第188話 孤立と疎外感 6 Aパート

文字数 6,532文字

「叩かれた意味って何ですか! アタシが言った内容は全て事実じゃないですか! なのに愛先輩酷い……」
 初めこそ勢いもあったけれど、その勢いもすぐに嗚咽に変わり、言葉自体が続かなくなる。
「事実って……そんなのは事実とは言わない。そんな切り取った一部分だけをあげつらった事実なんてただの私感でしかない――冬美さん。悪いけれど椅子を持ってこっち来て――彩風さんはそこから動くな」
 今日は連休前の統括会にもかかわらず、全てを潰した上での話なんだから大雷を落とすと決めたはずだ。だからしっかりと話をしようと、あわよくば私がどのくらい冬美さんを肯定しているのかも含めて目の前で見てもらおうと、冬美さんを呼び寄せようとして――彩風さんを止める。
「彩風さん。なに自分の言いたい事だけを言って逃げようとしてんの? 私、まだ彩風さんになにも文句も注文も付けてないんだけれど」
 冬美さんが私の横に椅子を置いたのを確認してから今日は彩風さんに集中させてもらう。
「逃げてません。ただ冬ちゃんの近くにいたくないだけです。今更愛先輩に取り入ろうと全てを壊してから話したって、そんなの卑怯なだけじゃないですか!」
 何が卑怯で何が取り入ろうとしてなのか。どうして会長との協力関係までも全て冬美さんのせいにしようとしてしまうのか。
 皆で会長に見てもらうために出し合った知恵は一体どこへ消えてしまったのか。
「彩風さんさ。何一人で悲劇のヒロインしているの? 好きな人に見てもらうための努力もしないで、何で人のせいにしてんの? それにさっきから壊した、潰したって言っているけれど、お互いがただの幼馴染ってだけで、何の関係も特別性もないのに何が壊れるの? 潰れる程のものがあるの?」
 以前、私も同じように悲劇のヒロインをしていたけれど、人のせいにはしていなかったはずだ。
「そんなの冬ちゃんが――」
「――彩風さん。人のせいにすんなって何回言えば分かるの? 仮にそうだとしても私も理沙さんも、ときには優希君も彩風さんの相談には乗ったよね。相談してくれた結果、努力とか行動はどうしたの? 会長へのお弁当は? 会長と二人で話し合って出た意見・考え方は? 会長に見てもらうための協力や交渉のまとめは? 全て彩風さん自身が言った事だよ」
 私たちの会議の間冬美さんはずっと俯いているけれど、肩は震えていないし嗚咽も聞こえてはいない。そして目の前の全く可愛くない後輩も私にキツイ視線を向けて来るだけで、何も言い返してすらも来ない。つまり役員室内に音が無くなる。
「……つまり彩風さんは、私たちの助言は聞かず、言っていたお弁当も作らず、会長の話も聞かず……全部自分から言い出した話なのに何一つ実行、実現しなかったって事で良いんだね」
 だったらいつもみたいに私から追い込んでいくだけだ。
「そんな事言ったって清くんは愛先輩と喋りたい。愛先輩の力が欲しい、愛先輩が……好き……だって……そんな中でっ! アタシに清くんのお弁当を作れって言うんですか?! 愛先輩の話ばっかり聞きながら二人でアタシが作ったお弁当を食べろって言うんですか! 努力とか行動とか愛先輩こそアタシの気持ちなんて何にも分かってない――」
「――それを! 人のせいにすんなって言ってんの! 分かんないの? 理沙さんも彩風さんはまず自分を見てもらう所からだって言ってくれていたんじゃないの?」
 それを見てもらうからしんどいのに。その為にいくらでも相談に乗ったし、私の気持ちは会長にはないって優希君しか考えられないって言い続けて来たはずなのに。
「愛先輩の話ばかりされてるのに、アタシにどう見てもらえって言うんですか? 愛先輩が責任取ってくれるんですかっ!」
 これは朱先輩からも、私に出来る事、意志表示はしっかりしていたから私が気に病む事も責任を感じる必要もないって言ってくれたから堂々と言い切れる。
「責任って……私のせいにして会長が彩風さんに気持ちが向くならいくらでも責任取るよ? でもそれで本当に彩風さんは満足?」
 その程度の好きなら、そんなの私や冬美さんに比べたら子供の“ごっこ遊び”と変わらない。男の人から重いと言われても、私たちの性格上ちょっと良いなとか、その程度で男の人とお付き合いなんてしない。
「人のせいにって……冬ちゃんが清くんと変な企みなんてしなかったら――」
「――だったら! そこまでの気持ちをずっと持っていたのなら、なんで今までの間に二人の間で気持ちが通じ合っていないの? そこまで冬美さんが邪魔をした、はた迷惑にも会長が私に対して本気になる前に、どうして気持ちを通じ合わせて来なかったの? なに自分の都合の良い事ばっかり口にしてんの?」
「霧ちゃん……」
 そのくらいの“大好き”は当たり前だからこそ、確かに優希君の口から他の女の子の名前が出るだけでも嫌だし、喧嘩にもなりそうになるから、今日何回目の涙かも分からない涙を零す彩風さんの気持ちも分かる。
 だけれど私たちの世界は二人だけではどうあっても完結なんてしないし、また、させてもいけない。
 そうじゃなくて、いつでも自分を見てもらえるように努力と自分磨きをしないといけないと私は、思うのだ。
「まさかとは思うけれど、自分は歩いているだけで男子からの視線を集められるって勘違いしてんの? だとしたらそれこそ完全に勘違いだから。彩風さんは衆目を集めるほど可愛くはないよ」
 なのに、冬美さんに文句を言う時以外口を開かない彩風さん。
 だったら多少侮辱してでも口を開かせるだけだ。
「ちょっと岡本さん。いくら何でも言い過ぎです」
 なのに彩風さんじゃなくて、今まで散々言われ続けていてしんどかったはずの冬美さんが私を止めにかかる。
「そんな事冬ちゃんに言われたくない! アタシは勘違いなんてしていません。それに愛先輩みたいに男子を選べるような立場にありません。だからアタシは冬ちゃんみたいなやり方がどうしても許せないんです――?!」
「――っ! だから岡本さんっ! 暴力は駄目ですって!」
 最後まで聞こうと思った。その為に彩風さんに口を開かせたのだから、しっかりと聞いた上でその言葉全てを潰してやろうと思った。だけれど、口を開いたかと思ったらまるで私が男の人からモテまくって選び放題みたいな言い方を皮肉る彩風さん。
「ちょっと冬美さんこれは何の真似? 何で私を止めんの? 止めるんならこの彩風さんの口じゃないの? どう言うつもりなの?」
「岡本さん! どうもこうも手を出すのは駄目だって何度も言ってます! それに霧ちゃんの話を聞くんじゃないんですか? 話をするんですよね? 話を聞く、説教するのに手や足を出してどうするんですか!」
 どうあっても冬美さんの責任、非難に持って行こうする彩風さんの口を止めようと振りかぶった腕にしがみつくようにして止める冬美さん。
「じゃあ冬美さんは、このまま言われっぱなしでも良いの? 先に言っとくけれど私は友達が悪しざまに言われているのを放っておくほど温厚でも聖人君子でも何でもないからね」
 何でこの後輩も、ここまで言われて黙っているのか。違うんだから違うってハッキリ意思表示をしたら良いんじゃないのか。なんか二人共に腹立って来た。
「……そうやって愛先輩に取り入って、アタシを悪者にして。人として恥ずかしくないの――」
「――だから! 駄目ですってっ!」
 そこに彩風さんからの追加の一言。
「冬美さん。いい加減にして。この分からない後輩は言って駄目なんだから、叩いて聞かせるしかないの分かる?」
「分かる訳ないじゃないですか! もし暴力振るったらなんて言われようとも、空木先輩に言いますからね」
「なんで分からないの? 何も間違った事をしていない冬美さんのせいにしているんだよ。冬美さんもしんどかったから涙して、そして感じる必要のない罪悪感を感じて全てを打ち明けてくれたんじゃないの? 冬美さんの中では(仮)だったり“保留中”だったりするのかもしれないけれど、私の中ではもう冬美さんは友達だから。友達だからこそ『っ!』悪く言われたら腹立つに決まってるじゃない」
 その為に友達になりたかったのもあるんだから。
「今はしんどくありませんよ。どれだけワタシが否定したって、岡本さんがワタシの意見なんて全く耳を貸さずに、全て肯定して来るじゃないですか。ワタシの気持ちを楽な方へ楽な方へと(いざな)って

じゃないですか。しかも人数を増やしてまで。だからその腕を降ろして、足も引っ込めて下さい! それまではこの腕も足にもたれかかるようなワタシ自身も離しません」
 本当に、どうして同じ人を好きになってしまったのだろう。同じ人を好きになっていなかったら不幸な事故さえ起こっていなければこうなる前に冬美さんと友達になって理解し合えたと思うのに。
 本当にこういう時、自分のままならない恋情が恨めしい。
「二人して何ですか? 結局冬ちゃんの中に後ろめたい気持ちがあったって事じゃないですか! それでも冬ちゃんが悪くないって言うなら、アタシの知ってる清くんを返してよぉ」
 何の努力も関係も築けていなかったって、自分でも全く言い返せなかったクセにその彩風さんに何を返すのか。何を奪ったのか。
 とにかく人の話を聞かないと言うか、思い込みをしている彩風さん。
「――って。だから岡本先輩……さんっ。お願いですから、落ち着いて下さいっ! 何なんですか。何で岡本さんってこんなに手とか足とか出るの早いんですかっ?!」
 彩風さんの椅子の足を蹴り飛ばそうとした私の足を、大慌てで押さえる冬美さん。
「早いって……っ何でよっ。これでも我慢しているじゃないっ。いい加減にしないと冬美さんにも雷落とすよっ」
 何で私が悪いみたいな言い方をして来るのか。それに冬美さんにも手を出した事はあるはずなのに、何で今更そんな事を言い出すのか。
「岡本さんの雷には最近慣れました。だからそれはかまいませんが、暴力は駄目ですって。それだとワタシの友達と同じですってっ」
 冬美さんが振るった訳じゃ無い暴力なのに、いかに冬美さんの心に傷が付いたのかが分かる一言。それを見た上でもこの目の前の可愛くない後輩は、冬美さんの責任にしようとするのか。
「早いとか、慣れて来たとか、そう言う問題じゃないの。冬美さんは暴力を振るってはいない。それにこの話も彩風さんにも何回もした」
 この話は中学期(なかがっき)に入ってからずっとしているはずなのに。それを涙でごまかそうとか、そんなの私が認める訳が無い。
 どんな理由があったって、こんな集団同調なんて認められる訳が無い。ましてや統括会役員が率先している、加担しているとなれば、本当に非情な一言を口にしないといけないんじゃないのか。
「……彩風さん。言わせてもらうけれど冬美さんには人に協力するな、自分たちの仲を壊したって言い切っているけれど、私や理沙さんが会長との仲に協力や応援、助言をしていたのはどうなの? 自分は良くて他人は駄目なの? それとも彩風さんに協力した私たちが駄目な対象なの?」
「それならアタシからも言わせてもらいますけど、アタシは冬ちゃんみたいに愛先輩と副会長の仲をたったの一度でも邪魔をしましたか?」
 真剣に話してやろうと正面から話をしているのに、何を躱そうとしているのか。彩風さんがそんなふざけた態度を取るなら、こっちだって徹底的にやってやる。
「はぁ? 邪魔って何? 邪魔されたら何なの? それで諦めて人のせいにするくらいの気持ちしか無いの? それとも私が邪魔されたら、簡単に諦めるとか思われてんの?」
 私が冬美さんを引きづりながら彩風さんの目の前まで行ってねめつける。
「相手に本気だからこそ他人に茶々入れられたら腹立つんじゃないんですか! 愛先輩があの時どう言う気持ちだったのかまでは分かりませんけど、副会長が愛先輩を泣かせた時、見てるだけでもこっちの心が張り裂けそうなくらい辛かったんですよ!」
 そんな私に相対するように立ち上がる彩風さん。
 本当にあの一回、優希君の言葉に耳を傾けられていなかったのは私の大きな反省点だ。だけれど、
「それは嬉しかったし、今も感謝はしている。でも私は負けていないよ。今も私にしがみついている冬美さんもだけれど本当に好きな相手だから、本気の恋愛だから泣いて人の責任にするだけじゃなくて、何とか行動するよ。朱先輩の力を借りてでも諦めないよ。冬美さんみたいにどれだけ苦しくても、相手に見てもらうための工夫だって努力だってするよ。それが本当に好きって事なんじゃないの?」
 二人だけしかいない世界ならそれでも良いのかもしれない。でも学校の中なんて思春期の同年代がたくさんいる上、この国は

自由恋愛なんだから、彩風さんのような理想論なんてやっていられない。冬美さんにも言ったけれど、そんな気持ちじゃ優希君の彼女なんてやっていられない。
「どんなに苦しくてもって、冬ちゃんなんて二人の仲に割って入るお邪魔虫じゃないですか。それなのに努力とか行動とか、そんなのただのキレイ事じゃないですか!」
「何それキレイ事ってどう言う事?」
「だから岡本さんってば! 何回も駄目って言ってるじゃないですか! この部屋に殿方がいないからまだ良いですけど、ホントにこの人スカート穿いてるって自覚あるんですか?!」
 私が冬美さんを肯定しているにもかかわらず、何故か私に対して失礼な事ばかり口にするこの友達。スカートだとかズボンだとか気にして相手に説教なんて出来るかっての。
 だったらここからは認められるのに慣れていなさそうな冬美さんを、皮肉も込めて褒めちぎってやる。
「言っとくけれど、彩風さんが他人に当たっている間、冬美さんは優希君に食べてもらうためのお弁当の努力『ちょっと岡本さん?!』優希君に近くに寄ってもらうために付けた香水とか『……岡本さん』文句を言われながらでも色々工夫していたよ。その上、少しでも冬美さんの気持ち、胸のときめきを優希君に感じてもらうために、女の子にとってデリケートな部分でもある胸に手を充てて、文字通り身体を“

”『……』気持ちを優希君に伝えようとしたんだよ。
 もちろんあんな会長の協力なんて関係なしで。それが勇気の必要な事くらいは、いくら何の努力もしなかった彩風さんでも分かるんじゃないの? 
 そんな冬美さん相手に、何で何の努力もしていない彩風さんが文句を言えんの? 考えようによっては彩風さんがしっかりしていたら、私も会長から迷惑をかけられる事はなかったんじゃないの?」
 会長のせいでどれだけ私たちがぎくしゃくしたと思っているのか。それでも私の内心を知らない冬美さんが、私に手や足を出す気配がないと判断してくれたのか、冬美さんが離れてくれる。
「な?! 今度はアタシのせいにするんですか?!」
「言っとくけれど、去年の統括の時、つまり冬美さんと会長が協力する前から、会長は私に気があったんだって私の友達が教えてくれたの。だから冬美さんの協力があろうがなかろうが、彩風さん自身が行動しなかった以上、同じ結果にはなったよ」
 だから、本当なら人の気持ちを代弁するなんてあってはならないけれど、この際だから去年からの会長の気持ちも全部ぶちまけてやる。
「それに、私に教えてくれた友達にも協力と言うか応援を受けていたんだって。つい最近その友達からも教えてもらったよ。会長も彩風さんも他人の協力を得ていた以上、冬美さんだけを悪者にはさせないし、本気だからこそ努力した冬美さんにケチなんてつけさせないから。それとも協力していた私の友達にも、冬美さん相手と同じような態度を取るの?」
「岡本

……それに会長がワタシ以外にも協力をお願いしてたって……」
 だけれど私の暴露にショックを受けたのは彩風さんじゃなくて、むしろ冬美さんの方みたいだ。
 力無く、私のすぐ横に持ってきた椅子に腰かける。よく考えたら咲夜さんも協力関係にあった話を冬美さんにはしていなかったかもしれない。
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