第183話 届かない想い 5 Aパート

文字数 7,025文字



     サブタイトル:確かに朱先輩が願った想い《絶対の味方へ向けて》 

 残り少ない昼休み。急いでお弁当をかき込んだ私たちは、使ったマグカップを洗う方と私が蹴り飛ばして乱れてしまった机を元に戻す方と二手に分かれて手早く役員室を元に戻す。
 その途中で
「そう言えば何のつもりか分かりませんが、今朝も中条さんが来て岡本さんの話をしてましたけど、あの方、目が曇ってるんじゃないですか?」
「どう言う事よ」
 唐突に中条さんの話が始まる。
「だって今日も朝から岡本さんは優しいとか、強く気高いとか妄想で喋ってましたけど、強引で暴力的で二枚舌の間違いじゃないんですか?」
「はぁ? 強引って何よ。二枚舌って何よ」
 かと思ったら私への悪口だった。
「人の話も聞かずにワタシが無理だって申し上げても全く取り合っても頂けない。これを強引、ワガママって言わずに何て言うんですか? それに岡本さんは統括会の時と喋り方も雰囲気も全く違い過ぎます――一体何枚舌なんですか?」
 だけでなく間違いなく私に喧嘩を売って来ている。
 本当なら今すぐ買った上で余分に買い取りたいくらいの気持ちはあったのだけれど、なんせ時間も無いし友達になれた瞬間の利息分として、今は取っておくことにする。
「そんなの友達と話す時と、あの話し合いの場とか会長に話す場合で違うのは当たり前じゃないの? まあ冬美さんが優希君に誤解されても良い、私に勝つ気が全く無いって言うのなら好きにしてくれたら良いけれどね」
 特に好きな人の前なら、多少は自分を可愛く見てもらうために作るだろうし、その気持ちも変わるはずだし。だけれど私の反論にまた言い返さない冬美さん。冬美さんの性格や仕草からして良い所のお嬢様なのかなとも思うけれど、自分でお弁当を作っているから違うのか、ただ私の偏見なのか。
「それじゃあ昨日はギリギリだったから、今日は少し早い目に戻るよ」
「――っ」
 私は有無を言わせず冬美さんの手を取って、部活棟内から午後の授業を受けるために教室棟の方へと戻る。


 昨日よりかは早めに教室に戻れた昼休み。私が午後の授業の用意をしていると、
「愛美。さっきまた会長が来てた」
 今度は実祝さんと咲夜さん二人揃って――
「愛美さんに話したい事があるから、島崎君はこっちに来ないで」
「話したいって、さっき来てた倉本の話か?」
 ――メガネも後ろから寄って来ていたみたいだ。
「会長が来ていたって……私に何か用事?」
 最近会長と全く連絡を取っていないから、色々な話がどうなっているのか全く知らない。ただ、冬美さんの件については教頭先生からその覚悟と決意を聞いた上で、この学校のマスターキーを預かっているのだから、こっちでの動きはないはずだ。
「愛美さんに直接話したいから、教室で待たせてもらうって本当についさっきまで待ってた。ねぇ愛美さん。喋るくらいは良いんじゃないの? これは変な意味で言ってるんじゃなくてあの会長を怒らせると本当に怖いよ」
 だから差し当たって緊急の何かはないはずなんだけれど。
「あたしは辞めた方が良いと思う。会うにしても副会長と同席に一票」
 それに会ったところで私の話しかしないなら、会っても仕方がない。
「会長が怒ろうが何しようが私に会う気はないよ。それに会長と二人きりは怖くて会えないよ」
 今まで色々な事があり過ぎて。
「それに明日は金曜日で定例の統括会なんだから、明日みんなの前で聞ければそれで良いし。それよりも会った方が良いって今言ったけれど、まさか待っている間に何か揉めたの?」
 よく考えたら二人して私の方へ教えに来てくれたくらいなんだから、真っ先に気にするべきだった。
「揉めてない。結芽が会長と言い合ってた」
 だけれど実祝さんからのまさかの回答に、驚くと同時に咲夜さんから元気が無くなる。
 本当はその理由と言うか、九重さんと会長のやり取りも聞きたかったのだけれど、ここで予鈴が鳴ってしまう。


 結局午後からの授業に色々な気がかりを残した私は、あまり集中出来ないまま放課後を迎える事に。
 ただ終礼の直前にメガネが私の所へ来て、いつも通り私の背中を触りながら、男の人に無遠慮に触られる嫌悪感と、恐怖心に硬直する私にかまう事なく、今日は会長の悪口を私に言って来る。
 それを見た咲夜さんが、慌てて私とメガネの間に割って入ってくれたのだけれど、
「俺の応援とかは別に良いから、せめて邪魔だけはしないでくれ。それからあんな空木のどこが良いのか分からんが、他の男と喋ってるのを見て、空木に誤解されても良いのか? それから岡本さんも。クラスの雰囲気がしんどいのは分かるけど、他の男で逃避するのは辞めた方が良い」
 その咲夜さんと私に信じられない一言を放つメガネ。しかもそのまま文句を言おうとしたら、自分の席へ戻ってしまっているメガネ。
 何か会長の話はあくまでおまけで、私の背中に触るのが目的だったみたいに感じられたんだけれど……一体何なのか。
 この後も優希君と一緒に帰るつもりなのに、意味が分からなくて気付けば体中から嫌な汗が滲み出ている。
「咲夜さん。念のために言っておくけれど、メガネの言う事真に受けて勘違い起こさないでね。優希君は私の彼氏だから。勘違いも誤解も介在しないから」
 だけれど咲夜さんもこのままって訳にはいかない。
 メガネの訳の分からない言葉で変な行動を起こされたらたまったもんじゃないから、何を置いても先に釘だけは刺しておく。
「……愛美。その件はあたしに任せて欲しい。あたしが時間取って咲夜と話する。それからあたしは会長と愛美が二人で会うのは反対。今のやり取りも含めて蒼依(あい)の言う通り『っ』副会長に隠し事が無いなら咲夜の言葉も含めて副会長に正直に話すべき」
「副会長に話すって、実祝さんはあたしの応援はしてくれないの?」
 この咲夜さんは、私の前でなんて事を聞くのか。いつの間にそこまで気持ちが本気になったのか。
「しない。愛美は本当に副会長が好き。あたしはそれを目の前で何回も見てる。逆に副会長も愛美が好き。それも何回も見てる。そして蒼依(あい)もそれを知ってる。それに結芽の言う通り、友達の男に手を出すのは駄目。あたしにとって愛美も咲夜ももう友達。前にも言ったけど、友達が間違ってたらあたしは友達を叱る。今度こそ、そう言う人間になりたい」
 実祝さんと大喧嘩して、何度もお姉さんと電話で喋って。そして蒼ちゃんの立ち合いの元でやっと仲直りをして。更に一歩踏み出そうとしている実祝さん。
 しかもちゃんとお姉さんの気持ちと想いの両方が入っている。その上で咲夜さんを友達だと認めている。
 だったら、私は応援するだけだ。
「分かった。じゃあ実祝さん。咲夜さんをお願いね」
 だから私からはこれ以上何も言わない。
「ん――咲夜。こっち来る。そして今日は一緒に帰る」
 私のお願いに自信をのぞかせた実祝さんが、頷いてくれたところで先生が入って来る。


 その終礼も特に何かがある訳では無かったからから、来月10月の二週目に再び校内で全国一斉模試をするとの連絡があった。ただし今回の模試は志望校に対する進捗・完成度って意味合いが強く、成績には関係しないって事で、教室の空気はそれほど重くはならなかった。
 だから終礼自体も早くには終わったのだけれど、
「スマン岡本。少しだけ話。良いか?」
 今日一日全く視線すらも合わせる事の無かった先生からの呼び出しに驚く。ただ、先生からだから断る理由も無いし、そのまま先生の呼び出しを受けたところで放課後へと入る。

 今日は優希君が教室に迎えに来てくれるからと、帰る準備は後回しにして先生の元へと駆け付けると、
「昨日は大の男が情けない姿を見せてしまったな」
 まさかの昨日の話の続きだった。だけれど、ここは不特定多数の生徒が通る廊下の真ん中。昨日の話の続きをする訳にはいかないからと、
「先生。昨日の話は昨日で終わりですよね。それに昨日の話も私と先生二人だけの秘密ですよ」
 先生の言葉を止めさせてもらう。
「ああ……そうだったな」
 嬉しそうな先生を見て、止め方を間違えたかもしれないけれど。
「ひょっとして、教頭先生から追加の連絡でもあったんですか?」
 だから教頭先生の名前を出して、巻本先生にも頭を切り替えてもらおうと、無理矢理話題を変えてしまう。
「……実は折り入って岡本に頼みがあるんだが……」
 けれど先生が私への視線を逸らさない。
「何ですか? 私に出来る事なら協力しますよ」
 この先生がそれで頑張れるなら。気持ちを切り替えて笑顔になれるなら。
「……岡本が昨日貸してくれたハンカチ。しばらく借りてても良いか?」
 そう思っていたところに、先生からの意外なお願い。
「このハンカチで、岡本への気持ちを来年の春まで何とか耐えて見せるから……自分でも女々しいとは思うが、こう言う気持ちって言うのはどうしてもな……」
 でも中学期に入ってからの先生は、私たちが受けていた暴力、蒼ちゃんを中心とした集団同調、そして同じクラス内での多数の停学者。色々な出来事が重なって精神的にしんどかったり辛かったりした分、特に気持ちが育っているのは分かる、伝わる。
 それに加えて昨日の職員室の先生。私だったら逆に好きな人、思いを寄せている人の物を身近に置いておく方が想いが募る分、苦しくなるけれど……先生がどう言う感情になるのかは分からない。
「分かりました。そうしたらそのハンカチは卒業式まで預けておきますので、最終日に返して頂いても良いですか?」
 ただ、先生の全く余裕のない表情を目にしてしまうと、どうしても断ると言う選択肢は取りにくい。
「ありがとう岡本。それじゃああのハンカチは大切に使わせてもらうな」
 私の返事と共に嬉しそうな表情に変えて、職員室に戻る先生。
 普段から喋り易かったり頼り易かったりする先生だからなのか、全く年上で大人の男の人だって感じがしない。
 私がそんな先生の背中を見送って教室に戻ると、恋バナ好きな咲夜さんが目をキラキラさせているのが目に入る。
 だけれど咲夜さんの大好物を知らない実祝さんが、終礼前の続きとばかりに不満そうに抗議している二人を横目に、優希君が迎えに来てくれる前に帰る用意をしてしまおうと、自分の机に戻ったら、
「今日は俺が送って行くから一緒に帰ろう」
 私が戻って来るのを待っていたのか、私の机の近くで何とメガネの方から一緒に帰ろうと誘って来る。
「は? 何で? 私、優希君と一緒に帰るから離れて」
 けれど私からしたら冗談じゃない。恋愛のかけ引きだか何だか知らないけれど、私を好きと言ったりみんなの前で酷い事言ったり、挙句に私にベタベタ触れて来て。何で私がこんなメガネと一緒に帰らないといけないのか。二人きりになった途端、何されるか分からないメガネとなんか帰れる訳ない。
「ちょっと触らないで、離れて!」
 咲夜さんや実祝さんはまだいてくれるけれど、ただですら少ない教室内。先生と喋っていた分、ほとんど教室内に人がいなくなってしまっている恐怖心から少し声を上げさせてもらう。学校の中

わずかな時間だったとしても、教室のドアが開いていたとしても、男の人と二人だけになってしまうのは絶対に避けたい。
「触らないでって酷い事言うなぁ。ただのスキンシップだし同じクラスメイトじゃないか」
 何がただのスキンシップなのか。こっちが怖いから辞めてって言っているのに、相手の気持ちを無視したスキンシップって何なのか。
「ちょっと島崎君。いくら何でもそれじゃセクハラと変わりないって!」
 私の声を聞いて、状況を見て驚いた咲夜さんがメガネに声を掛けてくれたところで、
「おい島崎! 僕の彼女から離れろって!」
 またこんな場面を優希君に見られてしまう。何で優希君にはこんな場面ばっかり見られてしまうのか。泣きたくなってくる。
「良いから触んな。離れてっ!」
 私は手近にあった自分のカバンをメガネにぶつける。
「島崎君。今のはいくら何でも好きな人相手に取る行動じゃないよ」
 それに遅れるようにメガネを言い含める咲夜さんだけれど、
「おい島崎。前に愛美さんにちょっかい掛けるのは辞めろって言っただろ!」
 それ以上に優希君が怒っているのが分かってしまう。
「空木こそ、岡本さんが登校し始めたからって毎日毎日他クラスに顔出しやがって。前に自分のクラスの女子と仲良くしとけって言っただろ。それに今日は俺が岡本さんと一緒に帰る――」
「――ちょっと勝手な事言わないで! 私そんな約束もしていないし帰るつもりなんて無い!」
 だから少しだけ自分の中の罪悪感と戦う必要があったのだけれど、優希君に駆け寄って腕を絡ませてもらう。
「そうやってまた男にベタベタする。俺は嫌で空木は自分からって、俺は岡本さんを慰めようってだけなのに、それは差別と同じだろ」
 腕を絡ませたのを嬉しそうに確認してくれた優希君が、私の背中にもう片方の腕を回してくれる。優希君相手だから、触れてもらっている背中の部分が、喜んでいるのがほんのりと熱を持ち始めるのと同時に、これが差別だって言われて好きでも無い人に触れられる恐怖心と嫌悪感を幾度となく感じているだけに、ショックを受ける。
「愛美さんの反応が差別なんじゃなくて、島崎のその行為の方が犯罪だって事に気づけよ『優希君ごめん。背中……』――嫌がってる女性に対しての島崎のそれは、強制わいせつ罪にもなりうるからな」 ※刑法176条
 だけれど私が不安に思う間もなく、優希君が言い返してくれる。
「そんな奴に愛美さんを渡す気はないからな――! ごめん愛美さん。また僕の方に向き直ってもらっても良い?」
 その上、私をドキドキさせてくれるような一言を臆面もなく言ってくれたかと思うと、そう言えば倉本君もそう言う目で見ていたんだったっけ。
 そう考えたら男の人の前に立てなくなるなって思って向き直ると、優希君の口から“やっぱり”と小さく聞こえて、そのまま一度私専用の居場所を作ってくれ優希君。
「――ってちょっと優希君?!」
 しかもそのままメガネにカバンを当てる時にブラウスがよれてしまったのか、優希君が私の脇腹当たりのブラウスの裾辺りを摘まんで軽く伸ばしてくれる。
「素敵……」
 その後、私の首元を一度見て――
「――おい空木。何の真似だ?」
 メガネの声の中に苛立ちが混ざり始める。
「それはこっちのセリフだ。島崎。お前今、僕の彼女のどこを見てたんだ?」
 ただそれ以上に、私専用の居場所を作ってくれたまま怒気を含ませる優希君。
「どこって変な言いがかりは辞めてくれ」
 それに対して語気を弱くして、苛立ちも消してしまうメガネ。つまりは優希君の言う通りって事なんだと結論付ける。
「言いがかりじゃないだろ。どこ見てたか正直にみんなの前で言えよ」
 にもかかわらず、私専用の居場所はそのままに更に言葉で詰め寄る優希君。
「副会長。副会長の気持ちは分かるし、何が言いたいのかも分かる。でもそれは愛美が聞いても良い? 蒼依(あい)怒らない?」
 優希君の言葉と行動、視線で中にシャツを一枚着ていたとは言え私に“隙”が、しかもいくつかあって“何を”かまでは分からないけれど、よりにもよってメガネ相手に
“隙”を見せていたって事だ。
「……実祝さんごめん。ありがとう。そして優希君もごめん。私本当にそんなつもりじゃなくて……」
 せっかく朱先輩から“隙”を失くすために色々教えてもらって、少しでも優希君に嫌な思いをして欲しくなかったのに。
「副会長。今日の副会長は愛美の彼氏失格。愛美の声が変わってる」
「……島崎。お前とは後日話を付けるから、今日は帰ってくれ」
 悪いのは私なのに、実祝さんは私の肩を持ってくれる。
「岡本さんを泣かせたのは空木だろ。何で俺が帰らないといけないんだよ」
「……今帰ったら今の話は、学校側にはしないでおく。その代わり次回以降愛美さんのを見たら、学校側へ報告させてもらう。今のタイミングで今日の話をしたら、どうなるかくらいは想像つくんだろ。だから今日は黙って帰ってくれ。三度目は無いぞ」
 私や蒼ちゃんのような暴力事件があって、週末の部活動を一斉に取り締まるくらいには神経質になっている学校をニアンスで伝える優希君。
 それでも動く気配のないメガネが何を考えているのか――(分からない)
「――お願いだから帰ってよ! あたしが謝って済むなら毎日いくらでも謝るから、これ以上この教室の空気を変にしないでよっ! 本当にごめんなさいっ!」
 ――咲夜さんの心の叫びが声になる。
「咲夜……」
 それはやっぱり電話でも教えてくれていた通り、咲夜さんが例の2グループに加担していたと言うのも助けて、教室内での居心地が良くないのも助けているのだと思う。
「分かった。今日は帰るけど空木とは一度話を付けるからな。それから月森さん。月森さんから受けた話は、謝ってもらったからって、はいそうですかって納得出来る話じゃないからな」
「――っ」
 結局咲夜さんの心の叫び声を聞いたメガネが、好きだと言う私には全く声を掛けずに、優希君と咲夜さんにそれぞれ一言ずつ声を掛けて教室を出て行くけれど、男の人の考えている事が全く分からない。咲夜さんに対しても何を考えているのかすら分からない。

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