第180話 人が弱くなれる場所 Bパート

文字数 8,903文字

 それからしばらくして先生が落ち着きを取り戻し、話はこれで終わりかと思っていたのだけれど、先生が場を仕切り直すためか、一度席を外してから、
「さっきのお詫びだ。確か岡本は大丈夫だったよな」
 私に微糖の缶コーヒーをご馳走してくれる。
「悪いな。あと一つだけ伝えとかないといけない話があるから、もう少しだけ付き合ってくれな。最後の一つは教頭先生からの伝言なんだが、またそのまま伝えるな」
 伝えると言った先生が、ポケットから取り出した一本の鍵をテーブルの上に置く。
「“まずは、無事に登校して頂けたようでホッとしています。以前岡本さんのご家庭に訪問させて頂いた際には、再び登校して頂けるのか厚顔無恥ながらとても不安でした。ですが巻本先生の奮闘により岡本さんのご両親が――”ってこの部分必要ないよな?」
 その先生の言葉を、教頭先生の伝言を聞いていたら、突然先生が照れたのか、顔を赤らめて慌てて言葉を止めてしまう。
「先生? 先生がお父さんの考えを変えて下さったんですよね。お母さんが先生をとてもいい先生だって言ってくれていました」
 無論、私を任せるには役者不足だとは言っていたけれど。それでも今この場でなら、先生がどう言ってお父さんを説得してくれたのか聞けるかもしれない。
「そ、そうか! お義母さまがそう仰っていたのか。でも岡本。俺は大して何も言ってないぞ。ただ普通に岡本の事を考えて喋っただけだ。だから俺にとってはこれくらい普通の事だからな」
 かと思っていた所に、よっぽど私のお母さんに好印象を与えられたのが嬉しかったのか、さっきまでの自信なさげな表情とは打って変わって先生の得意気な表情と共に出て来る当たり前発言。
「で? 先生は教えてくれるんですか? それとも私には内緒ですか?」
 でもこれはちょっと面白くない。先生は私に興味がある、私への気持ちをたくさん見せる癖に、お母さんの印象の方が大切なのか。
「いや、でもさすがに岡本を目の前に言うのは恥ずかしいぞ?」
 お母さんからの印象にそんなに嬉しそうにして、何が恥ずかしいんだか。これが優希君相手なら喧嘩なんだからっ。
「分かりました。お母さんには先生がとても喜んで安心したって伝えておきますね」
 だけれどこれもまた、私は先生の彼女と言う訳では無いのだから私から何かを言う必要は無いかと思い直す。
「ああ。そうしてくれると嬉しい。その際に娘さんは責任を持って面倒見るって伝えといてくれると嬉しい」
 私の面倒を責任を持ってって……この勘違いって言うのか、思い込みって言うのか、一人で盛り上がるのは男の人の特徴なのか、まるで会長みたいな事を言い出す先生。
「先生? そう言う気持ちって言うのは人に伝言じゃなくて、先生自身が自分の言葉でちゃんと伝えないと相手には伝わりませんよ。大切な人だからこそ自分の言葉で伝えるのって大切だと思いません? 特に女の人には自分で聞かないと相手には伝わりませんよ……私の誕生日の時のように」
 だけれど、もううんざりしている会長は別として。先生の応援を私はするって決めているのだから、これくらいは教えておいても良いと思う。そうする事で、先生を支えてくれる彼女が出来たら先生だってもっとカッコ良くなるだろうし、笑顔も増えると思う。
「――?! そ、そうだったな。分かった! 改めて岡本のご両親には挨拶に伺わせてもらう。だから今の俺の言葉も無かった事にしてくれ。それと、岡本の好みを教えてくれてありがとうな」
 もうさっきまでの自信なさげな先生の姿も表情もない。そこには嬉しそうに私に微笑む先生しかいない。だったら先生の笑顔を消さずにこのまま話を進めた方が良いと、最後に私が悪者になりさえすればそれで済むのだと、割り切る。
「……それで先生。教頭先生からの伝言もあるんですよね」
 願わくば私が卒業するまでに先生に彼女が出来る事を祈るけれど……本当に私しかその瞳に映していなければその可能性もほとんどないんだろうけれど。

「あ……ああ。そうなだな。じゃあ少し雑談入ったけど改めて読み上げるな。

“今回の件につきましては、以前申し上げました通り我々大人側の責任です。そのお詫びはまた改めてしたいと思っていますが、差し当たっては我々大人側の責任で、生徒に出した課題を撤回するなど本来あってはならない事です。ましてや今回の課題は岡本さんの退路を先に絶たせて頂いております。
 その上で今回我々の落ち度・責任により、いくら学校に秘密で外を出歩いていたとしても、岡本さんの課題に取り組む時間が大幅に減ったかと思います。それでも諸事情により課題の期限も、その課題の特性からしても条件を変える訳にもなりません。理由は今更私が説明しなくても岡本さんなら理解できていると思います。
 ですので岡本さんに1本の鍵を10月1日まで渡します。この鍵は、この学校全体のマスターキーです。それともう一つ、この学校の全先生方には、事前に岡本さんないしは岡本さんと共に行動する生徒に関する行動は全て私、教頭が事前に許可承諾をしていると通達しています。
 ただし条件は以前と変わらず、岡本さんへの課題ですから、協力はかまいませんが、相談や課題の内容を他言すことはいかなる理由があっても認めません。以上で課題に取り組んでください。
 尚、課題の期限は変わらず9月30日(水曜日)の最終下校時刻までに、私に顔を見せに来る事。課題達成を証明できる状態にある事。とします。”

だそうだ」

 あの教頭は本気だ。本気で私に全問題を解決させようとしている。それを肌がビリつく程に感じる。失った時間と日数。
 そしてそれを埋めるための時間と……鍵。しかも私が学校に内緒で外を出歩いている事も把握した上でのこの課題。
 にもかかわらず、どう考えても一生徒どころか一教師にすら渡す事のなさそうな鍵。つまりそれほどにまで私を信用していると取れるけれど……そう言えば、
 ――大丈夫です。個人情報やプライバシーに関しては、統括会の書記をやっているくらいです。巻本先生や養護教諭の話からしても、恐らくはこの学校の生徒で一番信頼を置けると思って良いと思います――
 何故か教頭先生を信用し、信頼させていたっけ。
 それにしても本当に機械かという程に余す事無くきっちりと筋を通してくる教頭。しかも生徒の私だけでなく、降りて来る必要のない土俵にまで降りて来る教頭……先生。
 それは先生流に言い換えるなら、何かあれば責任を取る為に全先生に言って自ら退路を断ったと言う事で……そんな教頭先生を私は……嫌いじゃない。
「……なぁ岡本。さすがに教頭が無理難題言ってるんなら俺が抗議するぞ? 岡本の受験も少しは考えてくれって――」
「――大丈夫ですよ。教頭先生は私なら課題を達成出来ると信じてその1本の鍵を私に託してくれるんですよね。その上、……ううん。ここでこの話は辞めておきますね」
 ――教頭先生の覚悟と、万感の想いが込められた、この重すぎる1本の鍵を――
「……岡本の見えている世界は俺とは違うのかもな……結局岡本と教頭の伝言を何回か橋渡ししたけど、たったの一回すらもどんなやり取りをしているのか理解出来た事が無いんだよ……俺は」
 さっきまでの笑顔を隠して、両手で顔を覆う先生。
 私も雪野さん相手に何度も同じような気持ちを持ったから分かる。やっぱり目の前で他の異性や他の人と自分には分からない会話をされると、精神的に堪えるのだ。知りたい相手の事が分からないと言うのは、それだけで焦燥にもつながるし、自分も置いてけぼりを喰らったような気持ちにもなってしまう。
「そんなの誰にも分かりませんよ。もっと言うなら、会長には課題の存在すら、私と教頭のやり取りすら初めから全て一切知らされてもいないんですよ。その中で伝言とは言え、課題の存在と中身は知らされているんですから、それも一つの信用・信頼の形だと私は、思いますよ」
 でなければ一番初め、教頭先生が巻本先生を通さずに呼び出したように、毎回あの来客用の応接室に私を呼べば良いだけの話のはずだ。なのに途中から先生を通し始めたって言う事は、巻本先生に対して私と同じ気持ちになったって事なんだと今なら理解出来る。
「本当に岡本って奴は……俺の彼女になって――」
「――先生? ここは職員室ですよ。それに先生は私の応援はもう要らないんですか? 先生は理想の先生を目指すのを辞めてしまうんですか?」
 私は教頭先生からのマスターキーを、私たち家族の一つのより所となる家の鍵の付いたキーホルダーに一緒に付ける際、出来る限り寂しそうな表情と声を作る。
「……でも俺は……もう自分の気持ちに……隠すのも、嘘をつくのも……もちろん大の大人が生徒に本気になるなんて、おかしいのは分かってる。でも子供とか大人とか理屈じゃなくて俺は――」
「――先生。私は先生がおかしいなんて思った事はありません」
 だって人の心は強制出来るものじゃないから――
「――だから、私はこの学校を卒業しますよ。最後の担任の先生が巻本先生で本当に良かったなって、心からそう思って卒業しますよ。だから来年の三月までは……私がこの学校の生徒じゃなくなるまで私はこの学校にいます。それでも駄目ですか? 無理ですか? 私の応援は先生にとってもう我慢できない程苦痛『! そんな訳っ』――でしたか?」
 自ら朱先輩の恋人候補を盗ったあの腹黒と比べるのも失礼なほど、先生はおかしくないって。私を大切にしてくれているって。先生の気持ちは“人の心は強制できない”以上、自然なんだって思う。
 だからこそ自分でもズルいなって思うし、卑怯だなって自責も生まれる。先生の気持ちに気付いているにもかかわらず、先生の気持ちを言葉にさせないように、してしまわない様に私自身を盾に、人質にしているんだから。
「……でも岡本を他の誰かに、盗られるかもしれない今がものすごく辛いんだ。岡本みたいないい女を他の男がほっとくとは思えないから不安なんだ。せめて岡本が卒業するまで誰とも付き合わない、俺の告白を一番に受けてくれるって約束して欲しい」
 優希君もそうだったけれど、男の人ってやっぱり自分が好きな人は誰にも渡したくない、自分だけの“物”にしたいって思う生き物なんだろうなって、もう理解出来る。私たち女だって本気で好きなった人、優希君を他の女の子に譲りたくはないのだから。つまりもう先生の中で私に対する想いはそれくらいには育ってしまっていて。
「先生? 先生の気持ちは理解できますけれど、人の気持ちは誰にも強制出来ないんですよ。だからいつどこで私の気持ちが変わるか分かりません。だからそうならない様に頼りになる先生、理想の先生を目指すその姿を私

に見せて下さいね。そうすれば先生の応援を続けますから」
 それでもやっぱり会長とは違って、どれだけ自分の気持ちを持て余しても、どれだけ私への想いを育ませても、最後の一線は私を大切にしてくれているのが分かる、伝わる。
 だから先生は嫌いになれないし、むしろ好感を持ってしまう程なのだ。そんな先生が一人彼女さんを見つけることが出来れば本当に大切にしてくれるんだろうなって、安心して祝福出来るんだと思う。
 それでも私は優希君の彼女だから。先生を一番近くで応援するって決めているのだから、私は自分の行動を今更変えるなんて真似はしない。
「……本当に。岡本は

女だよ。俺が岡本を嫌いになれたらどれだけ楽だったか。未だ言葉に出来ない俺の気持ちの半分も岡本には届いてないんだろうな」
 つまりは男としての防衛本能を働かせられない程、どうにもならなくなっていて……仮に私が先生の立場なら耐えられる自信なんて全くない。だから先生に“私を嫌いになって下さい”なんて残酷な言葉なんてかけられないから、
「先生が私たち生徒に言ってくれたんですよ。受験は長くても来年の三月までだって。あと半年なんだって」
「……」
 もう答える余裕も全くないのか、返事すらなくなった先生。
「それに受験が早く終われば、その分色々な抑圧から早く解放されるんだって。私の場合は11月2日。合格発表だと12月頭くらいでしたっけ。つまり年末までの残り2・3か月ほどなんですよね?」
「――……っ」
 私の言葉に、本当に、本当に小さな嗚咽で返す先生。こっちが切なくなるほどに、優希君がいなければどうなっていたのか分からない程に……私の心が何かを求めて動く。
「……それじゃあ先生。教頭先生からの伝言と鍵は確かに受け取りました。ですので雨も降っていますので今日は帰りますね。コーヒー。ごちそうさまでした」
 自分でも最低だなって思う。でも私は優希君の彼女だから。本当に優希君を心から

好きだから。いくら先生が好きだって言ってもやっぱり、私の心変わりはあり得ない。あくまで先生は好きな先生として応援しているだけなんだって。
 だから私は、先生の目の前で今度は敢えて優希君から私への想いがたくさん詰まった傘を手に、一方で私のハンカチは先生に預けたままパーティションを出てしまう。


 職員室を出る際、軽く頭を下げてから

宛元:優希君
題名:図書室にいる
本文:待つのはかまわないけど、優珠の機嫌が悪いから出来るだけ早く来て欲しい。
   それからどんな話だったのかも聞けるなら聞きたい。

宛元:御国さん
題名:先に帰ります
本文:ちょっと園芸の事で揉めて、優珠ちゃんごっつ機嫌悪いんで帰りますけど、
   明日でも良いんで一回ウチらの話を聞いて欲しいんです

 メッセージの確認をすると、何と御国さんからも来ていてびっくりする。
 しかも改めて教頭先生からの課題を受けたところに、園芸部での揉め事で最大の難関である優珠希ちゃんの機嫌が悪いと言う。しかも園芸関連って……これで冬美さんと揉めたなんて言い出されたら私がおかしくなるか暴れるか、何にしても何かをしでかすとは思う。
 その上、“鉄は熱いうちに打て”じゃないけれど、早く解決したかったのに先に帰ったって言う。このパターンは間違いなく後から優珠希ちゃんに文句を言われるパターンだ。
 私はメッセージだけで盛り下がった気分のまま、暗澹たる気持ちで図書室へ向かう。

「あ! 愛美さん!」
 なのに優希君と来たら私の顔を見るなり穏やかに、でも嬉しそうに駆け寄って来てくれる。いやまあ、彼女が姿を見せて喜んでくれるのは正解なのか。何か以前実祝さん相手の時に不満を持った気がする。
「お待たせ優希君。取り敢えず呼び出しの話と、優珠希ちゃんの話を聞きたいから帰ろうよ」
 だからせめて皮肉くらいは混ぜさせてもらう……優希君の嬉しそうな表情を見る限り、皮肉にもなっていないだろうけれど。

 今日はまだ平日とは言え、雨が降っているグラウンドで活動している部活がほとんどないからか、ここまで優希君と恋人繋ぎをしながら到着した下駄箱、昇降口の周りには呼び出されていた時間差もあって、ほとんどの生徒はいなかった。
 だから遠慮なく優希君と同じ傘で帰ろうと傘を広げようとしたら、
「帰りは僕の傘の中に入って欲しい」
 そう言いながら腕を組みやすいように、腕と胴体の間に隙間を作ってくれる。
 よく考えたら、優希君の傘に入るのが久しぶりの私は直ぐにその提案に飛びついて腕を絡めた上で、恋人繋ぎをする。
 私が繋ぎ終えたのを確認した優希君が、腕と胴体の間にあった隙間を無くしてから、下校する。

「それで愛美さんは何の用事だった?」
「うん。私の顔がこんななのに本当に学校に来て大丈夫だったのかって。病院からはもう少し様子を見た方が良いって言われていたのも全部学校に筒抜けだったみたいで、根掘り葉掘り聞かれていたんだよ」
 先生の恋情と教頭先生の話が出来ない中、私は優希君に呼び出された話をする。
「え? でも愛美さん、もう痛みとかはないんだよね? まさか無理を押して出て来たって事?」
「ううん。本当に無理はしていないし痛みもないよ。ただ家にいるのが退屈なだけ」
 それに期限の迫る課題もあるし。
「それなら良いけど、治りかけの時に無理をすると痕が残ったりする事もあるから、治りかけだからって油断はしないで」
「分かった。気を付けるよ。ありがとう」
 優希君の剣幕に驚いたけれど、私を心配してくれての話だから素直にお礼だけは伝える。
 そう言えば……とも思ったのだけれど、先生の想いをよりにもよって優希君と共有するのは駄目だと思い直して、声に出す寸前で止めてしまう。
「それで優珠希ちゃんの機嫌が悪いって、先に帰ったって御国さんからもメッセージを貰ったんだけれど何があったの?」
 朝から降り続く雨で、ペトリコールすらも洗い流されたただの水の匂いが広がる帰り道、優希君と腕を組みながら一番の気がかりを聞く。
「なんか今日の昼休み、雨だからって園芸部の用具室の整理をしながら昼ご飯を食べてた時に、一年の女子が部活停止中で入部出来なくても良いから、手伝いたいって尋ねて来たらしいよ」
 冬美さんが原因でないならホッとは一息つけるけれど、園芸を手伝ってくれるなら良い知らせなんじゃないのか。
 なのに何でそれが揉め事になるのか意味が分からない。
「ちなみにその時、優珠ともっと仲良くなりたい、優珠と一緒に活動がしたい、色々教えて欲しいって頼み込まれたらしいよ」
 増々意味が分からない。後輩に懐かれるってすごく嬉しい話だと思うし、今は停止期間中かも知れないけれど、それでも園芸部の活動者が増えたら部としての活力も上がるし、私としても最後、部活再開の交渉もしやすくなるんだけれど。
「それがどうして機嫌が悪くなる理由になるの? それとお昼は保健室じゃなくて園芸部活動場所で摂っているの?」
 何もかも意味が分からない……事も無いけれど、あの腹黒、そこまで嫌っているのか。
「多分だけど、佳奈ちゃんを気にかけなかったからじゃないかな。後、僕も含めてだけど優珠はもう保健室には寄り付かないと思う」
 確かに御国さんを特別大事にしている優珠希ちゃんなら考えられない話ではないけれど、何となくそれだけじゃない気がする。
 もちろん改めて優珠希ちゃんに話を聞いてからの判断なんだろうけれど。
「御国さんだって言うのは分からなくはないけれど、保健室に寄り付かないって言うのも本当なの?」
 優珠希ちゃんとあの腹黒は同性なのに。優希君に保健室に寄るなって言うなら、私も同じ意見だから分かるけれど、優珠希ちゃんまでってなるとやり過ぎな気がする。
「うん本当。優珠は本当に男女関係で節操がないのは嫌いだから。それにせっかく僕と愛美さんがうまく行っているのにあの先生に引っ掻き回されたらたまらないからって、僕に至っては保健室はもちろんあの先生と口すらも利くなって言われてる」
 何が原因かは分からないけれど、優珠希ちゃんが本気で私たちの仲を応援してくれているのは伝わった。
「でも優希君にはその気なんて無いでしょ」
 でも優希君をそれくらいは信用していないと、彼女失格の気もするし。
「もちろん! 元々僕は愛美さん以外考えてないし、僕自身もそう言う無節操なのは嫌いだから」
 そしてキッパリと言い切ってくれる優希君。
 だから今更あの腹黒が何をしたって、私の心は全く動かない。

 私たちは今日は雨が降っているからって事で、公園には寄らずに待ち合わせ場所だった最寄り駅まで二人相合傘でゆっくりと歩いて行く。
「それともう一つ。これは良い話になると思うけど、今日の昼休み中条さんと話した時、どう言う心境の変化が分からないけど、雪野さんの良い所は“頭はあんなだけど、誰に対しても文句を言ったりとか陰口は叩かないんですね”って言ってたよ。しかもそれを彩風さんに言っても全く聞いてもらえない。挙句に
 ――みんな冬ちゃんのしおらしい態度に騙され過ぎです――
 って門前払いだったらしくて、言い合いになったって。だからどうしたらあの雪野さんに負けないくらい石頭の彩風さんに伝わるのかって相談もされたよ」
 そっか。本当に可愛さの戻ったあの後輩は、私との約束を果たそうとしてくれているんだ。本当にあと1回。あと1回だけって自分に言聞かせて良かった。
「……愛美さんのその表情。中条さんの行動は愛美さんが原因なんだ」
「……確かに中条さんとは連絡を取り合ってはいたけれど、これは女の子同士の会話なんだから優希君には教えないよ。男子禁制っ」
 電話口で涙したなんてやっぱり恥ずかしいし。
「良いよ。僕は愛美さんが笑ってくれれば、愛美さんを知ることが出来れば」
「優希君。そんな言い方ズルイ――!」
 私の言葉の途中で唇を奪ってくれる優希君。しかもまだ私の顔に残る赤みにも口付けを落としてくれる優希君。リップを引いて来て良かった。
 やっぱり優希君相手だけはドキドキもするし私の身体も熱を持つ。
「そうだよ。僕は愛美さんに関する全てにだけズルくなるんだ」
 本当に優希君はカッコ良すぎると思う。
「じゃあ私には正々堂々としてくれないの?」
 だったら私は、優希君にだけ面倒臭さをさらけ出すだけだ。
「正々堂々って……卑怯とは違うのに……」
 なのにそれに気づかず拗ねてしまう優希君。だから
「今日は送ってくれてありがとう。また明日も一緒に登校しようね」
 私から優希君にも口付けをして、
「あ! ちょっと愛美さ――」
 恥ずかしくなった私は、そのまま家に逃げ帰る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           溢れんばかりに貰った親からの想い
       その想いを少しでも返そうと主人公からのある提案

          そしてやはり断金へと至った親友同士
      久しぶりの登校の報告会ではお互いの気持ちは筒抜けに

            そしてもう一つの揉め事。想い

    「何よ今更……昨日話そうとしたら怒るとかゆってたじゃない」

            次回 181話 信頼の積み木 9
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