第12話 ネゴシエイション#1

文字数 3,659文字

「……高田(タカダ)。お前は伸びたらアカンねや。其のデカイ図体運ぶコッチの身にもなってくれよな。… …ほんで、佐吉(サキチ)身柄(ガラ)は引き渡すから、一旦事務所に連れて帰るとして。… …… …磔三(タクゾウ)。此奴、どないしたろ。」
 磔三と巽商会の関係はヒスに任せたから、其れで良い。だが、肝心の磔三の身柄(ガラ)。此奴は事務所に連れて帰るワケにも、処理する(殺す)ワケにも不可(いか)ない。あくまで巽商会は無関係でなければならないのだ。
「… …… …マァ、此処に捨て置いてもええか… ……」
 ガタイの良い社員高田と佐吉のみ事務所に連れ帰るコトにする。だが運ぶのに一人では骨が折れる。テツはスーツの汚れを無造作に払いながら、巽に援護を求めようと再び携帯電話の履歴に手を掛けようとした、其の時。
「…… …こんばんわ。」
 背後から唐突に聞こえた声。
 周辺に意識を張っていたにも関わらず、マッタク気配を感じさせなかった其の声に、テツはぞっとして、瞬間的に振り向いた。
 最初は路地のビル壁に隠れていた影が、ゆっくりと手前に出てくるに従って、其の姿を現した。其処には、佐吉とそう変わらない程の年恰好をした男が立っていた。短髪に刈り上げた髪と黒Tシャツに黒のスキニージンズ、片方の二の腕から肘下にかけては、蛇のような刺青(タトゥ)が刻まれている。一見するとパンクジャンキーのような出で立ちだ。
「…… ……。…… ……なんや、ワレ」
 テツが鋭い視線で威圧(ドス)()かせる。一体此の男は何者だ。何時から此処に居る。此奴は全てを見ていたのか。だとしたら此奴が節操無く其処らに吹聴する前に、速やかに殺す(ケス)必要がある。そう考えてテツが改めて全身に力を込めると、再び鋼鉄の肌が細胞レベルで結束強化を始めた。身体中の其処彼処からバキバキと鉄の(ひし)めく音が飛びかう。
 一見だらしなく立っている男は眼の周りが薄黒く、栄養失調か寝不足かというような病的な顔をしていた。だが其の実、立ち振る舞いは鋭さを忘れておらず、抜け目がない。薄く微笑している其の顔には、一種余裕のようなモノも感じられた。そして、其の口が静かに開かれ言葉を紡ぎ始める。
「…… ……。…… … … ……突然すんません。俺、比呉康(ヒグレヤスシ)云います。」
「…… … ……。…… … …… ……」
「単刀直入に云わせてもらいますが、今の戦闘(イザコザ)、全部見てました。」
 狂った見た目に反してちゃんと会話ができる奴、とテツは思う。が。
「…… … … ……。… …… …… …ほうか。…… … …見てもうたんやったら、ワレ、只では済まんのは、分かってンねやろな。」
 テツが両掌を合わせて指を組み、交互に関節を鳴らしながら低い声で云った。テツの中では既に、此の比呉(ヒグレ)とか云う得体の知れない男を再起不能にする算段を始めていた。其の後は此の男の所属を確認次第、問題なければ南港の(スミ)に沈める。西成周辺には此の男のよう有象無象の連中が山ほど居る為、ヘタに()ってしまうと他所と面倒事(トラブル)になるコトも多い。何処の者(ドコモン)か確認する作業は必須だった。
 テツとしてはさっさと佐吉を連れ帰りたいのにも関わらず、次から次へと邪魔が入る。妖怪婆が消えたかと思えば、次は得体の知れないパンクジャンキーだ。周辺の眼もある。此れ以上目撃者を増やすワケには不可(イカ)ない。テツは少しく焦っていたし、同時に苛立っていた。
「…… … ……一寸(ちょっと)眠ってもらおか、ニイチャン」
 小さな音を立ててテツの顔面に鋼鉄化による幾つもの亀裂が入り、瞳孔が開いていく。異能化の影響で脳内麻薬(アドレナリン)が過剰放出されているのだった。こめかみの血管が細かく波打つ。比呉(ヒグレ)に向かって歩き出したテツの圧力は、尋常の者であれば失禁してしまってもおかしくない迫力があった。其の姿を正面に見据えた比呉も少なからず動揺を示す。
「……チョッ!… ……一寸(ちょっと)、待ってください、テツさん!」
 テツの方に懇願するように右手を伸ばしながら、比呉が云った。だが、テツの足は全く止まる様子は無い。
「… …… ……なんや。今更怖気づいたンかい。… …… ……遅いわッ」
 緩急を入れるように其処から唐突に腰を低くして、テツは地面を蹴った。鋭い速度で、テツが比呉の正面に滑り込む。此の

はテツの得意とする攻めだった。此の態勢から両足に力を込め、一気に右拳を比呉の顎下から捻じ込んでやろう。そう考えつつ、テツは瞬間的に比呉の表情を見た。
 だが、奇妙なコトに突如眼下(がんか)に現れたテツに対して比呉は表情を崩さなかった。のみならず、冷たい見透かすような眼でテツを見返している。テツが一瞬、疑念を抱いた瞬間、テツの視線を覆うように、眼の前に比呉の右掌(みぎてのひら)が伸びた。今しがた気が付いたが、其の手には黒の皮手袋が装着されていた。
「…… …なんの真似じゃッッツ!!」
 テツは其の比呉の手を振り払うように、鋼鉄の右腕をアッパー気味に振り上げた。空気を切り裂き物凄い風切り音を響かせ、比呉の顔面目掛けて殴りかかる。地を踏みしめた両足の力と、全身の躍動、そして完璧なタイミング。比呉の首は間違いなく吹き飛ぶだろう。
「…… … …… … ………」
 そう考えた刹那、テツの右拳が空を切った。渾身の力で放たれた全身を使ったアッパーは、無残にも不発に終わった。暗闇の中でテツは一人で飛び上がり、そして予想外の空振りに対応しきれず、バランスを崩して地面に倒れ込み、シコタマ尻を打ち付けた。
「… …痛てェッツ!!!」
 鋼鉄化による自重の増加も手伝い、其の衝撃が尻と腰に響き渡る。如何に異能化しているとは云え、痛みは人間のトキと同様に身体中の神経を駆け巡った。
 腰を庇いながら、直ぐに立ち上がりテツは辺りを見渡す。
「… …… …… …… …なんでや。…… …完璧なタイミングやったやろうがッ」
 額に薄い汗をにじませながら、テツは独り言ちた。今のジャストの拳を避けられるなんて、初めての経験だった。
「…… …… …… …… ……」
 半ばパニックと苛立ちに支配された頭で、テツは四方を何度も見渡す。だが、何処にも比呉の姿が見当たらない。何故だ、と考えたところで後ろから声が聞こえた。
「… …… … …無駄です。暗闇の中で俺に触れるコトは、不可能ですよ。」
 テツがヒステリックに顔を向けると、其処には先ほどと変わらない姿で、三(メートル)向こうに比呉が立っていた。
「…… ……なんやワレ… …」
 威嚇するテツの声色が、微かに力なく響いた。其れ程に、今の現象を理解出来ないコトがテツの心を動揺に晒していたのだった。比呉の持つ異能は一体どういうモノなのか。此れ迄経験したコトが無いようなモノであるコトは確かだった。だが、比呉の方からは相変わらず戦意と云うモノが感じられない。
「… ……。…… ……ともあれ、俺はテツさんと争うつもりはありません。」
 比呉の口から思いがけない言葉が紡がれる。
「…… …… …あ?」
 比呉は右手の皮手袋の口を掴み、手の形にぴったりと合わせるように強く引き寄せた。其の姿を見たトキ、テツは唐突にあるウワサをを思い出す。
「… …… ……暗闇に潜む異能… …… …… …暗殺者(アサシン)… …」
 其れは、何時だったか忘れたが、少し前に巽から聞いた話があったのだ。だが、其れは新世界の串カツ屋で浴びるように酒を飲みながら聞いたトキの話であり、詰まらない与太話でしかなかったのだが。詰まり、此処最近、何処の組の者か分からないが、珍しい異能を持つ暗殺者(アサシン)を雇ったというウワサだった。巽に何度聞いても、其れが何処の組のコトか不明であり、異能の内容もハッキリと分からない。だから、テツもマトモに聞くコトもなかったのだった。
「…… …… … …… ……」
 巽の話の中で分かったコトは、『暗闇に潜む異能』と云うコトだけ。そんな現実味の無い与太話が何故此処に来て想起せられたのかと云えば、比呉の其の皮手袋に触れる仕草が、完璧に型に嵌っていたからであり、余りにも馴染んでいたからだった。其れは、静かに殺すというコトに特化した、性能(ステータス)の全てを暗殺に矯正した身体のようにも見えた。
 一人呟いたテツの言葉に、比呉がほんの少しだけ眉を上げた。
「…… …へぇ。… …… …俺のコト、知ってるンすか。流石、『巽商会のテツ』ですね。光栄っス。」
「… … …… ……」
「…… …マァ、俺も一応、そういう仕事してるンで、能力の詳細については、企業秘密です。」
「……… … … …」
「せやけど、さっきも云った通り、俺はテツさんと()り合うつもりはありません。其れに断っときますが、此れは俺の所属とはマッタク無関係の行動です」
「…… … …… …何ィ?」
 テツが訝し気に眉間に稲妻を走らせる。
「…… …… …此の俺の行動は、至って個人的な動機なんです。なので、安心して下さい。此の取引は、他の誰も知っとるモンは居ません。」
「……… …… … ……待て。…… … ……は?… …… …… …待て待て待て。取引やと?」
「… …… …はい。取引です。」
 そう云いながら、比呉はテツに向かってゆっくりと深く頷いた。
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登場人物紹介

■氏名:相馬佐吉(そうま さきち)

■年齢:19歳

■異能:人狼

■性格:短気

■其他:満月を見て変身する。満月っぽいモノでも可。

■氏名:崖ヶ原 磔三(がけがはら たくぞう)

■年齢:22歳

■異能:毒血

■性格:冷静沈着

■其他:知人にカスタムされた通称『銃もどき』に血液を装填して銃撃する。

■氏名:浅田 百舌鳥(あさだ もず)

■年齢:31歳

■異能:外被鋼鉄化

■性格:マイペース

■其他:あだ名は鋼鉄(テツ)

■氏名:浅川 ヒス(あさかわ ひす)

■年齢:?

■異能:不老長寿

■性格:狡猾

■其他:苗字と顔がよく変わる。

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