第3話 異能の屑#3

文字数 4,654文字

 テツは男の言葉を聞いて笑顔になった。男の返事に含まれた、冷静だがブレない受け答えの中に、確固たる自信を感じ取れたからだ。顔を合わせたのは昨日の夜が初だったが、此の男は(いささ)か面白味に欠ける男だとテツは感じていた。だが、仕事をする上でそんな事は大して問題ではない。与えられたタスクを確実にこなしてくれさえすれば、其れはつまり信頼となる。目の前の佐吉(サキチ)の確保は、云わば其の最初のテストだった。そして、経験上、こういうブレない雰囲気を持っている奴は信頼できる。そうテツは感じていたのだった。
「いいねぇ。お前、名前なんやっけ?」
崖ヶ原磔三(ガケガハラタクゾウ)です」
「ほうか。ほな、磔三(タクゾウ)。早速、アノ獣人バカ捕まえてくれるか。此れが、お前の最初の仕事や。」
 (たつみ)と佐吉が暴れている方を顎で示しながら、テツが磔三に指示する。が、磔三の方は未だテツに質問があるようで。
「… …なんや。どないしてん。」
「テツさん… …て、巽社長から呼ばれてるんですか?」
「なんや、会話、聞こえとったんかい」
「昨日、私に名乗ってくれた名前とは違うようですが」
 磔三は無表情に淡々と問う。テツが其の問いに口角を鋭く上げた。
「… …そういう抜かりないトコ、好きやで。安心せえ。俺の名前は、お前に名乗った通り浅田百舌鳥(アサダモズ)で間違いあらへん」
「じゃあ… …」
「テツゆうんは、俺のあだ名や。まぁ紛らわしいケドな。テツで覚えてもらってたらええし。マァ、好きに呼んでくれ」
「そうですか。理解しました。」
「素直でよろしい」
 此の一連の隙の無い問答についても、テツにとっては印象が良かった。なんだったら、此れで此の男の評価は間違いないと心の中でお墨付きまで与えていた。が、今其れを磔三本人に伝えてしまうワケにもいかず、テツは思いのほか使えそうな人材が確保できたコトに一人ほくそ笑んでいるのだった。
「よし、ほな行ってこい」
 テツは磔三の背中を勢い良く叩いて送り出した。
 半ば強引に押し出されたコトに若干の戸惑いを見せつつも、磔三はまず始めの仕事をする為に巽の方に近づいていった。
「お疲れ様です」
 磔三はアルバイトの初日のような声で巽に話し掛けた。
 直ぐ後ろで聞こえた、まるで眼の前の抗争とは場違いな声に、巽は少しく苛立ちを覚えながら振り向いた。其処には長身だがやけに細身の、だが端正な顔つきをした男を見つけた。
「おお。お前か、新入りの」
「初めまして。私、崖ヶ原磔三(ガケガハラタクゾウ)と申します。」
「ああ、よろしくな。昨日は居らなんで悪かったな。マァ、挨拶は後にしようや。とりあえず、眼の前の獣人捕まえてくれるか。」
「はい。」
 そう云うと、磔三は選手交代をするように巽の前に立った。
 十メートル程の距離を空けて狼男と化した佐吉が四つん這いに構えている。巽の肩に傷を与え、尚も此方へ威嚇を続けているところを見るに、奴は今のところ逃げるつもりはないらしい。自分を殺すつもりで向かってくるのであれば、

と磔三は思う。
「ロロォォオオオオオオオオオ… …」
 佐吉の眼は鋭く血走りながら、今にも獲物を食らおうとするようにゆっくりと横に歩く。其の姿はまさしく野生の狼そのものだった。
 磔三は野生生物に相対するのと違いなく、少しづつ距離を詰めながら近づいていく。佐吉が何時襲い掛かってきても直ぐに対応できるように、両足を肩幅で開き構えているのだった。
 其れから磔三はおもむろに両のポケットに手を突っ込むと、なんらかを取り出した。其の動きを眺めていた巽が、電話口でテツに聞く。
「おい、テツ。此の磔三の異能ってなんや」
 『あー。なんか、(シビ)れ毒らしいスよ』
「痺れ毒?」
 『ホラ、アイツの持ってる瓶。』
 磔三の両の手の中には。小瓶が二つずつ持たれていた。
 『あン中に、毒が入ってるみたいです』
「なんや、其れ。其れだけかい。ほんでなんや。アレ、投げつけるンかいな。んなモン、都合良う当たるかいな」
 『はぁ。イヤ。マァ。落ち着いて、見てみましょうよ』
 何時もながら、社長は気が短くてかなわん、とテツは思った。が、確かに巽が云う通り、今まさに磔三が取り出した両手の小瓶。あそこから何をするのかと展開を考えてみれば、不安がないと云うのはウソだった。単にアノ瓶を投げつけるだけ、なんてそんな芸の無いコトにはならないよな、と考えずには居られない。
 だが、そんな外野の心配を他所に、磔三は両手の小瓶を手の中でごりごりとすり合わせた。磔三は狩り人のような鋭い目線を佐吉に向けながら、ゆっくりと舌なめずりをする。
 其れを合図として佐吉は突然ビル壁に向かって四つん這いで走り出した。巽とテツは其の唐突な動作に意表を突かれて驚いた。巽が拳銃を人狼の走る軌道に沿わせながら照準を付け引き金を弾く。佐吉が走った後の壁に、短い音を立てて弾丸の穴が開いた。佐吉はまるで重力を無視するかのように壁を地にして走ってくる。標的は紛れもなく磔三だった。
 磔三は佐吉を迎え撃つように、其の場から少しも動かない。垂れ下げた両腕はそのままに、物凄い速度で襲い掛かってくる獣を観察しているのだった。
 佐吉が前足で壁を蹴ると、丁度磔三の斜め上から飛び掛かった。邪悪に大きく開かれた口元には、相手を殺す為に磨かれた鋭い牙が並んでおり、唾液をまき散らしている。そして前足に当たる両腕は、敵の身体を引き裂くために大きく振り上げられていた。
 磔三が佐吉に向かって片方に持っている小瓶を投げつけた。佐吉は其の瓶に素早く反応し、振り上げた腕で叩き落そうとする。が、何かを察した佐吉は、寸でのところで小瓶を触れるのを避けた。避けられた二つの小瓶が空しく佐吉の後方へ飛んでいった。
「チイッ」
 磔三が鋭く声を上げる。
「ホラ見てみい!」
 巽が外野から野次を飛ばす。漸くダラダラと歩いていたテツが巽の横に辿り着いた。
「外れたやないかい」
「うるさいなぁ…」
「全然あかんやないかい!」
 佐吉は空中でも野生動物の其れと同様の動きをする。其れはつまり、我々の日常で云えば、高台から飛び降りる際の犬猫のように。人が飛ばした物体等、野生の獣からすれば避けることは他愛も無いことだった。
 その流れのまま、そして予定通りのまま、狼は飛び掛かった慣性のままに終着点に届く。つまり、磔三の上半身に向かって襲い掛かった。狼の両腕が磔三の身体を引き裂かんと飛んでくる。其れを磔三は自身の両手で掴み受けた。持っていた最後の小瓶二つが片手から零れ落ちて地面に転がった。
「… …クッ… ……」
「ガウッ!ガアァアアアアアアアッ!ガウッ!ガウゥウ!」
 涎が飛び散る狼の牙が磔三の眼前に迫る。磔三は掴んだ両腕に根限り(こんかぎり)力を込めるが、野生の力には到底かなうはずもなかった。
 佐吉の牙が、磔三の首筋に狙いをつける。もうすぐだ。もうすぐ、此のクソ野郎の命をもぎとることができる。佐吉は理性のぶっとんだ頭でそう考える、というよりも、そう感じていた。一旦獣人化してしまうと、人間的な思考は野生の本能に支配されてしまう。今はもう人間の言語はすっかり頭から抜け落ちてしまい、語る言葉は獣の鳴き声にしかならない。自身が何を行うかは、獣人化する前に考えていた指針に従うのだ。後は、本能に従う。俺はこの局面において俺を殺そうとする奴等を全員返り討ちにする。決して後には引かない。佐吉は獣人化する前にそのような指針をもって変態したのだった。眼の前にいる奴は見た事もない奴のような気がしたが、そんな事はどうでもいい。今まさに此奴の首筋に牙を突き立てる。其れが俺の今の望みだ。
 佐吉が大きな口を開け更に力を込めると、磔三は其の力に抵抗ができず両腕の力が弱まった。
 遠目から見ていた巽とテツは、磔三の首筋辺りから血が小さく噴出するのを見た。佐吉が獲物に牙を掛けたのだった。
「あーあぁ」
 巽が眉間に皺を寄せて声を上げた。無表情だったが、テツも心の中で落胆の声を上げていた。ダメだったか… …と心の中でつぶやいた。
「あかんやないかい、テツ。あいつ、呆気なく()られてもうた」
 テツはまだ目を細めて、何も云わず事態を静観していた。
「おい、テツ。しゃあないな。お前… …」
「… ……。いや、社長。ちょい待って。あれ、見てみい」
 テツが目を見開いて唐突に云う。其れを聞いて、巽も反射的に振り向いた。
 まず、磔三の首に噛みついたと思った佐吉だったが、よく見ると其れは誤りで、実際は磔三の左腕に噛みついていたのだった。そして、今。磔三の左腕に噛みついていた佐吉が、何故か()っとしていたかと思うと、ゆっくりと身体を真横に倒していき、やがて掴まっていた磔三の上半身から剥がれるように地面に崩れ落ちた。
 磔三が噛まれた左腕を抑えながら、地面に落ちた佐吉を見下ろしている。
「おお!」
「… …よっしゃ」
 巽とテツは其の光景を見て、磔三が仕留めたことを理解した。ただし、どうやって仕留めたのかは皆目見当がつかなかったのである。二人は其れを直ぐにでも確認したい衝動にかられ、磔三の元に近づいていった。
「やったんか!」
 テツが磔三に向かって云う。
「… …はい」
 磔三は傷口を抑えながらテツに答える。額に汗をかきながらも、其の表情は何処か満足気だった。
「腕、大丈夫か?とりあえず応急処置だけしとこか。… …でも、此奴、一体どないしてん」
 テツはポケットからハンカチを取り出して磔三の腕に巻きつけながら聞いた。地面では狼男が身体をびくびくと震わせながら、口から泡を吹いている。
「… …私の血を、飲んだんですよ。私の血は毒ですので、飲むと此のようになるんです」
「… …は?ほなら、何かい。おめーの血、自体が(シビ)れ毒ってことかいな」
「はい」
「いやっ。俺、指についてもたやん。お前の血」
 テツが手をぶんぶんと振りながら焦っている。
「いえ、基本的に、口から服用しない限りは、人体には影響はないです」
「ほ、ほんまか。然し、お前の異能、中々えぐいなぁ。気持ちわるい」
「恐縮です」
 怪我をしていても磔三はそれほど態度が変わらなかった。が、其れでも此奴なりの心の動きが感じられて、テツは少し磔三の素性が知れた気がした。其の隣から、巽が更に質問をする。
「お前の其の異能で人は()れるんか?」
 確かにそうだとテツは思った。血が毒と云うのは、或る意味使い勝手はあるかもしれない。現状、異能の獣人を黙らせるほどの猛毒は中々に強力だ。毒で再起不能にして、其れからドスや拳銃で()れば事足りる。だが、其れでも重要なのは、毒そのものが殺しのツールになる事だ。毒で黙らせて殺すとなると、二工程必要になる。其れが一工程で事足りれば、其れに越したことはない。
「……。強い毒であれば、できます。体調によりますが…」
「そうか。マァ、今のままでも十分やと思うが、其の強い毒ってのも出せるようにしといてくれ。其の方が仕事がしやすいかもしれんからな」
「… …。了解しました」
「よっしゃ。ほなまぁ、とりあえず、此の(ジャンクス)を事務所に持って帰るか、おい、テツ。お前等で持って帰ってくれ」
「えー。」
「えー、てなんや。お前等しか、持って帰る奴おらへんやろが」
 テツは巽の思い掛けない要請に口を尖らせる。
「… ……。…偉そうに、ワシがひっ捕まえて帰るとかゆうて飛び出したの、誰やっけ…」
「なんやて」
「すんませーん」
 テツはポケットから手錠を二つ取り出すと、佐吉の手足を拘束した。其れからテツと磔三で協力しながら持ち上げて、巽の後を重そうにふらふらとついて行った。
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登場人物紹介

■氏名:相馬佐吉(そうま さきち)

■年齢:19歳

■異能:人狼

■性格:短気

■其他:満月を見て変身する。満月っぽいモノでも可。

■氏名:崖ヶ原 磔三(がけがはら たくぞう)

■年齢:22歳

■異能:毒血

■性格:冷静沈着

■其他:知人にカスタムされた通称『銃もどき』に血液を装填して銃撃する。

■氏名:浅田 百舌鳥(あさだ もず)

■年齢:31歳

■異能:外被鋼鉄化

■性格:マイペース

■其他:あだ名は鋼鉄(テツ)

■氏名:浅川 ヒス(あさかわ ひす)

■年齢:?

■異能:不老長寿

■性格:狡猾

■其他:苗字と顔がよく変わる。

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