第182話 近くて遠い距離 終 Bパート

文字数 5,662文字


「それで、今日はこの前の電話で冬美さんが話していた顔を見て話さないと失礼に当たる話をしてくれるんだよね」
 でも私は、友達になりたい冬美さんを無視したいわけじゃないから、ものすごい不満顔を隠そうともしない冬美さんがしっかりついて来てくれているのを確認した上で、話しかける。
「……」
 さっきからの私に不満があるのは分かるけれど、冬美さんの言う先輩に対して返事をしないって言うのはアリなのか。
「冬美さんって先輩が話しかけてるのに無視するんだ……ふぅん。まあ、友達同士で腹立ったら無視する事くらいはあるかもしれないけれど」
「……お話はさせて頂きます。お話させて頂いた上で改めてワタシが統括会を降りるのを認めて頂けるように――」
「――冬美さん。次同じ事言ったら張り倒すよ。今までの私と優希君。そして会長の話『?!』も聞いて、中条さんとも一言くらいは喋ったんでしょ?」
 またいつものように頭の固さが悪い方へ作用しているのかと思って、怒りを半分滲ませて声を低くしたのだけれど、
「ワタシは岡本先輩が思ってるほど、皆さんの模範となれるような生徒でも人間でもありません。ワタシは統括会に身を置きながら、退学する友達の悪事にも気付けず、事もあろうか根拠のない話を信じてしまっていたんです」
 目に涙を一杯に浮かべた冬美さんが悲壮感たっぷりに言って来るけれど……なんだ。やっぱりちゃんと統括会役員としての自覚もあるし、なんなら意識だってちゃんと持っているんじゃないのか。
 しかも友達云々の話も以前聞いて、その話自体も終わっている。
「大体岡本先輩は、大怪我を負わされ、女性としての乱暴をご友人と共に受けて学校まで休む羽目になって……ワタシに対して、恨みとか文句とかないんですか!」
 それでも気が収まらなかったのか、未だ廊下を移動中だと言うのに統括会ならではの情報を口にしてしまう。
「分かった、先に役員室へ行ってから話をしよう」
 だけれど、今回の件は学校側から下手に話題に出すのも、少年法の特性から個人情報と名誉棄損で訴えられる場合もあると釘を刺されているのだ。
「……それに今日する話を、岡本先輩が聞かれたら今後他の方同様、喋りたくも関わり合いになりたくないと思うはずです。ですから友達云々、呼び方云々のお話は、ワタシの話を聞いて頂いてからにして下さい」
「……つまり、その話を聞いた上で私が冬美さんを赦せば、呼称を変えた上で私と友達になってくれるって思って良いって事だね」
 これはとても良い話を聞けたんじゃないのか。何が出て来るか分からない分、確かに怖さはあるけれど、冬美さんの頭の固さを差し引いたら、私は赦せるんじゃないのか。
 そうでなくてもどんな内容だとしてもその一度だけ許す事が出来れば、私は冬美さんと友達になれた上、優希君に関する今までの文句と、このドロドロに煮え切った嫉妬を全て、遠慮なくぶつけられるって言う話になってものすごく私にとっては良い話になるんだけれど。
 そこまで思い至ったらもう居ても立っても居られない。
「いくらなんでもそんな可能性なんてありません。ですから岡本先輩のお顔やお身体まで、怪我・傷物にしてしまって、全て悪かったワタシをいかようにして頂いてもかまいません」
 なのに冬美さんもまた、私がどれ程にまで優希君を“大好き”か分かっていないから、私にとんでもないエサを撒いている事に気付いていない。
 それにしても“いかように”って……確か以前にも――何でもします――発言もしていたように思うけれど、冬美さんは自分が悪ければ、本当に断罪でも受けそうな勢いで自分を大切にしていない様にしか見えない。それでは私は尚の事納得なんてしないし、赦さないっていう選択肢が無くなってもしまう。
「分かった。冬美さんが言った言葉。確かに耳にしたからもう変更も撤回も聞かないからね」
「……はい。どんな処分でも罪でもお受けします」
 だから私の念押しに対しても、何かの覚悟を決めたのか表情をパリパリにして頷いたきり、無言で三階役員室へと向かう。


「……岡本先輩。さっき部活棟歩く時……」
 部活棟三階の役員室前まで来た時、おもむろに冬美さんが口を開くけれど、その言葉を途中で止めてしまう。
「……うん。正直言うと怖いよ。通りかかった男子生徒に掴みかかられたらどうしようとかね。体が恐怖を覚えてしまっているの」
 私の正直な答えに、冬美さんが顔を俯ける。もうここは部活棟三階の役員室前。他の生徒は誰も通りかからないから、少しくらいなら話をしても大丈夫と判断して、公欠期間が延びると困るからと病院でも言わなかった今の私の状態を伝えておく。
「……本当に……すいませんでした。謝って赦されない事だって分かっています。今日はもうどんな処分でもお受けします」
 前から、昨日も散々言っているのに、今現在も続いているであろう二年の同調圧力から来る分も合わせて、その埋め込まれた咎める気持ちが抜けないんだと思う。
「でもこれもまた、冬美さんの責任じゃなくてあくまで冬美さんの

、友達がした事なんだよ。だから冬美さんとは何の関係もない。それは私自身が証明してみせるよ」
 ――行動を持ってね。
 私が話している最中にも鼻を啜る冬美さん。この態度、行動こそが冬美さん自身の身の潔白を証明しているって、どうして二年の誰もが気付かないのだろうか。園芸部の騒動の時にも冬美さんは暴力を徹底否定していたはずなのに。どうしてみんな冬美さんの責任に擦り付けようとするのか。
 その認識をみんなはどこに忘れてしまうんだろう。私の言葉に完全に言葉を失う冬美さん。この姿を見て冬美さんを独りにはしないと心の中で改めて決意する。
「……」
 私たち最上級生だけが持つ役員室の鍵で、役員室の中に入ったは良いものの、冬美さんの覚悟と言うのか緊張もピークに達しているのか、午後の授業の前に疲れてしまうんじゃないかと言うくらいに、背筋もピンと伸び切っている。
「お昼するのに何も飲むものが無いって言うのもアレだから、お茶くらい用意するから座って――」
「――そう言うのを先輩にさせる訳には――っ!? ~~っ」
 普段は私が準備しても、そんなこと一言も言った事が無いのに、普段言わない事を言うから机の脚で足をぶつけたみたいだ。
「良いから座ってなよ。飲み物用意したらすぐに話聞くから。今はまだ先輩の言う通りにしときなって」
 なんかこっちが気の毒に思うくらいガチガチになってしまっているんなら、先に話を聞いた方が良いかと手早く飲み物を用意する。

 二人分の飲み物を用意したところで、二人きりで話をするからという理由で冬美さんに私の隣、彩風さんの席へと移ってもらう事にする。
 本当なら私が冬美さんの隣、優希君の席に座っても良かったのだけれど、優希君の椅子に座るのも私の後に優希君が座るのかと思うと恥ずかしかったのと、何より冬美さんの表情を見て、浮かれた気持ちの中でする話ではないと判断したから。
 だから気持ちが浮かれてしまうような状況、条件だけは先に全て切り捨ててしまう。
「それで始めに確認なんだけれど、電話やメッセージで冬美さんが私に謝りたいって言っていた内容は、冬美さんの元、友達が振るった暴力とは何の関係もないんだよね」
 そしてこの大前提だけはしっかりと確認しておかないといけない。
「……はい。大体昨日もさっきも岡本先輩にあれだけ言っても、ワタシを責めて頂けなかったじゃないですか。岡本先輩がそこまでワタシに対して文句を言いたいって仰る意味がさっぱり分かりませんが、今から白状する内容は全て、この統括会内部での話です。だから初学期の間にワタシがここを去れば全て丸く収まったはずなんです」
 冬美さんが自分で作っているお弁当。そのお弁当は彩も綺麗だし、以前食べさせてもらった時にその味も折り紙付きなのだ。 (この説明は209話・210話で)
 しかもあの時は御茶菓子まで作る蒼ちゃんも驚く程の腕を見せた冬美さん。
 なのに胸が一杯になっているのか、お箸を持つ手が震えてお弁当まで到達しない。
「だったらそれを聞かせてよ。冬美さんの胸の内に溜め込んでいるその話を聞かせてよ」
 本当なら否定しても良かったのかもしれない。初学期の時のように冬美さんに統括会を続けろって言い切っても良かったのかもしれない。
 でも私に勇気を振り絞って話そうとしてくれている人に、安易な言葉をかけるのもまた違う気がして。
「……その前に。会長への呼び方。変えたんですか?」
 そう言えばさっきも一瞬びっくりしていたっけ。
「うん。変えたって言うより、元に戻したって言う方が正しいとは思うんだけれど……ね」
「……どうしてそうなったのか、いきさつをお伺いしても良いですか?」
 会長の話をしているはずなのに、昨日同様瞼とまつ毛を小さく振るわせて、あの時同様静かに涙を流す冬美さん。
「私の大切な親友に怒鳴りつけたり、邪険にしたり……私の友達をそこの女って言ったり……その上、私の胸とか太ももとか露骨に見られたり、腕を掴まれて抱かれたりとか……何回も私の友達は大切にしてって言い続けて来たにもかかわらず、本当に酷い事ばかりされ続けたからだよ」
「腕を掴まれたとか、抱かれたとか……それはもうセクハラとか犯罪の域じゃないですか……ワタシはそんな方と……」
 つまりやっぱり頭の固い可愛い後輩なだけあって、その貞操観自体は私とよく似たものなのだと思い至る。
 だから蒼ちゃんに言ったであろう暴言、私の友達――咲夜さんに吐いたであろう暴言――
「……その上、同じ統括会のメンバーなのに、話し合いの為に週末の時間を都合してくれた彩風さんに対して、私の話ばかりした挙句、公衆の面前で涙されて迷惑してるって言うんだよ。いくらなんでも余りにあんまりだと思わない?」
――そして統括会内部の話と言うのなら、彩風さんに対する会長の態度も全て冬美さんには伝えさせてもらう。
「それって私がいるから拗れているって事だよね。それに私は自分だけじゃなくて私の周りにいる親友、友達も大切にしてくれないと嫌なの。これは何も彼氏に限った話じゃないよ。友達や親兄弟にもみんな同じ事言っているの」
 これも私を始めから見てくれている人なら今更だと思うけれど、周りにいる人には笑顔でいて欲しいのだから、私からしたらあたり前の話だったりする。
「特に蒼ちゃんなんて全治三か月だって病院で言われている中、私と会長を二人きりにさせたくないって言ってくれた上で無理を押して出て来てくれたのに、邪魔者扱いして大きな声出して。
 そんな人相手に良い感情なんて沸くわけ無いし、好意的に見るなんて無理だよ。それに女同士である冬美さんにだからこそ言えるんだけれど、好きでもない、嫌いな男の人、会長に女である部分を性的な目で見られるのは嫌だし、あの日を思い出して怖いの。
 それはさっき冬美さんも感じてくれたんだよね。だからあくまで会長と書記の関係に戻そうと思ったの。統括会としては一つのチームとして協力するけれど、それだけ。学校出たら関係無いし関わり合いたくない人。もっと言うならこの役員室を出たらお互い他クラスの人。だから会長に戻したんだよ」
 ゆっくりと丁寧に。そして隠すことなくその全てを。
「そう……でしたか」
 一言つぶやいてお箸を置いて。せっかく作って来た彩も味も綺麗で美味しいお弁当を食べるのを辞めてしまう冬美さん。
「……本当に。申し訳ありませんでした」
 冬美さんは私に向き直って、座ったまま深々と頭を下げて来るけれど、まだ何も聞いていない内から頭を下げられて少しびっくりする。
 ただ頭を下げた雪野さんから、小さく聞こえる嗚咽だけが耳朶を打つ。
 肩と頭を小さく震わせる冬美さんを見て、
 ――辞めろ! 霧華――
 彩風さんに怒鳴って言葉を止める会長。そして優希君が喋ろうとしたのを嫌がった会長――
 そして、後輩二人の崩壊している友達関係――
 三度目私の勘が働く。
 そして、雨が地面を打つ音しかなくなった役員室内。わずかに空気を震わせる冬美さんの嗚咽……今度こそ三度目の正直。私の思考を遮るような声も横槍も何もない。
 だから私の勘も今までのみんなの言葉をヒントに働き続けるけれど、
「……何が申し訳ないの? それもまた、本当に雪野さんが悪いの?」
 それでも冬美さんが話したがっているからと、私から予想は出来ても、先に言葉を発するような真似はしない。
「それって私以外の統括会のみんなが知っているか、気付いている話なんだよね」
 その代わり、冬美さんが少しでも話し易くなればと思って、少しずつ徐々に外堀を埋めて行く。
 思えば初めから彩風さんには、言葉も当たりもキツかった。それだけだったら会長の言う通り、好きじゃない女の子だったから。
 もちろん女の私からしたら考えられないほど露骨な態度で、中条さんじゃないけれど絶対お断りだ。ただまあ、理由という側面だけなら分からなくはない。
 幼馴染と言うのを差し引いても、好きじゃない女の子の髪を気安く触るとか、ハンカチを渡したりとか、自然に同じ傘に入れたりなんてのは別に物申したいけれど。
 ただ何があっても、どうあっても冬美さんにだけは辛抱強く、何回も時間をかけて耳を傾け諭してもいた。
 だけれど会長の考え方や着眼点に目が行き過ぎていて、それが不自然だって気づけなかった。そう言う性格なんだって思い込んでしまっていた。
 ただ最近になってやっと困っている冬美さんには目を向けず、彩風さんや私、私の親友にまで声を荒げているのも実際見聞きして初めて会長本来の姿が見え始めたのだと思う。

「……。……ワタシと会長は……お互い、協力をし合ってたんです。ワタシが空木先輩と添い遂げられるように。会長が岡本先輩とお付き合い出来るように。可能な限り二人での時間を取れるように」

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