第4話 インテロゲイション#1
文字数 3,524文字
大きな地震が起こったのかと佐吉 は思った。
佐吉の意識は未だ暗闇の中であり、半覚醒とも云えないほどの、ほんの少しの息遣いである。
おそらく其の覚醒は、地震のような身体への衝撃により生じた事を、佐吉は朧気ながら自覚していた。
続いて直ぐ。二度目の地震が佐吉の身体を襲う。いや、違う。此れは身体で起こっているのではない。此の漸 く思考ができるほどに覚醒した。
薄目を開けると、視界がぼんやりと開かれていく。此処は何処だろう。朦朧とした頭ではハッキリと思い出せないが、見覚えのある薄汚れた壁… …と考えたところで、脳天に劈 くような衝撃。佐吉は首から上が
「… ぶっ… …」
嗚咽がこみ上げてきて、口の端から生温かい液体が漏れ垂れた。床を唾液混じりの鮮血が染める。口の中が切れている。頬がじんじんと軋 むように痛む。
毒が回っている所為で身体の自由も儘ならない。震える身体をなんとか動かして、佐吉は顔を上げると、目の前に人が立っているのに気がついた。綺麗に手入れされた茶色のオフィスシューズから辿るように見上げると、其処にはテツの姿があった。
「お、やっと眼が覚めたか。おはようさん」
テツが笑顔で佐吉に云う。そして続けて。
「… …ほんでもって、マッタクな。… ……此の」
思い切り振り上げた足。其の先には、佐吉の頭がある。
「オマセさんッ!」
オフィスシューズが佐吉の顔面に食い込んだ。テツが更に足先に力を込めて蹴り上げる。血が中空に飛び散り、佐吉の頭が身体ごと部屋の奥へ吹っ飛んだ。
「ブフッ…」
手足は手錠で拘束された儘、ゴミの散乱した床で佐吉が激痛に喘いだ。
佐吉は今、人間の姿をしていた。気を失った事で異能の力が解かれたのである。
「マァ、とりあえずや。俺はな、磔三 」
テツが隣に立っている磔三に云う。
「前ッから思っててんケド、なんで人間って、変身したらあんな体重重 なンの?重かったよなぁ、磔三。」
「はぁ」
「こんなクソガキの身体でさえ、獣人化したら石みたいになりよる。ムダに筋肉が増加しよるからかな。ほんま、俺、だから獣人ってキライやねん。分かるやろ、磔三。」
「はぁ」
結局、巽 の命でテツと磔三は佐吉を運んで事務所まで戻った。テツは携帯で事務所に問い合わせてみたものの、丁度其の時は皆、其々受け持ちの案件で出払 っており、車で乗り付けてくれる者は居なかった。また、異能を一匹勾引 かすと云うことで、目立ちたくなかった一向は大通りを避けて歩いた為、タクシーを捕まえることもできなかったのである。だから五百米 先の事務所まで鉛のように重い獣人を運ぶのは大層骨が折れた。テツが今語っているのはつまり件の恨み節なのである。
「まぁ、」
テツはおまけとばかりに佐吉の腹に蹴りを入れる。立てたつま先が深々と鳩尾 に食い込んだ。佐吉の顔面に血管が走り、眼を見開いた。身体がくの字に曲がる。
「此れで何発?えーっと、…ひい、ふう、みい… …。八発くらいか。マァ体重重かった件は、此れくらいで勘弁しといたるわ」
伸びをしながらテツが云った。なんと理不尽な、と磔三は思ったが、顔には一切出さない。
「其れでは、事務局にお返ししまーす」
と、テツがおどけて身体を退けると、其の後ろに椅子の背もたれに深々と腰かけた巽行男 が現れた。葉巻から煙を燻 らせて佐吉の事を凝 っと眺めている。
「… …… …。… ……おい、クソガキ」
血のりで汚れた床に額をつけながら、佐吉は荒い息を立てている。
「持って逃げたヤクは何処や」
「…… ハァ、ハァ…… ……」
「相手先にはもう話はつけてる。客の事はもうエエてな。とりあえず金曜までにヤクを引き渡したら、今回は水に流してくれるて、ゆうとる。」
「…… …ハァ、ハァ」
「ほんま、お前の御陰で巽商会の名前は地に堕ちたわ。此のオトシマエ、普通やったらお前の命で払てもらわなあかん。せやけどな、俺はそんな非生産的なコトはせぇへん。お前が取ったヤクさえ返してくれたら、其れで話はまるう収まるんや。」
「… …… …」
「せやから、頼むからヤクのある場所を教えてくれ。まぁ、ワシもちょっと熱くなり過ぎた。悪かったな」
滾々と巽が佐吉を諭すように話している。後ろでは、其の話を邪魔することないよう磔三がテツに耳打ちするように声を掛けた。
「あの狼少年は、何をやったんですか?」
腕を組んだテツが忌々 し気に磔三に答える。
「あのクソガキな。相馬佐吉 云うんや。まだハタチにもなってへんクソガキやねんけどな。あれで割と色んなトコに顔が利くんや。…地元は尼崎 ゆうとったかな。其の地元の連れが割と大阪にも散らばっとるみたいで、独特な情報網 をもっとる。其れが俺等からしたら使いやすいねん。巽商会 も単発やけど此処一年くらいはチョコチョコ此奴使って仕事しててん。」
テツはポケットから煙草と金のジッポライターを取り出し火を着けた。
「せやけど、やっぱガキは使い辛いわ。機嫌が仕事のデキに影響しよる。俺は社長にそろそろ使うのやめとけて、ゆうててんけどな。挙句、今回の件や。」
「… ……」
「佐吉は相手先とも色々と話しててな。マァ、俺等もおったし、其処まで警戒してなかった。奴は相手先に対して、優良な顧客がおるゆうて、ヤク取引の仲介役を申し出た。つまり、相手先が巽商会 から買 うたヤクを、利益乗せて佐吉の云う優良な顧客に売る、ゆうビジネスや。巽商会 からの申し出という事もあって、相手先も二つ返事やったんや。ほな、いざ取引の日になったら、佐吉の云うそんな顧客がおるなんて云うのは真っ赤なウソ。現場に客なんて来 んかった。佐吉が事前に教えてた顧客情報も全部嘘っぱちってのが分かった。のみならず、其の取引の為に用意してたヤクが、佐吉と共に忽然と事務所から消えたンや。」
「… …其れは中々、大事 ですね」
「一応、社長の顔で其の時はなんとか治めたものの、や。相手先との約束を反故にするワケにはいかん。ただでさえ今回の件、佐吉を使って巽商会がハメたんや無いかと相手先から疑念をもれとる。とりあえず、相手先がアテにしてたヤクだけは、絶対に納品せなあかんのや。せやないと、業界でのウチの地位が危うい。其れに、佐吉の身柄も持っていかな俺等の立つ背が無い。」
テツが机の上に置いてあるステンレスの灰皿に、力まかせに煙草を押し付けた。
「なんで彼はそんなコトを?そんな危険なコトをして、彼に何のメリットがあるんでしょう」
磔三の問いかけについて、テツは新しい煙草に火をつけて答える。
「… …其れより前、…… 一か月くらい前か。おんなじように佐吉とやった仕事があったんや。仕事の内容は、殺し な。標的がおったんやけど、ソイツに上手い事近づくには、佐吉の友達 の力が必要やった。なので、其の佐吉の友達 も加わったんやけどな。マァあれや。平たく云えば、上手い事、標的側の連中に友達 を尻尾切りしたんや。ほんで俺等は其の隙に逃げ切れた。そンとき面 が割れてたのはそいつだけやったしな。其の友達 ってのは異能持ちやったけど、あンだけの銃撃食らったら、流石に耐えれへんのちゃうかな。マァ、俺等にしたらどうでもエエ事やったけど、俺はあの件で、佐吉は社長に怨み辛みがあったんやないかなと思てる」
磔三は部屋の隅で打ち捨てられているように倒れている佐吉に目を向けた。
「… ……自業自得ですね」
「何、あれが若さってヤツちゃうか」
「…… ……。… ……。… …裏社会 では長生きできません」
「おめーは、奴と違ってクレバーで助かるわ。てかお前、里は、東京てゆうてたよな」
「はい」
「なんでお前は大阪 に来たんや?ようよう考えたらお前も結構、物好きなやっちゃな」
「… ……。……そうですね。其れについては、又、追々 …」
「いや、別に云いたくないんやったら、かまへんで」
テツは部屋の隅に置いてあるパイプ椅子に座り、壁に背を預けた。其れから手に持っていた煙草を口に咥え、その手で隣のパイプ椅子をぽんぽんと叩く。
「まぁ、時間掛かるやろから、気長に行こうや」
磔三は、血と汗にまみれてゴミのように蹲 った佐吉に奪われていた眼を、テツの方へ向けると、小さく二度頷いた。其れから、深い息をついてテツの隣のパイプ椅子に座る。
目の前の画角にすっぽりと佐吉と巽が収まる。裸電球一つの薄暗い此の部屋は、休憩室兼、尋問室だった。磔三の頭上にある唯一の小窓を開けると、其処から見えるのは向かいのビル壁のみである。
佐吉の意識は未だ暗闇の中であり、半覚醒とも云えないほどの、ほんの少しの息遣いである。
おそらく其の覚醒は、地震のような身体への衝撃により生じた事を、佐吉は朧気ながら自覚していた。
続いて直ぐ。二度目の地震が佐吉の身体を襲う。いや、違う。此れは身体で起こっているのではない。此の
激しい揺れはどうやら俺の頭で起こっているようだ
。佐吉はそう考えて薄目を開けると、視界がぼんやりと開かれていく。此処は何処だろう。朦朧とした頭ではハッキリと思い出せないが、見覚えのある薄汚れた壁… …と考えたところで、脳天に
もげ
たと思った。佐吉の歯が二本、弾けるように床に散らばる。「… ぶっ… …」
嗚咽がこみ上げてきて、口の端から生温かい液体が漏れ垂れた。床を唾液混じりの鮮血が染める。口の中が切れている。頬がじんじんと
毒が回っている所為で身体の自由も儘ならない。震える身体をなんとか動かして、佐吉は顔を上げると、目の前に人が立っているのに気がついた。綺麗に手入れされた茶色のオフィスシューズから辿るように見上げると、其処にはテツの姿があった。
「お、やっと眼が覚めたか。おはようさん」
テツが笑顔で佐吉に云う。そして続けて。
「… …ほんでもって、マッタクな。… ……此の」
思い切り振り上げた足。其の先には、佐吉の頭がある。
「オマセさんッ!」
オフィスシューズが佐吉の顔面に食い込んだ。テツが更に足先に力を込めて蹴り上げる。血が中空に飛び散り、佐吉の頭が身体ごと部屋の奥へ吹っ飛んだ。
「ブフッ…」
手足は手錠で拘束された儘、ゴミの散乱した床で佐吉が激痛に喘いだ。
佐吉は今、人間の姿をしていた。気を失った事で異能の力が解かれたのである。
「マァ、とりあえずや。俺はな、
テツが隣に立っている磔三に云う。
「前ッから思っててんケド、なんで人間って、変身したらあんな体重
「はぁ」
「こんなクソガキの身体でさえ、獣人化したら石みたいになりよる。ムダに筋肉が増加しよるからかな。ほんま、俺、だから獣人ってキライやねん。分かるやろ、磔三。」
「はぁ」
結局、
「まぁ、」
テツはおまけとばかりに佐吉の腹に蹴りを入れる。立てたつま先が深々と
「此れで何発?えーっと、…ひい、ふう、みい… …。八発くらいか。マァ体重重かった件は、此れくらいで勘弁しといたるわ」
伸びをしながらテツが云った。なんと理不尽な、と磔三は思ったが、顔には一切出さない。
「其れでは、事務局にお返ししまーす」
と、テツがおどけて身体を退けると、其の後ろに椅子の背もたれに深々と腰かけた
「… …… …。… ……おい、クソガキ」
血のりで汚れた床に額をつけながら、佐吉は荒い息を立てている。
「持って逃げたヤクは何処や」
「…… ハァ、ハァ…… ……」
「相手先にはもう話はつけてる。客の事はもうエエてな。とりあえず金曜までにヤクを引き渡したら、今回は水に流してくれるて、ゆうとる。」
「…… …ハァ、ハァ」
「ほんま、お前の御陰で巽商会の名前は地に堕ちたわ。此のオトシマエ、普通やったらお前の命で払てもらわなあかん。せやけどな、俺はそんな非生産的なコトはせぇへん。お前が取ったヤクさえ返してくれたら、其れで話はまるう収まるんや。」
「… …… …」
「せやから、頼むからヤクのある場所を教えてくれ。まぁ、ワシもちょっと熱くなり過ぎた。悪かったな」
滾々と巽が佐吉を諭すように話している。後ろでは、其の話を邪魔することないよう磔三がテツに耳打ちするように声を掛けた。
「あの狼少年は、何をやったんですか?」
腕を組んだテツが
「あのクソガキな。
テツはポケットから煙草と金のジッポライターを取り出し火を着けた。
「せやけど、やっぱガキは使い辛いわ。機嫌が仕事のデキに影響しよる。俺は社長にそろそろ使うのやめとけて、ゆうててんけどな。挙句、今回の件や。」
「… ……」
「佐吉は相手先とも色々と話しててな。マァ、俺等もおったし、其処まで警戒してなかった。奴は相手先に対して、優良な顧客がおるゆうて、ヤク取引の仲介役を申し出た。つまり、相手先が
「… …其れは中々、
「一応、社長の顔で其の時はなんとか治めたものの、や。相手先との約束を反故にするワケにはいかん。ただでさえ今回の件、佐吉を使って巽商会がハメたんや無いかと相手先から疑念をもれとる。とりあえず、相手先がアテにしてたヤクだけは、絶対に納品せなあかんのや。せやないと、業界でのウチの地位が危うい。其れに、佐吉の身柄も持っていかな俺等の立つ背が無い。」
テツが机の上に置いてあるステンレスの灰皿に、力まかせに煙草を押し付けた。
「なんで彼はそんなコトを?そんな危険なコトをして、彼に何のメリットがあるんでしょう」
磔三の問いかけについて、テツは新しい煙草に火をつけて答える。
「… …其れより前、…… 一か月くらい前か。おんなじように佐吉とやった仕事があったんや。仕事の内容は、
してやられた
んや。謀られて、俺等は武装警察に追われた。そん時、ウチの社長は其の佐吉の磔三は部屋の隅で打ち捨てられているように倒れている佐吉に目を向けた。
「… ……自業自得ですね」
「何、あれが若さってヤツちゃうか」
「…… ……。… ……。… …
「おめーは、奴と違ってクレバーで助かるわ。てかお前、里は、東京てゆうてたよな」
「はい」
「なんでお前は
「… ……。……そうですね。其れについては、又、
「いや、別に云いたくないんやったら、かまへんで」
テツは部屋の隅に置いてあるパイプ椅子に座り、壁に背を預けた。其れから手に持っていた煙草を口に咥え、その手で隣のパイプ椅子をぽんぽんと叩く。
「まぁ、時間掛かるやろから、気長に行こうや」
磔三は、血と汗にまみれてゴミのように
目の前の画角にすっぽりと佐吉と巽が収まる。裸電球一つの薄暗い此の部屋は、休憩室兼、尋問室だった。磔三の頭上にある唯一の小窓を開けると、其処から見えるのは向かいのビル壁のみである。