第184話 男女の本能 Aパート

文字数 7,335文字



 私に飲み物を手渡してくれた後、元の場所に腰を落ち着けた優希君が改めて大きなため息をつく。
「……それで昼休みに中条さんと二人で彩風さんを説得したって話なんだよね」
 残す溜息の出る話と言えばこれしかない。
「まあ。そうなんだけど、あの二人は離した方が良いのかもしれない。もう何もかもを雪野さんに責任にしてる」
 私も冬美さんからの話も、中条さんからの電話でも同じような状態であり、内容だった。
「中条さんはどうだった?」
 ただ、この二人も仲違いされると私としては致命的なハンデになってしまうのだ。
「中条さんは雪野さんの良い所を上げて、何とか説得を試みようとしてたけど、最後にはケンカになってた」
 冬美さんの話を聞いた後だからか、いくら応援するのは良いと言っても、応援されたライバルの女の子の気持ちとしては、心中穏やかではいられないのは理解出来る。ただし、それは“普通の生徒だったら”の話だ。
 私たちは役員であり、たった五人しかいないこのメンバーで不和を持つのはどう考えても良くない。
 それを教室内だけでなく、統括内に持ち込んだのも納得いかない。むしろ統括内でこそ、会長に協力して彩風さん自身を見てもらう絶好の機会だったはずだ。
 良くも悪くも冬美さんを中心に起こった騒ぎでは、その機会はたくさんあったはずだし生かす事も出来たはずなのだ。
 それにこれは中条さんにしか言っていないけれど、そう考えた場合、会長と彩風さんの恋の仲介役を冬美さんがしていたって取る事も出来たはずなのだ。
 ただこの話自体は彩風さんには何度もして来たのだから、今更何かを言う事はしない。
「……今日ね。冬美さんから聞いたんだけれど、冬美さんと会長でお互い協力し合っていたんだって。私と会長を二人キリにするように『……』私と会長がお付き合出来るように。一方その見返りとして、冬美さんと優希君がお付き合い出来るように二人の時間を取り計らったりしていたんだって。それを知った彩風さんが会長との仲を冬美さんが壊したと思い込んで冬美さんを毛嫌いした」
 本当に私と会長の仲を嫌がってと言うか、考えるのも嫌だと思ってくれている優希君の握るペットボトルが小刻みに震える。駄目だとは思うんだけれど、優希君が嫉妬してくれる度に、私の中に安心感が広がって行く。そんな中、私の中で、以前不快だと感じていた思考が全て一つに繋がる。
「ただね、彩風さんの考え方はやっぱりおかしいの。咲夜さんの話だと会長は去年から私に気があったらしいの。だけれど冬美さんと彩風さんが統括会に参加してからしか、会長と冬美さんが協力関係になるための接点は無いと思うの」
 私の告白と言うか、説明に考え込む優希君。
「だから二人が協力関係にあった時点では、全く嬉しくないけれど会長の気持ちは既に私にあった。だから彩風さんが怒るにしても、感情的になるにしてもお門違いだし、筋違いなの」
 だから咲夜さんが会長に声を掛けた時には――
「あ!」
 ――そうかっ。そう言う事だったのか。
「どうしたの? 愛美さん」
「えっとね。頭の中整理しながら喋るね」
 そう言えば会長に対しては、咲夜さんは悪くないって思っていたんだった。
「突然だけれど、私たちのお付き合い記念日って何日か覚えている?」
「大丈夫! 僕に初めて彼女が出来た日なんだから忘れる訳ないよ。6月14日の日曜日。それが――」
「――ありがとう優希君。覚えていてくれてとっても嬉しいよ」
 私は一度優希君に微笑みかける。男の人ってこういう記念日には無頓着って聞くけれど、私に対して色々気遣ってくれる優希君はやっぱり覚えていてくれた。
「それでこの日付がすごく大切なんだけれど、さっきも言った通り、私に対する想いは6月14日の日曜日どころか、去年から気があった。次に去年の終学期(しゅうがっき)に二人が参加して来てくれて、すぐに“霧ちゃん”“冬ちゃん”と呼ぶ仲になった」
 ただし、この時期から会長と冬美さんの協力が始まったと仮定して。私が会長からの気持ちと積極性を感じ始めたのが5月の末、中間テストの辺りから。
 あの時は雨による余程の事情に該当するかもしれないと言う事で、部活禁止期間中の園芸部における実験をしていたのだからハッキリと覚えている。しかも偶然か運命か、あの時も私と優希君が二人でこっそりと逢瀬していると踏んだ、冬美さんと二人で実証実験みたいな事をしたはずだ。
 その日の統括会で、名前で呼んで欲しい、握手したいって言われてびっくりしたのだから間違いない。 (32話)
「……つまり、その時にはもう私に気があって、ものすごく不本意ではあるけれど私に積極性を見せるくらいには本気だった。そしてここからが本題なんだけれど……って、優希君どうしたの?」
 いよいよ咲夜さんの話だって言う時に、静かな優希君を見て見ると、
「……別に。聞いてるよ」
 なんか明らかに拗ねているように見えるんだけれど。
「会長が私を好きだって言うのはただ事実を言っているだけで、私の気持ちは優希君。分かってくれているんだよね?」
 だから会長を連呼しているからかなと思うも、態度や雰囲気が全く変わらない所を見るとどうも違うっぽい。
「違う。そんな事疑ってない。そもそも愛美さんが名前ですら呼んでないんだから倉本なんか関係ないよ」
 しかも視線も合わせずに会長は関係ないと言う。
 それにしてもどうしよう。優希君が拗ねるのは可愛いと思う反面、せっかく近くにいるのにお互いにお話出来ないのは嫌だし。
「じゃあどうして? 理由、教えて欲しいな――」
 雨が降っていて誰もいない公園。私は優希君の頬へ口付けをする。
「……せっかく記念日として覚えてたのに全然嬉しくなさそうだったから」
 それが功を奏したのか理由を語ってくれるけれど、まさかの女の子みたいな理由だった。
「そんな事ないよ。嬉しかったから話もそのまま続けたんだよ」
 でもよく考えたら私たちはそう言う記念日って、どうしても小さな特別な日にしたくなるけれど、他の男子はそんな事無いって聞くし、何よりお父さんを見て覚えているなんて思えない。
「逆に私が初めての彼女だって言ってくれたのに覚えてくれていなかったら、喧嘩だったよ」
 だけれど、今は例えお父さんでも他の男の人は何でも良くて。
「分かった。だったら今後も愛美さんとの記念日は忘れずに覚えとく」
 私が大好きな優希君が、私だけを見てくれるって言うなら、私との思い出を大切にしてくれるって言うなら、
「ありがとう優希君――」
 私の方から優希君の唇に精一杯身体を伸ばして口付けをする。

 ……え? お互いのサインはどうしたのかって? そんなの女の子からの特権で私からする分には、私からしたいって思った時で良いんだよ。もちろん優希君からの時は私が唇を湿らせてからだけれど。さっきの教室での口付けは例外だからねっ

「ありがとう愛美さん。じゃあ気を取り直して続きを聞かせてよ」
 嬉しそうに調子の良い事を言う優希君。
「……それで本題なんだけれど、私たちがお付き合いをしたのが6月14日の日曜日。そして私が会長からの積極性を受け始めたのが5月末。そして咲夜さんが会長とメガネに協力を申し出たのが6月15日の月曜日なの。だからあのメガネはともかく、会長の気持ちと咲夜さんとの因果関係は本来何もないはずなの。だから咲夜さんが会長に謝る必要もないし、会長に関しては優希君に咲夜さんを責めて欲しくないの。もちろんあのメガネは自分で咲夜さんのせいにしたんだから、そこは優希君が責任を感じないでね」
 だから勢いに任せて喋ってしまう。
「それともう一つ気を付けて欲しいのが冬美さんなんだけれど、この協力の件に関しては冬美さんも何も悪いとは思っていないの」
 私が言い切ったのに驚く優希君。女としての気持ち、嫉妬に関しては優希君には丸一日使っても足りないくらいはあるけれど、応援や協力が悪いとは私にはどうしても思えないのだ。
「確かに協力自体は悪くないのかもしれない。その愛美さんの気持ちは分かるけど、さっきも言った通り男にだって気持ちはあるし、好きな女には振り向いて欲しい。自分の女にしたいって思う気持ちもあるんだ。だから倉本の気持ちを分かった上で協力するって自ら申し出たあの月森さんはどうしても良く思えない気持ちは正直あるよ。言い方悪く言ってしまえば、男心を弄んだって取れるし、実際愛美さんが危ない目に遭いかけた事もあるんだから」
 それに対して教えてくれる男の人の考え方。気持ち。確かに男の人も相手が本当に好きなら、涙もするし感情的にもなる。
「それに同じ男として倉本が人と協力するって言うのは納得出来ない。そもそも自分が気になった相手なんだから、自分でどうにかするものなんじゃないの?」
 その上、優希君がなんか男らしい事を言ってくれる。
「でも私、彩風さんと会長がうまく行くようにって応援も助言もたくさんしたし、蒼ちゃんや朱先輩なんて、私と優希君の仲を取り持ったり仲裁してくれたりしているじゃない」
 けれど、女の私からしたらやっぱりそう言われると自分も協力したり、中条さんと作戦を練ったりしていただけに寂しく感じてしまう部分も出てしまう。
「僕と愛美さんに関しては、もう付き合ってたし、どちらかって言うと僕の不貞行為に対するお叱りと言うか、愛美さんとの話し合いの場って思ってたんだけど……それに僕は愛美さんに振り向いてもらうために、いろいろ勉強もしたし、本も読ん――」
 だったら、これもまた冬美さんだけが悪く言われるなんて納得出来ないと思っていた所に、優希君からのまさかの一言。
「……えっと優希君。私をその気するために色々考えたり調べたりしてくれたの?」
 そう言えば中学期(なかがっき)が始まった辺りに、“押して駄目なら引いてみな”なんて言うかけ引きがあるって優希君が教えてくれたっけ。
 なんか私が知らない間に、私を考えてくれていたって分かるとなんだか恥ずかしい。
「……えっと。つまり愛美さんの話からすると、二人が協力する以前から倉本は愛美さんにちょっかいをかけようとしてた。って話になるんだけど、じゃあなんで彩風さんは雪野さんを目の敵にするんだろう」
 なのにまた私の質問をはぐらかそうとする優希君。これは嬉しかっただけに面白くない。
「優希君が前に言っていた“押して駄目なら引いてみな”って言うのも調べたの? 私以外の誰かに実践したの?」
 だから少ししつこめに聞こうと、煽りを入れて話題を固定させてしまう。
「~~っ。誰にも実践なんてするわけがない! 僕は愛美さん一筋なんだ」
「つまり、調べはしてくれたんだ。自分一人の力で」
 それって全部優希君から私への想いって事で、優希君の本気に惹かれたって思ったら、なんだか嬉しい。もちろん私の方が“大好き”で本気だって事には変わらないけれど。
「そうだよ! 愛美さんはずっと前から人気があったから、どうしても失敗したくなかったし。それに愛美さんをよく知らない男に負けたくも無かったし」
“それでも言い方を間違えて、ちょっとやばかった時もあったけど”なんて言い訳も添える優希君。今なら分かる。放課後二人だけの居残り統括会の時にした妹さんの話だ。 (28話)
 そして今更ながらに感じる、優希君の男の人としての独占欲。お付き合いを始める前から、私に対してそんな気持ちでいてくれたなんてすごく嬉しい。
「大丈夫だよ。私は優希君だけの彼女で、他の男の人なんて考えられないんだから。だから私を本気にさせてくれてありがとう。優希君を“大好き”になって本当に幸せだよ」
 だからもう一回私から優希君に口付けをしようと――
「僕も愛美さんが彼女になってくれてよかった。絶対倉本なんかに負けないから僕だけを見てて欲しい」
 ――したら優希君も同じ気持ちだったのか、どちら共がお互いの唇めがけて顔を近づける。

「それで……えっと。そうそう。彩風さんは思い込んでいるんだと思う。冬美さんが彩風さんと会長の仲を壊したって」
 感情で物事を判断する彩風さんなら、十分ありうる話ではあった。
「じゃあ思い込みとか誤解が無くなったら――」
「――それも、もう手遅れで無理なの。会長の中で彩風さんといるのがしんどいって答えが出てしまった以上、彩風さんの初恋が実らなかった以上、無理だと思う」
 中条さんとの電話口で涙して、朱先輩からの電話が無かったら私は今、確実に声を上げて涙していた。
 でも私の想いは中条さんが受け取ってくれたし、朱先輩からは強要は駄目だって、一方私はちゃんと彩風さんを応援した上で会長からのお誘いも贈り物も全て断ったんだと。だから出来る事は全部したんだって言ってもらっている。
 そして極めつけは冬美さんだ。彩風さんみたいに感情だけで動いて人のせいにするんじゃなくて、どれだけ辛くてしんどくても人の責任にせず、自分を見てもらうためにコツコツ努力して自分磨きもして……恋の仲介どころか恋愛に対する回答をその姿勢で見せてもらっていたのだ。
「……じゃあ雪野さんは本当に言われなき理由で、みんなから文句を言われて彩風さんから責められただけ?」
「――それだけじゃないよ。私の勘通りだと、優希君が冬美さんと口付けしたって聞かされた時、私はトイレに籠っていたんだけれど、私の姿を見かけた彩風さんが二人の協力関係に気付いていると言って会長が止めた。その上、先週会長と会って話をする時も後から来た優希君が、私に打ち明けようとしてくれたのをまたしても会長が止めた」
 あの時、彩風さんから聞いたのかとか、私と会長の仲を壊したいのかとか言っていたから辻褄は合うと思う。
「――そう。愛美さんの――」 ※言う通り~
「――ごめん優希君。今はその続きを聞かない。明日冬美さんが直接優希君と中条さんに話してくれると思うから、答え合わせは冬美さんと直接して欲しいの」

 そうやって初めは人為的でも根回ししてでも良いから、冬美さんの勇気ある小さな一歩は必ず誰かに届く、自分は一人じゃないって体感してくれたらなって切に希う。

「……じゃあ倉本は何してるんだ?」
 そうなのだ。最終的にそこに行きついてしまうのだ。好きではないにしても幼馴染の彩風さんを涙させて、女の子一人すらも振り向かせられないからって冬美さんと協力して。
 私の友達に応援してもらったかと思えば手の平を返して。挙げ句人には口止めしておいて自分は、冬美さんの残留交渉やそれに向けた話し合いだってしないといけないはずだったのに、私にばっかり気持ちを見せつけて来て。終いには冬美さんも涙させて。
「知りたくもないし、電話にも出ていないから知らない」
 そんな人と連絡なんて取り合う訳が無いのだから、知っている訳が無い。
「……ひょっとして愛美さん以外誰とも連絡取ってないのか?」
 誰ともって……そう言えば最近になって、冬美さんから協力関係にあるはずの会長の話なんて全く無かったっけ。
「優希君には? 先週の統括会は?」
 彩風さんとはケンカ別れみたいになっているし。
「僕の所には何の連絡も無いし、先週は月曜日に臨時統括会を開いたからって週末は無かったよ。と言うより先週の金曜日は愛美さんが倉本と会ってたんじゃ? ほら。僕が遅れて公園に顔を出した日」
 ああそうか。そう言えばあの日はそうだった。
 先週は全く学校に行かなかったから、完全に曜日感覚が狂っていた。
「それって、今の統括会がバラバラって事なんじゃないの?!」
 私以外の誰とも連絡すら取ろうとしない会長。彩風さんの思い込みによる無責任な責任の押しつけ。そのせいで一人悩んで全ての責任を受けようとした冬美さん。
「優希君。明日金曜日のお昼、中条さんと一緒に冬美さんお話を聞く時、明日は絶対統括会をするって二人に伝えておいてもらっても良い?」
 臨時や特別な統括会ならいざ知らず、通常の金曜日の統括会なんだから会長の号令とか召集とかそんなの知らない。
「それは良いけど倉本は――」
「――会長には私から連絡なんてしたくないから、優希君にお願いしていい? その時に私、彩風さんに大雷を落とすつもりでいるけれど、今回はどこかで会っても連絡があっても事前には言わないでね」
 全ての話を聞いて、全ては繋がって。やっぱり冬美さんには何の過失も落ち度も無くてむしろ――
「彩風さんに雷って……僕としては好き勝手してる倉本に文句を言いたいんだけど」
「私からしたら、女の子の気持ちなんて全く考えてくれない会長なんてどうでも良いし、中条さんも気にかけてくれている彩風さんを先にどうにかしたいの」
 ――全ての原因を作った会長が、本当に最低だと同じ意見になってしまう。
「分かった。じゃあ倉本との話は僕の方で付けるけど、さっきの愛美さんの話だと失恋した彩風さんも辛いだろうから程々にね」
 同じように背景を理解してくれたからだろうか、あくまで彩風さんを気遣う優希君だけれど、私は今回ものすごく腹立っているのだ。
 忌憚なく言ってしまうなら統括会役員であるはずの彩風さんが、よりにもよって蒼ちゃんに八つ当たりと冤罪をかましてくれた天城と同じ立ち位置なんだから、明日は大雷を落とさないといけない。
 昨日の敵は今日の友。私の友達である冬美さんにその態度はさすがに頂けない。
「駄目だよ。ここで甘やかせるのは彩風さんの為にも、更に言うなら自信を取り戻して欲しい冬美さんにも良くないからしっかり厳しく行くよ」
 だから残りの三ヶ月。統括会の任期一杯、更に言えば入試やらなんやらで更に抜ける事が多くなる私たち。以前会長が言っていたように、そうなると本当に二人だけで回して貰わないといけない日も来る。
 だからこそ、残り少ない時間出来る事は精一杯全力でやり遂げたい。
「分かったよ。じゃあ僕もその間に倉本と話するから」
「うん、よろしくね。明日もお互いしっかり頑張ろうね」
 それに女の子の事は私が、男の人の事は優希君にお任せるって決めているんだから、私としては優希君にお任せするだけなのだ。

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