第18話 騒音男と人狼#4

文字数 4,101文字

「…… ……。… ……何故佐吉(サキチ)さんは、其の後も灰谷(ハイタニ)さんと行動を共にしていたのでしょう?心情的には、離れていくのが自然だと思うのですが。」
 磔三(タクゾウ)の至極真っ当な意見を聞くと、比呉(ヒグレ)は両手を振り上げて大きく伸びをした後、其の儘再びアスファルトに倒れ込んだ。仰向けで上空に眼を向けている。
「…… …ハァー。………其れが、今ンとこ俺ン中の、永遠のナゾ、ちゅうやっちゃ。… ……すっかり分からん。イミが分からん。妹の仇と一緒に()るって、一体全体どう云うこっちゃ。俺やったら、殺したなるくらいハラワタ煮えくり返るケドな。せやけど、佐吉っちゃんに()うたトキ何度聞いても、全然答えて呉れへんねん。何にも云わんと、逆に俺に暴言吐いてどっかに消えてしまうっちゅうのが何時ものパターンやったんや。只アノ事件以来、灰谷と佐吉っちゃんは(タガ)が外れたみたいに、大阪中で暴れまくってた。……… …(イヤ)。… ……違うな。……正確には……灰谷って大きな(うず)に、佐吉っちゃんも巻き込まれてた、ちゅう方が、ホンマは正しいのかも知らん。」
「…… … …語弊があったらすみません。他意無く、気になっているので教えて下さい。さっきから(ヤスシ)の話を聞いていると、ずっと佐吉さんを救うコトに念頭が置かれているような気がします。翻ってそもそも当時、灰谷さんを救うコトは出来なかったのでしょうか?」
「… ……灰谷は響ちゃんの事件以来、もう俺等とは違う世界に行ってしもうたんや。時折俺等に見せてた正気の姿も事件以降、すっかり面影も無くなったてしもた。…前は何度か騒音男と人狼(アイツラ)と遭遇したコトあるから、説得しようとしたコトもあるケド。… …… …アレはもう、灰谷とは(ちゃ)(モン)やった。…… …アレは狂暴な、対話不可能の、一匹の騒音男(サイレンマン)っちゅう(ジャンクス)やった。」
 思いつめるように話す比呉の姿を傍から見ながら、磔三は彼等の此れ迄の顛末を考える。かつて此の大阪に、灰谷と云う狂暴な(ジャンクス)が居たコト。そして、何故か妹の仇である男と行動を共にした人狼(じんろう)が居たコト。人狼の名は相馬佐吉(ソウマサキチ)。其れは昨日、磔三が巽商会から連れ出した少年だった。
「…… …。…… …そうや!」
 比呉が何かを思いついたかのように声を上げる。其れからアスファルトの上で仰向けだった身体をクルリと回転させて、(うつぶ)せに縦肘(たてひじ)の体勢になった。
「…… ………」
「…………なんか、俺ばっかり話してるケドなァ。今度はオマエのコトも話せよ、磔三(タクゾウ)。よう考えたら、お前だって、大分ナゾが多いんやからな。」
 比呉が磔三を指差してふてくされるように云った。
「……は、はぁ。… …ナゾ、ですか。」
「そうや!…… …そもそも、何でオマエが、佐吉っちゃんを事務所から連れ出してん。オマエ確か、巽商会に雇われたばっかりやろうが。」
「… ……うっ。… …なんで、そんな事務所の内情迄、知ってるンですか?」
「…… …阿呆か、オマエは。一応、消し屋っちゅうのは色んな情報を常に知っとかなアカンねん。何処の事務所にどう云う出入りがあったってコトくらい、知ってて当然やで。あ、ゆうとくケド、此れは誰でも出来るコトとちゃうで。此の俺、比呉康(ヒグレヤスシ)っちゅう天才消し屋の特殊技能ですから。」
「…… …マ、マジですか。… ……て云うか、そりゃそうか。」
 比呉の言葉を聞いて、磔三は改めて昨日の顛末を思い返した。
 磔三自身、佐吉を連れ出すのは予想外の出来事だった。最初の計画では巽事務所を拠点として大阪の地に根を張り、徐々に活動を続けていくと云う算段だったのである。なのに何故、自身があんな後先考えないような突拍子も無い行動をしたのか。恐らくは事務所からの逃亡は近隣で多少の騒ぎになったハズである。住民の眼に触れた可能性も高い。今後の活動に影響があるコトは火を見るよりも明らかだった。磔三は冷静になった頭で、あまりにも無謀で無計画な自身を恥じた。
 一体、何が自分をそうさせたんだ?今となってはもう覚えて居ない。単純に獣人の異能に興味が湧いただけなのかも知れない。が、いずれにせよ佐吉と出会ったトキ

と思ったコトを、今磔三は(かす)かに思い出した。
「…… …ホラ!さっさと吐けッ!ワレはなんで、佐吉っちゃんを助けたンや?一体、オマエは何を企んでるンや!?」
「…… ……… …ぜ、善意です。」
「なめてんのか!」
「…… ……すみません。…… …自分でもよく分からないんです…… …。」
「は?」
「強いて云えば、佐吉さんの獣人の異能が、使えるかな、と…」
 磔三はソファの上で腕組みをしながら、考え込むようにうーんと唸った。
「…… …ハー。白々しいやつ。俺がこんだけ色々と教えてやったのに、自分は何ひとつ喋りません、秘密ですってか!此れが、東京者(トウキョウモン)の図々しさなんか!アー、呆れた!東京者(トウキョウモン)は冷たい冷淡やゆうて聞いてたケド、ホンマなんやなァ。こっちが親切にしたっても、恩をうんこで返すンやなァ。此の猿!ゴリラ!ひょうたん!腹立つ腹立つ!業湧(ごうわ)くわー」
 比呉がアスファルトの上で転がりながらぎゃんぎゃんと吠える。此方が無理やり頼んだワケでも無いのに警戒心無くアレコレ話始めたのは其方(ソッチ)だろう、其の大阪者(オオサカモン)特有の煩わしさに磔三は少しく辟易していたが。
「… ……分かった、分かりましたよ。分かりましたから、大きな声を出さないで下さい。疲れた頭に響く。」
「…… …… …… …」
 磔三の言葉を聞いて比呉は無言でゆっくりと起き上がり、厳かに地面にちんと正座をした。
「…… …………… ……」
「……… …吐け!」
「………… …灰谷さんのコトなのですが。」
「…… … …?」
 そう云うと磔三がソファから離れ、比呉の近く迄来る。其の儘足を折り畳み、比呉と同じように正座を始めた。
「…… … ……灰谷さんは、

。康は、そう仰いましたね。」
「ああ、()うた。」
「灰谷さんが狂い始めた

に、何か心当たりはありませんか?」
「心当たり…… …。分からんなァ。最初はそうでもなかったんやけど…… …。段々と、今云うた通り、突然道端で奇声を上げ始めたり、イミ無く暴力を振るったりし始めたんや。」
「… ……そうですか。」
「其れが、どうかしたンか?」
 磔三は正座の儘、伏し目がちに話して居たが、其の顔を上げ、正面から比呉を見た。
「…… … …私が東京から大阪(ココ)に来た目的は、『仇討(あだう)ち』です。」
「…… …!」
「私は、ある男を探しています。一人の殺し屋。」
「殺しの専門家… ……」
「ハイ。私は、其の殺し屋に、大事な人を殺されました。其の仇討ちの為に、此処に来ています。」
「… …… … ……殺し屋(ソイツ)の名前は?… …… …ちゅうても、殺し屋に名前なんてあるンかも怪しい所やけどな。」
「ハイ。偽名かも知れませんが、一応はあります。……康も暗殺稼業(ソッチの業界)の人間なら、聞いたコトはありませんか?… ……『渦巻安吾郎(ウズマキアゴロウ)』と云う男。」
 仇討ちの為に東京から大阪(ココ)迄来る。其の行動力に比呉は磔三の仇討ち(おもい)の強さを犇々(ひしひし)と感じた。
「…… …… …渦巻安吾郎…… …。聞いたコト無いなァ。… …マァ、ゆうても俺は消し屋やねん。消し屋ちゅうんは、暗殺だけやのうて、色んなモンを消すコトを仕事にしとる。詰まり、人の経歴やら都合の悪い情報やらや。其の中に人自体を()す仕事もあるって感じ。せやから、殺し屋とはまた仕事のやり方も変わってくる。」
「…… … …」
「オマエが云うように、其の渦巻ゆうヤツが『殺し屋』ゆうんやったら、ソイツはホンマモンの暗殺(コロシ)の専門家やな。んで、そういう奴等ちゅうのは、裏社会(コッチ)でも更に深部に居る連中やから、身元探すんは中々難しいやろうなァ」
「…… …仰る通りです。ですが私は、なんとか情報をかき集めて其の男が大阪に居ると云うコトを突き止めた。…… …… …此れから、私は大阪で調査を始めるつもりです。」
「…… …ハハーン。……ほんで、佐吉っちゃんの異能(チカラ)が使えるんちゃうか、と思たワケか。」
「…… …ひょんな思いつきでしたがね。」
 磔三がバツが悪そうに息を漏らす。比呉が懐から真新しい煙草を一本取り出した。其の煙草の先端を整えるように、アスファルトにとんとんと押し当てる。
「……… …せやけど、殺し屋一人を此の広い大阪で探し出すなんて、一体、どないせえちゅうねんなァ」
「… ………。… ……其れで、此処からがさっきの灰谷さんの話に戻るンですが… ……。其の、狂ったって話。」
「おう。」
「其の話を、佐吉さんにも聞いてみたいんです。」
「灰谷の話ィ?」
「ハイ。」
「何のために」
「…… ……渦巻の異能に、関係があるかも知れないんです。」
「ハッ。人間が突然狂うなんて、此処では珍しいコトやないで。シンナー吸って脳みそ溶けて狂うヤツも居りゃ、日々の過酷な生活に耐えかねて発狂するヤツも居る。ウチのビルの住人なんて、大半がそんな連中やがな。なんでもかんでも異能の所為にしとったらキリ無いわ。」
「ハイ。分かってます。… ……だけれど、一旦、詳しい話が聞いてみたい。私は大阪に来て、なんとしてでも渦巻を見つけ出して殺すと決めた。だから、少しでも手掛かりと思えたなら、トコトンまで調べたいんです。」
 磔三の言葉と表情は静かなものであったが、何処か鬼気迫るモノがあり比呉の心底を幾分か震わせた。其の真剣さに並々ならぬ決意を感じる。比呉は磔三の目を見据えながら、一時の間無言であったが、深く息を吸って吐き出すと口を開いた。
「……… …… … …そっか。…… …… ……よっしゃ、分かった。ほな、とりあえず、佐吉っちゃんを捕まえに行こか。マァ、見つけ出したとしても、素直に話聞いてくれるとは思えへんケド。此処で管巻(クダま)いてても、しゃあないしな。」
 比呉が笑みを浮かべる。
「… …ありがとうございます」
其の比呉の言葉で、幾分か磔三の表情も和らいだ。
「どうせ、其の辺に居るやろ。巽商会(じむしょ)クビになったから、アイツまた無職やし。」
「… ……。…… … ……そう云われると、私も同じく」
「ハハハ。人探す前に、飯のタネも探さんなん。やるコト多くて、よろしいなァ」
「…… …はぁ。おかげさまで。」
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登場人物紹介

■氏名:相馬佐吉(そうま さきち)

■年齢:19歳

■異能:人狼

■性格:短気

■其他:満月を見て変身する。満月っぽいモノでも可。

■氏名:崖ヶ原 磔三(がけがはら たくぞう)

■年齢:22歳

■異能:毒血

■性格:冷静沈着

■其他:知人にカスタムされた通称『銃もどき』に血液を装填して銃撃する。

■氏名:浅田 百舌鳥(あさだ もず)

■年齢:31歳

■異能:外被鋼鉄化

■性格:マイペース

■其他:あだ名は鋼鉄(テツ)

■氏名:浅川 ヒス(あさかわ ひす)

■年齢:?

■異能:不老長寿

■性格:狡猾

■其他:苗字と顔がよく変わる。

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