第178話 学級崩壊 Bパート

文字数 4,798文字

「……それで。アンタの顔、いつになったらキレイになるのよ。まさかお兄ちゃんの
彼女なのに一生そのままなんじゃないでしょうね」
 黒い傘、一面に描かれた白い花から時折のぞく金色の髪を、今日は下ろして揺らし
ながら、私に小姑みたいな聞き方をして来る……いやでも、場合によっては小姑で間
違いではないのか。
 もっとも小姑を手なずけるお嫁さんがいても良いとは思うけれど。
「心配ありがとうね。病院の話だと月末までには完治するって言ってもらえているか
ら、傷跡も何も残らないよ」
 だけれど今さっき優希君に言われたばかりだから、今回は普通に答える。もちろん
優希君からの信頼を勝ち取り切ったら、あの手この手で優珠希ちゃんにしっかり懐い
てもらうつもりでもいるけれど。
「良かった……それじゃあ後は愛美さんの親友の蒼依さんの容態は? あ! もちろ
ん答えられたらで良いよ」
 続けて優希君から蒼ちゃんへの気遣い。ただ“僕から蒼依さんに話したい事があるんだよ”って言うのは少し気になるけれど、それは雪野さんに対して持っている感情とはやっぱり種類も色も違う。
 それは何となくでも、倉本――会長とのやり取りとか、その辺りの話だって目星も
付いているからかもしれない。だから余計な一言は口に出さずに大人しくしている。
 私だって蒼ちゃんとは断金へと至った親友で、優希君だって私の彼氏なんだから、
少しずつでも、優希君の考えている事くらいは分かるようになって来てはいるのだ。
「蒼ちゃんはもう少し後かな。どれだけ早くても来月下旬から11月くらいからかもしれない。ただ、病院からは日常生活を送る分には問題ない、支障も無いって言ってもらっているみたいだから、蒼ちゃんに話したい事があるなら会えるよ。むしろ病院からは色々な人と喋って、元気出した方が良いって言われているから、優希君の都合が合いそうだったら、会ってもらえると嬉しいかな」
 だから蒼ちゃんに関する事でも、優希君相手ならどこにつっかえる事も無くすんな
りと私の口から言葉が出て来る。
「どれだけ早くてもって……その先輩って、卒業式までには戻って来れるんですよね?」
 だけれど一番早く反応してくれたのは、御国さんだ。
「もちろんだよ。何か蒼ちゃん的には中学期(なかがっき)に行われる中間テストには勉強して、対策をした上で挑みたいって言っていたから、少なくとも10月の下旬には戻って来ると思うよ」
 もちろん10月頭に実施する、二回目の妊娠検査と現在の傷病の経過次第にはなると思うけれど、あれだけ言い切った蒼ちゃんだから、例え再びおばさんと大喧嘩しても自分の気持ちはもう曲げないと思う。
 それに万一の場合は何度だって蒼ちゃんの味方をするだけだし、絶対戻って来てく
れるって信じられる。
「話してくれてありがとう愛美さん。じゃあ蒼依さんを激励する意味で、今度は倉本
抜きで三人で会ってみようかな。そう言えば優珠も蒼依さんとは面識があるんだっけ」
「あるのはあるけれど、そう言えば優珠希ちゃんに取り繕った返事をしてからは、蒼
ちゃんに対して酷い呼び方をしていたんだっけ」
「わたしは遠慮しておくわよ。ただですら面倒事が舞い込んで来そうなのに、これ以
上余計な女は要らないのよ」
「余計な女って、せっかく新しく園芸に興味を持ってくれた“一年の後輩”やろ」
 あれ……病院で話した時点では、あの呼び方は何とも言えないけれど、もう少し打
ち解けてくれたと思ったんだけれど……
「“何が一年の後輩”よ。あの女狐、わたしにばかりすり寄って来るじゃない。この
園芸部は佳奈が部長なんだから、普通は佳奈の方に話しかけるのが道理なんじゃない
の?」
「ちょっと優珠ちゃん。何言うてんの。ウチはそんな柄ちゃうし、やっぱり優珠ちゃ
んがやってくれると嬉しいんやけどなぁ」
「駄目よ。知識も経験も佳奈の方が上なんだから。わたしは佳奈の補佐で十分なの。
だからあの女狐にすり寄って来られる理由がないのよ。なのに一体何が目的なのよ、
気持ち悪い」
 どうも園芸部に原因があるみたいで、蒼ちゃんが直接の原因ではなさそうだ。
それでも話を聞く分には、優珠希ちゃんに懐く可愛い後輩に聞こえるんだけれど、何
が不満なのか。しかも今度は何が気に食わないのか女狐とか言っているし。
 その語彙力と言うのか、レパートリーと言うのか、とにかくあだ名のネタがすごい。
しかもまともなあだ名じゃなくて、御国さん以外のあだ名は何て言うか、すごい。
 もちろん私のあだ名については、何としてでも近々訂正はしてもらうけれど。
「後輩に懐かれるって、先輩冥利に尽きると思うんやけどなぁ」
 まるで私の考えをそのまま言葉にしたかのような御国さん。全くもって言う通りだ。
「まあ良いわよ。朝からあんな女狐の話なんてしたくないから、もうこの話は辞めに
するわよ。そしたらそろそろ学校も近くなって来たからわたしたちは行くけど、約束
通り昨日一日だけは我慢したんだから、あのメスブタだけは何とかしなさいよ」
 ……そう言えば昨日一日、それで我慢してもらったんだった。
 今朝もう二週間も無いって冷や汗をかいたばかりなのに、今の優珠希ちゃんの言葉。
「ほなウチからも、優珠ちゃんの心の平穏の為にもよろしくお願いします――優珠ち
ゃんちょっと待ってって」
 しかもあの穏やかな御国さんまで。
「雪野さんについては僕からも折を見て話すから、まずは学校へ行こうか」
二人をどんよりした気持ちで見送った私を、優希君は励ましてくれているつもりなん
だろうけれど、実質二週間も無い今、“折を見る”余裕すらほとんどないのが本音な
のだ。
「分かったよ。ただひょっとしたら優希君にものすごいワガママを言うかもしれない
けれど、聞いてくれる?」
 だったら優珠希ちゃんの性格を知り尽くしている上に、雪野さん自身が心を開いて
いる優希君に、二人の仲を取り持ってもらえるようにお願いしないといけないかも知
れない。今の時点では諦めるつもりは無いけれど、打てる策は初めに打っておきたい
のだ。
「! もちろん! 愛美さんにとって僕が一番頼れる男なんだから、愛美さんのワガ
ママはちゃんと僕が全部受け止めるよ」
 だけれど内容を聞く前から、いつものように私に甘えさせてくれる優希君。
「だから誰もいない内に愛美さんと……」
 かと思いきや、私の唇に視線を置く優希君。しかも同じ傘に入っているから、私た
ちの間に障害となりそうなものは何もない。
 ひょっとして優希君は私との口付けばっかりを考えて、私のワガママなんて右から
左なんじゃないのか……それでも優希君が全部受け止めてくれるって言ってくれたん
だから、もしもの場合には絶対聞いてもらうけれど。
 そう思ったらワガママの前払いで、口付けをしても良いかもしれない。そう結論付
けた私はそのまま唇を湿らせる。

 ……もちろん私だって優希君と口付けしたいからするんだからね。たまには恥ずか
しい時だってあるだけなんだからっ。

「! 愛美さん!」
 私が唇を湿らせたのを確認出来るや否や、最近当たり前になりつつある舌を絡ませ
る口付け。
 傘が目隠しになっているのを良い事に、少し長めにお互い口付けを楽しむ。
「それじゃ僕が教室まで送って行くから」
 直前のデートでの私の反応を覚えていてくれたのであろう優希君が、私の騎士役を
買って出てくれる。
「ありがとう優希君。私もそうしてくれると安心かな」
 だったらこの前の忘れられない恐怖心だってまだ残っているのだから、素直にお願
いする。

 この前の休日の校内と違って生徒がたくさんいる中、恥ずかしかったからと腕を組
むのは諦めたけれど、それでも離れて歩くのなんて嫌だったからと、手だけは離さな
いで、私の教室へと二人で向かう。
 その道すがらも、私が久々の登校だからなのか、それともまだお世辞にも顔が綺麗
だからとは言えないからか、とにかくたくさんの人から注目を集めているのが自分で
も分かる……もっとも片時も離す事の無い、この恋人繋ぎが原因なのかもしれないけ
れど。

 私が恥ずかしさをこらえている中、優希君は堂々と胸を張って私の隣を歩いてくれ
ながら、あの日曜日立ち入らなかった自分の教室の前まで来た時、
「あ! 愛美さん!」
 九重さんと喋っていた実祝さんよりも早く、咲夜さんが駆け寄って来てくれるけれ
ど、
「……空木くんもおはよう」
私は優希君と恋人繋ぎをした手に力を入れた上で、咲夜さんに見せつけるようにその
手を揺らす。
「おはよう月森さん。僕は違うクラスだからここから先へは今は入らないけど、愛美
さんは、僕以外の男子に慣れてないから、僕の代わりに同じクラスの島崎や倉本から

”『――っ』を守ってくれる?」
 やっぱり咲夜さんの気持ちが本物に変わったのを感じ取ってくれたのか、いつもと
は違う言い回しで咲夜さんにお断りとお願いを同時にしてくれる。
「……優希君……」
 だったら私だってみんなが見ているからとか、教室の前だからと言い訳をして恥ず
かしがっている場合じゃない。さっきからの堂々とした優希君の姿。本当に私を自慢
の彼女だって思ってくれているのなら、私だって優希君に“大好き”を見せたい。
 優希君だけに頑張って欲しくない。
「……」
 私が優希君にもたれかかったのを感じ取ってくれた優希君が、恋人繋ぎをした手を
“にぎにぎ”してくれる。
「……うん。これは元々あたしが招いた状態でもあるから、愛美さんの事は任せて下
さい。その代わり今度――」
「――ありがとう。それじゃ僕は自分のクラスに戻るから、月森さんにとって友達で
『っ!』ある愛美さんをお願いするね――それじゃあ愛美さん。帰りも迎えに来るか
ら一緒に帰ろう」
 その優希君は咲夜さんが色よい返事をした瞬間には、咲夜さんから視線を切って、
私の頭に手を置いてくれた優希君がポンポンと撫でてくれる。
 何て言うか、この辺の何気ない動作って言うのか、女の子に対する断り方って言う
のか、期待を持たせない態度がものすごく嬉しい。
 その上で私にだけ放課後の約束を取り付けてくれる優希君。これなら私の不安なん
てほとんどないし、安心も出来る。
 一方で咲夜さんが続けようとした言葉の先は、誰にも分からない。だけれど優希君
は私だけの彼氏なのだから、私以外の女の子の秘密の窓なんて覗いて欲しくも無いし
興味すら持って欲しくないに決まっている。
「ありがとう。じゃあ放課後待っているから、私以外の女の子と喋って遅れるとか絶
対嫌だからね」
 だから、私からも咲夜さんは警戒していると意思表示も込めて、他の女の子との接
点は嫌だって遠回しに伝えておく。
「大丈夫。僕は愛美さん以外の女子には興味が無いから」
 だから私たち二人以外には、全然別の意味に聞こえるような、恐らくは全く真意の
分からない普通の会話を交わす。
 普通に聞いていたら、ただ嫉妬している彼女がワガママを言っているようにしか聞
こえないはずだ……私と優希君を目を潤ませて見ている咲夜さん以外には。
 ただ私は嫉妬深いし独占欲も強いのだから、咲夜さんが分かっていると言うのは、
この場合一番面白くないのだ。
「ありがとう優希君。じゃあ二回目は放課後にね」
 私は恋人同士の会話に他の誰も入れたくない。特に優希君に恋情を抱いている女の
子である咲夜さんには特に。
 だからこの先の会話は、咲夜さんにも分からない、正真正銘本当に私たち二人にし
か分からないやり取りを混ぜ込んで、咲夜さんすらもこの会話から振り落とさせても
らう。だから今は唇を湿らせるのも何もかもナシで。
「じゃあ昼休みは、雪野さんにもよろしく言っといて欲しい」
 私の意図を理解してくれたのか、私の唇には一切視線を置かずに、そのまま自分の
教室へと戻る優希君を
「……」
咲夜さんと二人で見送る。 

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