第178話 学級崩壊 Aパート

文字数 6,414文字



 蒼ちゃんの親子げんかも無事に終えて、家出を終わらせた蒼ちゃんが帰った翌日の今日から久しぶりの登校。
 それでも毎朝生活リズムを変えなかったからか、身体の調子はいたって普通だった。
 私は昨日までのおよそ10日間、蒼ちゃんだけに限らず学校・友達・統括会を思い浮かべながら体を起こしたところで、

宛元:優希君
題名:今日待ってるから
本文:病症上がりだから急がなくても大丈夫。その代わり愛美さんの制服姿を一番に
   見たい。

 優希君からのモーニングメッセージ。

宛先:優希君
題名:私も楽しみ
本文:ありがとう優希君。でも、今日はみんなで登校しようね。

 本当ならせっかくの登校なのに、あいにくの雨で大好きな空は見えないのだけれど、起き抜けの電話ではない優希君からのメッセージと、優希君からの贈り物である青空と雲が広がる傘。
 雨が降っていたとしても気落ちする事なく、朝の支度の為最低限の格好だけは確認して、リビングへと向かう。


「あら? 愛美。早くないかしら? 昨日言ってた通りお弁当はお母さんが作るから
 もう少しゆっくりして来なさいな」
 私の姿を認めたお母さんが早速労ってくれる。
「ううん。そんな事ないよ。それにお母さんだっていつも朝早いんだからお弁当、一
 緒に作るの手伝うよ」
「愛美……」
 もちろん私だってあまり家にいないお母さんが作ってくれたお弁当を食べたい気持ちは強い。だけれど、お母さんと一緒に何かをする機会がそんなに無かったのもまた事実なのだから、お母さんを手伝いたい私の気持ちもまた、私の本心ではあるのだ。

 お母さんと共同で朝ご飯とお弁当を用意したけれど、やっぱり2人で準備したからなのか、お母さんが。だけれど、慶の分のお弁当まで用意しても、まだ時間は余っていた。
「そうしたら後は食べて学校行くだけなんだから、慶久が起きて来る前に着替えて来なさいな」
 私はお母さんの勧めで先に着替えてしまおうと、自室へと一旦戻る。

 自室へと戻った際、着替えるのだからと一度部屋の鍵を閉めてから優希君からの返信を楽しみに携帯をのぞくと

宛元:巻本先生
本文:そうか! これで再び学校でも岡本の姿を見ることが出来るんだな。会えるの
   を楽しみにしてるから、車や悪い男に気を付けて登校して来てくれな。後、岡
   本個人の連絡先をしっかりと登録しておいたから、いつ連絡して来てくれても
   良いからな。

宛元:雪野さん
題名:安心しました
本文:それでは岡本先輩に、二年の教室まで足を運んで頂く訳にはまいりませんので
   ワタシからお伺いします。それではまたお昼休みにお願いします。

 先生と雪野さんからで、優希君からの連絡は無かった。
 しかし先生からの車ならまだしも、悪い男って言うのは何て言うか、明らかに過保護と言う範疇ではない気がする。
 でも、先生の男の人の部分に関しては誤解しないといけないのだから、“先週同じ学校の人に乱暴されたから”って誤解しておく。

宛先:雪野さん
題名:じゃあ教室で待っているね
本文:教室の雰囲気くらいらしいけれど、雪野さんの責任じゃないから、一切気にし
   無くて良いからね。それと、今日は雨が降っているけれど、屋根のある人気の
   少ない場所は考えてあるから。だから雪野さんの話したい事、全部聞かせてよ

 先生からのミニメッセージの取り方を決めた私は、朝は忙しかった事にしておいて雪野さんへの返信メッセージだけを送って、制服に着替える。
 それにしてもって思う。一昨日わずかな時間電話した時にも思ったけれど、この件に関してはあくまで私が事前連絡を抜かしてしまって、雪野さんとの約束をすっぽかしてしまったのが問題なのだから、雪野さんが頭を下げる理由は本来ならどこにもないはずなのだ。
 昨日電話して改めて雪野さんの頭の固さを目の当たりにしたり、雪野さんの扱い方
のヒントになりそうなやり取りにばかり頭が行ってしまっていたけれど、あの雪野さんが、謝ると言うのはどう考えても状況的におかしいのだ。
 だから今日久々に雪野さんに会って話をする際、雪野さんには何があっても謝らせないようにしないといけない。その上で今の二年の雰囲気・空気を中条さんの話も織り交ぜながら、聞ければとは思っている。
 私はメッセージを送ったついで、今日のお昼、雪野さんとの話のスタンスを決めて
から、制服に着替えた私は……家を出る前にリップを引こうと決めて、お母さんと朝をするために、次は身支度を整えてリビングへと向かう。


 なんだかんだ言っても蒼ちゃんがいなかったらこんなものなのか、いつも通り慶がいないからお母さんと二人だけの朝ごはんになる。
「先週からこっちずっとバタバタしてたけど、確か今月末が推薦入試の申し込み期日だったわよね」
 その朝食時、お母さんが私に確認して来る。
 そう言えばそうなのか。公欠扱いとして休んでいたとは言え、主に1週間以上にも及ぶお父さんとの大喧嘩や、倉本君や彩風さんを中心とした統括会での話がややこしかった上、蒼ちゃんの家出事件もあって気が付けばあっという間の10日間だった。
 そしてお母さんが今聞いてくれた通り、願書の受付自体が9月末までで、もう二週間ほどしかない。
「うん。間違いないよ。改めて言っておくと私は受けたい。受けて通ったら行きたい」
 まだ二週間あると捉えるのか、もう二週間しかないと捉えるのかは本人によるとは思うけれど、改めて私の気持ちを伝えておく。
「分かってるわよ。そしたらお母さんの方で今日、明日中に準備しておくから、週末の金曜日に持って行きなさいな」
「今週末ってお父さんには言わなくて良いの?」
 もちろん反対されたら大喧嘩に逆戻りだけれど、それと一言も断りを入れないと言うのは何か違う気がする。
「何言ってるのよ。先生のとても分かり易い説明の時に、愛美の将来の為にって納得
してるんだから、お父さんの意志は確認しなくても大丈夫よ。それよりも来週は連休
が重なるんだから、今週中に出しておかないとギリギリなのは怖いわよ。だから愛美
は余計な事は考えなくても良いから、“現在(いま)”を全力で楽しみなさいな」
 お母さんと温かな激励と共に、すっかり抜け落ちていた来週の連休。
 あの教頭の課題の期限まで二週間くらいしか残っていないと、短すぎる期限と絶壁の二人を前にどうしようかと頭を抱えていたのに、更に時間も曜日も減るのか。
 改めて突き付けられた現実に、叫び出しそうになったのをお母さんの前だからと、何とか気持ちの発露を押さえ込む。

 そう言えば教頭先生が追って出すと言っていた沙汰と言うか、処遇の方は全く連絡が無いんだけれど、どうなっているのか。まさかあの先生に限って忘れている……なんて話、ある訳ないか。
 私はあの教頭の、それこそ機械みたいな会話運びを思い出し考え直す。
 もちろん口に出したら大問題だから、頭の中で考えるだけだけれど。
「おうねーちゃん。今日は早いんだな」
「ごちそうさま。それじゃあそろそろ私、出るからね。慶も遅刻せずにちゃんと学校行きなよ」
 蒼ちゃんも学校に行きたいのを我慢しているんだから。
 私は、昨日とは打って変わって身だしなみも髪の毛も、だらしない慶に一声かけて傘とリップを引くために、一度自室へと戻ってから、
「愛美! お弁当!」
 改めてお母さんのお弁当を手に、私の唇を見たお母さんが浮かべた満足げな表情に見送られながら、優希君との待ち合わせ場所へと向かう。


「……」
 お母さんと二人でお弁当を作って、久しぶりの登校と言うのもあって気合が入り過ぎたのかもしれない。
 まだ誰も見知った姿のない待ち合わせ場所。初めて優希君より先に来て優希君を待つ身になった気がする。
 本当にお母さん様々だなと、今朝のお弁当も含めて心の中でお礼をつぶやいていると、
「あ。岡本先輩お久しぶりです。ホンマに今日から登校なんですね。所々まだ痣って言うか痕が見えますけど、とにかく学校に来れるくらいには元気になってくれはってホンマに嬉しいです」
 私の姿を見つけてくれた御国さんが、嬉しそうに私の元まで駆け寄って来てくれる。
「心配してくれてありがとう御国さん。みんなが心配してくれたから早く治ったんだと思うよ」
 知れば知るほど可愛い後輩だと思う。
「ところで御国さんも今日は早いんだね。てっきり優珠希ちゃんと一緒に登校して来るのかと思ってた」
 私と蒼ちゃんみたいに常に一緒にいる印象も強いし。
「優珠ちゃんはたいてい朝はお兄さんと一緒です。それになんやかんや言うて、ウチが優珠ちゃんを待つんですよ」
 ……そうなんだ。“早起きは三文の徳”じゃないけれど、いつも優珠希ちゃんを待たせる形になって、文句を言われ続けていただけに優珠希ちゃんの新たな一面を知った気がする。
 ……これは優珠希ちゃんに言い返せる余地が出来たかもしれない。
「いっつも私、遅刻した訳じゃ無いのに優珠希ちゃんを待たせる形になって、文句を
 言われているんだけれど、御国さんは優珠希ちゃんに言いたい事とか文句とかないの?」
「そんなんありませんよ。元々ウチは人を待つのは嫌やないさかい、全く苦にならんのですよ。むしろ寂しがり屋の優珠ちゃん待たせる方が、後で宥めるんがって、岡本先輩? まさかとは思いますけど、また優珠ちゃんイジろう思うてんのとちゃいますよね」
 あらら。途中で気づかれてしまったのか。
「思っていないよ。ただ毎回文句を言われるから、次からは言われたら少しくらいは言い返しても良いのかなって思っただけだって」
 だったらあらかじめ用意しておいた言い訳を使わせてもらうだけだ。
「言い返してって……優珠ちゃんはごっつ寂しがり屋なんで、前も言うた通り、そこは優珠ちゃんを大切にしてくれはんのやったら、岡本先輩が理解したって下さい」
 だけれど私の言い訳は駄目だったみたいだ。逆に私が注意を貰ってしまう。
「ごめん。確かにそうだったね。それから優珠希ちゃんのお話をしてくれてありがとう」
 それにしても寂しがり屋……か。
 今までもその片鱗は見え隠れしていたけれど、優珠希ちゃんは甘えん坊なんじゃなくて寂しがり屋なのか。
 ごく稀にではあるけれど、私にもそう思う時があるから、今まで以上に優珠希ちゃんに親近感がわく。
「それはええんですけど、この話は優珠ちゃんにはせんで下さいね。それよりもその傘、何やオシャレですね」
 だけれど優珠希ちゃんの話を切り上げたかったのか、私に一釘刺した後、話題ごと変えてしまう。
「この傘は日傘にもなって、私が青空が好きだって知った上で、優希君が私に買ってくれた大切な傘なんだよ」
 でも、その先の話題が優希君のだったなら、私に否定する理由なんて何もない。
「ホンマに岡本先輩は、お兄さんが大好きなんですね。今、ものすごい幸せな顔してはりましたよ」
「もちろんっ! だってこの傘の内布の柄だって、私との遠出のデート1回だけで私の好みを見つけてくれた上に、私の顔が酷い時でも気兼ねなく外を出歩けるようにって日傘との両用を兼ねているんだよ」
 それに、この傘の中で相愛傘の話をしながら、一番酷かった時の私の顔中にたくさんの口付けを落としてくれた優希君も一緒に思い出す。
 そう言えばあの時、知らずの間に私が優希君の首筋に口付けの痕も付けたんだっけ。
 だから今日みたいな雨降りだって気にならないし、何なら優希君に包まれている気もして、雨の日が楽しいくらいなのに。
「ホンマに岡本先輩に、こんなに喜んでもらえたらお兄さんも大喜びやな。ウチも、ここまで幸せな表情が出来るくらいの恋を、優しい男の人にしてみたいわぁ」
 本当に私が彼女で優希君が喜んでくれたなら、これ以上彼女冥利に尽きる話なんて無い。
「ありがとう御国さん、この傘を褒めて――」
「――ちょっと。冗談でも恐ろしい事をゆうのは辞めてちょうだい。佳奈に似合う男かどうかは、わたしとお兄ちゃんでしっかり吟味するから、こんなハレンチ女に乗せられるなんて辞めてちょうだい」
「優珠。いくら優珠でも、僕の自慢の彼女を悪く言うなら、そろそろ注意もするよ」
 御国さんと二人で話していたはずの私の後ろから、何故か聞き覚えのある声がする。
「えっと……優希君?」
 いつも聞きなれているはずの声なのに、今しがたまで優希君への想いを口にしていたからか、それともこの傘の中でした口付けを思い出していたからか、私の心臓が脈打つのと同時に、顔がまたほんのりと熱を持ち始める。
「おはよう愛美さん。それにその傘……」
 振り向きざまに私が傘の角度を変えると、私より背の高い優希君が私を見下ろしていた視線と絡まる。
 その優希君は黒い傘にやっぱり優珠希ちゃんなのか、小さくワンポイントとしてあしらわれた名前の分からない何かのピンク色のお花。
「うん。なんか優希君に会えるって思ったらこの傘を使いたくなっちゃって」
本当ならこんな良い傘を学校に持って行くなんて、間違って持って行かれたり、いた
ずらされたら泣くに泣けないんだけれど、幸い傘袋も付いているし、久しぶりの登校初日と言うのも助けて今日はこっちの傘にしたのだ。
「使ってくれて嬉しいよ。ありがとう愛美さん。ここからは僕がその傘を持つよ」
 言葉と共に差していた傘を優希君が畳み、
「……」
 そのまま私の傘の中に入って来てくれた優希君が、そのまま私の手から傘を取ってしまう。
 それに合わせて私の視界が広がって、空も高くなる。
「ありがとう。優希君っ」
 これで私たちは相合傘となったわけだから、私はお互いが雨で濡れてしまわない様
に、優希君が傘を持つ腕を両手でつかんで、私から優希君により引っ付いて、今出来る私の笑顔を向ける。
 この傘なら、これでお互い共に濡れずに済むはずだ。
 そんな私たちの一連の流れを無口で見ていた可愛い後輩たち。
「! ちょっとアンタ! 朝一からわたしへの挨拶も無しに、目の前でお兄ちゃんにハレンチな事をするなんて良い度胸じゃない」
 だけれど、お兄ちゃんっ子の優珠希ちゃんが、黙っている訳もなかったからと今日から私も反撃させてもらう。
「優希君の私への気遣いと、優しさが嬉しくて挨拶するのが遅れてごめんね。おはよう優珠希ちゃん。でも今日はみんな揃っていたから寂しい思いをしなくて済んだんだよね」
 無論、優希君への感謝の気持ちを口だけでなくて、行動でも示すためにその腕を掴む手に力を込めて。
「……なんか、優珠ちゃんが言うてる意味が分かった気がする」
「そうよ! この女はいつもこうなのよ。大体今の言葉だって全然わたしに悪びれてないし、下手したら内心でわたしをバカにしてるのよ」
 口だけでなく優珠希ちゃんの言う通り、行動でもちゃんと示したって言うのに素直で可愛い後輩であるはずの御国さんまで、私の印象が悪くなっているのがイマイチ面白くない。
「優珠の心の内まで知ろうとしてくれてありがとう。でも、優珠も愛美さんと一緒で恥ずかしがり屋だから『ちょっとお兄ちゃん! 腹黒に変な事ゆうのは辞めてっていつもゆってるじゃない!』――優珠? 愛美さんへの呼び方は?『ふんっ!』――見ての通りの優珠だから、もう少し大切にしてくれると嬉しいかな」
 だけれど私の“大好き”な人は、途中優珠希ちゃんからの文句を受けながら、やっぱり私の言葉、考え方を好意的に取ってくれる。
「分かったよ。それから優珠希ちゃんの一面を教えてくれてありがとう」
 だったら自分の彼女を、妹さんと同じ扱いをするのに文句を言いたかったのだけれど、元々の二人の信頼「関係」は、相当高いのだからと、今日は素直に首を縦に振っておく。
 それ以上は私たちを見て、何を言っても動じないと判断してくれたのか、広げた三色の傘の中に四人。仲良く登校する。

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