第6話 インテロゲイション#3
文字数 4,079文字
「… ……私、ちょっと隣の部屋、見てきましょうか?」
磔三 がテツの表情を伺いながら云った。
「… ……。や、俺が行くわ。」
酔い目のテツがフラフラと好い具合になりながら立ち上がった。其れからゆっくりと部屋の扉に歩き始める。其の姿になんだか気圧 されて呆然と見るだけだった磔三に向かって、柿崎と呼ばれた社員が端から声を掛けた。
「… …おい。…… おい!」
「… ……あ、はい」
「何、ぼっとしてんねん。テツさん一人で行かせンなよ。お前が先に見てこい」
「あ、そうですね」
磔三は不満そうな柿崎の顔から目を離して、扉へ目を向ける。テツは既に廊下に出てしまっていたので、磔三も慌てて後を追った。
尋問室の扉が開いている。磔三も早足で部屋に入ったが、直ぐ眼の前にテツの背中があった。と同時に、部屋の中に充満する人間の体液の臭いが鼻を衝 く。
「… ……テツさん?」
「…… …」
テツが背後の磔三に気づき、顔だけを此方に向けた。何時もの如く顎で前を指し示す。
磔三もゆっくりと全体が見える位置に移動すると、其処には床に寝転がる佐吉 と、椅子に座ってテーブルに肩肘をつき葉巻を燻らせている巽 が居た。
磔三は佐吉の姿を凝視する。微かに浮き沈みをする佐吉の背中。どうやらまだ息があるようだった。テツがズボンのポケットに両手を突っ込みながら巽に聞く。
「…… …ガキ、まだ生きてるみたいですけ。どないしましたん」
巽が大きく息を吐くと、もうもうと煙が沸き上がった。
「… ……。」
「ちゃんとオトシマエつけなアカンでしょ、社長」
巽は煙に落としていた眼をテツに向ける。
「…… ……。割とボコボコにしたんやケドな。此奴、中々、しぶとい奴 っちゃ。」
「… …んなもん、さっさと拳銃 使いなはれ。」
「… ……。…… …此奴は、ワシの拳でケリつけたかったんや。」
葉巻を口に持って行きながら、巽が云う。パイプ椅子に背を預けると、巽の大柄な体重を受けた背もたれがぎぃと耐えきれないと云わんばかりの甲高 い悲鳴を上げた。テツは其の答えを聞いて、身体の底からこみ上げるような溜息を吐いた。
「はぁー。そんなしょうもないコダワリなんか要らんでしょ。佐吉 が社長とおんなじ尼崎 出身やからって、ちょっとおセンチになってンのと違 いまっか。」
「…… …。……… ……同郷とかは、関係あらへん」
「ほんなら…」
「向こうさんから連絡があったんや」
「へ?」
巽の意外な返答にテツが少しく前のめりになる。
「向こう、なんて?」
此処で云う向こうとは、今回の発端となった件の取引先である。
「クスリの件は了解したが、もし可能ならば此の佐吉 の身柄も引き渡してほしい、やと。」
「なんで?」
「知らん。自分等ンとこで処分したいんか、其れとも他の理由があるんか」
「… ……。ンなもん、アカンでしょ。ウチでやらかした
「…… ……。… ……」
「社長ッ!」
巽はゆっくりと椅子から立ち上がり、葉巻を灰皿に擦り付けた。
「… ……。…… …兎に角、ワシは興が削がれたわ。エエやないかい。向こうさんが其れで気が済むんやったら、引き渡してやれ。ワシはもうどうでもええ。こんな奴。」
「引き渡してやれって、そんな簡単に…」
テツは巽の背中に向かって云ったが、巽はまるで聞こえないかのような足取りで扉の枠に頭を低くして部屋を出て行った。残されたのは部下の二人。
「…… ……。どうするんですか?」
磔三が聞く。テツは疲れたと云わんばかりに首をぐるりと回すと、ゴリゴリと小気味良く骨が鳴った。
「どうするもこうするも、社長があないゆうとンやったら、引き渡すしかないやろ。っかし、物好きな奴等やで、向こうさんも。」
「相手先は、何を考えてるんでしょう?」
「さあな。此の状況で身柄ほしいってンなら、此の期 に及んで奴 さん、色気出して佐吉 を懐柔しようとでも考えてんのかもな。マァでも上手い事行くとは、到底思われへんケド。そんな甘ない奴ってのは、一緒に仕事してウチは骨身に沁みて分かってるわ。」
「…… ……」
佐吉に落していた眼を外して、一つ欠伸をした後、テツが踵 を返す。
「…… …。つうワケで、や。」
で、磔三の肩を叩いた。
「此の汚れ切った部屋。綺麗にすンのは、マァ普通は、一番下っ端の仕事やろ?後、監視もせんならん。よろしく頼むわ」
「はぁ」
「はは。物分かりのええ男で助かるで」
テツは磔三の方も振り返らず、後ろ手に手を振って部屋を出て行った。
ついに残されたのは、新米社員の磔三、其れから虫の息の佐吉のみとなった。今や壁や床には夥 しいほどの血痕や体液、其れから吐瀉物が飛び散っている。
「…… ……」
磔三は、床にゴミのように転がっている佐吉を凝 っと見ていた。荒い息。獣人の異能持ちは漏れなく頑強 である。例え変態していない人間の状態であっても、身体では今も常人以上の新陳代謝が行われ、佐吉の身体は修復を続けている。
磔三は何かを考えながら、ゆっくりとパイプ椅子に腰を下ろした。それから、スーツの内ポケットに手を突っ込むと、テーブルの上に
銃のような鉄の塊。其の形は拳銃に似ているのだが、それよりもかなり小さい。例えるならば、玩具の拳銃 に近い。磔三が粍 程突き出して、直ぐに引っ込んだ。
銃、のような物の引き金 音で、反応するように佐吉の身体が少し動いた。其の様子を磔三は引き続き眺めている。やがて、もぞもぞと得体の知れない生物のようなゆっくりとした動きで、佐吉が顔だけを上げて磔三を見た。
「… ……。… ………。あぁ、アンタか」
「…… ……… …」
「…まだ、俺、… …死んでへんのか… ……」
「…… ……。」
佐吉の顔は血と汗で濡れていた。磔三はもう一度、銃もどきの引き金を弾く。バチンと響き渡る金属音。
「丈夫すぎんのも、問題やな」
云いながら、佐吉は酷く咳 き込んだ。
「… ……。… ……死にたかったのですか?」
其れまで沈黙を保っていた磔三が口を開いた。
「… ………。」
「… …今回の事情は粗方聞きました。随分と無茶なコトをしたんですね。まるで自殺する事と大差無い。」
「… ……」
「友達の仇討をしたいのならば、もっとやり方があったはずです。あなたほどの頭脳があれば、そんな画 を描く等、造作も無いはず」
「… ……誰やねん、お前。… ……。… …他人に、 …ゲホッ。 … …そんな説教される覚えは無いわ」
まだ会話するのにも億劫な口をなんとか動かしながら、佐吉は磔三の問いに答える。磔三は、そんな佐吉の状態等お構い無しかのように、ゆっくりとではあるが途切れる事なく話を続けた。
「あなたが、死にたいのか、それともまだ生きたいのか。とりあえず、其の点は留保しておきましょう。現状ですが、あなたには二つの道しか残されていません。」
「… ……。 …… …二つ、 …の道?」
「現状、相手先からはクスリの在り処と共に、あなたの身柄の引き渡しも要求されています。其れについて巽社長は了解をしました。あなたの口を割れなかった以上、クスリはおそらく巽商会の立て替えになるでしょう。そして、身柄引き渡しも滞りなく行われると思います。あなたは、其の相手先でどういう扱いを受けるかどうかは分かりません。ただし、あなたの此れまでの行いを鑑みるに、今よりも自由を制限されるコトは間違いないでしょうし、此の状況で事態を肯定的・希望的に捉えるのも通常あり得ません。此れが一つ目の道」
磔三の口から滑らかに言葉が羅列されていく。其の言葉を苦々し気に佐吉が聞いている。
「…… ……。… …… …俺のコトを知った風に、よくもマァ、べらべらと… ……」
「時間がありません。そして、あなたが選択できるもう一つの道がある。其れは、
磔三の言葉を聞いた佐吉は瞬間的に、起き上がるような勢いで顔を上げた。
「な… ……何?…… ……。… ……お前、今、なんつった」
磔三は無表情なまま、佐吉の視線を正面に受けて見下ろしている。
「逃げる、と云ったんです。」
「… …お、おい。声がでかいんちゃうか。隣に、アイツ等居 るやろ」
「はい。巽商会の皆さん、揃っています。だから、時間が無いと云っている」
「… ……ま、待てや。なんで、… …お前が俺を救う理由がある。俺は、お前なんか知らんぞ」
「私も、あなたのコト等知りません。見た事も無い。本日が正真正銘、初対面です。」
「ほんなら…」
「其れに、勘違いしてもらっては困りますが、私はアナタを救おうなんて慈善事業の話はしていません。此れは、取引です。」
「取引… …?」
「はい。私は東京から先日、大阪 に来ました。或る理由からです。あなたには、其の仕事の手伝いをして頂きたい。」
磔三は手に持った拳銃もどきを内ポケットに仕舞い込んで云う。唐突な其の提案に、佐吉は只でさえ痛みで響く頭をフル回転させて考える。此の事態は一体どういう状況なのか。落した眼が床に落ちた血液を追いかける。赤い色が床の細かい傷に沿ってゆっくりと筋を作って行く。
「… …逃げるなんて、無茶や。直ぐに捕まる」
「そうでしょうか?見たところ、あなたも随分、回復している。流石、獣人の異能です。」
「偉い過大評価や。其れこそ、阿呆のする行いや」
「では、大人しく、身売りされますか?」
佐吉の眼は床に落ちた儘。佐吉は考える。此の男は何故ここまでリスクを冒してまで、俺に取引を持ち掛けるのか。巽商会は小さな事務所だが、連中はどいつも骨のある奴等だ。逃げ出したとして、掴まる確率が高い。だけれど。
「…… ……。… ……。」
「… ………。………」
「此の儘でも地獄… …」
磔三が唐突に椅子から立ち上がった。
「……。… …はい」
「…… …ほんで、コッチの道も地獄か」
佐吉の眼が、恨めしく磔三の顔を見上げた。裸電球が影になり、磔三の顔が良く見えなかったが、薄く微笑んだ口元だけが何故か佐吉の眼にはハッキリと見えた。
「… ……。や、俺が行くわ。」
酔い目のテツがフラフラと好い具合になりながら立ち上がった。其れからゆっくりと部屋の扉に歩き始める。其の姿になんだか
「… …おい。…… おい!」
「… ……あ、はい」
「何、ぼっとしてんねん。テツさん一人で行かせンなよ。お前が先に見てこい」
「あ、そうですね」
磔三は不満そうな柿崎の顔から目を離して、扉へ目を向ける。テツは既に廊下に出てしまっていたので、磔三も慌てて後を追った。
尋問室の扉が開いている。磔三も早足で部屋に入ったが、直ぐ眼の前にテツの背中があった。と同時に、部屋の中に充満する人間の体液の臭いが鼻を
「… ……テツさん?」
「…… …」
テツが背後の磔三に気づき、顔だけを此方に向けた。何時もの如く顎で前を指し示す。
磔三もゆっくりと全体が見える位置に移動すると、其処には床に寝転がる
磔三は佐吉の姿を凝視する。微かに浮き沈みをする佐吉の背中。どうやらまだ息があるようだった。テツがズボンのポケットに両手を突っ込みながら巽に聞く。
「…… …ガキ、まだ生きてるみたいですけ。どないしましたん」
巽が大きく息を吐くと、もうもうと煙が沸き上がった。
「… ……。」
「ちゃんとオトシマエつけなアカンでしょ、社長」
巽は煙に落としていた眼をテツに向ける。
「…… ……。割とボコボコにしたんやケドな。此奴、中々、しぶとい
「… …んなもん、さっさと
「… ……。…… …此奴は、ワシの拳でケリつけたかったんや。」
葉巻を口に持って行きながら、巽が云う。パイプ椅子に背を預けると、巽の大柄な体重を受けた背もたれがぎぃと耐えきれないと云わんばかりの
「はぁー。そんなしょうもないコダワリなんか要らんでしょ。
「…… …。……… ……同郷とかは、関係あらへん」
「ほんなら…」
「向こうさんから連絡があったんや」
「へ?」
巽の意外な返答にテツが少しく前のめりになる。
「向こう、なんて?」
此処で云う向こうとは、今回の発端となった件の取引先である。
「クスリの件は了解したが、もし可能ならば此の
「なんで?」
「知らん。自分等ンとこで処分したいんか、其れとも他の理由があるんか」
「… ……。ンなもん、アカンでしょ。ウチでやらかした
ケチ
や。ウチでオトシマエつけるのが筋や」「…… ……。… ……」
「社長ッ!」
巽はゆっくりと椅子から立ち上がり、葉巻を灰皿に擦り付けた。
「… ……。…… …兎に角、ワシは興が削がれたわ。エエやないかい。向こうさんが其れで気が済むんやったら、引き渡してやれ。ワシはもうどうでもええ。こんな奴。」
「引き渡してやれって、そんな簡単に…」
テツは巽の背中に向かって云ったが、巽はまるで聞こえないかのような足取りで扉の枠に頭を低くして部屋を出て行った。残されたのは部下の二人。
「…… ……。どうするんですか?」
磔三が聞く。テツは疲れたと云わんばかりに首をぐるりと回すと、ゴリゴリと小気味良く骨が鳴った。
「どうするもこうするも、社長があないゆうとンやったら、引き渡すしかないやろ。っかし、物好きな奴等やで、向こうさんも。」
「相手先は、何を考えてるんでしょう?」
「さあな。此の状況で身柄ほしいってンなら、此の
「…… ……」
佐吉に落していた眼を外して、一つ欠伸をした後、テツが
「…… …。つうワケで、や。」
で、磔三の肩を叩いた。
「此の汚れ切った部屋。綺麗にすンのは、マァ普通は、一番下っ端の仕事やろ?後、監視もせんならん。よろしく頼むわ」
「はぁ」
「はは。物分かりのええ男で助かるで」
テツは磔三の方も振り返らず、後ろ手に手を振って部屋を出て行った。
ついに残されたのは、新米社員の磔三、其れから虫の息の佐吉のみとなった。今や壁や床には
「…… ……」
磔三は、床にゴミのように転がっている佐吉を
磔三は何かを考えながら、ゆっくりとパイプ椅子に腰を下ろした。それから、スーツの内ポケットに手を突っ込むと、テーブルの上に
銃のような物
を置いた。銃のような鉄の塊。其の形は拳銃に似ているのだが、それよりもかなり小さい。例えるならば、
其れ
を手に取り引き金を弾くと、一瞬、銃口から鋭い針が五銃、のような物の
「… ……。… ………。あぁ、アンタか」
「…… ……… …」
「…まだ、俺、… …死んでへんのか… ……」
「…… ……。」
佐吉の顔は血と汗で濡れていた。磔三はもう一度、銃もどきの引き金を弾く。バチンと響き渡る金属音。
「丈夫すぎんのも、問題やな」
云いながら、佐吉は酷く
「… ……。… ……死にたかったのですか?」
其れまで沈黙を保っていた磔三が口を開いた。
「… ………。」
「… …今回の事情は粗方聞きました。随分と無茶なコトをしたんですね。まるで自殺する事と大差無い。」
「… ……」
「友達の仇討をしたいのならば、もっとやり方があったはずです。あなたほどの頭脳があれば、そんな
「… ……誰やねん、お前。… ……。… …他人に、 …ゲホッ。 … …そんな説教される覚えは無いわ」
まだ会話するのにも億劫な口をなんとか動かしながら、佐吉は磔三の問いに答える。磔三は、そんな佐吉の状態等お構い無しかのように、ゆっくりとではあるが途切れる事なく話を続けた。
「あなたが、死にたいのか、それともまだ生きたいのか。とりあえず、其の点は留保しておきましょう。現状ですが、あなたには二つの道しか残されていません。」
「… ……。 …… …二つ、 …の道?」
「現状、相手先からはクスリの在り処と共に、あなたの身柄の引き渡しも要求されています。其れについて巽社長は了解をしました。あなたの口を割れなかった以上、クスリはおそらく巽商会の立て替えになるでしょう。そして、身柄引き渡しも滞りなく行われると思います。あなたは、其の相手先でどういう扱いを受けるかどうかは分かりません。ただし、あなたの此れまでの行いを鑑みるに、今よりも自由を制限されるコトは間違いないでしょうし、此の状況で事態を肯定的・希望的に捉えるのも通常あり得ません。此れが一つ目の道」
磔三の口から滑らかに言葉が羅列されていく。其の言葉を苦々し気に佐吉が聞いている。
「…… ……。… …… …俺のコトを知った風に、よくもマァ、べらべらと… ……」
「時間がありません。そして、あなたが選択できるもう一つの道がある。其れは、
私と共に此の巽商会から逃げ出すコト
です。」磔三の言葉を聞いた佐吉は瞬間的に、起き上がるような勢いで顔を上げた。
「な… ……何?…… ……。… ……お前、今、なんつった」
磔三は無表情なまま、佐吉の視線を正面に受けて見下ろしている。
「逃げる、と云ったんです。」
「… …お、おい。声がでかいんちゃうか。隣に、アイツ等
「はい。巽商会の皆さん、揃っています。だから、時間が無いと云っている」
「… ……ま、待てや。なんで、… …お前が俺を救う理由がある。俺は、お前なんか知らんぞ」
「私も、あなたのコト等知りません。見た事も無い。本日が正真正銘、初対面です。」
「ほんなら…」
「其れに、勘違いしてもらっては困りますが、私はアナタを救おうなんて慈善事業の話はしていません。此れは、取引です。」
「取引… …?」
「はい。私は東京から先日、
磔三は手に持った拳銃もどきを内ポケットに仕舞い込んで云う。唐突な其の提案に、佐吉は只でさえ痛みで響く頭をフル回転させて考える。此の事態は一体どういう状況なのか。落した眼が床に落ちた血液を追いかける。赤い色が床の細かい傷に沿ってゆっくりと筋を作って行く。
「… …逃げるなんて、無茶や。直ぐに捕まる」
「そうでしょうか?見たところ、あなたも随分、回復している。流石、獣人の異能です。」
「偉い過大評価や。其れこそ、阿呆のする行いや」
「では、大人しく、身売りされますか?」
佐吉の眼は床に落ちた儘。佐吉は考える。此の男は何故ここまでリスクを冒してまで、俺に取引を持ち掛けるのか。巽商会は小さな事務所だが、連中はどいつも骨のある奴等だ。逃げ出したとして、掴まる確率が高い。だけれど。
「…… ……。… ……。」
「… ………。………」
「此の儘でも地獄… …」
磔三が唐突に椅子から立ち上がった。
「……。… …はい」
「…… …ほんで、コッチの道も地獄か」
佐吉の眼が、恨めしく磔三の顔を見上げた。裸電球が影になり、磔三の顔が良く見えなかったが、薄く微笑んだ口元だけが何故か佐吉の眼にはハッキリと見えた。