第21話 佐吉、ウォークススルー、尼ヶ崎#3
文字数 3,120文字
「……ッ!!… …」
佐吉 の眼に映る勇樹の挙動は、全てがスローモーションであった。宙を泳ぐ勇樹 の指先の一つ一つの動きさえも、捉えられるほどの。勇樹の頭髪が、ゆっくりと風に晒され、緩やかに靡 いている。佐吉は反射的に手を伸ばし、力の限り叫んだ。
「……勇樹ッツ!!!!」
何時の間にか、周辺一帯が真っ白な光に包まれていた。佐吉自身は依然として点検用通路 に立って居り、眼の前には勇樹の姿が中空に浮かんでいる。佐吉はもう一度、力の限り叫ぶ。
「…… ……勇樹ッ!!…… …おい!… …俺の、俺の腕に掴まれッ!… ……勇樹ッツ!!」
其の佐吉の声が届いたのか、中空に浮かんだ勇樹の顔が、少しずつ佐吉の方を振り向いた。
「………… …なッ…… …… ……」
振り向いた顔は、勇樹のモノでは無かった。只、其の顔を佐吉はよく知っていた。黒髪を肩迄伸ばした幼い顔。大きな瞳に、人懐っこそうな鼻筋。其れは佐吉の妹、響 であった。
響が、苦しそうに佐吉に向かって語り掛けてくる。
「………… ……お兄ちゃん」
「… ……響ッツ!!… …… …お前、なんで… ……」
「…… …… …お兄ちゃん。… ………ウチ、もっと、生きたかった… …… …」
「……ッツ!……… …… …」
佐吉の胸がどくんと大きな音を立てた。息が徐々に浅くなり、胸が締め付けられるように軋 み始める。佐吉は右手で胸を抑え呼吸を整えようとするが、そう意識すればする程、肺は不規則なリズムを刻み、心臓は早鐘を打っていた。
「…… … …………ハァッ、ハァッ、ハァ… …… ………響… …… …… …」
「…… …… …… …… ……」
「…… … ………響… …… ……すまん。… ……… …俺が……… …… …俺がもっと早 う、お前の所に辿り着けていたら…… ……。… ……… ……否 、俺が、もっと早う………… ……… ………こんな事件 になるもっと前に、灰谷正貴 を
佐吉が其の場に跪 き、悲愴な表情で声を上げた。何時の間にか獣人化が解けている。両目には涙が溢れ、必死で響に訴えかけて居た。
眼の前の響は、此方を向いて中空に立って居た。其の顔は無表情ではあるが、何処かもの悲しさを漂わせて居る。
「… …… … ………ごめん。…… …… ……ごめんな、響…… ……… ……」
「…… ……… …… ……うん。そうやね。……… … ……お兄ちゃんは、正貴 ちゃんを助けたかったんやもんね。」
「……… ………… ……… ……… …」
「…… ……… …………… …」
「……… …… …… … …せやけど、結局… … ……… …正貴 も助けられへんかった… ……」
「…… …… …… …… … …」
佐吉が大粒の涙を流しながら、両手に眼を落す。
「…… … …… …… …全部… …… ……… …… …… ……全部、俺が大事にしてたモンが、手ェから、零れ落ちていく… …… …… …… ……俺がなんぼ拾い上げようとしても…… …… …… …必死で手ェ伸ばしても… ……… … ……願っても、あかんかった…… …… ………大事なモンが皆… …… ……俺から遠ざかって行ってしまうんや」
佐吉は両手を強く握り、其の手を顔に押し付けた。流れた涙が掌 を伝 い、手首から零れ落ちて錆びた点検用通路 の床で弾ける。
「… …… … ………。… …… …… ………顔を上げて、お兄ちゃん… ……」
無音の中で、響の声だけが聞こえた。唐突な其の声に、佐吉が響の顔を見る。
「……… …… ……… …… …… …」
「… … ……… ……仕方が無いよ。皆、必死で頑張ったんやから。… ……誰も、不幸になろうなんて、思って無かった。…… … …… ……必死で頑張って、頑張って其れでダメなら、もう、仕方無いやん。……… … ……そやから、そんなに泣かんとって、お兄ちゃん… ……」
「…… …………… …… …響…… …… …」
「…… … ……其れに、まだお兄ちゃんの手には、大事なモンがいっぱい残ってるハズやで。…… … … ……其の大事なモンを、此れからは守ってあげて。」
「…… ……… …… …… ……… ……」
「…… …… …… …そやから、まだ、間に合うハズ。…… …… ……出来るよ、きっと。…… ………お兄ちゃんなら。」
そう云いながら、響は笑った。其の姿は直ぐに真っ白い光の中へ消えて行ったが、佐吉は間違い無く、響の元気だったあの頃の、何時も見せて呉れたあの笑顔を見た。
「……… …響ッツ!!」
手を伸ばした其処は先ほどと何も変わりは無い、アーケードの上だった。眼の前には、今まさに降下を始めようとする勇樹の姿があった。
「…………… …… …」
瞬間的に足を折りたたみ、点検用通路 で獣人の身体が小さくなる。右手を手すりに掛け、左の掌 は床につけた。
「…がう」
爆発、と云う表現が相応しいほどに、佐吉の身体が点検用通路 から弾け飛んだ。
獣人の脚力は、狼の其れと同様に、身のこなしは山猫の其れと同様に、佐吉はアーケードに隣接するビルの外壁を全力で蹴り、更に推進力をつけた。
「………… …グウゥゥ… ………………」
其れでも落下の速度は一層激しく、既に勇樹が頭からアスファルトの地面に到達しようとしていた。
「……グゥオオオオオオオオオオ」
佐吉が必死で勇樹の身体に向かって手を伸ばす。
瞬間、どおんと云う物凄い音が辺りに鳴り響いた。周辺を歩いていた人々が皆、其のあまりの轟音に度肝を抜かれ、耳を塞いで其の場にしゃがみ込んだ。まるで大砲が着弾したかのような恐ろしい音であった。誰しもが、ついに戦争でも始まったのかと錯覚した程であった。
「な、な、な、なんやなんや!メリケンの襲来か!其れともモロコシの阿呆共が、はるまげどんでも、おっ始 めたンかァ!?」
年中ランニングを着ている近所の老人が、ここぞとばかりに血気して声を上げた。其の老人の視線の先には、砂埃がモンモンと立ち昇る箇所があった。ビルの外壁が、途轍も無い衝撃で歪 にヘコんでいる。其処に蹲 って居る一匹の獣人。そして其の獣人の胸元には、しっかりと抱きかかえられる勇樹の姿があった。
「…… ……… …おいッ!… ……勇樹ッツ!… …… ……生きとるか!?…… …おいッツ!」
全身から体毛が抜け落ち、獣人化が解かれつつある佐吉が声を上げた。佐吉の腕の中に居る勇樹は、眼を瞑った儘動く気配が無い。気を失って居るのだろうか。其れとも、何処か身体を痛めたのか。死、と云う言葉が一瞬、思い浮かぶ。佐吉が勇樹の身体に触れ、怪我が無いか確認しようとしたところで、勇樹の眼が薄く開いた。
「……… … …… …う、うぅん…… …… ……」
「…… …… …勇樹ッ。… ……おい、どっか、痛いとこ無いか!?」
佐吉の声に気が付き、勇樹が佐吉の顔を見上げて呟く。
「………… …… … … …… …おれ、生きてるん?」
「…… ……… …ああ。… …… … ……… … ……生きてる。」
「…… …… ……そっか。……… …… … ……おれ、兄ちゃん、助けられへんかった」
勇樹の其の言葉を聞いた瞬間、佐吉の胸が割れそうに痛む。
「… ……… …… …… …ッツ」
佐吉が勇樹の身体を強く引き寄せ、胸の中に抱いた。思いの外力が入った所為で、勇樹が鬱陶 しそうに口を開く。
「…………う… …… …うぅ。… ………… …佐吉、苦しい… …… ……」
「…… …………。………… … ……バカヤロウ… …… … …… …」
「……勇樹ッツ!!!!」
何時の間にか、周辺一帯が真っ白な光に包まれていた。佐吉自身は依然として
「…… ……勇樹ッ!!…… …おい!… …俺の、俺の腕に掴まれッ!… ……勇樹ッツ!!」
其の佐吉の声が届いたのか、中空に浮かんだ勇樹の顔が、少しずつ佐吉の方を振り向いた。
「………… …なッ…… …… ……」
振り向いた顔は、勇樹のモノでは無かった。只、其の顔を佐吉はよく知っていた。黒髪を肩迄伸ばした幼い顔。大きな瞳に、人懐っこそうな鼻筋。其れは佐吉の妹、
響が、苦しそうに佐吉に向かって語り掛けてくる。
「………… ……お兄ちゃん」
「… ……響ッツ!!… …… …お前、なんで… ……」
「…… …… …お兄ちゃん。… ………ウチ、もっと、生きたかった… …… …」
「……ッツ!……… …… …」
佐吉の胸がどくんと大きな音を立てた。息が徐々に浅くなり、胸が締め付けられるように
「…… … …………ハァッ、ハァッ、ハァ… …… ………響… …… …… …」
「…… …… …… …… ……」
「…… … ………響… …… ……すまん。… ……… …俺が……… …… …俺がもっと
どうにか出来とったら
… …… …… …すまん。…… …………ほんまにすまん… ………ごめん。… ……ごめんよ、響… …… … ………」佐吉が其の場に
眼の前の響は、此方を向いて中空に立って居た。其の顔は無表情ではあるが、何処かもの悲しさを漂わせて居る。
「… …… … ………ごめん。…… …… ……ごめんな、響…… ……… ……」
「…… ……… …… ……うん。そうやね。……… … ……お兄ちゃんは、
「……… ………… ……… ……… …」
「…… ……… …………… …」
「……… …… …… … …せやけど、結局… … ……… …
「…… …… …… …… … …」
佐吉が大粒の涙を流しながら、両手に眼を落す。
「…… … …… …… …全部… …… ……… …… …… ……全部、俺が大事にしてたモンが、手ェから、零れ落ちていく… …… …… …… ……俺がなんぼ拾い上げようとしても…… …… …… …必死で手ェ伸ばしても… ……… … ……願っても、あかんかった…… …… ………大事なモンが皆… …… ……俺から遠ざかって行ってしまうんや」
佐吉は両手を強く握り、其の手を顔に押し付けた。流れた涙が
「… …… … ………。… …… …… ………顔を上げて、お兄ちゃん… ……」
無音の中で、響の声だけが聞こえた。唐突な其の声に、佐吉が響の顔を見る。
「……… …… ……… …… …… …」
「… … ……… ……仕方が無いよ。皆、必死で頑張ったんやから。… ……誰も、不幸になろうなんて、思って無かった。…… … …… ……必死で頑張って、頑張って其れでダメなら、もう、仕方無いやん。……… … ……そやから、そんなに泣かんとって、お兄ちゃん… ……」
「…… …………… …… …響…… …… …」
「…… … ……其れに、まだお兄ちゃんの手には、大事なモンがいっぱい残ってるハズやで。…… … … ……其の大事なモンを、此れからは守ってあげて。」
「…… ……… …… …… ……… ……」
「…… …… …… …そやから、まだ、間に合うハズ。…… …… ……出来るよ、きっと。…… ………お兄ちゃんなら。」
そう云いながら、響は笑った。其の姿は直ぐに真っ白い光の中へ消えて行ったが、佐吉は間違い無く、響の元気だったあの頃の、何時も見せて呉れたあの笑顔を見た。
「……… …響ッツ!!」
手を伸ばした其処は先ほどと何も変わりは無い、アーケードの上だった。眼の前には、今まさに降下を始めようとする勇樹の姿があった。
「…………… …… …」
瞬間的に足を折りたたみ、
「…がう」
爆発、と云う表現が相応しいほどに、佐吉の身体が
獣人の脚力は、狼の其れと同様に、身のこなしは山猫の其れと同様に、佐吉はアーケードに隣接するビルの外壁を全力で蹴り、更に推進力をつけた。
「………… …グウゥゥ… ………………」
其れでも落下の速度は一層激しく、既に勇樹が頭からアスファルトの地面に到達しようとしていた。
「……グゥオオオオオオオオオオ」
佐吉が必死で勇樹の身体に向かって手を伸ばす。
瞬間、どおんと云う物凄い音が辺りに鳴り響いた。周辺を歩いていた人々が皆、其のあまりの轟音に度肝を抜かれ、耳を塞いで其の場にしゃがみ込んだ。まるで大砲が着弾したかのような恐ろしい音であった。誰しもが、ついに戦争でも始まったのかと錯覚した程であった。
「な、な、な、なんやなんや!メリケンの襲来か!其れともモロコシの阿呆共が、はるまげどんでも、おっ
年中ランニングを着ている近所の老人が、ここぞとばかりに血気して声を上げた。其の老人の視線の先には、砂埃がモンモンと立ち昇る箇所があった。ビルの外壁が、途轍も無い衝撃で
「…… ……… …おいッ!… ……勇樹ッツ!… …… ……生きとるか!?…… …おいッツ!」
全身から体毛が抜け落ち、獣人化が解かれつつある佐吉が声を上げた。佐吉の腕の中に居る勇樹は、眼を瞑った儘動く気配が無い。気を失って居るのだろうか。其れとも、何処か身体を痛めたのか。死、と云う言葉が一瞬、思い浮かぶ。佐吉が勇樹の身体に触れ、怪我が無いか確認しようとしたところで、勇樹の眼が薄く開いた。
「……… … …… …う、うぅん…… …… ……」
「…… …… …勇樹ッ。… ……おい、どっか、痛いとこ無いか!?」
佐吉の声に気が付き、勇樹が佐吉の顔を見上げて呟く。
「………… …… … … …… …おれ、生きてるん?」
「…… ……… …ああ。… …… … ……… … ……生きてる。」
「…… …… ……そっか。……… …… … ……おれ、兄ちゃん、助けられへんかった」
勇樹の其の言葉を聞いた瞬間、佐吉の胸が割れそうに痛む。
「… ……… …… …… …ッツ」
佐吉が勇樹の身体を強く引き寄せ、胸の中に抱いた。思いの外力が入った所為で、勇樹が
「…………う… …… …うぅ。… ………… …佐吉、苦しい… …… ……」
「…… …………。………… … ……バカヤロウ… …… … …… …」