比呉に置いて行かれないよう歩みのスピードを上げ、野次馬の集まる所へと急ぐ。
「…… … ……ちょっと邪魔するでェ」
野次馬の数は少ないが、其れでも人の壁の所為で事態が把握出来無い。比呉は現場に到着するや否や、野次馬の隙間に身体を滑り込ませ中へと割り込んでいった。其の比呉の強引さに少なからず周囲から舌打ちや中傷の言葉が飛び交う。一瞬の差で到着した磔三は、其の周囲の怒号に逡巡するが、意を決して自身も野次馬の中に入って行く。
「…… ……す、すみません!… … ……チョット、確認をしたコトがありまして。… ……すみません、失礼しますッ」
野次馬の群れを抜けると、眼の前に比呉が立って居た。足元の何かに眼を落して居たが、後ろの磔三に気づき、首だけを此方に向ける。
「…… ……… …」
磔三は何か嫌な予感がして、比呉の下に近寄った。
「……… ……… …あ。」
其処にはランニング姿の老人が一人、アスファルトの上で横たわって居た。顔面を蛸のように赤くして大きく鼾をかいている。
「…… … ……只の酔っ払いやな。関係なさそうやわ。勘ぐり過ぎたかな。」
比呉が煙草の灰を落しながら云った。
「…… ……ですね。表情を見るに、只酔いつぶれただけみたいですし。」
比呉も磔三も、心の中で何処か安堵して居た。が、直ぐに辺りの野次馬の一人から声が飛ぶ。
「… ………なんや、お前等、此のジジイの身内か?…… ……ほな、さっさと連れ帰って呉れ。こんなトコに寝られとったら、わしら邪魔やねん。」
「…… …
「…… … …なんじゃい、冷やかしかい!さっさと云ね!」
何故か野次馬に冷やかしと罵られ、其の連中の常道無さに眩暈を覚えつつ、比呉が渋い顔をしながら無言で踵を返す。磔三も通常の身長よりも縮こまりながら、此方も身を狭くして退散
「アンタ等、小学生くらいの子供さんと、狼の男の子探してるンちゃうの?」
其の声で、比呉と磔三の身体がびくりと跳ねた。比呉が其の野次馬の方を振り向くと、其処には買い物帰りの主婦と思しき女性が立って居た。
「…… ……そ、そや!おばはん!其の狼男が、俺等の知り合いやねん!アイツ、何処行ったか知っとるか?」
勢い余って
「… ……… … …だ……… …誰がおばんやねん。失礼なヤツ。…… …其の狼の男の子やったら、さっき何処かに連れて行かれてもうたで。」
「は!?…………… …どどどどう云うコトや?!」
「…… … …… …怪我してはったモンやさかい。」
「怪我、ですか?」
傍らに居た磔三も思わず声を上げる。
「…… ………怪我やって!?…… … ……ま、まさか、此のジーサンと喧嘩して、怪我したちゅうコトか!?」
比呉がアスファルトに寝ころんだ老人を指差しながら、恐る恐る答えた。奇妙に取り乱す若い男二人に対して、逆に落ち着きを取り戻した主婦が、半ばマウントをとるような口調で話しを続ける。
「んなワケ無いやろ、阿呆か。アンタ等。狼の子が怪我したンは、小学生の男の子を助けたからやないの。」
「… …… … …助けたやって?佐吉っちゃんが?子供を?… …ま、まさか、そんな……」
「……… ………そうや。実は私な、一部始終を見てたんやわ。アーケードの上から、男の子が落ちたところを、其の狼の子が飛び降りて助けたんよ。大きな音がしてやで。ホラ、其処のビルの壁がべっこーヘッコンでるやろ?あそこにぶつかったんや。ほんで、気を失ったみたい。」
「…… ……… ……マジかよ…… ……」
「ほんで、えらいこっちゃと思うて、私ら一目散に近づいたのよ。」
「……… ………… …ちょ、
「ほんまや、おばん。ほなら、アンタ等が佐吉っちゃん助けて呉れたゆうコトか?」
矢継ぎ早に主婦への質問が飛ぶ。主婦は眼の前の二人に対して目をぱちくりとさせた。
「………… ……おばんおばんウルサイな、こっちの男の子は。此のさっき
「…… ……… …… ……」
「其れで、私等でなんやかんや話してたんよ。そしたらね、突然、其の大きな身体の若い男の子が、狼の子の身体を突然担ぎあげたのよ。…… ……私ら、
何処か得意げな主婦の口からコトの次第が語られた。奇妙な男によって佐吉が何処かしらに連れ去られてしまったのだと云う。負傷して気を失った佐吉の身柄が拘束された。其の予想外の事態に、磔三は少しく動揺した。
「… ……… …康ッ」
周辺に野次馬が居る手前、表立って声を上げるコトが出来ない磔三は、然し比呉に問いかけずには居られなかった。だが不思議なコトに比呉はと云えば、主婦の言葉を聞いても少しも慌てるコト無く、何処か落ち着いているようにも見えたのだった。
「……… … …成る程な。…… …… …ナァ、おばちゃん。其の背の高い男って、言葉まともに喋らへんかったンとちゃうか?」
「…… ……。…… ……アァ。確かに、全然、話しせェへんかったね。…… ……私の云うてるコトも、聞こえてるか聞こえてへんのか、よう分からんかったわ。」
「……… …… …ほうか。」
比呉は主婦の話を聞くと、何処か楽し気な顔をして呟くように云った。磔三は其の表情に疑問を持つ。
「……………… …康?… …………… ……何か分かったんですか?」
「…… …… ……其の
「え?」
「… ………… ……ちょい、行こか。… ……… …おばちゃん。サンキューな。大体分かったわ。」
主婦への挨拶もそこそこに、比呉が再び野次馬の群れへと飛び込んだ。磔三も主婦へ軽く会釈した後、比呉の後を追った。
野次馬の群れを抜けると、既に比呉の姿はアーケードへと向かって居た。何か事情を知って居るような比呉に、磔三は要領を得ない儘、ついていく。