第182話 近くて遠い距離 終 Aパート

文字数 5,851文字



 結局いつも通り最後には優珠希ちゃんに全てひっくり返された私。そんな訳の分からない若いだけの後輩女子よりもよっぽど優珠希ちゃんの方がこのままだと良くないと思うんだけれど。
 私はこの不満を、彼女の目の前で妹の友達とデレデレしながら仲良く登校をして行った優希君に文句のメッセージでもと思って、携帯を手に取ると
「……」
 また会長からの着信。
 何か会長とのやり取りを通して初めて感じたけれど、嫌だと思ってしまったらこの電話一つですらため息が出てしまう。
 もちろん今までに会長が口にしてきた内容、私の友達に対して取った行動、いわゆる言動からの理由ではあるんだけれど、今までこう言う気持ちにならなかっただけに、自分の器の限界を感じてしまう。
 結局また会長のせいで気分を害した私は、メッセージを送るのを辞めて一人学校へと改めて向かう。
「愛美さん」
 昨日に引き続き降りしきる雨の中、僅かな自己嫌悪を胸に一人歩いていた所に思いがけず優希君の声がする。
 一度立ち止まってから傘の小間を傾けて黒い傘を探すと、
「良かった。愛美さんの傘だって間違えてなくて」
 さも当たり前のように、私の差す折り畳み傘の上から傘をかぶせてくれる優希君。しかも片腕にカバンと傘を肩と手に引っ掛け持ちながら。
「私を他の女の子と間違えずに見つけて声を掛けてくれたのは嬉しかったけれど、御国さんは? 嬉しそうに妹の友達とデレデレ仲良さそうに二人で歩いて行ったんじゃなかったの?」
 だけれど面倒臭い私はまだ傘を畳んであげない。優希君が私に、そのままの私で良い飾らない私の気持ちが知りたいって言ってくれたんだから、空けてくれているもう片方の腕にはまだ飛びついてあげない。
「佳奈ちゃんなら“ウチと二人言うんは岡本先輩に悪いんで、ここで待ってて下さい”そう言ってどこかで優珠を待つとか言って先に行ったかな。それで優珠とは話出来た? どんな話だった?」
 さすが御国さん。女の子同志気持ちを分かってくれている。だけれど女心を分かっていない優希君には伝わっていないのか、少しずつ不満顔に変わって来る。自分は後輩と仲良く登校したくせに。
「どんな話だったかは教えないよ。これは私と優珠希ちゃんそれに御国さんだけの、女三人の話だよ」
 だけれどさっきも言った通り、間違ってもバレない様にいくら若いつもりかは知らないけれど、相手の一年女子には引いてもらわないといけない。当然その過程で若いだけの一年女子にデレデレなんてされたら、大喧嘩になってしまうんだから、若いだけの一年女子の存在を優希君にバレるわけにも気付かれるわけにもいかない。
「……だったら聞かないけど、僕の傘くらい入ってくれても良いのに。それにあの島崎とか特に最近の倉本の話は聞きたいのに」
 本当に私たちの話には頓着していないのか、踏み込んで聞いて来なかった優希君が、自分が濡れるのも厭わずに私の真上に傘を持って来る。そう。会長みたいに私の腕を強引に掴むとかではなく。
「会長からはさっきも連絡があったみたいだけれど、気付いてもいなかったし取ってすらもいないよ。もちろんかけ直しもね。ただあのメガネに関しては、昨日もメッセージで伝えたけれど、教室にいると背中しか見えていないはずだけれど授業中問わず時々見られてはいると思う」
 その優希君から至る所に感じる感じる私への気遣いで、優希君自身に濡れて欲しくなかった私は、大人しく自分の傘を畳んで、これ以上優希君が濡れて風邪をひいてしまわない様に腕にしっかり掴まって、寄り引っ付かせてもらう。
 私の行動に嬉しそうにしてくれたのも束の間、
「愛美さんの背中って……教えてくれてありがとう。僕からも昨日伝えた通り、あの島崎と一回サシで話をさせて欲しい」
 やっぱりこの至近距離からだと分かる、私の胸部やスカート越しに見ている太ももに優希君の視線をハッキリと感じる。
「私、そんなつもりないし朱先輩にも色々教わりながら、指摘してもらいながら意識して直して、対策なんかもしているよ! 優希君が不快に思うような事なんてしていないよっ!」
 それが嫌なわけじゃない。ただ何となくだけれど、よりにもよってあのメガネに
“隙”を見せて“粗相”しているのかと思われたのがさすがにショックだったのだ。
「ああ! 違うんだ。今のはさすがに誤解させた僕が悪かった。間違っても愛美さんを疑ってるとかじゃなくて……蒼依さんを始め船倉さんもみんな同じ気持ちだと思うけど、この先は愛美さんには知って欲しくない。ただあの島崎には男同士で一度話をさせて欲しいんだ」
「……いくらあのメガネ相手でも暴力とかは嫌だよ」
 男の人の暴力は色々と想起させられるから、その恐怖感と相まって嫌なのだ。
「……ごめん。今回は好きな女の事だから十分気を付けて意識はするけど、確約は出来ない」
 なのに私のお願いにもかかわらず、場合によってはと言い出す優希君。もちろん私を想っての行動だって言うのはすごく嬉しいけれど、逆に私の為に暴力沙汰になるのは駄目だ。
「だったら私もついて行く。それで喧嘩になりそうだったら私が止める」
「愛美さん。確実に男同士の話になるだろうから僕に任せて欲しい。その代わり女子の事は今回みたいに優珠も含めてお願いする機会も増えるだろうし、今回もそのつもりだから女三人の話だって言うなら僕は聞かない」
 なのにそんな“お互い様”みたいな話と、優希君との二人だけの約束を持って来られたら、あの若いだけの一年女子の存在を優希君に知られたくない私は、これ以上踏み込めない。
「分かった。その代わりあのメガネとも出来るだけ荒事は辞めてね」
「出来るだけ約束するって返事で、何とか納得して欲しい」
 納得も何もそんなに力強く言われたら素直に引き下がるしかない。
「その代わり雪野さんも愛美さんが何とかしてくれるんだよね」
 まあ、それはそうなんだけれど。その後はもう学校間近だった事もあって、万一周りに聞かれても困らない当たり障りのない話題で校門をくぐる。

 日曜の私の反応を覚えてくれているからか、昨日に続いて当たり前のように私の教室の前まで付き添ってくれる優希君。
 だから二人で教室まで行くのだから、咲夜さんや実祝さんも私たち二人の姿を見る訳で。
「あ。空木くんおはよう。今日も愛美さんの――」
「愛美。おはよう」
 その咲夜さんは私じゃなくて優希君に挨拶をするから、私たちが恋人繋ぎをしているのを今日も手を揺らして、咲夜さんに見せつけてやる……のを、九重さんが冷たい目で見ていた。
「それじゃ僕は自分のクラスに行くけど、月森さん『! あたしに用事?!』――は、島崎から愛美さんを守るって話、愛美さんを諦めてもらうって約束を早く果たして欲しい。いくら愛美さんの友達って言っても、やっぱり僕の彼女だからそれだけは強くお願いしたい」
 小さく咲夜さんの名前をつぶやいた実祝さん。その実祝さんには比較的穏やかな表情を向けてはいるけれど、咲夜さんには心なしか冷たい気がする。
 ひょっとしなくても優希君なら咲夜さんの気持ちに気付いていても不思議じゃないけれど。
「……約束だもん。分かってる。だから約束を果たせたらあたしの――」
「――それじゃそろそろ時間だから、僕は自分の教室へ行くから。また放課後に。愛美さん」
 昨日に続いて咲夜さんの言葉の途中で教室から姿を消してしまう優希君。あれは間違いなく咲夜さんの気持ちに気付いている。
「咲夜さんが優希君に――」
 ――本気だったとしても、優希君は私の彼氏である事には変わりないし、いくら人の心は強制出来ないと言っても、咲夜さんには可能性はないから。と釘を刺そうとした瞬間、
「――ちょっと月森さん。今、教室の中がこんな空気だから文句言うのは控えてたけど、何友達の彼氏に色気出してんの? 今の教室内を見てどう言う状態か分かんないの? 少しは空気を読みなって」
「あたしそんなつもりじゃ……」
 私が口にしようとしていた文句よりも、更に辛辣にハッキリと言う九重さん。
「だったらどう言うつもりだったの? 昨日も見てたけど本人がいる前で少しあからさますぎるんじゃないの?」
 私が内心で思った感想と同じだったから、九重さんに意見に反論し辛い。ただ、咲夜さんは初回優希君に優しく振ってもらった時に恐らくは本気の恋に変わったんだと思う。そのいきさつを知らない九重さんが、私を想って声を上げてくれているのは分かる。
「大体前から言おうと思ってたんだけどさぁ、何でみんなの前で良い顔ばっかして八方美人してる訳? 今も休み続けてる防さんもそう。うちもほとんど声は上げられなかったから、あまり偉そうなことは言えなかったけど当時から気分良く思ってなかった人、多い――」
「――結芽。言い過ぎ。それだともっと教室。悪くなる」
「確かにそうだけど……もう良い。自分の席に戻るから」
 それを止める実祝さん。私はいくら咲夜さんが優希君に色気を出したところで、優希君が私から離れないくらいは分かってはいる。だから咲夜さんに負けるつもりも無かったのだけれど、九重さんが咲夜さんの気持ちを暴露したも同然だから、私たちの間に流れる空気までもおかしくなってしまう。
「咲夜。あまり気にしない方が良い。あたしも蒼依(あい)には酷い事してしまってるし、全く声を上げられなかったのもあたし。だけど咲夜が蒼依(あい)に声を掛けた事があるのも、愛美に謝ったのもちゃんと知ってる。だけど副会長の話は……愛美に任せる」
 いやちょっと待って欲しい。任せるって何なのか。どうして良いのか分からなかったらそのままうやむやにしておくべきだったんじゃないのか。
「ありがとう実祝さん。それから愛美さん……」
 九重さんが教室内で言ってしまったから、ある程度の目が私たちに集まっている中、その縋るような目はどう言うつもりなのか。
「その件は後日ゆっくり咲夜さんと二人だけで話を付けるつもりだから、まずはあのメガネをどうにかして」
 そんな目を向けたって、私の気持ちが変わる訳が無い。ただあのメガネだけは本当にどうにかして欲しい。見られているかもと思うだけで、かなりしんどいのだ。
「分かった。とにかく空木君との約束は果たすつもりはしてるから」
 咲夜さんが私から視線を外して答えてくれる。
「それじゃあ授業始まるから、自分の席へ戻るね」
 だったらこれ以上変な空気にならない様に、話を切り上げて改めて自分の席へと戻るけれど、
「やっぱり愛美が何とかしてくれた」
 実祝さんが分かった上で、私に振ったのが分かってしまった。


宛先:冬美さん
題名:冬美さんへ
本文:五分以内にお願いね。でないと喋る時間も話を聞く時間も短くなるから
   私から出向くよ

 午前中の授業が終わって五分以内。私は送ったメッセージに対する返信のない携帯を眺めて、机の上に今日もお母さんが用意してくれたお弁当を出しておいて、冬美さんが来るまでの間、朝礼の先生を思い出す。
 朝の空気は授業中に払拭されたのか、お昼だけは昨日同様咲夜さんと実祝さんの二人で、教室を出て行くのを目にしながら。
 昨日あの先生をパーティションに置いて出て来てしまったから、先生の感情も加味すると少し心配だったけれど、今日自分の席から見た感じだと普通だった……と思う。
 思うって言うのは今日は、先生と視線を一度も合わせてもいないし、特に呼ばれるような用事も無かったから、測りかねる部分もあると言うだけの話だったりする。ただ、昨日先生越しに受け取った教頭先生からのこの学校のマスターキーは、家の鍵と一緒のキーホルダーに付けている。
 その時も先生は自虐的な表情を浮かべてはいたけれど、あのコンピューター並みの先生なら本当に信用していなかったら、誰を通す事無く、私に直接接触して来ると思うのだ。
 ただ私がこの一言を伝えるだけでも、好意的に取ってしまう先生。だからその想いの一部しか先生には伝えられていない。
 あれだけ真面目で素敵な先生なら、私みたいな小娘じゃなくて、もっとしっかりした先生を支えてくれる大人の女性だっているはずなのに。
 もちろん私だって優希君にもっともっと夢中になってもらえるように自分磨きだってするし、“隙”だって無くなるように工夫して行きたいって思っている。
 ただ、教頭先生の想いに気付けないと先生自身が自信を取り戻すのも中々だろうし、あの教頭先生なら匂わせるような言動も全くない気がする。先生に対する気持ちが行ったり来たりする中、
「お待たせ……しました」
 少し息を切らせた頭の固い冬美さんらしく、しっかり五分以内に姿を見せてくれる……んだったら、五分経って私が動いてしまえば行き違いになるって言うのは、言わない方が良い気がする。
 それは置いといて、せっかく冬美さんが姿を見せてくれたんだからここからは頭を切り替えて、今日こそ話してくれるであろう電話口で話す内容ではないと、にべも無く断られた冬美さん自身の話を楽しみにさせてもらう。
「送ったメッセージの返信が無かったから、てっきり届いていないのかと思ったけれど、届いていたみたいで良かったよ」
「あんな……授業間際に送って来られても……電源落としてるに決まってるじゃないですか。緊急でもないんですから……常識を考えて下さい」
 本当に急いで来てくれたのか、息を切らせたまま中々戻らない冬美さん。しかも授業中は電源切っているのか。無音とかでも良かったはずなんだけれど。
 でもまあ、理由はどうあれ冬美さんから恨み節を貰った訳だから、私はお弁当を手に冬美さんの元まで歩み寄って、
「私が無理を言ってしまったみたいでごめんね」
 その頭の固さに驚きながら、冬美さんに軽く頭を下げると、
「?! ちょっと先輩の教室の前で辞めて下さい! みんな見てるじゃないですか! やっぱりそうやって岡本先輩はワタシを悪者にしたいだけじゃないですか!」
 やっぱり思った通り、軽く頭を下げるだけでのけぞって、大慌てで私に頭を上げるように言う冬美さん。
 だけれど私はその呼び方だと反応してあげない。一刻も早く冬美さんと友達になって、今までの文句を言いたい私は、その呼び方だと納得出来ないのだ。
「それじゃ行こっか」
「ちょっと岡本先輩……」
 だから私は冬美さんを放って、今日も雨が降っているから今日は役員室三階へと向かう。

―――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み