第11話 エスケイプ#5
文字数 3,213文字
異能化したテツ周りには、敵味方関係無く伸 された男たちが其処彼処に屍の如く倒れていた。浅川 ヒスからの電話内容を反芻しつつ、携帯を耳に当てた儘、テツは其の中に呆然と立ち尽くして居る。
佐吉 の身柄 は相手先に問題無く引き渡す。佐吉が口を割らない以上、クスリは巽商会 の肩代わりとなるだろう。巽商会 にとってはかなりの痛手だが仕方が無い。佐吉が引き渡し先でどうなるかなんて知ったコトでは無いが、それよりも今回の件は巽商会にとって大損害だった。其れは金のコトと云うよりも、面子の問題だ。
今回の巽商会 の失態 は噂となって、瞬く間に大阪中に広まるハズだ。裏社会 では面子がモノを云う。面子を潰されれば箔 が落ちる。食うか食われるか、足の引っ張り合いが当たり前の裏社会 で其れは致命的だった。競合他社には弱みを握られ動き難くなるだろうし、掌 を返したように取引先には舐められ足元を見られるだろう。今後の仕事にモロに影響が出るのは眼に見えていた。此の先巽商会 が生き残っていく為には、多大なる労力を払って汚名返上に力を注がねばならない。失った信用を取り戻すのは、信用を得るコトよりも遥かに困難で時間がかかるのだ。そんな暗澹たる会社の今後に思いを馳せながら、テツは深いため息をついた。
「…… …ハァー。… …… …ほんでや。… ……こんな立て込んでるメンドイトキに、マジで何なんや、此奴は… ……」
見るともなく見ていた宙から眼を移し、テツは向こうに倒れている磔三 を見た。崖ヶ原磔三 。浅川ヒスは信用ならない女だが、其れを差し引いても奴の語った話は無視できないモノだった。
死東京 で遣らかして、大阪へ逃げ込んだ奴が居る。ヒスが云うには、其れが磔三だという。
『其の逃げた奴の異能が毒殺なんやって。見覚えあるンちゃうの?』
毒の異能は珍しくはあるが、大阪に居ないワケでも無い。其々能力に違いはあるモノの、テツの周りにも二人程心当たりはあるし、他所から大阪へ逃げ込んでくる屑 なんて腐るほど居る。だから磔三がヒスの云う『死東京でヤらかした人間』かどうか断定するのは尚早だった。だが一つ懸念があるとすれば、死東京の名が出たコトだ。
死東京で死東京の屑 との抗争が起こったが、数で勝っていたハズの大阪異能と互角で渡り合い、ぶつかる度に双方甚大なる被害が出た。そういった過去の教訓を経て、いつしか死東京と大阪異能は其々干渉しない棲み分けを選んだのである。
「死東京で
死東京で遣らかした男が大阪に居る。仮に、其れが磔三ならば其れはあまりにも巽商会にとって危険 過ぎる。死東京で遣らかした男を匿 っているなんてコトになれば、其れこそ自分たちの身が危うくなる。どういう理由であれ、磔三を手元に置いておくコトは危険此の上無いのだ。そう考えると、此処で重要なのは、磔三が本当に遣らかした奴なのかどうかなんてコトは一切関係無い。今すべきコトは、一刻も早く磔三 を手から離し、巽商会は無関係になるコトだ。危険から一刻も早く遠ざける。其れこそが、此の裏社会で生き抜く為の術であり、リスク管理なのだった。
「…… …ちッ。…… …癪だが。… …んんっッツとうに癪だがッツ!」
テツは面倒臭そうに独り言ちる。苦々し気にテツはもう一度携帯の着信履歴を確認し、つい先程あった着信に指を押し付けた。程なくして直ぐに電話口に聞こえる甘い声。
「… ……フフフ… …なぁに。… ………」
「……… ……… ……」
「…………おーい。……… …聞いてンのぉ?… ……。喋らないなら、切っちゃうぞー」
「……… …… …… …… …分かってンのやろ。」
「………フフフ。…… …まぁーね。……ってゆーか、此の状況やと、アタシに頼るしか、ないよねー。
「……… …… …」
テツクン、という言葉を聞いて、テツは全身の隅々にまで
浅川ヒス。飛田新地の青春通りに香り とでも云うべき匂いが発散されており、男たちは忽ち此の女の虜となってしまう。
妖怪がッ。と、テツは心の中で呟いた。詰まり、推定年齢百歳以上の婆アの口から放たれた、
また、此の女の生態の全容が掴めない理由の一つに、苗字と顔を変えるというクセがあり、整形によるものなのか、ヒスはしばらくすると顔が変わるコトがあった。また、苗字については本当にコロコロと変える。其れは屹度、不老長寿として生きる此の女の処世術なのだろう。幾ら不老長寿とは云え、殺されてしまえば一巻の終わりだからだ。
現在の浅田百舌鳥 の浅田から拝借しているのである。其処から察せられる通り、ヒスはテツのコトを大いに好いているのであり、テツに事あるごとに執着する様子を見せた。それゆえ、テツは出来る限り此の女には関わりたくなかった。では何故、其れ程までに嫌悪しているヒスに、テツはコンタクトをとったのか。其れは一重にヒスの異能の為だ。
現状、磔三を紹介屋から引き取ったのは巽商会だ。詰まり、磔三を巽商会が引き取ったコトを知る人間が幾らか居るコトになる。死東京に絡んでいる可能性のある磔三。其れに関与する巽商会。此の事実を消し去ってしまいたい。その為に、此の女の人脈を使った人海戦術が役に立つのである。
「…… …ヒス。… …お前の下僕共使って、磔三と巽商会の関係、上書きしてくれや」
「……… …… …えー。」
「…… …えーって、何やねんッ」
「… … ……今度、遊びに来てって、ゆうてるやん」
「……… … …」
テツが携帯の電話口を手で抑えながら歯ぎしりをすると、奥歯がぎりりと音を立てた。此の妖怪婆に好いように操られている感覚。激しい苛立ちを心底に落とし込むのに大層苦労した。
「…… ………分かったわい。… ……行くから、…頼むわ… ……」
「……… …… …。…… …絶対やでー。」
「………ああ。分かってる」
「…… …うふっ。…… …もう、しゃあないナァ。テツクンの云うコトやったら、アタシも人肌脱いだるわ。…… …えーっと、ほんなら、其の毒男が、そもそも巽商会 には来ンかった、ってコトにしたらええんやね?」
「… …出来るか?」
「… ……アタシを誰やと思てんの。現実なんて、ウワサでなんとでもなるねんから。アタシのファンたちに任しときいや。」
「そうか。…… …恩に着るわ」
「いっつもそれくらい、しおらしかったらエエのになぁ… …。マァ、偶にやからエエんかな。… …ウフッ。分かった、ほな、早速、動くわ。ほなな!」
一しきり話きると、ヒスは此方の言葉も聞かず一方的に電話を切ってしまった。相変わらずの自己中心的さにウンザリしながら、だがこれで懸念事項のウチの一つが解消される気がして、テツの気持ちは少しだけ晴れやかになった。
だがそんな気持ちも束の間、テツの背後で其の姿を盗み見る男が居た。
今回の
「…… …ハァー。… …… …ほんでや。… ……こんな立て込んでるメンドイトキに、マジで何なんや、此奴は… ……」
見るともなく見ていた宙から眼を移し、テツは向こうに倒れている
『其の逃げた奴の異能が毒殺なんやって。見覚えあるンちゃうの?』
毒の異能は珍しくはあるが、大阪に居ないワケでも無い。其々能力に違いはあるモノの、テツの周りにも二人程心当たりはあるし、他所から大阪へ逃げ込んでくる
死東京で
ヤらかした
奴が大阪に逃げ込む。云わば、其のコト自体が爆弾であり、非常に面倒だ。此の現在の日本では、異能の無法地帯となっているところが幾つも存在するが、其の内の一つである死東京は、大阪の異能地帯よりも規模は小さいモノの、厄介で凶悪な連中が集まっている。歴史を紐解けば過去に何度も所謂、「死東京で
ヤらかした
、だと… ……」死東京で遣らかした男が大阪に居る。仮に、其れが磔三ならば其れはあまりにも巽商会にとって
「…… …ちッ。…… …癪だが。… …んんっッツとうに癪だがッツ!」
テツは面倒臭そうに独り言ちる。苦々し気にテツはもう一度携帯の着信履歴を確認し、つい先程あった着信に指を押し付けた。程なくして直ぐに電話口に聞こえる甘い声。
「… ……フフフ… …なぁに。… ………」
「……… ……… ……」
「…………おーい。……… …聞いてンのぉ?… ……。喋らないなら、切っちゃうぞー」
「……… …… …… …… …分かってンのやろ。」
「………フフフ。…… …まぁーね。……ってゆーか、此の状況やと、アタシに頼るしか、ないよねー。
テ・ツ・クン
。」「……… …… …」
テツクン、という言葉を聞いて、テツは全身の隅々にまで
さぶいぼ
が湧いた。恐ろしい。心底テツは肝が冷えた。恐怖からでは無い。生理的嫌悪感からだ。浅川ヒス。飛田新地の青春通りに
長年
生息している花魁である。長年とは詰まり、文字通りの意味だった。此の女の異能は『不老長寿』であった。一体此の女は何時頃から生きているのか。其の生態を完璧に知る者は一人も居ない。一説には明治の初めから生きているという話も聞くが、其の真偽も定かではない。ともあれ、此の女は殆ど年を取ることもなく、見た目は二十代前半と云った風体で今尚生息している。テツが子供の頃から此の女は今と同じ身形なのだ。そして、其の身体からは若い女に特有の妖怪がッ。と、テツは心の中で呟いた。詰まり、推定年齢百歳以上の婆アの口から放たれた、
テツクン
と云う言葉について、テツは心底震えたのであった。また、此の女の生態の全容が掴めない理由の一つに、苗字と顔を変えるというクセがあり、整形によるものなのか、ヒスはしばらくすると顔が変わるコトがあった。また、苗字については本当にコロコロと変える。其れは屹度、不老長寿として生きる此の女の処世術なのだろう。幾ら不老長寿とは云え、殺されてしまえば一巻の終わりだからだ。
現在の
浅川
という苗字、此れは実はテツの名前現状、磔三を紹介屋から引き取ったのは巽商会だ。詰まり、磔三を巽商会が引き取ったコトを知る人間が幾らか居るコトになる。死東京に絡んでいる可能性のある磔三。其れに関与する巽商会。此の事実を消し去ってしまいたい。その為に、此の女の人脈を使った人海戦術が役に立つのである。
「…… …ヒス。… …お前の下僕共使って、磔三と巽商会の関係、上書きしてくれや」
「……… …… …えー。」
「…… …えーって、何やねんッ」
「… … ……今度、遊びに来てって、ゆうてるやん」
「……… … …」
テツが携帯の電話口を手で抑えながら歯ぎしりをすると、奥歯がぎりりと音を立てた。此の妖怪婆に好いように操られている感覚。激しい苛立ちを心底に落とし込むのに大層苦労した。
「…… ………分かったわい。… ……行くから、…頼むわ… ……」
「……… …… …。…… …絶対やでー。」
「………ああ。分かってる」
「…… …うふっ。…… …もう、しゃあないナァ。テツクンの云うコトやったら、アタシも人肌脱いだるわ。…… …えーっと、ほんなら、其の毒男が、そもそも
「… …出来るか?」
「… ……アタシを誰やと思てんの。現実なんて、ウワサでなんとでもなるねんから。アタシのファンたちに任しときいや。」
「そうか。…… …恩に着るわ」
「いっつもそれくらい、しおらしかったらエエのになぁ… …。マァ、偶にやからエエんかな。… …ウフッ。分かった、ほな、早速、動くわ。ほなな!」
一しきり話きると、ヒスは此方の言葉も聞かず一方的に電話を切ってしまった。相変わらずの自己中心的さにウンザリしながら、だがこれで懸念事項のウチの一つが解消される気がして、テツの気持ちは少しだけ晴れやかになった。
だがそんな気持ちも束の間、テツの背後で其の姿を盗み見る男が居た。