第15話 騒音男と人狼#1
文字数 3,585文字
「…… … …… ……… …此処は… …… … ……」
崖ヶ原磔三 が眼を覚ますと、其処は屋内だった。二十畳ほどの広めのリビング。床はフローリングであるが、壁の隅には外出用の靴が幾つも並んで置かれており、日常的に土足で使用しているコトが伺い知れる。壁には何かのパンクバンドのポスターが夥しい数で貼られている。また、其れと同じく家主の趣向を物語るように、大きめの壁沿いの棚には所狭しと音楽CDが並んでいた。
「…… …… … …起きたか。… … ……佐吉っちゃん」
磔三の背後から声がした。其の声に瞬間的に反応するように磔三が振り向く。と、同時に自身が部屋の中央に置かれている四人掛けソファに寝ているコトに気が付いた。
磔三の眼の前には、部屋の角に置かれたスツールに座る上下黒一色の姿恰好をした若い男と、大きな奥行のある出窓に身体を入れて座り込む、身を覚えのある少年が居た。一人は暗闇の異能持ち比呉康 。もう一人は綺麗に丸く揃えた黒髪に灰色のパーカーの少年、獣人の異能を持つ相馬佐吉 である。佐吉は窓の外の風景に眼を奪われて居たが、比呉の呼びかけにゆっくりと此方を向いた。
「…… … …生きとったか。」
佐吉が気怠そうに云う。頬には生々しい傷口を覆うようにガーゼが充 てがわれていた。少し腫れているように見える。
「… …佐吉さん。……此処は?」
磔三の言葉を聞いて、佐吉は顎で比呉を指した。
「…… ……あなたは?」
「… ……。……」
比呉は何も言葉を発するコト無く、只無表情に磔三を見つめている。が、其の横から佐吉が口を尖らせて茶々を入れる。
「ワイは、ヒグレヤスシと申しますゥー。今後ともよろしゅう」
「…… …佐吉ッちゃん!」
「… ……何をスカして、いちびッテンねん。お前は。」
「……うッ……。… …… …い、いちびってへんわ。」
「此奴は、比呉康。昨日の夜テツとやりおうて、俺と磔三 はボコボコにされて気絶した。其処に割り込んだンが康 や。… …… …なんや知らん、テツと取引して見逃してもろたんやと。…… …助けて呉れなんて、誰も頼んでへんのにな。あーあ。アホクサ。」
恨めし気な顔で云った後、佐吉は再び窓の外へと眼を移す。が、其の言葉に比呉が大声で反論した。
「…… …誰も、頼んでへんってなァ!… …あの儘やったら、佐吉っちゃん、オマエ、相手先 に身柄 引き渡されるか、巽商会で始末されるか、どっちにしても絶対死んでてんぞッ!どうやって逃げるつもりやッてん!…… …巽商会の鋼鉄 なんかに、勝てるワケあらへんやろが!…… … ……命を… …命を、粗末にすなッ!」
比呉の捲 し立てるような口調に、佐吉の身体全体がぴくりと反応すると、コッチも導火線に火が点いた。
「誰がテツより弱いじゃ、コラァッツ!!あんな暗殺稼業 の分際で、ワレが命、語るなぼけェ!」
「…う、うっさいわい!!俺が手に掛けるンは、あくどいカネモだけじゃ!何の分別も無く、阿呆みたいに殺 ッてンのとちゃうぞッッツ」
「人殺しで飯食うてる奴が、どんな屁理屈 こねても一緒じゃぼけが!」
「佐吉ッちゃん、お前、ホンマにどうしてもうてん!最近、ホンマお前、どうかしてるぞ!
「…… …!… … … …… ……… ……」
互いがヒートアップする中での、売り言葉に買い言葉。段々と熱に浮かされ、正常な思考が出来なくなり、相手を攻撃するコトのみに思考が支配されていく。そして、其の馬鹿さ加減に漸 く気がついたトキと云うのは、大体の場合に於いて手遅れなのである。
佐吉が両目を見開き、愕然と怒りが入り混じったような不可解な表情で比呉を見た。次の瞬間には座って居た出窓から飛び降り、床に転がったゲーム機を蹴り飛ばしてドカドカと玄関の方へ歩いてゆく。然る後、物凄い勢いで玄関ドアが閉まる音がした。
「…… …佐吉っちゃん!」
しくじったと内心思いつつも、比呉は佐吉の名を呼ぶコトしか出来なかった。其の時不図、先ほどまで弾いていた手の中のベースを思い出す。呆然として暫くベースを眺めた後、ゆっくりと降ろしてベースケースに丁寧に仕舞い始める。
「…… …… …… … ……… ……………」
「… ……… …… …… …偶に会うコトがあっても、… …… … …… ……最近はずっとこんな調子なんです。」
ベースを仕舞ながら、横目で磔三を見て比呉が云った。
「……… … …… … …以前は、そうでは無かったと。」
「…… …… ……。… ……… …そうっスね… …。…… … ……少なくとも、此処迄では無かった。」
「…… …何か、理由がある。」
「…… …… ……… ……ハイ…… …。… ………… …高校のトキから、不安定ではあったンやけど。」
「…… … ………… …… …」
「… …… …… …… …… …妹が、死んどるンです、アイツ。… …… …アイツが高三のトキ、事故で。…… …其れで、ずっと荒れてたンやけど… ………。此の前のコトがあって、ほんで。」
何か思いつめるように、誰に云うでも無いと云う風に、比呉がぽつりと云った。其の言葉で磔三はかなり踏み込んだコトを聞いてしまったと少し後悔した。と、同時に昨日の状況から比呉が救い出して呉れたコトを唐突に思い出す。
「……… … …………。… …… …あ、申し訳ありません。私、崖ヶ原磔三と申します。アナタが昨日の状況から救出して下さったんですね。本当に有難うございます。」
「……べーつに、かまへんっスよ。正直、あの切迫した状況で、俺は最初 から佐吉っちゃん一人だけ連れ出そうと思てたし、テツさんからアンタも一緒に連れ出して、云われたトキも、俺は反対やったんです。時間も無かったし、俺も必死やったから。… ……せやけど、其のトキ佐吉っちゃんが、一緒に連れ出してほしいて俺に頼んできたンですわ。だから、お礼やったらアイツに云ってください」
そう云いながら、比呉は座りながらスツールを壁沿いに移動させ、背中を壁に預けた。其れからポケットからシケモクを取り出し火をつける。大きく深呼吸して吐いた紫煙は、ゆっくりと天井に充満し、薄雲のように漂っていた。
「… ………佐吉さんが… ……」
元々、巽事務所から脱走しようと企てたのは磔三だった。脱走を手助けする代わりに、佐吉には磔三の仕事を手伝ってもらう。其の条件を、佐吉が飲んだ形となった。だが、巽商会の事務所でキツイ尋問に遭い、佐吉が極限状態だったコトは想像に難くない。あの状況から逃れる為、一時的に磔三と安易な口約束だけをして、脱走した後はハイ左様ならでも良かったハズである。状況的に、佐吉が態々 比呉に頼んで迄、磔三を連れ出す理由が無かった。
「……… …ってか、昨日の今日やねんから、まだ家ン中で隠れてた方がエエて、散々話してたやろが。ほんっまに、一回切れたら話になれへんねんからなァ、アノ阿呆たれ。」
「…… …… …佐吉さん、怪我の方は大丈夫なんでしょうか?」
「…… …… …。ああ、一晩寝たら、回復しよンねん、獣人っつー奴わ。便利な身体ッしょ」
「… ……… …かなり、こっぴどくヤられたと思ったンですが… ……。あんなに回復の早い獣人の異能持ちは、初めて見ました。」
「ハハ。… ……一応、身体だけは昔っから丈夫なんですわ、アイツ。」
「…… …… … …比呉さんは、佐吉さんとは昔馴染みなんでスか?… …」
其の言葉を聞いて、比呉がゆっくりと立ち上がった。
「… …… …… …あーあ、あほくさ。俺等だけ部屋ン中籠 っとくのも阿呆らしなってきた。屋上行きましょか。今日は天気もエエし、気持ちがエエ。」
比呉が天井を指差しながら、云う。
「…… …え、でも、外出たらマズイんじゃ…… …。」
「… …此の雑居ビルの住人は全員知ってるし、普段は誰も出てこうへん。仕事せんと薬物 食ってるゾンビみたいな奴ばっかやねん。其れに、此処の屋上は室外機やらバカでかい貯水タンクやらで囲まれてて、他所からは見えへんようになってる。せやから、大丈夫。」
「……… …そう、ですか。」
「…… …あ、あとな。
「… …は、はあ」
ほな行こか、と云うと比呉はスタスタと玄関の方へと歩いていった。磔三もソファから重そうに身体を持ち上げ、ゆっくりと比呉に続く。比呉が最後に部屋の扉を閉めると、ガチャリと鍵を閉める音が室内に響いた。其れから少しして、誰も居ない部屋の中で微かに、比呉と磔三が廊下の階段を上がる足音が聞こえた。此の雑居ビルにはエレベータがなかった。
「…… …… … …起きたか。… … ……佐吉っちゃん」
磔三の背後から声がした。其の声に瞬間的に反応するように磔三が振り向く。と、同時に自身が部屋の中央に置かれている四人掛けソファに寝ているコトに気が付いた。
磔三の眼の前には、部屋の角に置かれたスツールに座る上下黒一色の姿恰好をした若い男と、大きな奥行のある出窓に身体を入れて座り込む、身を覚えのある少年が居た。一人は暗闇の異能持ち
「…… … …生きとったか。」
佐吉が気怠そうに云う。頬には生々しい傷口を覆うようにガーゼが
「… …佐吉さん。……此処は?」
磔三の言葉を聞いて、佐吉は顎で比呉を指した。
「…… ……あなたは?」
「… ……。……」
比呉は何も言葉を発するコト無く、只無表情に磔三を見つめている。が、其の横から佐吉が口を尖らせて茶々を入れる。
「ワイは、ヒグレヤスシと申しますゥー。今後ともよろしゅう」
「…… …佐吉ッちゃん!」
「… ……何をスカして、いちびッテンねん。お前は。」
「……うッ……。… …… …い、いちびってへんわ。」
「此奴は、比呉康。昨日の夜テツとやりおうて、俺と
恨めし気な顔で云った後、佐吉は再び窓の外へと眼を移す。が、其の言葉に比呉が大声で反論した。
「…… …誰も、頼んでへんってなァ!… …あの儘やったら、佐吉っちゃん、オマエ、
比呉の
「誰がテツより弱いじゃ、コラァッツ!!あんな
ブリキ野郎
なんかなァ!尋問で体力奪われてなかったら、潰せたんじゃア!!… ……「…う、うっさいわい!!俺が手に掛けるンは、あくどいカネモだけじゃ!何の分別も無く、阿呆みたいに
「人殺しで飯食うてる奴が、どんな
「佐吉ッちゃん、お前、ホンマにどうしてもうてん!最近、ホンマお前、どうかしてるぞ!
灰谷
は、アイツはしゃあなかったんやろが!運が無かったんじゃ!… …いつまでウジウジしてんねん!!」「…… …!… … … …… ……… ……」
互いがヒートアップする中での、売り言葉に買い言葉。段々と熱に浮かされ、正常な思考が出来なくなり、相手を攻撃するコトのみに思考が支配されていく。そして、其の馬鹿さ加減に
佐吉が両目を見開き、愕然と怒りが入り混じったような不可解な表情で比呉を見た。次の瞬間には座って居た出窓から飛び降り、床に転がったゲーム機を蹴り飛ばしてドカドカと玄関の方へ歩いてゆく。然る後、物凄い勢いで玄関ドアが閉まる音がした。
「…… …佐吉っちゃん!」
しくじったと内心思いつつも、比呉は佐吉の名を呼ぶコトしか出来なかった。其の時不図、先ほどまで弾いていた手の中のベースを思い出す。呆然として暫くベースを眺めた後、ゆっくりと降ろしてベースケースに丁寧に仕舞い始める。
「…… …… …… … ……… ……………」
「… ……… …… …… …偶に会うコトがあっても、… …… … …… ……最近はずっとこんな調子なんです。」
ベースを仕舞ながら、横目で磔三を見て比呉が云った。
「……… … …… … …以前は、そうでは無かったと。」
「…… …… ……。… ……… …そうっスね… …。…… … ……少なくとも、此処迄では無かった。」
「…… …何か、理由がある。」
「…… …… ……… ……ハイ…… …。… ………… …高校のトキから、不安定ではあったンやけど。」
「…… … ………… …… …」
「… …… …… …… …… …妹が、死んどるンです、アイツ。… …… …アイツが高三のトキ、事故で。…… …其れで、ずっと荒れてたンやけど… ………。此の前のコトがあって、ほんで。」
何か思いつめるように、誰に云うでも無いと云う風に、比呉がぽつりと云った。其の言葉で磔三はかなり踏み込んだコトを聞いてしまったと少し後悔した。と、同時に昨日の状況から比呉が救い出して呉れたコトを唐突に思い出す。
「……… … …………。… …… …あ、申し訳ありません。私、崖ヶ原磔三と申します。アナタが昨日の状況から救出して下さったんですね。本当に有難うございます。」
「……べーつに、かまへんっスよ。正直、あの切迫した状況で、俺は
そう云いながら、比呉は座りながらスツールを壁沿いに移動させ、背中を壁に預けた。其れからポケットからシケモクを取り出し火をつける。大きく深呼吸して吐いた紫煙は、ゆっくりと天井に充満し、薄雲のように漂っていた。
「… ………佐吉さんが… ……」
元々、巽事務所から脱走しようと企てたのは磔三だった。脱走を手助けする代わりに、佐吉には磔三の仕事を手伝ってもらう。其の条件を、佐吉が飲んだ形となった。だが、巽商会の事務所でキツイ尋問に遭い、佐吉が極限状態だったコトは想像に難くない。あの状況から逃れる為、一時的に磔三と安易な口約束だけをして、脱走した後はハイ左様ならでも良かったハズである。状況的に、佐吉が
「……… …ってか、昨日の今日やねんから、まだ家ン中で隠れてた方がエエて、散々話してたやろが。ほんっまに、一回切れたら話になれへんねんからなァ、アノ阿呆たれ。」
「…… …… …佐吉さん、怪我の方は大丈夫なんでしょうか?」
「…… …… …。ああ、一晩寝たら、回復しよンねん、獣人っつー奴わ。便利な身体ッしょ」
「… ……… …かなり、こっぴどくヤられたと思ったンですが… ……。あんなに回復の早い獣人の異能持ちは、初めて見ました。」
「ハハ。… ……一応、身体だけは昔っから丈夫なんですわ、アイツ。」
「…… …… … …比呉さんは、佐吉さんとは昔馴染みなんでスか?… …」
其の言葉を聞いて、比呉がゆっくりと立ち上がった。
「… …… …… …あーあ、あほくさ。俺等だけ部屋ン中
比呉が天井を指差しながら、云う。
「…… …え、でも、外出たらマズイんじゃ…… …。」
「… …此の雑居ビルの住人は全員知ってるし、普段は誰も出てこうへん。仕事せんと
「……… …そう、ですか。」
「…… …あ、あとな。
比呉サン
って呼び方、止めてほしいな。なんか行儀良すぎてさぶいぼ
立つわ。康でええから。」「… …は、はあ」
ほな行こか、と云うと比呉はスタスタと玄関の方へと歩いていった。磔三もソファから重そうに身体を持ち上げ、ゆっくりと比呉に続く。比呉が最後に部屋の扉を閉めると、ガチャリと鍵を閉める音が室内に響いた。其れから少しして、誰も居ない部屋の中で微かに、比呉と磔三が廊下の階段を上がる足音が聞こえた。此の雑居ビルにはエレベータがなかった。