第13話 ネゴシエイション#2
文字数 3,317文字
「此処に、薬物 があります。…… …巽商会 から消えた分300グラム。値段にして2000万。」
「… …… …何!?」
「其れとは別に、1000万あります。綺麗なカネです。…… …此の薬物 とカネで取引してください。」
比呉 と名乗った男は真っ黒な巾着袋を二つ取り出し、中身を見せながら淀みなく話し始めた。
「… …… ……。…… ……… …取引ちゅうのはどういうコトや。」
「…… …相馬佐吉 の身柄 の引き渡し」
「アァッ!?…… …お前、頭湧 いてンのちゃうか!?」
テツは思わず声を張り上げた。此の男は一体何を云って居るのか。少なく無いヤクと大金を差し出し、たった一匹の屑 との取引をお持ちかけると云う、凡 そ尋常とは思えない其の言葉にテツは驚愕してしまう。
「否 、俺は至って冷静っす。」
「馬鹿かッ、お前は!……そんな阿呆な提案に誰が尻尾振って食いつくねん、ボケが。」
一瞬面食らったテツが、然し其れに辛うじて抵抗するかのように云った。どう考えても罠としか思えない此の狂った提案にへこへこ乗る人間等、大阪中探しても居るだろうか。あまりにも獲物を嵌めようという魂胆があからさま過ぎる。だが、其の真意の不透明さが、より一層此の比呉と云う男の不可解さを際立たせた。
「… ……オドレ、あんま人舐め腐っとったら、本気で潰すぞ。」
テツが先にも増してドスを効かせ吠える。女子供を騙すようなチンケな手口を自身に吹っ掛けられたと云う屈辱が、テツの自尊心を少なからず刺激したのだった。顔面にバキンと云う硬質な音を響かせ尚も威圧している。だが其の姿を見ても、恐らくは二十代前半程に見えるパンクジャンキーが狼狽 えることは無かった。
「… ……現状を思い出してください。此の相馬佐吉が晦ました薬物 、此れから見つけ出すコトは不可能に等しいでしょう。其れに、どれほど拷問しようとも、此の男が口を割るとは到底思えない。………… ……そして致命的なのが、失くした薬物 、そして同じ量があります。此れを持って、
「…… …… …!… … ……」
頭の中でテツはチッと舌打ちをした。此奴、何処まで巽商会 の事情を知ってやがる。
確かに比呉の云う通り、相手先に薬物 を引き渡す期限は明日で間違いなかった。そして、だからこそ巽商会は此の一週間、血眼になってキタやミナミ、将又 阪神尼 界隈や十三に迄足を運び、パチンコ屋や風俗店等、佐吉の出没しそうなところを虱潰しで探していたのだった。其の結果は既に記してある通り、燈台下暗しという間抜けな結果に終始したワケだが。当の佐吉 は新世界で何時も通りの生活をしていたところを、やっとの思いで見つけるコトが出来たのである。テツからすれば、漸く手に入れた此の屑 を、何処の馬の骨とも分からない奇怪な連中に引き渡すつもり等毛頭無かった。
「… ……喧しい。オドレみたいな胡散臭い暗殺稼業 の連中に、折角捕まえた屑 渡して堪 るか。今直ぐ云 ねッ!」
家計に大打撃なのは間違い無いが、最悪薬物 は巽商会で用意できる。何より大切なのは、巽商会がしっかりと後始末 したコトを相手先に示すコトだった。其れこそが巽商会の面子 を維持するコトに繋がり、ひいては、此の異能都市大阪で生きて行く為に何よりも重要なコトなのであった。其の為には、此の佐吉の身柄は誰にも渡すコトは出来無いのである。
「… ……… …会社の面子 の為に相馬佐吉の身柄 は必要… …」
「…… …大阪者 のクセに、そんなコトも分からんのか。」
テツが侮蔑的に言葉を吐いた。比呉は其の言葉を聞いているが、表情から心情は図れなかった。
「…… ……… … ……」
其の時、比呉が持って居た二つの巾着袋を地面に置いた。予想外の行動にテツが身構えたが、比呉は其れには眼も呉れず、此方に背を向けて何やらごそごそと蠢き始める。
「…… … …オドレ、何してんねん…… …。……… ……!…… …」
比呉が何か大きな物体を、暗闇から引きずり出した。
「……… …なッ… ………… …」
テツは眼の前で何が行われているのか理解が出来なかった。比呉の攻撃?罠?其れにしては奴の動きが無防備過ぎる。だが、それよりも其の大きな物体が何なのかにテツの興味は集中した。
「… ……… …… ……此れで、どうです。」
自身の足元に大きな
予想外の言葉にテツは眉間に皺を寄せ、比呉の顔を凝 と見た。そして、不図我に返ったかのように首を振り、比呉の足元に在るソレに眼を向ける。其れは、人間の死体だった。
「…… …… ………!… …… …」
其の死体は、只の死体では無かった。獣人の死体。すなわち、屑 の死体だった。然も、其の姿は狼に酷似していた。厳密には少し違うような気がしたが、一見すると違いが分からない。そして、其れを見てテツは比呉の意図を理解した。
「…… …… …なンや、
なんだ此奴。まさか、佐吉の身柄 欲しさに此処迄するのか。
比呉の足元に転がる死体。此れは詰まり、佐吉の替え玉だ。此の死体を持って、佐吉の身柄と交換しろと比呉は云って居るのだった。
「…… … …狼男は大阪でも数が少ないんで、探すのにかなり苦労しました。が、大丈夫です。此の死体の身元からバレるコトはありません。使って頂いて問題無いです。」
比呉が淡々と語りながらしゃがみ込んで、テツに向かって死体の顔面を見せた。獣人化の名残のように、顔面の其処彼処に長い毛が生えては居るが、獣人化の解けた其の年恰好は、佐吉とそう変わらないような姿だった。
「…… …… …態々 、年迄、似せてからに。」
口惜し気にテツが云う。
「…… …… …そうっす。其処が苦労点でもあり、自慢できる部分でもあります。佐吉さんと称して、替え玉 を差し出しても、誰も分からんでしょう。もう少し、顔面は潰した方が良いので、テツさんの拳で何発か殴ってもらえれば。」
「… … ……ケッ… ………」
テツは死体と比呉から眼を離し、横の側溝に向かって唾を吐いた。
何なのだ、此の比呉と云う男は。何故、屑 一匹に其処までする。此の比呉の執着心は一体。テツは其の異常とも思える比呉の行動に、少しく面食らって居た。
「…… … …此れで、すべての懸念は消えたハズです。… ……どうです?相馬佐吉 の身柄 。コッチに引き渡してもらえないスかね。」
「… ……… … ……なんでや。」
「……? … ……」
「なんで、お前は其処までして、此のクソガキの身柄 が欲しいんや。」
「…… …… …… …… …」
黙り込む比呉。相馬佐吉 の身柄 には、何か其処までの価値があるのか?或いは、何か別の動機がある?テツは一寸、確かめるように比呉を見た後、二三歩後ずさりした。
「…… ……。…… ………動機が云われんってか。… ……其れは、取引するモンとして公平 では無いなァ。」
「…… … ……… …!…… …… …」
後ずさりしたテツの足元には、気を失った佐吉が転がって居た。そうして、テツがゆっくりとしゃがみ込み、今しがた比呉が行ったように、佐吉の頭を掴んだ。
「… ……… ……巽商会 は、此の糞ガキに大層煮え湯を飲まされとんや。替え玉とか、そんなンはどうでもエエ。取引なんぞ、知らん。迷惑料は、此の屑 に直接払 てもらうンが、スジやろ。裏社会に身を置く人間やったら、俺の云うてるコト分かるよなァ」
テツは不敵な笑みを浮かべながら、右拳を高々と振り上げ始めた。握られた拳に途轍もない圧が加わり、右腕の其処彼処からバキバキと鉄が弾けるような音が聞こえ始める。
「…… …… …… …… …」
比呉は以前として何も言葉を発しなかった。只、傍目からはハッキリとは分からないものの、明らかに先ほどとは雰囲気が違う。よく見ると、眉間に鋭い稲妻が幾つも走っているのをテツは見逃さなかった。
「……… …… ………そんな何処者 か分からんような死体を嬲 るより、此のクソガキの顔面殴る方が、幾分もスッキリするわなァ!」
テツはそう云うと、鉄球の塊のような拳を力の限り振り下ろした。
「… …… …何!?」
「其れとは別に、1000万あります。綺麗なカネです。…… …此の
「… …… ……。…… ……… …取引ちゅうのはどういうコトや。」
「…… …
「アァッ!?…… …お前、頭
テツは思わず声を張り上げた。此の男は一体何を云って居るのか。少なく無いヤクと大金を差し出し、たった一匹の
「
「馬鹿かッ、お前は!……そんな阿呆な提案に誰が尻尾振って食いつくねん、ボケが。」
一瞬面食らったテツが、然し其れに辛うじて抵抗するかのように云った。どう考えても罠としか思えない此の狂った提案にへこへこ乗る人間等、大阪中探しても居るだろうか。あまりにも獲物を嵌めようという魂胆があからさま過ぎる。だが、其の真意の不透明さが、より一層此の比呉と云う男の不可解さを際立たせた。
「… ……オドレ、あんま人舐め腐っとったら、本気で潰すぞ。」
テツが先にも増してドスを効かせ吠える。女子供を騙すようなチンケな手口を自身に吹っ掛けられたと云う屈辱が、テツの自尊心を少なからず刺激したのだった。顔面にバキンと云う硬質な音を響かせ尚も威圧している。だが其の姿を見ても、恐らくは二十代前半程に見えるパンクジャンキーが
「… ……現状を思い出してください。此の相馬佐吉が晦ました
もう時間は殆ど無い
。…… …然し、此処には今、明日の深夜零時
、相手先と話をつければ良い。」「…… …… …!… … ……」
頭の中でテツはチッと舌打ちをした。此奴、何処まで
確かに比呉の云う通り、相手先に
「… ……喧しい。オドレみたいな胡散臭い
家計に大打撃なのは間違い無いが、最悪
「… ……… …会社の
「…… …
テツが侮蔑的に言葉を吐いた。比呉は其の言葉を聞いているが、表情から心情は図れなかった。
「…… ……… … ……」
其の時、比呉が持って居た二つの巾着袋を地面に置いた。予想外の行動にテツが身構えたが、比呉は其れには眼も呉れず、此方に背を向けて何やらごそごそと蠢き始める。
「…… … …オドレ、何してんねん…… …。……… ……!…… …」
比呉が何か大きな物体を、暗闇から引きずり出した。
「……… …なッ… ………… …」
テツは眼の前で何が行われているのか理解が出来なかった。比呉の攻撃?罠?其れにしては奴の動きが無防備過ぎる。だが、それよりも其の大きな物体が何なのかにテツの興味は集中した。
「… ……… …… ……此れで、どうです。」
自身の足元に大きな
ソレ
を横たわらせ
ながら、比呉がテツに向かって云った。予想外の言葉にテツは眉間に皺を寄せ、比呉の顔を
「…… …… ………!… …… …」
其の死体は、只の死体では無かった。獣人の死体。すなわち、
「…… …… …なンや、
コレ
は。」なんだ此奴。まさか、佐吉の
比呉の足元に転がる死体。此れは詰まり、佐吉の替え玉だ。此の死体を持って、佐吉の身柄と交換しろと比呉は云って居るのだった。
「…… … …狼男は大阪でも数が少ないんで、探すのにかなり苦労しました。が、大丈夫です。此の死体の身元からバレるコトはありません。使って頂いて問題無いです。」
比呉が淡々と語りながらしゃがみ込んで、テツに向かって死体の顔面を見せた。獣人化の名残のように、顔面の其処彼処に長い毛が生えては居るが、獣人化の解けた其の年恰好は、佐吉とそう変わらないような姿だった。
「…… …… …
口惜し気にテツが云う。
「…… …… …そうっす。其処が苦労点でもあり、自慢できる部分でもあります。佐吉さんと称して、
「… … ……ケッ… ………」
テツは死体と比呉から眼を離し、横の側溝に向かって唾を吐いた。
何なのだ、此の比呉と云う男は。何故、
「…… … …此れで、すべての懸念は消えたハズです。… ……どうです?
「… ……… … ……なんでや。」
「……? … ……」
「なんで、お前は其処までして、此のクソガキの
「…… …… …… …… …」
黙り込む比呉。
「…… ……。…… ………動機が云われんってか。… ……其れは、取引するモンとして
「…… … ……… …!…… …… …」
後ずさりしたテツの足元には、気を失った佐吉が転がって居た。そうして、テツがゆっくりとしゃがみ込み、今しがた比呉が行ったように、佐吉の頭を掴んだ。
「… ……… ……
テツは不敵な笑みを浮かべながら、右拳を高々と振り上げ始めた。握られた拳に途轍もない圧が加わり、右腕の其処彼処からバキバキと鉄が弾けるような音が聞こえ始める。
「…… …… …… …… …」
比呉は以前として何も言葉を発しなかった。只、傍目からはハッキリとは分からないものの、明らかに先ほどとは雰囲気が違う。よく見ると、眉間に鋭い稲妻が幾つも走っているのをテツは見逃さなかった。
「……… …… ………そんな
テツはそう云うと、鉄球の塊のような拳を力の限り振り下ろした。