第186話 揺れる感情と恋情 Aパート

文字数 6,760文字



 結局午前中の授業は会長の手腕、朝礼で先生から聞いた連絡事項で頭が一杯だった。
 その中で迎えた昼休み。朝の空気、昨日の雰囲気を少しでも払拭出来るように、私の方から実祝さん、咲夜さんの方へと出向く。
 もちろんそこには、昨日に続いて今日も会長に、私たちの教室へと来られても困るだけだからって言うのもある。
 特に、昨日着信とメッセージがあって断ったはずなのに、それでも会いたいと言ってきた会長。昨日の朱先輩の話だと逃げるだけでは男の人の狩猟本能を刺激するだけだって教えてもらったけれど、今朝のエッチな優希君のせいで、会長からの告白をどうするのかの相談を、し損なってしまっているのだ。
 だから優希君としっかり話が出来るまでは躱しておきたいって言う気持ちはある。
 それにお母さんがアイロンをかけたって言うタオルまで渡しそびれているし。
「私も一緒にお昼混ぜてもらっても良い?」
 ただ、咲夜さんの方もこのまま疎遠になってしまうかもしれないのもまた違う気がして、少しだけ気まずさを感じながら、実祝さんに声を掛けさせてもらう。
「ん。あたしも三人でお昼に一票。仲直りは一日でも早い方が良い。友達との喧嘩はやっぱり寂しい」
 そしたら実祝さんから色よい返事と共に、私と大喧嘩していた時の気持ちを零してくれる。
「……分かった。じゃあ会長が来る前に早く食堂へ行こう!」
 ただ、昨日実祝さんとどう言う話をしたのかは分からないけれど、昨日の今日で気持ちを切り替えられなかったのか、私には伏し目がちに実祝さんに返事をする咲夜さん。
 咲夜さんの態度に、少しの寂しさを感じはしたもののお断りされた咲夜さんの気持ちを考えると、実祝さんにだけでも返事をした咲夜さんを責める気持ちにはならなかった。
 ただ、朝の九重さんの言葉を思い出した私が視線を向けると、
「……」
 やっぱり何をか言いたそうにはしていたけれど、実祝さんもいるからか、それとも今の教室の空気の重さを考えてくれたからなのか、メガネともども何を言われる事も無かった。


 いつも二人がどこでお昼をしているのかと思ったけれど、食堂でしていたのか。
 前にも少しだけ触れたけれど、他の学校の事情までは分からないけれど、この学校の食堂はお弁当を持ち込んでも余り文句を言われる事はなかったりする。
「そう言えば実祝さんもお弁当なんだね」
 咲夜さんが買いに行っている間、せめて気持ちだけでもと思って咲夜さんの分の飲み物も合わせて用意して、二人して目の前にお弁当を置いて待つ。
「ん。お母さんが毎日作ってくれる」
 私が聞いた何気ない一言に喜びを見せる実祝さん。私のお母さんもそうだけれど、実祝さんのお姉さんも実祝さんを大切にしているんだなって言うのが実祝さんの表情からも伝わるし、お姉さんがとっても好きなのも逆に伝わる。
「それから、一昨日から愛美が学校に戻ってきた話をしたら、お母さんがすごく喜んでた。それでこの連休中に遊びに来てもらえって。そしたら一日泊まって貰えるって」
 用意した飲み物とは別のお冷を口にしながら、改めてお姉さんからの伝言を伝えてくれる実祝さん。
「もちろん遊びに行くのはかまわないけれど、泊まるのは別の人を誘って欲しいな」
 それにこの連休中はお父さんも家にいてくれるし、連休中の行動も無制限にってマスターキーまで渡してくれた教頭先生の課題もどうにか出来そうなら、例え休日であっても教頭先生の覚悟を見せてもらった手前、受験勉強返上で取り組みたいとは思うし。
「むぅ。愛美があたしの誘いを受けてくれない。だったら――」
「――お待たせ二人共。これは?」
 実祝さんが何か言いかけたところで、咲夜さんが戻って来る。
「これは愛美(実祝さん)が――」
 咲夜さんが手に取った飲み物に対して、それぞれが別々の名前を出す私たち。
「じゃあこれは二人からって事で」
 それに対して早速目に光るものを浮かべる浮かべる咲夜さん。
「咲夜は泣かない。早く久しぶりの三人でのご飯にする」
 あの日、私の部屋で仲直り出来た時に立ち会ってくれたもう一人がいないからか、声は弾ませるけれどその瞳は寂しそうに、私の隣の空席に視線を送る実祝さん。
 ひょっとして中学期(なかがっき)に入って初めて楽しいとまではいかないけれど、優しい気持ちでお母さんのお弁当を食べられるのかも知れないと思いながら、お弁当の蓋を開ける。


「私、一度優希君に相談してからにはなるけれど、会長からの告白を受けて改めて断ろうって思っているの」
 昨日の今日で咲夜さんからは喋り辛いだろうし、かと言って実祝さんだけが喋るのもなんだか違う気がしたから、二人の共通の話題である会長の話を振る。それにこの件に関しては咲夜さんに伝えたい事もあるのだ。
「駄目。愛美。それにそんな話、副会長も認めない」
 私の結論に対して真っ先に否定して来る実祝さん。
「さすがにあたしも喋るのは良いと思うけど、恋愛の雰囲気に持って行かない方が良いと思う」
 だけでなく、昨日・一昨日で実祝さんがどう言う説得をしたのか咲夜さんまでもが難色を示す。
「でも、本当に毎日会長からの電話やメッセージが凄いの。それに本当だったらこの昼休みだって、私は断ったのに、教室まで来るって言ってたの」
「……どうしよう……あたしが会長を変に煽ったから……」
 昨日の優希君の言葉が頭に残っているのか、食べる手を止めてしまう咲夜さん。
「あたしも咲夜と一緒に断り続けるから大丈夫――だから愛美も早まらない方が良い」
 そんな咲夜さんを、同じく食べる手を止めて気遣う実祝さん。
 だけれど、私は冬美さんから裏事情を全て聞いて全てのカラクリに気付いて、その内容も優希君に伝えてしまっている。
 そう言えば、優希君は今頃、冬美さんからも聞いて答え合わせを始めているかもしれない。
「ううん。この件に関してはこれ以上咲夜さんが謝ったり、実祝さんも含めて怒鳴られたり暴言を吐かれる必要もないんだよ」
 よく考えたら、これも他の誰でもない咲夜さんが、二年の時から会長から私への気持ちにはその視線の先から気付いていたって言っていたのに。
「愛美。そう言う話はもったいぶらずに言う。あたしはともかく咲夜は本当に会長からの暴言に耐えてる」
 私が考え抜けしている咲夜さんを考えていると、実祝さんから抗議の声が上がる。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけれど。全部を知った時、どうして咲夜さん自身が気付かないのかなって考えてただけなんだけど……咲夜さんが会長に応援する、協力するって申し出たのは前に6月中旬くらいだって言っていたよね?」
 私の確認に咲夜さんが小さく頷く。一方実祝さんも、私が話し始めた事に神妙な顔つきに変わる。
「でも、前に咲夜さん自身が教えてくれたんだけれど『え?! あたし?』――そう。あの会長は二年から私に気があったんだよね」
「あ! そう言えば! 去年の終学期(しゅうがっき)の終業式の時にはずっと愛美さんの方を……」
 私の言いたかった内容が分かったのか、驚きに目を見開く咲夜さん。
「……じゃあ会長は二年から愛美に気があって、咲夜の一声で本気になったって事……」
 実祝さんが不足する情報の中で、誤った結論に達してしまって二人共が肩を落としてしまう。
 けれど、私の話はまだ途中だしむしろこれからが重要な話なのだ。
「違うの。そうじゃないの。去年から私に気があった会長は、私に対して今年の初学期(しょがっき)の中間テスト前後から本気になっていたと思うの。これは蒼ちゃんも気づいているし、私は朱先輩に気付かせてもらったんだよ。
 だからもう一回整理しながら説明するね。咲夜さんが教えてくれた通り、去年から会長は私に気があった。そして今年に入って私が優希君に惹かれて行くと同時に、会長も私に本気になった。そして私が優希君とお付き合いを始めた時は、咲夜さんが応援、協力を申し出た。この上で咲夜さんに思い出して欲しいんだけれど、会長は咲夜さんに対して何て怒鳴っているの?」
 普段の私ならこんなに

聞き方なんてしない。
 でも今は怒っている訳では無いのだから、咲夜さんが答え易い形には持って行く。
「えっと確か……俺に勇気をくれた上、その気にさせたんだから責任は取ってもらう。自分で言った言葉だろ? それとも無責任に俺の気持ちを弄んだのか……みたいな言葉は聞いたけど……あたしが自分可愛さにあんな事言わなければ……」
 よっぽど会長からキツく言われているのか、昨日の優希君からの言葉が堪えたのか咲夜さんが完全に食べる手を止めて俯いてしまう。
 それにしても会長には心底呆れるし、カッコ悪すぎると思う。私は内心で溜息をつきながらここ最近大活躍のハンカチを周りの人いきれの熱気で汗をかいたお冷で湿らせてから、咲夜さんに差し出す。
「愛美の言いたい事、分かった。今度からあの会長に言われたら、あたしも言い返す」
「愛美さんありがとう――実祝さん?」
 と同時に何故か……は友達である咲夜さんの話だからだろう、実祝さんの目に力がみなぎる。
「あのね咲夜さん。あの会長は私が優希君とお付き合いする前から、初学期(しょがっき)の中間前から、私と帰りたい、私と一緒に買い出しに行きたい。言い換えれば私と二人きりでデートがしたい。それに私に触れたい、名前で呼んで欲しいって言われていたの。それも優希君の悪口付きで。ただその時の私はまだ優希君とお付き合いもしていなかったし、統括会のトップとしての責任感は強いんだな。さすが当時の三年の先輩を押し退けて二期続けて会長職をするだけの人なんだなって感想しかなかったんだよ。
 だけれど、それも全部会長に困り果てた私が朱先輩に思い切って打ち明けて、相談した時に、それは全部会長から私に対する“好意”だって気付かせてもらったんだよ。だから咲夜さんがどうの以前からの話だから、咲夜さんだけがそこまで言われる筋合いもないし、自分を責める話じゃないの」
 なのに女の子のせいにして。咲夜さんが何しようが優希君に想いを寄せようが、私と優希君は絶対に別れないし、どんな女の子が相手でも負けないのだから、咲夜さんとは友達なのだ。
 その友達相手に声を荒げているのだから、これ以上咲夜さんにしんどい思いをして欲しくない。
 あの女子二グループと、戸塚を含むサッカー部との板挟みで十分懊悩し、悩み苦しんだのだからそろそろ私の大好きな笑顔になってもらっても良いと思うのだ。
「……じゃああたしが言っても言わなくても、会長はもうあたしが言った時には愛美さんに本気だったって事?」
 私の言葉が心の中に入ったのか、その表情と声から緊張が少しだけ消える咲夜さん。
「そう。だから咲夜さんはもう会長には謝らなくても良いし、むしろ今までの文句の分、会長にこっちから文句を言っても良い。むしろあたしが言う」
 ただそれ以上に実祝さんが怒っているような気がする。
「ちなみに会長が協力をお願いしていたのは、咲夜さんだけじゃないよ。例の後輩の冬美さんとも協力し合っていたって昨日本人からも聞いたの。その冬美さんからも今後会長は関係ない。もう一回優希君に、今度は自分の力だけで告白するって私に言って来たよ」
 だから後もう少し、もう少しだけ咲夜さんが自分を責めなくても良いように、冬美さんの話も合わせると、またしても二人共が驚く。
「もう一回告白とか後輩とかって……ひょっとして……以前空木君にキスし『ちょっと咲夜!』――た人?」
「いや。それよりも愛美を彼女にするのに、女子二人の力を借りても文句と怒るしかない会長は完全に駄目。論外。対象外!」
 あの時の私の状態を知っている二人が、それぞれ別の言葉と驚きでもって声を上げる。
「だから咲夜さんが何しようが、会長が何しようが惹かれるどころか、私の周りの女の子を巻き込んで今の状況なんだからカッコ悪いとしか思えないよ」
 挙げ句年下の女の子に喋らせて、自分は何食わぬ顔で毎日私に電話やメッセージを送って来て。それにこっちは男子二人から怖い思いをさせられたのに、どうして女の子に対して怒鳴っても大丈夫だと思ったのか……まあ。それすらも気づいていない可能性もあるのだけれど、やっぱりこっちの気持ちを分かってくれない男の人なんて私からしたらお断りには変わりない。
「それでも愛美には会長に押し切られそうになったって言う前科がある。よって告白を受けるにしても副会長同伴でないと駄目」
 そう言えばあの公園で蒼ちゃんと二人、必死で返事を止められたのを思い出す。
「……あたし。これ以上空木君に嫌われたくない。だからあたしもあの会長が諦めてくれるまでは実祝さんと一緒に言い続けたい。それに愛美さんとの約束も果たして、堂々と友達だって胸張って言いたい」 (167話)
 実祝さんの想いに追随する形で、いつかの電話で聞いた言葉を今度は面と向かって口にする咲夜さん。
「咲夜……」
 そこにまだ優希君への恋情を感じ取った実祝さんが、何か言いたそうにするけれど、
「想うくらいは“人の心は強制出来ない”以上、別にかまわないよ」
 私自身がそれ自体を認めてしまう。
「でも愛美。それだと副会長の周りに咲夜以外の後輩の女子も……」
 だけれど私の本気を知ってくれている実祝さんが心配してくれる。
「……そうだよ。でも私もまた、冬美さんにも負けるつもりは無いし、他のどの女の子にも譲るつもりは無いから、みんな受けて立つつもりだけれどね」
 そして私の更なる言葉に、さらに驚く二人……は良いのだけれど、優しさの中で摂るお昼はどこに行ってしまったのか。
「愛美。無理は良くない。食べる手が止まってる」
 そんなの当たり前に決まっている。だけれど、
「多少の無理はするよ。でも私は優希君のたった一人の彼女として信じているから。だから私が、会長からの告白を受けてしっかりと断って、私への想いを諦めてもらうのと同じように、冬美さんから優希君へ再度告白した上でしっかりと断ってもらって二人には完全に諦めてもらうつもりなの」
 朱先輩から教えてもらった男の人の狩猟本能と、脳とスイッチの話。少し話はズレてしまっているけれど、咲夜さんが協力を申し出た時点では完全に本気だったのを考えると、これ以上謝るのも怒鳴られる必要もないのだ。
「本当にごめん。そしてありがとう。その分島崎君の方はあたしが何とかするから」
 冬美さんも交えた説明をしてやっと肩の荷が下りたのか、弱々しくも久しぶりに笑顔を見せてくれた咲夜さん。
「咲夜違う。あたしも一緒に島崎君を止めて、会長に文句を言う」
 そこへ素早く訂正を入れる実祝さん。
「ありがとう実祝さん。それから結局愛美さんにも嫌な思いをさせることになってごめん」
 その嫌な思いって言うのは何を指すのか。ただ、そんな事をワザワザ指摘しなくても、聞き直さなくても、
「咲夜さんだけが悪いなんてあり得ないんだから、今からは笑顔を増やして、あの教室の中の空気を軽くしてくれたら、それで十分だし、蒼ちゃんも帰って来やすくなるよ」
“人の心は強制出来ない”以上、優希君だけはどうしようもないし、メガネに関しては頑張ってもらわないと本当に私にとっては苦手な男の人だからどうしようもないけれど、会長に関しては勝手に咲夜さんのせいにしているだけなのだ。
 それに一人でも教室内で笑顔を出してくれる生徒が増えると、潰れそうになっている先生の力にもなるはずなのだ。
「ありがとう愛美さん。愛美さんの優しさに何回助けられたのか、もう数えきれないよ」
 だけれど先生の話は最後まで誰にも言うつもりは無い。
 先生の応援をするって決めた私が、先生を匂わせるような話は出来ない。
「当たり前。愛美の前に立った人間はどんな人であれ、最終的にはみんな赦してしまう」
 何があっても私たち二人だけの秘密なのだ。
「だから愛美が泣かなくても良いように、あたしたちがしっかりしないといけない。昨日の副会長の話はそう言う事」
 だったら、会長やメガネの問題を解決した上で、私自身もやっぱり先生に笑顔を向けたい。
 そして蒼ちゃんが帰って来てくれた時には……
「ううん。そんな事ないよ。友達って言うのはお互い様なんだから、咲夜さんももっと笑ってくれたら嬉しいなっ」
“やっぱり愛ちゃんは愛ちゃんだねぇ”と言ってみんなを、特に咲夜さんを赦してくれたらなと、どうしても希ってしまう。
「むぅ。この笑顔でそんな事言われたら、聞かない訳にはいかない」
「本当にありがとう」――やっぱりあたしには入り込む余地なんて全く無かったよ。
 その後は当初の予定通り、優しい空気の中、久しぶりに3人でお昼を摂れた。

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