第14話 ネゴシエイション#3
文字数 4,621文字
時刻は二十時を少し過ぎた頃、既に水を打ったように静まり返った新世界周辺で、突如として爆発するような衝撃音が響き渡った。だが、かと云って其の音を聞きつけ態々 見に行くような命知らずな輩は居ない。無用なイザコザに首を突っ込むと自身の身に危険が及び兼ねないからだ。詰まり、雑居ビルの隙間の路地で行われている異能力者同士の争い等、以ての外だった。例え偶然近くを通りがかった者が居たとしても、そそくさと一散に其の場を離れるに限る。其れが新世界と云う、異能都市大阪の暗部を凝縮したような地において、生きて行く為に必要な当然の所作だった。
異能化したテツから放たれた拳の衝撃は図りしれない。モロに食らった人間ならば頭がゼリーのようにぐしゃりと潰れるだろう。果たして、気絶した佐吉 の顔面に振り下ろされた拳も、其れに違 わぬテツの渾身の一撃だった。
「………… ……フン… … …………」
テツの拳が佐吉の顔面に深くめり込んでいる。ように見えたが、其れは比呉康 の見間違いだった。実際、テツの拳は佐吉の直ぐ隣の地面に深々と突き刺さり、アスファルトを此れでもかと云う程に抉 り破壊していた。
「…… ……ッツ… ……… … ……」
比呉は数歩程駆けだした所で、呆然と立ち尽くして居た。其の表情には焦りと共に、何処か安堵のようなものが微かに感じられた。
テツがアスファルトにめり込んだ拳を引き抜く。バラバラとアスファルトの破片が地面へと落ちた。其れからテツは自身の拳を見るとも無く見、ゆっくりと顔を上げ比呉を睨みつけた。
「……。… …… … …… …二つ、理解 ッたコトがある。」
「…………!… ……………」
唐突なテツの言葉に、比呉が驚きの表情を見せる。テツが何処か得意げな顔で薄く笑みを浮かべていた。
「……… ……… … …お前の其の『闇に紛れる異能』。一見、闇夜 の中では万能にも思えたが…… …… … ……恐らく、距離があると発揮出来ンのやろう?… ……今、お前は異能 の発動や無く、俺に近づくコトを優先した。其れこそが証左や。手が触れるくらいの距離… ……否 、手を相手にかざすコト自体が、お前の異能の発動条件かも知れん。」
「…… …………… … ……… ……」
「……… ……。…… ……それでや、もう一つ。こっちの方が重要やな。… ……よう考えれば、お前の提案は大層奇妙なモンや。個人的な事情の取引と云うのを殊更に強調して、こんなどうしようもない屑 一匹に、阿呆程の金とヤクを積む。… ………其れが最初は、あからさまな罠かとも思うたんやが…… ……。フタを開けてみれば、お前は只単純に友達を助けたかっただけ、と云うオチ。オチが分かれば、一見すると此の馬鹿げた提案もスジが通る。」
「………… …… …… … ………」
「…… … …そんな分かり易い顔する無いや。暗殺稼業 で飯食うてるワリには、腹の底がバレバレやないかい。… ……お前はなんや?こいつの身内かなんかか?… …… …なァ、おい。黙っとらんで、何か喋れや。」
「…… … ……… ……………」
以前として比呉の口は重かった。だが其の沈黙と表情こそが、テツの考察が真であるコトを雄弁に語って居た。
テツにすれば、相手の真意が理解 ったコトで心理的に余裕が生まれた。奴の後ろ盾 に競合他社が居て、其の指示で比呉が動いているとの懸念があったからだ。そう云った因果も無いのであれば、幾らでもやりようがあるとテツは思った。
其の時、不意にテツのポケットの携帯から着信音が鳴る。着信は巽からだった。テツは着信ボタンを押して、電話に出た。
「…… …はい。… …………はい。…… …否 、まだです。… …角のコンビニから、細い路地に入ったトコ。…… …了解。………へいへい。」
通話中もテツは比呉から眼を離さず、短い会話をして電話を切った。其れから大げさに深呼吸をして、テツは再び口を開く。
「…… …… …もうすぐ、巽 社長が此処に来る。あんま、お前と悠長に話してる時間は無いな。」
「…… … …… …… …」
「…… …… …。…… …ちょい、俺の話や。…… ……俺にも、人並みに面子 っちゅうのがあって、俺の自尊心 傷つけられたら、其の尊厳を取り戻す為に戦う覚悟はある。… ……特に、若い頃は其れが全てやったンや。命も容易に投げ出してた。」
「…… …… …?… …… …」
不明瞭な話を始めたテツ。比呉が其れに対して懐疑の表情を浮かべつつも耳を傾けていた。
「…… …だが、此の会社入って、俺もエエ年なってきて、段々と考え方が変わってきたんや。… ……此の裏社会 では確かに面子が全てや。ウチの社長も面子潰されたら顔真っ赤にして怒 りよる。要は、面子が生き方の問題になっとんねや。」
「…… …… ……。… ……… …何が云いたいんスか。」
要領の得ないテツの話に対して、比呉が堪らず言葉を放つ。巽商会の人間が合流すれば、状況は途端に不利になる。早く取引の決着 をつけたい比呉は内心焦って居た。だが、そんな比呉の心を見透かすようにテツが言葉を紡いでいく。
「… …マァ、待てや。直ぐに終わるさかい。…… … …ほんでや。俺からすれば面子ってのは、其処まで重要なモンとちゃう。…… …俺にとって一番重要なコトは『巽商会が此の先存続するコト』や。其の為には、嘘であろうが真実 であろうが、理解 るか?」
「…… …!… …………。… …其れって、詰まり… … …」
比呉の反応を見て、テツが頷いた。
「… ……此の取引で俺が一番気にしてたンは、お前の後ろ盾 や。只でさえ面倒を抱えた所に、此れ以上ハイエナのような連中が群がってくるのだけは勘弁やった。せやけど、どうやら其の面倒はなさそうやからな。其処がクリヤになったンやったら、後は取引の中身や。お前は此のガキの身柄 が欲しくて、俺は無くなった薬物 とカネ、其れから佐吉の替え玉が手に入るちゅうんや。… ……普通に考えて、めちゃくちゃボロい話やんけ。」
両腕を組み、テツが心無しか嬉しそうに云う。相手の真意が明らかになった以上、此の提案は巽商会にとって大層利益のある取引だとテツは算段して居た。まだ罠の可能性がゼロでは無いが、経験上此の取引は乗って問題無いと考える。当然保険の為にも今後、此の比呉康と云う暗殺者 の素性を速やかに調査する必要があるだろう。
「… …… …じゃ、じゃあ… …… …」
比呉の表情に安堵の表情が漏れる。其の顔には先ほど迄とはうって変わって、二十代前半に違わぬ、無邪気さがあった。
「… ……もってけや、泥棒。」
そう云いながら、テツが足元に転がる佐吉を無造作に蹴った。気を失って居る佐吉の身体が力無くダラリと転がった。
其の姿を見て比呉が思わず駆けだす。しゃがみ込んで、地面に倒れた佐吉を抱え上げた。
「…… …佐吉ッ。おい、大丈夫か。」
「… ……… …… …」
比呉が何度も呼びかけるが、佐吉の返答は無い。
「……顔張り倒せ。ほな、眼ェ覚ますやろ」
テツが比呉の頭上からそう声を掛けると、比呉は頷き、佐吉の頬を何度も平手打ちする。
「…… …佐吉っちゃんッ。起きろ。」
「……… …… …… …。… …… …… …う、うぅ… ………」
微かに佐吉の反応があった。事務所での尋問とテツとの戦闘で傷ついた佐吉の身体は、其処彼処に其の傷跡が目立つ。あまりにも佐吉の反応が無く、一瞬「死」が頭を過 って居た比呉だったが、其の佐吉の反応によって、更に平手打ちを続けた。
「佐吉っちゃん!おい、起きろ。眼、覚ませ。逃げるぞ」
「……… …… …… …… …う。…… …ッ痛 いなァ。…… …そんなに叩かンかて、起きるわ、ぼけ」
佐吉の片目が薄く開き、比呉顔を見上げた。
「… ……よっしゃ。佐吉っちゃん。時間があらへん。さっさと逃げるぞ」
比呉が声を上げる。が、次の瞬間、佐吉が思い出したかのように両目を見開き、比呉の頭上から自分を見下ろすテツに気が付いた。
「…… …あッ、テツ!」
「…… … …よう。眼ェ覚めたか、クソガキ。」
比呉とテツの間で成された取引のコト等知らない佐吉が、現状を理解できず怪訝な表情をする。其の眼が比呉とテツの間を何度も行き来していた。
「… ……テツさんと今、取引した。佐吉っちゃんの身柄 と俺が容易した替え玉を交換や。其れで、とりあえず、テツさんは眼ェつぶってくれる。」
比呉が端的に事情を話す。其の間も佐吉はテツに警戒をした儘、眼を離せずに居た。比呉の話に続いて、テツも声を掛けた。
「…… …運が良かったな。お前みたいなクソガキ、コッチからも願い下げじゃ。とっととどっかに消えて呉れ。」
云いながら、テツが不図、思いつく。
「…… …あ。」
「…… ……どうしたンすか。」
「……… …アレのコト、忘れてたわ。」
アレ、と云いながら背後を親指で指さす方向。暗闇の中に倒れているもう一体の男が居た。崖ヶ原磔三 だった。
「……… …… …」
佐吉も身体を曲げ、地面に突っ伏している磔三を凝 っと見た。
「お前等、アイツも引き取ってくれや。」
「……え、ええッ?」
其の予想外の提案に、思わず比呉が声を上げた。全く関係の無い人間を引き取るなんて、そんな義理は無いと比呉は思う。
「…… …其れは、ちょっと……… …」
「なんでやねん。一人も二人もそんなに変わらんやろ。コッチも、会社に不義理した磔三 が居ると何かと面倒やねん。行方晦ましてくれた方が都合がエエんや。…… …そうやな、台本としては、磔三が裏切って佐吉を連れ出しました、其れを俺が追いかけて佐吉を殺 りました、でも磔三には逃げられました。… ……こんな感じでどうやろか。」
テツが一人、シナリオを作ってつらつらと喋り始める。
「…… …ええ…… …。其れはちょっと、俺等にもリスクがあり過ぎるんちゃいますかね…… …」
あまりのテツの突拍子も無い思いつきと、其の強引さに、比呉も思わず必死で抗議をした。が、其の二人のやりとりを見ながら、佐吉がぽつりと呟いた。
「…… …ええで… …。」
「… …は!?…… ……ちょ、佐吉ちゃん、何云ってんねん」
「…… …頼むわ、康 。一緒に、アイツも連れていって呉れ」
佐吉の口から出た予想外の提案に、比呉が困惑の表情を見せる。が、そうしてる間に、タイムリミットは其処まで近づいていた。
「…… …… …… …あ。」
「………!?」
「…社長や。…… …お前等、時間無いで。とっとと決めて呉れ」
テツが真剣な表情で、比呉と佐吉を捲 し立てた。
「… ……頼むわ。」
佐吉の顔が比呉の顔を凝っと見上げた。其の表情で観念したのか、比呉が大きく息を吐いた。
「……… ……分かったわ。アレも連れて行く。… ……其れでエエんやろ」
「……ああ。」
「…… …ゆっくりしてる暇無いで。… …… …ガキども、早よ、云 ね。」
其のテツの合図で、比呉が磔三の下へと急ぎ、佐吉がゆっくりと身体を起こした。
「…… …… …… …」
佐吉がテツの正面に立つ。が、其処に何も言葉は無かった。テツが手の甲を面倒臭そうに振ると、佐吉は眉間に皺を寄せて比呉の下へとダルそうに歩いて行った。
磔三を抱えた比呉と片腕を押さえた佐吉が、いそいそと小走りで闇夜に紛れ消えて行くのを、テツは煙草を吸いながら無表情で眺めていた。
異能化したテツから放たれた拳の衝撃は図りしれない。モロに食らった人間ならば頭がゼリーのようにぐしゃりと潰れるだろう。果たして、気絶した
「………… ……フン… … …………」
テツの拳が佐吉の顔面に深くめり込んでいる。ように見えたが、其れは
「…… ……ッツ… ……… … ……」
比呉は数歩程駆けだした所で、呆然と立ち尽くして居た。其の表情には焦りと共に、何処か安堵のようなものが微かに感じられた。
テツがアスファルトにめり込んだ拳を引き抜く。バラバラとアスファルトの破片が地面へと落ちた。其れからテツは自身の拳を見るとも無く見、ゆっくりと顔を上げ比呉を睨みつけた。
「……。… …… … …… …二つ、
「…………!… ……………」
唐突なテツの言葉に、比呉が驚きの表情を見せる。テツが何処か得意げな顔で薄く笑みを浮かべていた。
「……… ……… … …お前の其の『闇に紛れる異能』。一見、
「…… …………… … ……… ……」
「……… ……。…… ……それでや、もう一つ。こっちの方が重要やな。… ……よう考えれば、お前の提案は大層奇妙なモンや。個人的な事情の取引と云うのを殊更に強調して、こんなどうしようもない
「………… …… …… … ………」
「…… … …そんな分かり易い顔する無いや。
「…… … ……… ……………」
以前として比呉の口は重かった。だが其の沈黙と表情こそが、テツの考察が真であるコトを雄弁に語って居た。
テツにすれば、相手の真意が
其の時、不意にテツのポケットの携帯から着信音が鳴る。着信は巽からだった。テツは着信ボタンを押して、電話に出た。
「…… …はい。… …………はい。…… …
通話中もテツは比呉から眼を離さず、短い会話をして電話を切った。其れから大げさに深呼吸をして、テツは再び口を開く。
「…… …… …もうすぐ、
「…… … …… …… …」
「…… …… …。…… …ちょい、俺の話や。…… ……俺にも、人並みに
「…… …… …?… …… …」
不明瞭な話を始めたテツ。比呉が其れに対して懐疑の表情を浮かべつつも耳を傾けていた。
「…… …だが、此の会社入って、俺もエエ年なってきて、段々と考え方が変わってきたんや。… ……此の
「…… …… ……。… ……… …何が云いたいんスか。」
要領の得ないテツの話に対して、比呉が堪らず言葉を放つ。巽商会の人間が合流すれば、状況は途端に不利になる。早く取引の
「… …マァ、待てや。直ぐに終わるさかい。…… … …ほんでや。俺からすれば面子ってのは、其処まで重要なモンとちゃう。…… …俺にとって一番重要なコトは『巽商会が此の先存続するコト』や。其の為には、嘘であろうが
巽商会が存続するンならなんでもかまへん
、ちうコトや。俺の云うてるイミ、「…… …!… …………。… …其れって、詰まり… … …」
比呉の反応を見て、テツが頷いた。
「… ……此の取引で俺が一番気にしてたンは、お前の
両腕を組み、テツが心無しか嬉しそうに云う。相手の真意が明らかになった以上、此の提案は巽商会にとって大層利益のある取引だとテツは算段して居た。まだ罠の可能性がゼロでは無いが、経験上此の取引は乗って問題無いと考える。当然保険の為にも今後、此の比呉康と云う
「… …… …じゃ、じゃあ… …… …」
比呉の表情に安堵の表情が漏れる。其の顔には先ほど迄とはうって変わって、二十代前半に違わぬ、無邪気さがあった。
「… ……もってけや、泥棒。」
そう云いながら、テツが足元に転がる佐吉を無造作に蹴った。気を失って居る佐吉の身体が力無くダラリと転がった。
其の姿を見て比呉が思わず駆けだす。しゃがみ込んで、地面に倒れた佐吉を抱え上げた。
「…… …佐吉ッ。おい、大丈夫か。」
「… ……… …… …」
比呉が何度も呼びかけるが、佐吉の返答は無い。
「……顔張り倒せ。ほな、眼ェ覚ますやろ」
テツが比呉の頭上からそう声を掛けると、比呉は頷き、佐吉の頬を何度も平手打ちする。
「…… …佐吉っちゃんッ。起きろ。」
「……… …… …… …。… …… …… …う、うぅ… ………」
微かに佐吉の反応があった。事務所での尋問とテツとの戦闘で傷ついた佐吉の身体は、其処彼処に其の傷跡が目立つ。あまりにも佐吉の反応が無く、一瞬「死」が頭を
「佐吉っちゃん!おい、起きろ。眼、覚ませ。逃げるぞ」
「……… …… …… …… …う。…… …ッ
佐吉の片目が薄く開き、比呉顔を見上げた。
「… ……よっしゃ。佐吉っちゃん。時間があらへん。さっさと逃げるぞ」
比呉が声を上げる。が、次の瞬間、佐吉が思い出したかのように両目を見開き、比呉の頭上から自分を見下ろすテツに気が付いた。
「…… …あッ、テツ!」
「…… … …よう。眼ェ覚めたか、クソガキ。」
比呉とテツの間で成された取引のコト等知らない佐吉が、現状を理解できず怪訝な表情をする。其の眼が比呉とテツの間を何度も行き来していた。
「… ……テツさんと今、取引した。佐吉っちゃんの
比呉が端的に事情を話す。其の間も佐吉はテツに警戒をした儘、眼を離せずに居た。比呉の話に続いて、テツも声を掛けた。
「…… …運が良かったな。お前みたいなクソガキ、コッチからも願い下げじゃ。とっととどっかに消えて呉れ。」
云いながら、テツが不図、思いつく。
「…… …あ。」
「…… ……どうしたンすか。」
「……… …アレのコト、忘れてたわ。」
アレ、と云いながら背後を親指で指さす方向。暗闇の中に倒れているもう一体の男が居た。
「……… …… …」
佐吉も身体を曲げ、地面に突っ伏している磔三を
「お前等、アイツも引き取ってくれや。」
「……え、ええッ?」
其の予想外の提案に、思わず比呉が声を上げた。全く関係の無い人間を引き取るなんて、そんな義理は無いと比呉は思う。
「…… …其れは、ちょっと……… …」
「なんでやねん。一人も二人もそんなに変わらんやろ。コッチも、会社に不義理した
テツが一人、シナリオを作ってつらつらと喋り始める。
「…… …ええ…… …。其れはちょっと、俺等にもリスクがあり過ぎるんちゃいますかね…… …」
あまりのテツの突拍子も無い思いつきと、其の強引さに、比呉も思わず必死で抗議をした。が、其の二人のやりとりを見ながら、佐吉がぽつりと呟いた。
「…… …ええで… …。」
「… …は!?…… ……ちょ、佐吉ちゃん、何云ってんねん」
「…… …頼むわ、
佐吉の口から出た予想外の提案に、比呉が困惑の表情を見せる。が、そうしてる間に、タイムリミットは其処まで近づいていた。
「…… …… …… …あ。」
「………!?」
「…社長や。…… …お前等、時間無いで。とっとと決めて呉れ」
テツが真剣な表情で、比呉と佐吉を
「… ……頼むわ。」
佐吉の顔が比呉の顔を凝っと見上げた。其の表情で観念したのか、比呉が大きく息を吐いた。
「……… ……分かったわ。アレも連れて行く。… ……其れでエエんやろ」
「……ああ。」
「…… …ゆっくりしてる暇無いで。… …… …ガキども、早よ、
其のテツの合図で、比呉が磔三の下へと急ぎ、佐吉がゆっくりと身体を起こした。
「…… …… …… …」
佐吉がテツの正面に立つ。が、其処に何も言葉は無かった。テツが手の甲を面倒臭そうに振ると、佐吉は眉間に皺を寄せて比呉の下へとダルそうに歩いて行った。
磔三を抱えた比呉と片腕を押さえた佐吉が、いそいそと小走りで闇夜に紛れ消えて行くのを、テツは煙草を吸いながら無表情で眺めていた。