第22話 佐吉、ウォークススルー、尼ヶ崎#4
文字数 3,534文字
「…… …… ……… …うぅー、息ができひん… ……」
佐吉 は勇樹 の両肩に手を当て、ゆっくりと胸元から勇樹を離した。
「…… ……… … ……。… …… …… ……ほんまに、怪我してへんねんな?」
佐吉が真っすぐに凝 っと自分を見るので、勇樹は無表情で身体の彼方此方 をぺたぺたと触れ確認してみる。
「…… … …何処も痛いトコあらへん。」
屈 んだ佐吉の太腿の上に座る勇樹がそう答えると、また佐吉は勇樹の表情を穴の空くほど凝視した。勇樹が嘘を云って居ないかの確認である。だが勇樹の申告に虚偽が無さそうだと分かると、佐吉は鼻から思い切り息を吸い込み、大きな溜息をついた。
「…… …… ………ハァー… ……。…… ……… …… …お前なァ…… … …………あんなトコから落ちたら、死ぬに決まっとうやろが。… ………… ……あんまり、阿呆なコトすなよ… …… … …………」
「………… …… … ……だって、おれ、死のう思うててんもん。」
「…… …… ……なんでそうなんねん。」
「だって、佐吉が兄ちゃんを殺すゆうから。」
「… …… ………誰が、殺すなんかゆうてん。ちょっと、痛めつけたるだけやろうが。」
「… ………そんなん一緒や。おれの兄ちゃんはな、そんなに喧嘩強ないからな。佐吉みたいなバケモンにシバかれたら、其れこそ一巻の終わりや」
「否 、だからって、なんでお前が死ぬコトになんねん。」
「身代わりやからや。兄ちゃんの。」
勇樹は兄、渡 の身代わりとなって死ぬコトに、何の疑問も抱いて無いようであった。佐吉は眉間に皺 を寄せ困惑の表情。果たして小学五年生の子供に世間の道理が通じるモノかと、半ば諦め気味になりながらも諭 してみる。
「… ……あのな、勇樹。仮にや。お前がアーケードから飛び降りて死んだとせェや。」
「うん」
「せやけど、俺がそんなん何とも思わへん人間で、お前が死んだコトも放っておいて、さっさと渡を殺しに行ったら、どないすんねん。」
「…………… … ………あ。」
「ええか、勇樹。お前が今やったコトはな、犬死 ゆうねん。犬死。無駄死 ちゅうやっちゃ。分かるか?」
「…… … ……分かる。」
「お前がやったコトはそういうコトなんや。お前が勝手に飛び降りて死んでも、誰の役にも立たへんし、渡の為にもなってへんのや。」
「…… …… …… …… …」
「……… … …… …確かに、生きとったら、自分の命を賭けなあかんトキちゅうのは、ある。せやけど、其れは、自分が戦うコトが前提なんや。……もし命を賭けるんやったら、自分が決死の覚悟で相手と戦わな、イミが無い。」
「…… ……… … ……」
「今お前がやったコトは、只の自殺と一緒や。そんなモン、道理の分からん奴等には通用せェへんで。僕が死ぬから兄ちゃん助けて下さい、なんて話の通じる奴なんか、そんなお人好し、大阪には居 らんと思とけ。」
佐吉が勇樹に人差し指を立てながらこんこんと語る。だが、当の勇樹本人は佐吉の話を聞くと、チャラケたように口を開いた。
「…… …… …ほな、佐吉は道理が分かる奴、ちゅうコトやな。だって、おれのコト助けてくれたし。… …… … … ……ついでに兄ちゃんしばくのもやめてくれたら、ええのになァ… ……」
そう云いつつ、勇樹が佐吉の太腿から飛び降りてアスファルトの上に立った。
「…… … …は?… …イ、否 、其れとこれとは話がちゃう… …」
「なんでや!やめてくれや!おれの自殺に免じて、許してくれッツ」
「… ……………… ……」
と云いつつも実のところ佐吉はもう、渡を痛めつける意欲は失せていた。小さな小学生が見せた、正 しく決死とも云える命懸けの覚悟。佐吉は其の覚悟を目の当たりにして、心の底から動揺したのだった。
勇樹の見せた覚悟は、佐吉の心の深淵に此れでもかと真正面から問い掛けてくる。佐吉、お前は大事なモノの為に其の命を賭ける覚悟はあるのか?過去に起こった全ての悲劇は抉 った。
だがそんなトキ突如として現れた響 は、佐吉に一筋の光明を齎 したのだった。
『まだお兄ちゃんの手には、大事なモンがいっぱい残ってるハズやで。…… …其の大事なモンを、此れからは守ってあげて。』
其れはもしかすると、佐吉が都合良く作り出した響の幻影だったのかも知れない。実際の響は、そんな言葉等、云って無かったのかも知れない。然し、例えそうであったとしても、先ほどアーケードの上で佐吉の前に現れた響の言葉は、長らく凍りついて居た佐吉の心を解凍するには十分過ぎるのだった。
「…… …… … … ……俺の此の手に残った大事なモノ… ………………」
佐吉は響の言葉を反芻する。そして掌 を見つめた儘、佐吉はおもむろに立ち上がる。
「…… …… ……?…… …… …… …佐吉?… ……… …… …」
其の姿を見上げ、勇樹がぽつりと呟いた。
「…… …………………」
「… …………… ……佐吉、大丈夫?… ……… ……なァ。佐吉ってば… …… ……なんか、お前、様子おかしいで?… ……」
立ち上がった佐吉は其のトキ、なんだか頭の中がぐにゃりとかき混ぜられる感覚になった。不図正面を見ると空には地面があって、アスファルトには雲が浮かんで居り、まるで天地が真逆に見える。傍から其の様子を見ていた勇樹は、立ち上がった後奇妙に身体を揺らす佐吉の異変に気付いたのである。
「………………え。……… ……あれ?… …別に… …何も……あら、へん… …………」
「………… ……… ……… …… …佐吉ッ!……」
勇樹が両目をまん丸くして、小さく声を上げた。佐吉の身体がゆっくりと真後ろに傾いてゆき、其の儘アスファルトの上に仰向けにぶっ倒れた。直ぐに勇樹が佐吉の下へと近づいてゆき、顔を覗き込む。指一本動かさない佐吉は、既に気を失って居た。
「………… …おい、佐吉ッ!……… … …なァ!佐吉ってば!…… …佐吉ィ!」
勇樹が佐吉の身体を揺すりながら声を掛ける。が、佐吉は其れに対して全くの無反応だった。無理も無い。如何に獣人の異能持ちであろうとも、勇樹を救出しつつ、高所から途轍も無い勢いで、ビルの外壁がヘコむ程の衝撃で突っ込んだのである。頑強な人狼の肉体を持ってしても、其のダメージは計り知れなかった。
小学生が道路脇で佐吉の名を必死で呼んでいると、やがてチラホラと其処等に居た野次馬が集まって来た。とは云っても、既に周知の通り此の付近も西成と同様、ヘタに他人に関われば自身に危険が及ぶコト必至な土地柄である。そんな場所での野次馬であるから、其の人種のお里は容易に伺い知れるのだった。詰まり、極度に危険予知が欠落した愚かな連中である。
まず一人目は、先ほどメリケンやモロコシ等と気が狂ったように叫んで居た老人。二人目は意識があるのか無いのか分からないような、終始朦朧とした表情の背の高い木偶 の棒のような若い男。そして三人目は、買い物帰りの知りたがり、関わりたがりの野次馬根性丸出し主婦。以上の三名だった。彼等が勇樹の叫び声にわらわらと引き寄せられるように近づき、其々が思い思いの言葉で事態の緊急性を語り始めたのである。
「…… …… …おい、あんちゃん!おい、大丈夫か!…… ……… …………おい!もう死んどるんか?…… ………あぁ。… …… ………………こりゃ、もう駄目かも分からんなァ。…… … ……恐らく、わしの見立てやと、もう此れは死んでもうてるのかも知らんなァ。」
「…… … …ちょっと、おっちゃん。そないに、身体揺らしたらアカンのとちゃうのん?やめときて。… …こういうトキは、遺体はそっとしておいて、さっさと救急車呼ばなアカンのやないの?…… …ねェ、ちょっと、そっちの若いお兄ちゃん。ぼーっと立っとらんと、あんた、救急車。ほれ。ちょっと、電話で救急車、呼んで呉れへん?」
「……… … …… …………※~〇〇※~~ ……… ………… … ……… ……」
「… ………………………なんやの、此の男。わたしの声、聞こえへん見たいに無視し腐りやがって。… ……もしかしたら、此奴、薬物中毒者 かも分からんね?… ………こら、もし。わたしの云うてるコト聞こえてまっか?…… ……き、う、き、う、しゃ!…… … …ちょっと。聞こえてへんのかね、これ。救急車呼んで呉れ、ちゅうてますねんケド。…… ……難儀な。…… …ちょっ。腹の立つ。まだ、無視してけつかるねん。… …… …… ……ちょっと、さっき買 うた此のネギで、しばいたろうかしら。」
「…… ……… … ……。… …… …… ……ほんまに、怪我してへんねんな?」
佐吉が真っすぐに
「…… … …何処も痛いトコあらへん。」
「…… …… ………ハァー… ……。…… ……… …… …お前なァ…… … …………あんなトコから落ちたら、死ぬに決まっとうやろが。… ………… ……あんまり、阿呆なコトすなよ… …… … …………」
「………… …… … ……だって、おれ、死のう思うててんもん。」
「…… …… ……なんでそうなんねん。」
「だって、佐吉が兄ちゃんを殺すゆうから。」
「… …… ………誰が、殺すなんかゆうてん。ちょっと、痛めつけたるだけやろうが。」
「… ………そんなん一緒や。おれの兄ちゃんはな、そんなに喧嘩強ないからな。佐吉みたいなバケモンにシバかれたら、其れこそ一巻の終わりや」
「
「身代わりやからや。兄ちゃんの。」
勇樹は兄、
「… ……あのな、勇樹。仮にや。お前がアーケードから飛び降りて死んだとせェや。」
「うん」
「せやけど、俺がそんなん何とも思わへん人間で、お前が死んだコトも放っておいて、さっさと渡を殺しに行ったら、どないすんねん。」
「…………… … ………あ。」
「ええか、勇樹。お前が今やったコトはな、
「…… … ……分かる。」
「お前がやったコトはそういうコトなんや。お前が勝手に飛び降りて死んでも、誰の役にも立たへんし、渡の為にもなってへんのや。」
「…… …… …… …… …」
「……… … …… …確かに、生きとったら、自分の命を賭けなあかんトキちゅうのは、ある。せやけど、其れは、自分が戦うコトが前提なんや。……もし命を賭けるんやったら、自分が決死の覚悟で相手と戦わな、イミが無い。」
「…… ……… … ……」
「今お前がやったコトは、只の自殺と一緒や。そんなモン、道理の分からん奴等には通用せェへんで。僕が死ぬから兄ちゃん助けて下さい、なんて話の通じる奴なんか、そんなお人好し、大阪には
佐吉が勇樹に人差し指を立てながらこんこんと語る。だが、当の勇樹本人は佐吉の話を聞くと、チャラケたように口を開いた。
「…… …… …ほな、佐吉は道理が分かる奴、ちゅうコトやな。だって、おれのコト助けてくれたし。… …… … … ……ついでに兄ちゃんしばくのもやめてくれたら、ええのになァ… ……」
そう云いつつ、勇樹が佐吉の太腿から飛び降りてアスファルトの上に立った。
「…… … …は?… …イ、
「なんでや!やめてくれや!おれの自殺に免じて、許してくれッツ」
「… ……………… ……」
と云いつつも実のところ佐吉はもう、渡を痛めつける意欲は失せていた。小さな小学生が見せた、
勇樹の見せた覚悟は、佐吉の心の深淵に此れでもかと真正面から問い掛けてくる。佐吉、お前は大事なモノの為に其の命を賭ける覚悟はあるのか?過去に起こった全ての悲劇は
お前の覚悟が足りなかったがゆえに招いた結果ではないか?
と。それらの問いは、誰にも触れられたくなかった佐吉の心の底を白日の下に晒し、深くだがそんなトキ突如として現れた
『まだお兄ちゃんの手には、大事なモンがいっぱい残ってるハズやで。…… …其の大事なモンを、此れからは守ってあげて。』
其れはもしかすると、佐吉が都合良く作り出した響の幻影だったのかも知れない。実際の響は、そんな言葉等、云って無かったのかも知れない。然し、例えそうであったとしても、先ほどアーケードの上で佐吉の前に現れた響の言葉は、長らく凍りついて居た佐吉の心を解凍するには十分過ぎるのだった。
「…… …… … … ……俺の此の手に残った大事なモノ… ………………」
佐吉は響の言葉を反芻する。そして
「…… …… ……?…… …… …… …佐吉?… ……… …… …」
其の姿を見上げ、勇樹がぽつりと呟いた。
「…… …………………」
「… …………… ……佐吉、大丈夫?… ……… ……なァ。佐吉ってば… …… ……なんか、お前、様子おかしいで?… ……」
立ち上がった佐吉は其のトキ、なんだか頭の中がぐにゃりとかき混ぜられる感覚になった。不図正面を見ると空には地面があって、アスファルトには雲が浮かんで居り、まるで天地が真逆に見える。傍から其の様子を見ていた勇樹は、立ち上がった後奇妙に身体を揺らす佐吉の異変に気付いたのである。
「………………え。……… ……あれ?… …別に… …何も……あら、へん… …………」
「………… ……… ……… …… …佐吉ッ!……」
勇樹が両目をまん丸くして、小さく声を上げた。佐吉の身体がゆっくりと真後ろに傾いてゆき、其の儘アスファルトの上に仰向けにぶっ倒れた。直ぐに勇樹が佐吉の下へと近づいてゆき、顔を覗き込む。指一本動かさない佐吉は、既に気を失って居た。
「………… …おい、佐吉ッ!……… … …なァ!佐吉ってば!…… …佐吉ィ!」
勇樹が佐吉の身体を揺すりながら声を掛ける。が、佐吉は其れに対して全くの無反応だった。無理も無い。如何に獣人の異能持ちであろうとも、勇樹を救出しつつ、高所から途轍も無い勢いで、ビルの外壁がヘコむ程の衝撃で突っ込んだのである。頑強な人狼の肉体を持ってしても、其のダメージは計り知れなかった。
小学生が道路脇で佐吉の名を必死で呼んでいると、やがてチラホラと其処等に居た野次馬が集まって来た。とは云っても、既に周知の通り此の付近も西成と同様、ヘタに他人に関われば自身に危険が及ぶコト必至な土地柄である。そんな場所での野次馬であるから、其の人種のお里は容易に伺い知れるのだった。詰まり、極度に危険予知が欠落した愚かな連中である。
まず一人目は、先ほどメリケンやモロコシ等と気が狂ったように叫んで居た老人。二人目は意識があるのか無いのか分からないような、終始朦朧とした表情の背の高い
「…… …… …おい、あんちゃん!おい、大丈夫か!…… ……… …………おい!もう死んどるんか?…… ………あぁ。… …… ………………こりゃ、もう駄目かも分からんなァ。…… … ……恐らく、わしの見立てやと、もう此れは死んでもうてるのかも知らんなァ。」
「…… … …ちょっと、おっちゃん。そないに、身体揺らしたらアカンのとちゃうのん?やめときて。… …こういうトキは、遺体はそっとしておいて、さっさと救急車呼ばなアカンのやないの?…… …ねェ、ちょっと、そっちの若いお兄ちゃん。ぼーっと立っとらんと、あんた、救急車。ほれ。ちょっと、電話で救急車、呼んで呉れへん?」
「……… … …… …………※~〇〇※~~ ……… ………… … ……… ……」
「… ………………………なんやの、此の男。わたしの声、聞こえへん見たいに無視し腐りやがって。… ……もしかしたら、此奴、