第185話 統括会・会長の意地 Aパート

文字数 5,412文字


『もしもし。雪野です』
 私から連絡が来るのを待っていたのか、すぐに繋がる。
『私だけれど、明日の昼休みに優希君と中条さんの二人には、冬美さんの教室に行ってもらうから』
 そして冬美さんには一呼吸すらもさせないつもりで、先に用件と言うか結果だけを伝えてしまう。
『は? 岡本さんは何を仰ってるんですか? 何でワタシの返事も聞かずに勝手に決めてしまってるんですか?』
 この反応を分かっていたからこそ、そのまま全部言ってしまったんだけれど、何を都合の良い事を言い出しているのか。
 今までどれだけこっちが冬美さんに振り回されて来たと思っているのか。
『何でよ? 三年の教室に来るのは時間的にしんどいんでしょ? だったら冬美さんの教室を集合場所にしてしまえば時間的に余裕が出来るんじゃないの?』
 もちろん冬美さんが言っているのがこっちじゃない事くらいは、アホじゃないんだから分かっているに決まっている。
『だから何を仰ってるんですか? 頭大丈夫ですか? せっかちな岡本さんが無理矢理期限を迫った、ワタシの考える時間と心の準備はどうなったんですか?』
 せっかちとか、無理矢理とか。冬美さんも慣れてきたら中々の言葉を使うじゃない。こう言うのは嫌いじゃない。
『そう? じゃあ私が勝手な事をしたって事で、明日の朝一で冬美さんの教室まで謝りに行くね。ごめんなさい冬美さ――』
『――ちょっと辞めて下さい! そんな事

が謝りに来ないで下さいっ!』
 たった一言謝っただけなのに、必死に声を上げる冬美さん。
『謝るのも駄目って事は優希君に秘密を作るって事? その上、私を友達じゃなくて先輩って呼ぶなら、先輩の彼氏に手を出す失礼極まりない後輩だって事で。だったら優希君へ告白するのもナシ――』
『――だから少し待って下さい! ワタシの気持ちをちゃんと聞いてからにして下さいっ!』
『じゃあ、明日の昼休みに優希君と中条さんに話してくれるんだね』
 だったらここで有無を言わさず畳みかけてやる。
『話します。きっちり全て話しますっ! その代わりどのくらい空木先輩をお慕いしてるかも合わせて伝えさせてもらいます!』
 かと思ったらまさかの反撃。
 この抜け目のなさが、優希君に対して常に本気なのが分かる、伝わる。
 だから私も物に当たりたいのを苦心して押さえないといけない。
『良いよ。好きにしなよ。ただし、それで優希君の気持ちが動かないからって、泣き言言われても私は知らないからね』
 もちろん今までの冬美さんの姿を見て、そんな事ある訳ないくらいは分かる。だけれど、これは私の彼女としてのプライドだ。
 だから言わずにはいられなかっただけだ。
『岡本

こそ、後からその二枚舌で言いがかりをつけるのは辞めて下さいね』
 本当に今までの冬美さんは何だったのかと言うくらいには、中々な言葉を連発して来るけれど……こういう冬美さんの方が好きかもしれない。
『相変わらず

に対して失礼な言い方をするよね。フ・ユ・ミ・さんは』
 だから私も遠慮なく地を出せる。
『~~っ!! 岡本さんがこんなに滅茶苦茶な人だとは思っていませんでした。岡本さん程“人は見かけに寄らない人”を見たのは初めてです』
『私こそ、冬美さんがここまで失礼だとは思っていなかったよ。セ・ン・パ・イ・に対して』
 だから冬美さんごときに口で負けるかっ。
『分かりました。明日の昼休み、二人の反応が岡本さんが思うのとどのくらい違うのか楽しみですね』
『……その結果は明日の統括会でとっても楽しみに聞かせてもらうからね』
 まだまだ私を分かっていない、頭の固い可愛い後輩。その為の根回しももう済んでいるっての。
 前にも言ったように、交渉とかかけ引きなんて言うのは、その前から始まっているのだ。この頭の固い可愛い後輩に交渉術を教えてやりたい気がして来た。頭の固い可愛い後輩がどう言う反応をするのか少し楽しみではある。
『それじゃあ、また明日統括会でね』
『分かりました。岡本さん。それでは失礼しました』
 そして都合よく、何もかもに気付かないまま、冬美さんとの約束だけを取り付けて通話を終える。

宛元:優珠希ちゃん
題名:遊ぶな
本文:人のお兄ちゃんで遊ぶな! カッコいいお兄ちゃんが今日は帰って来るや
   否や布団かぶったまま出て来ないんだけど! どうゆう事なのよ! 説明
   しないさいよ!

 案の定、優珠希ちゃんからの文句のメール。本当なら適当に二人の秘密って事で内緒にしても良かったのだけれど、先日の御国さんとのお話もあったし、やっぱり優珠希ちゃんに寂しい顔なんてさせられないし、

宛先:優珠希ちゃん
題名:隙
本文:優希君も男の子だっただけだよ

 間違いなく優珠希ちゃんなら分かるだろうヒントだけを並べて返信して最後。

『蒼ちゃんお待たせ』
 やっぱり蒼ちゃんの声だけでも聴いて安心したい。
『今日の学校はどうだった?』
『教室の空気は良くないけれど、優希君と実祝さんと……咲夜さんが会長とメガネから私を守ってくれてるかな』
『迷うくらいなら、そこは二人だけで良いんじゃないかな』
 だけれど、安心した気持ちとは別にどうしても流れて来る寂しい気持ち。それでも蒼ちゃんの気持ちが分かるだけに、反論する気にもなれない。
 こんな状態で、咲夜さんから優希君への気持ちなんて間違っても蒼ちゃんには言えない。
『それと。ひょっとしたら私、会長から告白されるかもって言うか、告白してもらってハッキリ断った方が良いって――』
『――ブラウスの人が言ったんだね』
 だから話題を変えようと思ったのだけれど、どうもその方向性を間違えたのか蒼ちゃんの機嫌が更に悪くなっている気がする。
『もちろん優希君にはしっかり相談するし、完全に諦めてもらうためにしっかりハッキリ断るよ』
『だけど、前の公園みたいに無理矢理連れ回されそうになったらどうするの? ブラウスの人って愛ちゃんと会長さんの関係を読み切れてないんじゃないの?』
 それは絶対にないけれど、私が不安に感じたのもそこで、だからこそ優希君とよく相談なんだけれど。
『そんな事ないよ。ちゃんと朱先輩は蒼ちゃんと同じように「……」私を第一に、大切に考えてくれているよ』
 なのに蒼ちゃんから、大切な朱先輩を悪く言われて少しだけ鼻がツンとする。
『……分かった。じゃあ今日はもうブラウスの人の話は辞めるから。それで彩ちゃんは?』
 だけれど私をよく分かってくれている蒼ちゃんは、そこで再び話題を変えてくれるけれど……
『彩風さんと会長はもう無理だよ。それから今日冬美さんの話を聞いて、完全にお門違いの思い込みだけれど、彩風さんが何で冬美さんを目の敵にしているのか、会長の話を聞かなかったのかは分かったよ』
 そう前置きして、今日の昼休みに冬美さんから聞いた話、をそのまま蒼ちゃんに全て伝える。

①冬美さんと会長の間で取り決められていた協力関係
②冬美さんが会長に協力するのは私たちが彩風さんに協力するのと同じ
③その会長は一時期咲夜さんにも協力・応援態勢を敷いていた
④会長は冬美さんには「恋愛感情はない」と言っていた。つまり彩風さんを全く
 見ていなかった
⑤冬美さんはそこまで想うくらい優希君に本気だった 
⑥本気だからこそ、応援も協力もして欲しい、したくなるのはそこまでおかしい
 事じゃない

『これは、彩ちゃんにお説教だねぇ』
 その結果、蒼ちゃんはやっぱり私と同じ意見になってくれる。
『だから明日の統括会の後、彩風さんにはしっかり雷を落とそうかと思って』
 だから私も自分の考えを、そのまま蒼ちゃんに伝える。
『それじゃ明日。またどうなったのか教えてね』
『うん。それはもちろんなんだけれど、蒼ちゃんの方は? あれからおばさんとおじさんはどう?』
 後は蒼ちゃんの身体の調子と両親の話だ。
『私の家は相変わらずだけど、明日の病院は大丈夫だと思う。そうなったらお母さんもお父さんも何も言えなくなると思うから、楽しみは楽しみだよ』
 けれど心配を他所に、蒼ちゃん自身の調子は良さそうだ。
『それなら良いけれど、この週末の料理教室は行くんだよね。また何かあったら蒼ちゃんからも連絡ちょうだいよ』
 だったらそれ以上に安心出来る話なんて無い。
『分かった。どっちにしても病院の話も、彩ちゃんの話もまた明日だね』
 だから最後は穏やかな気持ちで、蒼ちゃんとの通話を終えた私はそのまま布団へと入ることが出来た。
 また大荒れになると予想出来る明日の統括会を目の前にして。


 翌朝、昨夜蒼ちゃんとの電話で安心出来た私は、ぐっすりと眠れたのか目覚めはとても良かった。しかも曇天ではあったけれど雨は上がっているっぽい。
 私はそのまま布団から抜け出たけれど、
「……」
 昨日のメッセージが効いたのか、兄妹どちらからとも今日の待ち合わせに関する連絡なんかは無かった。
 だから取り敢えず先に身支度だけを整えて下に降りると、
「おはよう愛美。ところで来週は連休になるけど、彼氏からのキスマークを隠すのに借りたタオル。返さなくて良いの?」
 どう言うつもりなのか。ただのタオル1枚なのに小さな紙袋に入れて、私がいつも座るテーブル席の上に置く満面の笑みを浮かべたお母さん。
「! ちょっとお母さん!」
 朝からなんて会話をして来るのか。万一慶に聞かれたらどうしてくれるのか。おかげで眠気が全部吹き飛んだ。
「愛美? そんな怖い顔するけど、来週の連休中はお父さんずっと家にいるって言ってたから、今日返しておかないともし見つかったらお父さんうるさいわよ。それに愛美だって忘れてたんじゃないの?」
 連休中、お父さんはずっと家にいるって……朝からそんな重要な情報をたくさん与えてくれるのは、お母さんから指摘されるまで、完全にタオルの存在を忘れていたくらいには、まだ頭は寝ているんだから待って欲しい。
「お父さん。仕事は良いの?」
 もちろん普段から私たちのために頑張ってくれているお父さんだから、たまにはゆっくりして欲しいとは思うけれど、それとこれとはやっぱり別なのだ。
 朱先輩や優希君との約束もあるし、何より教頭先生から預かっているマスターキー。要はこの連休中も受験生を返上して課題に挑めって事なのに。せっかく先生が協力は良いって言ってくれているのに、お父さんの反応が怖くておちおち優希君とのデート……じゃない。二人で協力しにくいんだけれど。この分だと、今週お父さんを労うのは無しになるかもしれない。
「あら。愛美はお父さんにずっと働き詰めでいろって言うの?」
 しかもお母さんも分かっていて嫌な聞き方をして来るし。
「そんなの知らない。それじゃあ私。今日も早いからご飯貰ったら行くね」
 このままお母さんと言い合いっても、頭もまだ寝ている上に、お母さんで口で勝てるだなんて思えない私は、そのまま家を出る事にする。もちろんお母さんが作ってくれたお弁当だけはしっかりと手に持って。
「急ぐのは良いけど、せっかくお母さんが優希君の為にアイロンまでかけたんだから、忘れずに持って行きなさいな。そのついでに、お母さんが優希君の為にアイロンをかけた事を伝えたら優希君も喜んでくれるわよ」
 なのにこのお母さんはなんて事を言い出すのか。娘の彼氏にちょっかい掛けるとかもしそのつもりだったとしたら、
「今のお母さんの言葉、さすがにお父さんに――」
「――言っても良いけど、そんな事言ったら優希君の存在も、お父さんに話さないといけなくなるわよ。それは別にかまわないの?」
 ……そうだった。構うに決まっているのを分かっていて聞いてくるお母さん。やっぱり頭が寝ている今はお母さん相手と言うのは更に質が悪い。
 それに、今も楽しそうに笑っているお母さんは優希君がどんな人かも見た事が無いんじゃないのか。
「あら? 愛美は何を勘違いしてるのかしら。お母さんはただ優希君に、愛美の彼氏として公認していますよって伝えたかったから、優希君のタオルにアイロンをかけて、喜んでもらおうと思っただけなのに」
 今のお母さんの表情を見て、とてもじゃないけれど額面通りに受け取る訳にはいかない。
「じゃあホントにもう行くから! もちろんお母さんの話もアイロンの話もナシだから!」
 これ以上優希君の話を、お母さんに根掘り葉掘り聞かれてたまるかと言う気持ちで、学校へ向かうためもう一度自室へ戻る。

宛元:御国さん
題名:次は何しはったんですか
本文:なんかウチの方に、岡本先輩に今日の集合場所と時間はいつも通り言うて
   連絡して欲しいって言うとったんですが、また喧嘩ですか?

 通知のあったメッセージを見て、まあ場所と時間については思った通りだったけれど、兄妹揃ってどう言うつもりなのか。
 まさか御国さんからの連絡に、相手が変わっているとは思わなかった。
 取り敢えず今日は優希君の態度と、蒼ちゃんと同じ意見になった通り、今日の統括会が終わった後、彩風さんにしっかりと雷を落とさないといけないのだから、今日だけは浮ついた気持ちを全て失くしておこうとリップを引くのも辞めておく。

宛先:御国さん
題名:会ったら説明するね
本文:喧嘩ではないから安心してね。

 そして御国さんに短く返信だけしてメッセージ通り、昨日の説明をするために待ち合わせ場所へと向かう。

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