第182話 近くて遠い距離 終 Cパート

文字数 5,297文字

 震える声の中、絞り出すような告白で、声を殺して体全体を震わせる冬美さん。
 私はもう一枚のハンカチを炊事場で湿らせて、遅ればせながら目がこれ以上炎症を起こして腫れてしまわない様に、手渡す。
「……」
 と同時に、頭の固い冬美さんらしく昨日のハンカチを洗濯の上、軽くアイロンも当ててくれたのか全く皴一つない状態で返してくれる。
「……別にそれって、私が怒る理由にはならないよね。好きな人との恋は友達なら応援するものだし、自分だって応援してもらえたら嬉しいだろうし」
 実際私は、彩風さんに会長との応援もしたし、朱先輩も人の恋路の応援をするのは悪い事じゃない。強制や強要は論外だけれど、私らしく応援したら良いって言ってもらえている。言い換えれば彩風さんも、私から会長との協力を得ているのと同じ事なのだ。だったら、もしこれでお互いの友達関係が崩壊したとしたら――今回ばかりは本気で彩風さんを叱らないといけない。毎回本気だって言っている気がするけれど、今回は“止まらない”と思う。
「でも、そのせいで岡本先輩は困って霧ちゃんの想いはワタシが壊してしまったんですよね」
 冬美さんの涙声の内容に驚かされる。
「冬美さん。彩風さんの気持ち、知っていたの?」
「知っていたって言うより、文句の電話の際に聞かされて驚きました」
「驚いた?」
「はい。会長の話では霧ちゃんはただの幼馴染だと言って、恋愛感情はない。ただの腐れ縁みたいなものだって伺ってたんです」
 出てくる話全てに驚くハメになる私。もちろんさっきからの言葉で、冬美さんもさぞ驚いているんだろうけれど。
 ただフタを開けてみたら、彩風さんは私の友達になる予定の冬美さんに文句を言うだけ言って、実際には冬美さんとは違い、中条さんからの助言でもあった、自分を見てもらう努力は何もしていなかったって話でしかない。
 その上、自分は私と協力し、頑張ると約束したにもかかわらず、優希君とも協力した上で中条さんからの助言も聞かずに何の努力もしなかった。
 なのに自分は棚に上げて冬美さんだけに当たった。
 でなければ今の冬美さんの言葉だって、幼馴染だって言うくらいにはお互い共有する時間が長い間柄で、出て来る訳無いし、中条さんが言葉に出来る程、彩風さんを女の子として見ていないなんて発言も出て来ないと思うのだ。
「だったらやっぱり冬美さんは悪くないよ。人の応援をしたくなるのは、別に人としておかしな行動じゃないし、冬美さんは初めにちゃんと会長の気持ちを確認している。それに冬美さんも優希君との仲を応援して貰えて、嬉しくて力も貰えたんだよね」
 だったら中条さん風味で言わせてもらうなら、意中の異性に見てもらう努力もせずにただ、もうすぐ友達になる予定である冬美さんに奴当たった。たったそれだけの話になってしまう。
 だったら今度こそ彩風さんに叱るどころか大雷を落とさないといけない。
 自分の恋の失敗を人のせいにするのは、いくら女の子でもカッコ悪いし何より見苦しい。
「何でですか?! ワタシは悪くないってどうして岡本先輩が言えるんですか?! ワタシは本当にどんな手段を使ってでも空木先輩に振り向いて欲しかったんです。その為に会長とお話させて頂いて利用したんですよ?!」
 利用したって……ただそれ以上に、女の子に涙ながらにここまで言わせて、自分は残酷にも彩風さんや優希君に口止めして。その上男のクセに自分の好きな女の子一人ですら自分の力で振り向かせようともしない。あの会長が一番カッコ悪いし、ズルいし最低だ。
「そこまで想うくらい優希君を好きになったんでしょ? それに冬美さんは彩風さんとは違って優希君に見てもらえるように、振り向いてもらえるように香水も使った。少しでも美味しい物を食べてもらえるように、喜んでもらえるようにって、お弁当だってお料理だって頑張ったんじゃないの? 努力を忘れないって言うのは大切なんじゃないの? それは悪い事じゃないんじゃないの?」
 それに比べて冬美さんはどうしても優希君を射止めたかったから、自分から優希君に気にかけてもらえるように、見て貰えるように努力した。
 その努力の形が香水でありお弁当だった。本気だったからこその努力と行動だったんじゃないのか。
 冬美さんを見て、彩風さんを見て、ついでに会長にも目を向けて、彩風さんや会長を応援する人が一体どのくらいいるのか。
 冬美さんの努力を否定できる人がどのくらいいるのか――
「何ですかそれ! 岡本先輩は空木先輩の彼女じゃないんですか?! なのにどうして自分の彼氏を他の女の人が想ってるにもかかわらず、おまけに協力者もいる中で穏やかな表情で努力とか、応援とか言えるんですか! 岡本先輩は本当に空木先輩が好きなんで――っ?!?!」
「おいこら今何つった? もっかい言ってみろよ」
 本気だからこそ理解出来る。持てる好感もあるって伝えようとした矢先まさかの一言で、私の感情が爆発する。その激情に任せて目の前の長テーブルを力任せに蹴り上げたから、冬美さんの言葉が止まる上に、完全にビビってしまっている。
 今は女子二人しかいない役員室内。足を上げすぎる事による“粗相”とかは気にしない。
「な?! が……学校の備、備品になんて事するんですか!」
 私の予想外だった行動にびっくりして、身体を慄かせていたのだろうけれど、気丈にも言い返してくる冬美さん。
「冬美さん……私、何て言ったのかもう一回言えっつってんの。分かるよね」
 なのに学校の備品だとか、的外れな事を言い出したから、しっかりと声を落として椅子から立ち上がった私は冬美さんをねめ付ける。
「ほ……本当にす、好きなんですかって聞いたんです! ワタシだったらとてもじゃないですけど笑えません! 応援なんて出来ません! 笑ってなんて見てられませんっ!」
 私の返しに腹立ったのか、声を震わせながら言葉もつっかえながら、私に合わせるように震えながらでも立って応戦する冬美さんに本気の想いを垣間見る。
 だから最後まで嫌いになれないし、そのまっすぐな思いに絆されてしまうのだけれど。
「冬美さんは何も分かっていない。冬美さんがどれだけ私の心と感情を引っ掻き回して、優希君の彼女だって言う私の立場を脅かして来たのか。それによってどれだけ私の中に冬美さんに対する嫉妬が溜まってんのか分かってんの? 分かってて言ってんの?」
「な……なんですかそれ! 空木先輩の彼女になれた嫌味ですか! 本当にすごい二枚舌ですね」
 私の気持ちなんてこれっぽっちも知る由のない冬美さんが、好き勝手に挑発して来ると言うなら、こっちも好き勝手させてもらう。
「バカにすんなっ!『っ!!』――優希君とお付き合い出来て嫌味? んな事言える余裕あると思ってんの? 大体私の優希君に対する“大好き”は誰にも負けない。冬美さんへの嫉妬は友達になってから改めてがっつり行かせてもらう『?!』から、今は辞めておくとしても、何を協力して悪いとか言ってんの?
 その程度の好きで『っ』罪悪感を感じるくらいなら、初めから全く私の相手にならないから、今後優希君へのちょっかいは一切辞めてくれる?『――っっ』そんな綺麗事だけで済む恋愛

なら、他の人とやってくれる?『――な?! そ、そこまで言われ――』――今、私が把握しているだけで、優希君を好きだって言う女の子が4~5人いるの。
 しかも同級生から1年の後輩まで。この不安とか嫉妬とか、安らげない気持ち、冬美さんに分かる? それでも協力して

とか、キレイ事言えんの? その程度の気持ちならもう優希君と喋んなっ! それでも本気だって言うんなら……その時は受けて立つよ。そしてその時こそ何をしても、『……』“どんな手段を使って”でも、引いてもらうよ」
 昨日今朝くらいから話題の一年女子と私と同じクラスの咲夜さん。そしてその咲夜さんから聞いた残り数人の女子たち。おまけに目の前の冬美さん。
 理由はどうあれその他にまだ3~4人に、断ってはくれたけれどちょっと若いだけの一年女子。こんな状態の中でキレイごとだけで片付けられる訳が無い。
 こんな私の本音を間違っても優希君の前でさらけ出す訳にはいかない。
「……だったらワタシも空木先輩に告白させてもらいます。本当に本気だったら良いんですよね。つまりワタシが真剣に本気だったら岡本先輩が相手をして下さって、岡本先輩を打ち負かせばワタシが空木先輩の彼女になれるんですね」
 しかしこの後輩も、彼女である私の前でなんて堂々と宣言するのか。その冬美さんの堂々過ぎる宣言に、掴みかかりたい衝動を“自分が言った言葉なんだから”と努めて必死で押さえつける。
「それだけじゃ認められない。優希君が冬美さんをす……私から心離れしない限り認められない。お互いの気持ちが通じ合ってこそだから、これだけは譲れない」
 私以外の女の子を好きになるなんて、間違っても口にしたくなかった私は言葉を差し替える。
「分かりました。岡本

がそこまで仰って頂けるなら、今から会長なんて関係ありません。気にもしません。その上で空木先輩の気持ちを勝ち取って見せます!」
 この堂々たる宣言。これで後輩ヅラとか認めないと思っていた矢先の

呼称。それだけ優希君に本気なのが分かる、伝わる。
「じゃあ今から私と冬美さんは友達って認識で良いね」
 そしたら今日もう一つの目的だ。
「何言ってるんですか? 岡本

は、ワタシに机を蹴って怒ったじゃないですか」
 なのに中々認めない。
「はぁ? 友達の話はちゃんと聞けって。私は冬美さんの話には全く怒っていない。冬美さん自身が“応援”を否定していたくらいにはもう、好意的に取っていたっての。私がキレたのは、私の誰にも負けない優希君への“大好き”にケチをつけたから。それくらいはわかんでしょ?」
「……」
 私の追い込みに口を閉じる冬美さん。優希君の隣に立ち続けるためなら、私はどんな言葉だって引きづり出して見せるし揚げ足だって掬い取って見せるつもりで挑む。
「それに、後輩のクセに先輩の彼氏に手を出す程、身の程知らず礼儀知らずなんだ。そんな礼儀知らずな後輩なんかに、優希君は渡さないっ! 負けないっ!」
 だから私は冬美さんを煽りまくる。どう言った形でも良いから欲しい言葉を引き出そうと。
「っ……分かりました。それでは今から先輩・後輩では無く、恋

って事で良いですか? ……岡本さん」
 頭の固い雪野さんだから、固めの呼び方は仕方が無いけれど、やっと。やっと、私の欲しかった言葉を引き出すことが出来た。
「今はそれで良いよ。だから呼び方に関してもそのままで、直すのは無しね」
 昨日の

は今日の

って言うくらいだから、もう友達になったも同然だ。
「分かりました。それとこんなワタシを赦して頂きまして、認めて頂きまして……ありがとうございました」
 だったら“今日の

”になった瞬間に、今まで不満を全部ぶつけてやる。
「今日ここでした話を、優希君や中条さんにも話してみなよ。そしたら冬美さんの考えももっと変わると思う。ただし優希君には、他の女の子と二人きりだけは何があっても嫌だって伝えてあるから、変な期待はしないでよ。それと先週までの昼休みは、私が出て来れなかった特別措置だから」
 もちろん私がしっかりと撃退した上で。
「……分かりました。どのみち統括会では話さないといけない事ですので、少しだけ考えさせてください」
 本当ならその敬語みたいになのを取り払って、みんな何とかしたかったのだけれど何も冬美さんらしさを潰したいわけじゃないから、これ以上は言うのを控える。
「じゃあ今日の夜また電話するから」
「今日の夜って……いくら何でも――」
「――何それ。優希君に、好きな人に秘密を作んの? そんな気持ちで好きな人とやって行けんの? 少なくとも私は何一つ優希君に隠し事も秘密もないよ。そんな人に負ける理由はないから、優希君の手を煩わせる前に今すぐ諦めてくれる?」
 ただ、あそこまで大口を叩いたんだから、優希君を巡って私とやり合うなら一切の妥協なんて絶対させない。
「~~分かりました! 夜までには答えを出しますっ!」
 ――なんて強引なんですか。岡本さんは見かけに寄らなさすぎます。
 もちろん最後に落とした言葉も聞き洩らさない。

 その後は残りわずかな昼休み。急いでお弁当を平らげて午後の授業へと向かう。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           後輩女子への攻略が徐々に進む中
          今日の話を知らない会長が動き続ける

       一方自分の彼氏ばかりを気にしている主人公だけど
         主人公の回りにも多数寄ってくる男子の影

              そこに駆けつける彼氏……
           そして思いがけず出るもう一つの答え

         「じゃあ愛美さんは雪野さんを赦した――」

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