第178話 学級崩壊 Cパート

文字数 3,665文字

「そう言えば愛美さん。その顔ってまだ治ってないんだよね。痛むんじゃないの?」
 ずっと九重さんと喋っている実祝さん……と言うよりは、実祝さんの視線を見る限
りでは、九重さんが実祝さんを離さないと捉えた方が良い気がする。
「見てくれは悪いけれど、もう痛みはないよ。だから病院からの許可も出たんだろう
し」
 教室の中に足を踏み入れて、以前実祝さんや咲夜さんが言っていた意味が分かった。
 今週から咲夜さんと、今日から私が復学したとは言っても、同じ教室内で依然9席
の空きがあって、それが病欠とかではなく停学なのだから、教室内は静かでがらんど
うとしているのだ。
「そっか。でもあたしは愛美さんが学校に来てくれて

嬉しいよ」
 そのクセ、教室内で行われていた同調圧力もみんな知っていたわけだから、その理
由も察しているのか、教室内全員が他者に対して警戒、監視しているような空気さえ
感じる。
「ありがとう咲夜さん。だったらまずはあのメガネを何とかして欲しいな。ああ、別
に咲夜さんどうのじゃなくて私、あのメガネが本当に苦手だから助けて欲しいの」
 そのクセ、所々で会話も聞こえて来るんだから、この空気感は正直肌で感じないと
この気持ち悪さは言葉にしにくい。
 だから咲夜さんがワザと強調したであろう“やっぱり”には反応しないでおく。こ
れ以上不用意に教室の空気を悪くするのも嫌だし、私にとってはそれ程あのメガネに
困り切っているのだ。
「うん。空木君との約束でもあるから、そこは絶対に何とかするから」
 特に私の場合は今でも分かるメガネからの視線を背中越しに感じる。
 それは私から視線を外した咲夜さんの視線の先からしても、十分予想出来た話では
あった。

 それからはメガネの存在や視線もあって朝礼までの時間。背中にはメガネの視線を
感じて、別に挨拶しに来いとは間違っても言わないけれど、この教室の雰囲気の中で
実祝さんと雑談をし続ける九重さんを見るともなく眺めながら、久しぶりとなる朝の
教室を咲夜さんと過ごす。


 そして予鈴が鳴って、進学校だからと言うのもあってかこれだけの出来事があって
もやっぱり受験生。クラスのみんなが席についてさらに驚く。
 九人の停学者と聞いて、教室の約四分の一が空席だと、さっき実感したばかりだと
言うのに、全員が着席した教室内。思っている以上に広く感じてしまう。
 だから時折実祝さんがこっちを見つめて来るその心境もよく分かるし、私とメガネ
の間に人がいないのか、断続的ではあるけれど視線を感じる。
 私が居心地の悪さを感じていると、本鈴が鳴る前に
「それじゃあ少し早いが朝礼を始めるな」
 私の姿を視線で探していた先生が、私を見つけて嬉しそうにその表情を変えて教壇
に立つけれど、先週見た時より明らかにやつれている。
 私がこの一週間で変わってしまった先生の姿にびっくりしている間に、今週末から
の大型連休の際の部活の全面禁止。
 ただし間もなく受験シーズンとの理由から、図書室は終日開放しているけれど、部
活棟への立ち入りは、基本禁止になるという驚きの連絡事項が伝えられる。
「それから、今回の学力テストで振るわなかった生徒も、夏季課題をちゃんと提出し
てるなら、中間・期末で十分取り返せるから、まだ腐るのは早いぞ」
 そう言えば中学期(なかがっき)の初めに校内学力テストをしたっけ。確かあの
順位も7位だったけれど、もう遠い過去の話にしか思えない。それくらいの非日常が
私たちを襲ったのだ。
「それから見ての通り今日から岡本も復学してくれてる。正直一つのクラスからこれ
だけの停学者が出るなんて、俺も初めてだから正直どうして良いのか分からない」
 今の先生の気持ちは、子供である私には分からない。分からないけれど全く分から
ない訳じゃ無い。これだけのクラスメイトがいなくなって、空き教室の雰囲気が強く
て、私だって分からないなりに思う事はたくさんあるのだ。先生も同じような気持ち
なのか疲れが濃く表情に出る。それでも先生は言葉を止めない。
「でも、今ここにいる残った仲間は、みんな同じしんどい気持ちを持ってるんだと俺
は思いたい。だから俺はクラス全体化してた問題について誰か一人を責めるつもりは
無いし、今更責めたいとも思わない。ただ、今回の経験を生かして何があっても同じ
轍だけは踏まない様に各自で意識はして欲しいんだ。特にお前らはこれから受験で、
現役最大の武器であるたくさんの仲間が顔を揃えてるんだ。だからお互い助け合って
残りのメンバーでやって欲しい。俺からは以上だ」
 本当に優しすぎる先生らしいなって思う。もう少し厳しくしないと先生自身が潰れ
てしまうんじゃないかと思うくらい。
 その先生が、こんな時だからこそなのかしんどい受験生活を乗り切るコツを教えて
くれている先生。それに聞き入っているのか静かなクラスメイト。
 ただその中でも別の違和感が私に付きまとう。空席が多いからそう思うのか、それ
とも別の何かがまた起こっているのか。
 間延びしていた先生の声が無くなってしまっていたのを加味しても、やっぱり違和
感はぬぐい切れない。
 どうしても気になった私は、朝礼を終えて私を一目見て教室を(ちから)無く出て行った先生を追いかけて捕まえる。
「先生! 大丈夫ですか?」
 クラスがこんな状態になって、先生もこんなにやつれてしまって大丈夫ではないの
は明らかだけれど。
「俺よりも岡本の方こそ、その顔……本当に学校へ来ても大丈夫だったのか?」
 それでも私の容態を気にかけてくれる先生。
「はい。これ、見た目とは違って全く痛くないんですよ。病院からも遅くとも月末ま
でには、赤みも無くなって完治するって言ってもらっていますから」
 そう言って先生に少しでも安心してもらえるように笑顔を向ける。
「それよりも先生。あの教室の空気。また何かあったんですか?」
 これ以上何かあったら先生も持たないだろうから、私も全面協力するつもりでは聞
いたんだけれど、
「特に何かあった訳じゃ無いと思うんだが、間違いなく岡本と防、それから大量の停
学者にみんなの気持ちが滅入ってるんだと思う」
 岡本が教えようとしてくれたにもかかわらず、こうなるまで気付けなかった俺が、
また何かに気付けていないだけかもしれないけどな。っと目頭を押さえる先生。
 私でもすぐに気が付いたあの教室内の空気は、確かにそう言う感じじゃない。だけ
れど今は先生としての自信を失いかけている先生に指摘するのは、私の目的、信条と
は異なるのだから、今は何も言わずに先生の話を聞くだけに留める。
「大丈夫ですよ。先生の気持ちは最後にはみんなに届きます。届いた私が保証します。だから先生も少しだけでも良いんで、元気出して下さい」
 その分私は、先生の話を生徒に対する想いを全て受け止めようと決める。
 いつだって私の周りの人には笑顔でいて欲しいのだ。たとえそれが先生だろうが、
大人だろうが変わらない。
「そうは思うんだがな。あの教室の中で俺一人だけが空回りしてもな……」
ましてや応援するって決めた先生なら尚更。
「先生は、他の誰でもない私の姿、顔を見ても元気が出ないんですか?」
 無論恋人とか好きな人っていう意味では無くて、公欠扱いを受けていた私が復学したっていう意味で。
 それに先生は朝礼の直前に、私の姿を一目見て喜んでくれたはずなのだ。
「そんな事はない! 俺は岡本と会えて嬉しい! これは本心だ」
「だったらほんの少し、教室の生徒分の一(1/教室の生徒)で良いので喜んで元気出して下さいよ」
 みんなは私を酷い女だって言うかもしれないけれど、それでも仮初だったとしても
やっぱり笑顔は必要だと思うから、教室内の一生徒分くらいの活力で良いから、先生
の元気の元になって欲しい。そのための悪者なら喜んで引き受けようと思う。
「……分かった。今日一日は岡本を思い出しながら乗り切るから、放課後に呼び出し
面談って言う形で俺に少しだけ時間をくれないか?」
 呼び出し……か。後で優希君に連絡だけは入れないといけないけれど、教師と生徒
と言う立場を踏み越えないのであれば、それで今日一日先生の笑顔が増えると言うの
であれば。
「分かりました。じゃあ改めて終礼の後に声を掛けて下さいね」
 私は先生の誘いを受けて、久々の授業を受けるためにメガネからの視線も相まって
居心地の悪い教室へと戻る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       久しぶりの登校で、色々な洗礼を受けた主人公
     その中でも友達からと、隠す事の無い先生からの気持ち

   その中でも気になり続けていた後輩からの話をやっと聞けることに
 ただ一筋縄ではいかない中でも、後輩を手なづける方向性を決めていた主人公

      電話での内容を話したにもかかわらず変わらない主人公に
           否定され、優しくされ戸惑う後輩

   「じゃあ雪野さんが悪くないって認めてくれるまで謝り続けるよ」

             第179話 孤独と疎外感 5
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