第17話 騒音男と人狼#3
文字数 3,150文字
「……… … ………… …」
其の比呉 の予想外の返答に、磔三 も思わず言葉を失う。
「…… …… … ………… ………」
「……… ……………」
少しの沈黙が流れた後、寝転がって居た比呉が上半身だけ身体を起こした。磔三の方には背を向けた儘、何処かあらぬ方向に眼を向けている。指の間に挟んだ煙草の煙だけが、静かに時の流れを刻んでいた。
「… ……磔三は… ……、大阪者 やっけ?」
「……否 。東京です。」
「せやろな。…… … …ほな、騒音男 って聞いたコトないよな。」
「… …はい。大阪 の異能力者 には、昏 いです。」
磔三の返事を聞くと、比呉がゆっくりと顔だけを磔三の方へ向けた。
「…… ……… …『騒音男 と人狼 』。… ……ちょい前から大阪の裏社会では、そこそこ有名な奴等がおってん。一人目が通称、騒音男 。単純に騒音男 、サイレン男。人によって呼び方は色々や。せやけど、共通するのが、皆が皆、騒音男 の名前を出すトキは、決まってニガ虫を嚙み潰したような顔するっちゅうコトや。詰まり、大阪の嫌われ者 。人間として終わっとる。人のコトは平気で裏切るし、大義も義理も無く礼儀も重んじん。只獰猛な野生動物の如く、異能を振りかざして暴虐の限りを尽くす、ちゅうな。アイツこそ、屑 の名に相応しいんとちゃうか。そう云う奴が、一時 、裏社会で好き勝手して暴れまわっとってん。ほんで、そんな暴れ者 の傍らに、影みたいにいっつも居る一匹の人狼がおった。此の人狼が隣で眼ェ光らせてる所為で、騒音男 には死角が存在せえへんかったんや。… ……人狼っちう、只でさえ獣人の異能は厄介やのに、其れにつけて其の獣人種が狼ときとる。狼特有の俊敏な運動性と狂暴な攻撃力で、騒音男の右腕としていっつも動き回っとった。そういうワケで、其処らの並みの異能力者 では手も足も出んかった。然も、コイツ等を相手にすると地の果て迄追いかけて来ると云う、死をも恐れん、尋常ならざる執念深さもあったモンやから、力のある異能力持ちもコイツ等を避けてたんや。態々 喧嘩売るだけ時間の無駄、そんな面倒臭い連中、だーれも相手にしたいと思わんっちゅうてな。… …騒音男 と人狼 は所謂、そう云う性質 の悪い連中やった。… ……… …マァ、云わずもがな、灰谷 と佐吉 っちゃんのコトやで。」
「…… …… … …… …佐吉 さんが、そんな危険な男とつるんで居た… …」
比呉の口から灰谷と佐吉の関係が詳細に語られていく。比呉曰く、佐吉は大阪の嫌われ者 として名を馳せて居たと云う。此の話に疑う余地は無く、比呉の証言に間違いは無いだろう。だが頭では理解 っているつもりなのに、何処か釈然としない。磔三は昨日佐吉と初めて出会い、巽商会 から逃げる際に幾らか会話を交わしたのみであるが、比呉の云うように、灰谷と共に悪逆非道を繰り返すような人間には到底思えなかった。
「… …せや。」
「……私は昨日、逃げる際に佐吉さんと話しただけですが、其れでも何処かこう、悪とは云い切れない人間味を佐吉さんに感じていました。彼が康 の云うような恐ろしい人物だとは思えなくて。」
「… … ……」
「… ……其れに、康も私と同じなんじゃ無いですか?… ……康もまだ佐吉さんのコトを心底の悪とは思って居ない。だから、なんとかして助けようと尽力した。…… …さっきの部屋での云い争いが其の証左です。」
磔三が語る様を、比呉は只、凝 っと見て居た。そして、眼を閉じて大きな溜息をついた。
「… … … ………ああ。其の通りや。… ……俺は佐吉っちゃんの眼ェを、なんとか覚まさせたい。… …… …確かにアイツは此れ迄、灰谷と一緒に色んな人間を、自分等の利益の為に見境無く貶 めてきた。こっちが説得しようとしても、さっきみたいに、ちっとも聞く耳持たん。正直、もう縁切ろうと思ったコトも何回もある。せやけど… …… ………アイツはやっぱり俺の友達 や。
「………… …。 … ………狂う?…… …… …… …ちょっと待って下さい。狂う、とはどう云う意味ですか?」
磔三がソファに前かがみになり、直ぐ様比呉の言葉を遮った。比呉自身、其の磔三の問いが意外だったようで、意図を汲み取れて居ない困惑の表情を示す。
「…… …え?」
「康の其の、『佐吉さんが狂ってしまう前に』と云うのは、比喩ですか?其れとも、実際にそう云う兆候があると?」
「…… …あ、ああ。そう云うコトか。…… … ……否 ……… …。… ……そう云われると、佐吉っちゃんにはそう云う具体的な兆候は無いかな。」
「では、何故、康はそう考えたんですか?詰まり『佐吉さんが狂ってしまう前に、なんとかしたい』、と。何か、狂ってしまうという点について、思い当たるフシがあるのでは?」
「…… … ………。… ……… …。… …… ……灰谷が。… … ……アイツが、或る日、狂うてしもうたんや。」
比呉が磔三の方に向き直り、アスファルトの上で胡坐をかいた。煙草を冷たいアスファルトに押し付けると、ほんの少し小さくじゅっと音を立てて消えた。
「…… ……… …灰谷さんが?」
「… ……佐吉っちゃんの妹が事故で死んだってハナシ。… ……さっき部屋でしたと思うンやけど。」
「…… …聞きました。」
「…… ……アレ、一応、公には事故になってて。でっかいダンプカーに撥 ねられた交通事故ってコトになってるんやけど。…… …ホンマは違 うねん。」
「……… ……」
「アノ日、灰谷が路地裏から幹線道路に向かって、佐吉ちゃんの妹…… …響 ちゃんの身体を思い切り押すのを、俺と佐吉ちゃんは見ててん。」
「………!… …… …」
「… ……高校ン時のコトや。… ……… … …其れよりもちょっと前から、灰谷の様子はおかしかった。前触れも無く街中で突然暴れたり、意味不明なコトを口走ったりして。…… …理由は分かれへんケド、何時の頃からか、アイツは段々と、普通では無くなってきてた。」
「…… …… …… …」
「… …… …事故の日も、俺等三人は一緒に居った。だけれど、其の日も灰谷は突然、訳の分からんコトを口走りながら、何処かへ走り出した。俺と佐吉っちゃんも、灰谷の何時ものヤバイ症状が出たと思うて、必死で追いかけたんやけど…… … …。何せ、灰谷が辺りに異能をまき散らして走るモンやから、俺等も思うように追い付けんかった。… …… …灰谷の異能は騒音 。スピーカーにも匹敵するような大音量の叫び声を出すコトが出来るから、そうなったら俺達は耳を塞いで耐えるしか出来ひんかった。…… …… …其れで、やっと追い付けたと思ったトキには、もう後の祭りやった。…… … ……遠くの方で、響ちゃんを突き飛ばした灰谷が、電池の切れた人形みたいに立ち尽くしとった。… …其れから直ぐ、急ブレーキと共に鈍い音が辺りに響き渡って。…… …… …俺は灰谷の姿を見て、大声で奴の名前を叫んだんや。…… 其の声で灰谷は、ゆっくりと俺達の方を振り向いた。…… … ……其の顔は、薄く笑 てた。」
「…… … …… …。」
「… …… …… …佐吉っちゃんは俺の横で、がっくりと両膝をついて、泣き叫んだ。アスファルトに何度も拳を叩きつけて。何度も、何度も。…… … … ……」
「…… …… …… …… ………」
「… ……其の日から、俺等三人の中で、何かが変わってしもうた。… ……俺等三人の中で中心やった灰谷が狂ってもうて、三人一緒におるコトも無くなった。佐吉っちゃんも何故か俺から距離をとるようになってしもて。…… …… … ……其れからしばらくしてからや。『騒音男 と人狼 』ってコンビが、大阪中で暴れ回ってるって噂を聞くようになったンは。」
其の
「…… …… … ………… ………」
「……… ……………」
少しの沈黙が流れた後、寝転がって居た比呉が上半身だけ身体を起こした。磔三の方には背を向けた儘、何処かあらぬ方向に眼を向けている。指の間に挟んだ煙草の煙だけが、静かに時の流れを刻んでいた。
「… ……磔三は… ……、
「……
「せやろな。…… … …ほな、
「… …はい。
磔三の返事を聞くと、比呉がゆっくりと顔だけを磔三の方へ向けた。
「…… ……… …『
「…… …… … …… …
比呉の口から灰谷と佐吉の関係が詳細に語られていく。比呉曰く、佐吉は大阪の嫌われ
「… …せや。」
「……私は昨日、逃げる際に佐吉さんと話しただけですが、其れでも何処かこう、悪とは云い切れない人間味を佐吉さんに感じていました。彼が
「… … ……」
「… ……其れに、康も私と同じなんじゃ無いですか?… ……康もまだ佐吉さんのコトを心底の悪とは思って居ない。だから、なんとかして助けようと尽力した。…… …さっきの部屋での云い争いが其の証左です。」
磔三が語る様を、比呉は只、
「… … … ………ああ。其の通りや。… ……俺は佐吉っちゃんの眼ェを、なんとか覚まさせたい。… …… …確かにアイツは此れ迄、灰谷と一緒に色んな人間を、自分等の利益の為に見境無く
ホンマに狂ってしまう前に、なんとかしたい
。その為にも俺は… …」「………… …。 … ………狂う?…… …… …… …ちょっと待って下さい。狂う、とはどう云う意味ですか?」
磔三がソファに前かがみになり、直ぐ様比呉の言葉を遮った。比呉自身、其の磔三の問いが意外だったようで、意図を汲み取れて居ない困惑の表情を示す。
「…… …え?」
「康の其の、『佐吉さんが狂ってしまう前に』と云うのは、比喩ですか?其れとも、実際にそう云う兆候があると?」
「…… …あ、ああ。そう云うコトか。…… … ……
「では、何故、康はそう考えたんですか?詰まり『佐吉さんが狂ってしまう前に、なんとかしたい』、と。何か、狂ってしまうという点について、思い当たるフシがあるのでは?」
「…… … ………。… ……… …。… …… ……灰谷が。… … ……アイツが、或る日、狂うてしもうたんや。」
比呉が磔三の方に向き直り、アスファルトの上で胡坐をかいた。煙草を冷たいアスファルトに押し付けると、ほんの少し小さくじゅっと音を立てて消えた。
「…… ……… …灰谷さんが?」
「… ……佐吉っちゃんの妹が事故で死んだってハナシ。… ……さっき部屋でしたと思うンやけど。」
「…… …聞きました。」
「…… ……アレ、一応、公には事故になってて。でっかいダンプカーに
「……… ……」
「アノ日、灰谷が路地裏から幹線道路に向かって、佐吉ちゃんの妹…… …
「………!… …… …」
「… ……高校ン時のコトや。… ……… … …其れよりもちょっと前から、灰谷の様子はおかしかった。前触れも無く街中で突然暴れたり、意味不明なコトを口走ったりして。…… …理由は分かれへんケド、何時の頃からか、アイツは段々と、普通では無くなってきてた。」
「…… …… …… …」
「… …… …事故の日も、俺等三人は一緒に居った。だけれど、其の日も灰谷は突然、訳の分からんコトを口走りながら、何処かへ走り出した。俺と佐吉っちゃんも、灰谷の何時ものヤバイ症状が出たと思うて、必死で追いかけたんやけど…… … …。何せ、灰谷が辺りに異能をまき散らして走るモンやから、俺等も思うように追い付けんかった。… …… …灰谷の異能は
「…… … …… …。」
「… …… …… …佐吉っちゃんは俺の横で、がっくりと両膝をついて、泣き叫んだ。アスファルトに何度も拳を叩きつけて。何度も、何度も。…… … … ……」
「…… …… …… …… ………」
「… ……其の日から、俺等三人の中で、何かが変わってしもうた。… ……俺等三人の中で中心やった灰谷が狂ってもうて、三人一緒におるコトも無くなった。佐吉っちゃんも何故か俺から距離をとるようになってしもて。…… …… … ……其れからしばらくしてからや。『